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NYカルチャーを追い続ける記者に聞く、ボウイのNY足跡<前編>【特集第4回】

2019年1月8日、世界中で功績を作った大回顧展「DAVID BOWIE is」のデジタルコンテンツ化第一弾として、スマートフォンAR(拡張現実)アプリ(iOS・Android対応)が発売!

Cocotame特集第4回では、デヴィッド・ボウイ(以下、ボウイ)の憧れの地であり晩年の住処であった地、ニューヨーク(以下、NY)を特集。大回顧展「DAVID BOWIE is」の最終地点であり、同アプリが開発されている地でもあるNYを巡り、ボウイの足跡を辿ることにした。

ロッキング・オンの特派員としてNYに駐在し、ロックや映画を中心としたNYカルチャーを届ける中村明美さんに寄稿いただき、前編・中編・後編の3回にわたってボウイとNYの深い関係を紐解いていく。前編では「ボウイの愛するNY」をお届け。

中村明美さんによる「ボウイの愛するNY」

「僕はNYに他のどの街よりも長く住んでいる。最高だよ。僕はニューヨーカーになったんだ! 」
「ここ以外の場所に住むことは考えられない」

とボウイは、2003年に行なわれたインタビューで答えている。
(参考記事:‘I’m Not Quite an Atheist, and It Worries Me’

1947年1月8日、ロンドンのブリクストンで生まれたボウイは、その後、ベルリンや、ローザンヌなど世界各地に住み、1992年にイマンと結婚した後にNYに引っ越し、それ以来、2016年1月10日に亡くなるまでNYに住んでいる。彼は、2003年に「New Yorkマガジン」でこう執筆している。

「僕は世界中に家を持っていると思われているようだけど、ここだけなんだ。NYにしか家はない」
(参考記事:Bowie Rules NYC

ボウイがNYと初めて出会ったのは1966年。当時のマネージャーのケン・ピットがアメリカから持って来たレコードの1枚が、ヴェルヴェット・アンダーグランドの『ヴェルヴェット・アンダーグラウンド&ニコ』だった。ボウイは、それを「人間の次元を超えたクールさが聴こえた」と形容している。その年の12月に彼が所属していたバンドBuzzが開催した最後のギグで、「僕は待ち人」をカバー。ボウイ曰く「それは、世界で初めてヴェルヴェッツがカバーされた瞬間だった。僕はなんてラッキーなんだろう」。

1971年、『ハンキー・ドリー』発売時に、ボウイは初めてNYに来ている。アンディ・ウォーホルのファクトリーを訪れ、ウォーホルの前で「アンディ・ウォーホル」を演奏。有名なクラブ、Max’s Kansas Cityなどにも訪れ、そこに来ていたダニー・フィールド(パブリシスト)を通して、イギー・ポップにも出会っている。1972年にNYに来たときの思い出も強烈で、ロンドン郊外でギグをやった後、家に帰って眠り、翌朝早朝に飛行機に乗ってNYに向かい、空港からMadison Square Gardenに直行。エルヴィス・プレスリーのライブを観に行ったそう。ライブはすでに始まっていて、ちょうど「プラウド・メアリー」を演奏中に、ボウイは、オレンジの髪に歌舞伎のプラットフォームシューズを履いた完璧なジギースタイルで、レーベルの人が用意してくれたものすごく良い席に行かなくてはいけなかったそう。それが「恥ずかしかった」と。ライブが終わったら空港に行き、ロンドンに戻ってライブをしたそうだ。70年代にボウイがNYを訪れた際は、そのペルソナをド派手に背負い、オレンジの髪で、パウダーブルーのスーツを着て、リムジンで、Studio 54(ディスコ)から、Max’s Kansas City、CBGB(ライブハウス)などを走り回り、ミック・ジャガーやイギー・ポップとつるんでいたようだ。

80年のボウイとNYを象徴するのは、1980年9月23日~81年1月3日まで、ブロードウェイ45丁目のBooth Theaterで、絶賛された『エレファント・マン』を演じたことだろう。5カ月もボウイが日々舞台に立っていたなんて今では想像もできない。82年には、53丁目にあったPower Station で、ナイル・ロジャースと「レッツ・ダンス」をレコーディングしている。

そして90年代のNYのボウイは、彼の言葉で表現すると「巣作り」。結婚当時は、セントラルパーク近辺に住んでいたが、99年にNolitaのLafayette Streetのペントハウスを購入。

2000年には娘のアレクサンドリア・ザーラ(以下、レクシー)が誕生。93年の『ブラック・タイ・ホワイト・ノイズ』以降の作品は、Central Park近辺の自宅に近いThe Hit Factory でレコーディングされることが多かった。1999年の『アワーズ』以降は、Nolitaに近いLooking Glass Studiosで多くレコーディングされている。

実は私は2003年『リアリティ』の際にそのスタジオでボウイをインタビューするという幸運な機会に恵まれている。印象に残っていることのひとつは、彼が当時のアメリカのインディ・シーンを懸命に支援していて、ロックバンドのTV On The Radioを絶対に観に行くようにと力説したこと。その直後にキャパ100人くらいの会場で彼らを観たのだが、終わった後に、ボウイに勧められて来た、と言ったら彼らが腰を抜かしていた。

2004年にツアーを止めた後、ボウイは仕事以外ではNYを離れなくなった。興味深いのは、晩年のクリエイティブな活動は、すべて家から5~10分の徒歩圏で行なわれたこと。『ザ・ネクスト・デイ』、『★』がレコーディングされたスタジオThe Magic Shopは、家から5分。自宅のペントハウスからエレベーターで1階に降りて、Lafyette Streetを渡り、石畳のJersey Street という小道を抜けて、Crosby Street を左に曲がりDEAN&DELUCAの裏を通ったら、すぐに看板のないスタジオの扉に着いてしまう。「ラザルス」が上映された劇場New York Theatre Workshopも自宅から徒歩10分ほどだ。

ボウイは、朝6時には起きて、誰もいない朝のChinatownを散歩するのが好きだったそうだ。私の知り合いが娘のレクシーの通っていた学校で先生をしていたのだが、ボウイはいつも送り迎えをしていたという。DEAN&DELUCAには毎週食材を買いに来ていたそうだし、NYで最も好きな場所のひとつはWashington Square Parkで、その理由はそこを歩くだけで、エモーショナルなNYの歴史を感じることができるからだそう。

ボウイは、Meatpacking地区から2.3キロ続く高架線を市が開発業者に売らないように運動している。彼のおかげもあり、その高架線は2007年には、High Lineという、市民が愛する、また観光客にも人気の公園となった。

「ここに住む人達は、著名人と会ったときどう振る舞えば良いのか心得ている」とボウイはエッセーに書いている。彼が気付かれることはほとんどなかったというのだ。「ロンドンでは、人生は、扉の閉められたところにある、と良く言うけど、ここでは、人生はストリートにある」とボウイはエッセーを締めくくっている。つまり、彼は、NYにいれば、ジギー・スターダストでも、シン・ホワイト・デュークでもなく、父として、家庭を持つ夫としてDavid Robert Jonesとしてストリートを歩くことができた。もちろんボウイとして世界でも最も有名なMadison Square Gardenのステージに立つこともできたし、徒歩圏内で誰にも気付かれずにクリエイティビティを開花させることもできた。彼はこの街で好きなように変貌できた。NYはボウイのためにあるような街だったのだ。

NYにあるブルックリン美術館で開催された大回顧展「DAVID BOWIE is」の会期中、ボウイ自宅下の地下鉄駅「Broadway Lafayette」ではもうひとつのボウイ展さながら、数多くのボウイの写真が駅構内に貼ってあった。その中のひとつに、ボウイ自身の手書きによる“NYへの想い”があった。

それは、70年代の初めての息を感じるようなカラッと晴れた朝だった。
僕は、ビレッジに最も近い場所までサブウェイで行き、ストリートが寂れたら
イギリス人ボヘミアンのアイコンであるBleecker Streetまでは
自分の勘を頼って行った。

そして、一歩ずつ足を進めながら、
『フリーホリーイン(・ボブ・ディラン)』のアルバムの写真で見た
ディランの足跡を一歩ずつすべてたどった。
そうしていると、僕が熱狂する精霊達が僕の目の前に押し寄せた。

デュシャン、ディーン、ミンガス、デイビスなど、
そして僕はそのくねくねしたその長い列の一番後ろに付いた。
ここは僕の居場所だった。

 

文:中村明美

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スマホ向けARアプリ「David Bowie is」のティザー映像公開!

スマホ向けARアプリ「David Bowie is」アプリ公式サイトにて、ティザー映像が公開。

(以下、テキスト訳)

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カルチャー史上最も影響力のあるアーティスト、デヴィッド・ボウイの生涯と作品を展示し、世界で記録的成功を収めた大回顧展「DAVID BOWIE is」がデジタル化され、永遠不滅の作品として甦る。

ボウイ72回目の誕生日であった日に、「David Bowie is」のスマホ向けAR(拡張現実)アプリ(iOS・Android対応)が発売されることが決定した。

高解像度で記録された400点以上の作品(ボウイの衣装、スケッチ、メモ、手書きの歌詞、ミュージックビデオ、絵画)などが、はっとするような臨場感あふれるAR(拡張現実)の環境で体験可能になったのだ。巡回展では展示されなかった数十点以上の作品もアプリのために追加されている。

「David Bowie is」スマホ向けARアプリでは、ショーケースのガラスや他の観客を気にすることなく、より身近な環境で展覧会の一部始終を鑑賞することができる。自分の自由なペースに合わせて鑑賞し、お気に入りの作品に直接飛ぶこともできるのだ。アプリ内のお気に入り作品をコレクションして保存することも可能だ。そう、このアイコニックな展覧会は永久にあなたのものとなるのだ。
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