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「佐野元春『THE BARN』20周年企画」当時の担当ディレクターによる“今だから語れる制作秘話”<前編>【特集第2回】

2018.3.28

Interview

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佐野元春

Music

「佐野元春『THE BARN』20周年企画」特集第2回は、当時を良く知る制作スタッフによる“今だから語れる制作秘話”をお届けする。

新しいストーリーテラーとして、全国のホールをツアーするロッカーとして、映像を駆使するビジュアル先駆者として、時代の共鳴者として、80年代ロックシーンのフロントラインを疾走し続けた佐野元春。90年代に入り、追随を許さない孤高のロッカーとなった佐野元春の制作チームに新ディレクターとして仲間入りしたのは滝瀬茂。THE HEARTLANDの解散を現場で目の当たりにして、90年代の佐野元春の飽くなき音楽探求をサポートした制作マンだ。90年代に佐野元春にいちばん近くにいたディレクターが語るMOTOワークス。その前編として佐野元春キャリアのエポック・メイキングとなった『THE BARN』(1997年)までの道のりを回想してもらった。

―― 滝瀬さんはEPIC・ソニー(以下、EPIC)で佐野元春の制作ディレクターを担当される前は、MIDIレコード(以下、MIDI)にいらしたんですよね。

滝瀬 はい。1980年に音響ハウスに入社し、多くのレコーディングにアシスタントエンジニアとして参加しました。それから1985年にMIDIへ転職して、坂本龍一さん、矢野顕子さん、大貫妙子さん、EPOさんらのレコーディングエンジニアを務めました。

そのころ坂本龍一さんのマネージャーのツテで、当時EPICのトップだった丸山茂雄さんに「EPICに来ない?」という話を頂いたんです。丸山さんから「ちょっと面倒だけどやり甲斐のあるアーティストを担当してくれない?」って言われたのが佐野元春さんでした。

ソニー・ミュージックダイレクト マーケティンググループ企画開発部所属。アナログ盤専門レーベル「GREAT TRACKS」プロデューサー 滝瀬茂氏

アーティスト・佐野元春との出逢い

―― アーティスト・佐野元春に抱いていたイメージは。

滝瀬 MIDIは当時の言葉で言えばオルタナティヴな音楽集団だったということもあったのですが、佐野さんはそれとは違い、メインストリームの第一線で活躍されているアーティストという印象でした。同時に日本のロックを代表するミュージシャンという認識でもあったので、自分には関係のないアーティストだと勝手に思っていました。

―― 佐野元春との初対面を覚えていますか。

滝瀬 もちろん。当時、佐野さんを担当していた宣伝のトップから「佐野さんのことを説明したいから渋谷に来て」と言われ2時間ぐらい話を聞きました。

すると突然「じゃあ会いに行こうか?」と言われ凄く驚きました。というのもまだEPICに転職する返事をしていなかったからです。

その時、佐野さんはTOKYU FUN STUDIO(現・Bunkamuraスタジオ)で「Sweet16」のレコーディングをしていました。そこで「佐野くん、新しいディレクターの滝瀬くんだよ」と紹介され、「佐野です」って握手してもらいました。

しかし内心「騙された!」と思っていました。でも握手しちゃったし、このまま騙されておこうと。うまく説明できませんが運命のようなものを感じたからです。

 佐野元春チームへの参加

―― その日を境に、自分も佐野元春チームの一員と切り替えたのですか。

滝瀬 その時はまだMIDIで大貫(妙子)さんのベストを作ったり、レコーディングもしたりという状況だったので、そんなに簡単には切り替えられなかったのですが、直ぐに来てほしいということだったので、空いた時間は佐野さんのスタジオに行っていました。

―― 佐野さんのオリジナルアルバムのレコーディングから途中参加という状況にプレッシャーのようなものはなかったのですか。

滝瀬 もう手探りですよ。スタジオで仕事をしていた時はひとつのスタジオで全部やるということばかりではなかったので、制作途中から参加するということは結構あったんですね。

リズム録りはもう終わっていて、楽器ダビングからとか、歌入れからとか、ミックスだけとか。作品の価値観や、現場でのディレクションの方向性というのは、その制作グループによって違うし、何が一番良いかという答えは、プロデューサーやアーティストによって全然違うことがある。

だから、それを早く察知する能力というのが、幸いなことに自分にはそれなりに備わっていた気がします。「Sweet16」に途中参加した時、リズムはほとんど録り終わっていましたね。だからブラスだったり、ギターだったりのダビングをする毎日から始まりました。

そのリズムは佐野さんと気の知れたTHE HEARTLANDのメンバーが、せーので録っているので 、この曲が良いとか悪いとかということよりも、早く仲間にならないと、と思っていました(笑)。

『Sweet16』

―― この頃のディレクターワークで忘れられない経験はありますか。

滝瀬 当初、原盤ディレクターはマネージャーがやっていたので、スタジオワークはお任せしていました。この頃、ヒット曲にはタイアップが不可欠な時代で、それまでロック系のアーティストはテレビ露出を拒んでいたのですが、徐々にテレビ出演をするようになり、タイアップをきっかけに大ヒット曲が生まれていました。

佐野さんも例外ではなく、たくさんのオファーがあり、丸山さんからもタイアップを受けるよう言われていたようです。そんな中、佐野さんから「また明日…」という曲が出来た時、「これはニュース番組のタイアップに最適だ」と言われ、ニュース番組のタイアップを模索しました。その結果、TBSのニュース番組のエンディングテーマになった。

当時のEPICはTBSの近くにあり、そのニュース番組のためのコメント収録後、佐野さんに「EPICに来てくれませんか?」と聞いたのですが、「アルバムが1位を取るまでは行かない」と言われ、この「Sweet16」を意地でも1位にしてやろうと密かに誓いました。

その後、カセットテープのCMソングに「誰かが君のドアを叩いている」が決まり、佐野さん自身が出演して話題になりました。自分でも世の中が佐野元春を欲しているような雰囲気を感じていました。

当然、宣伝のスタッフはそろそろ歌番組に出演してほしいと思っていて、毎日のようにスタジオに来てはテレビ出演を依頼していました。

そんなある日、宣伝部長が帰った後、佐野さんに聞かれました。「滝瀬さんは僕がテレビに出るのをどう思う?」って。「佐野さんがテレビで歌っている姿を見たいです。」と答えると、「じゃ、出ようかな!」と言ってくれました。

帰ったばかりの宣伝スタッフを呼び戻し、フジテレビ系「SOUND ARENA」への出演が決まりました。出るとなったらそれはそれでいろいろとあったのですが、生放送には佐野さんも満足したようで、また反響も大きく、翌日佐野さんが突然EPICにお礼を言いに来てくれました。

「1位取るまでは来ない」と言っていたのにと思っていると、いつの間にか佐野さんの周りに50人くらいの社員が自然と集まり、入社して1年足らずの自分には分からなかった、EPICにとっての佐野さんの存在意義を知ることになりました。

―― 素晴らしい結束力でもありますね。

滝瀬 時を同じくして「二十歳の約束」(1992年放映)という月9のドラマの主題歌を書き下ろしてくれませんかという依頼がフジテレビから持ち込まれたんです。

書き下ろしのためデモ録音をしたのですが、番組のプロデューサーと話していくうちにキーワードとなっていた「二十歳」「橋」から「『約束の橋』ではダメですか?」と聞くと「使わせていただけるんですか?」ということで「約束の橋」が主題歌となりました。

その時はすでに「Sweet16」は完成しており「約束の橋」を収録することはできませんでした。すると放送が始まったころ営業部より、「約束の橋」を収録したベストを出してほしいと言われたのですが、2年前に「Moto Singles 1980~1989」を出したばかりだったので、佐野さんは消極的でした。

そこで1983年に出した「No Damage」の続編を出すのはどうかと提案し、「No DamageⅡ」をドラマが終了するころ発売することが出来ました。

『No DamageⅡ』

  『終わりはまた始まり』~THE HEARTLANDの解散~

―― オリジナル8thアルバム「Sweet16」(1992年7月発表)、新たにヴォーカルを録り直したシングル「約束の橋」(1992年10月発表)、コンピレーション「No DamageⅡ(Greatest Hits 84-92)」(1992年12月発表)。年末にはレコード大賞で「Sweet16」が優秀アルバム賞を受賞。新担当ディレクターとしては目まぐるしい年でしたね。

滝瀬 言い忘れましたが結局「Sweet16」は初登場2位だったんです。横浜アリーナでのコンサートが終了した時、宣伝スタッフと駐車場で佐野さんにそのことを謝ると、「僕のなかでは1位だと思ってるよ、ありがとう」と車を走らせてゆきました。忙しいとか目まぐるしいとか考えている余裕はなかったですね。佐野さんと一緒に次に向かわなければならないわけで。

次のアルバム「The Circle」(1993年11月発表)に伴う大規模な全国ツアーが12月から始まり、4月にTHE HEARTLANDの解散が発表されました。

1stアルバム「BACK TO THE STREET」(1980年4月発表)のジャケット写真ロケ地の「赤い靴」(山下公園近く)があった場所でも分かるように、佐野元春&THE HEARTLANDの出発は横浜だったので、ファンもそのことを共有していましたから、最後のライブは横浜で!ということで1994年9月15日、横浜スタジアムでTHE HEARTLANDは解散ライブを行ないました。

『BACK TO THE STREET』

佐野さんからは何かそのコンサートに相応しいプロダクトを作ってほしいとの宿題を出され、ライブCD「THE GOLDEN RING」(1994年8月発表)を出しました。そしてその最後のコンサート名は「Land Ho!」といって、これは佐野さんが付けたんですけど、陸地が見えたときの海賊の合言葉だそうです。

―― 佐野さんの言葉を借りるなら「終わりはまた始まり」ですね。

滝瀬 そう。「次どうする?」ってなった時に、向かい合わなければならないのは新しいバンドのメンバーですね。若い人たちとやりたいという佐野さんの意向のなかで、いろいろなミュージシャン達とセッションをしながら作ったアルバムが「フルーツ」(1996年7月発表)でした。

『フルーツ』

レコーディングセッションにDr.kyOn、佐橋佳幸、井上富雄、小田原豊らが参加し、アルバム1曲目にもなぞられるTHE INTERNATIONAL HOBO KING BANDといわれたミュージシャンたちが集まりました。

彼らと意気投合し、ツアーで築いたバンドの絆を更に強くしようと考えた佐野さんは「フルーツ」の次のアルバムは彼らと一緒にやってみたいとなり「THE BARN」のプロジェクトが始まったわけです。しかもその構想はフルーツツアーの楽屋でごく自然に着実に育まれていたのです。

―― 新メンバーの結束過程で、担当ディレクターとしてはどんな立ち位置で関わっていったのですか。

滝瀬 相談もされたし、一緒に考えていたんだけど、佐野さん自身ももがいていた時代だったと思います。自分は担当ディレクターなので作品制作に主眼を置きます。その視点で見ると、この頃から世の中的に、ひとりのプロデューサーがコンピューターを取り入れてレコーディングすることが主流になっていました。だからTHE HEARTLANDのようなバンドスタイルで、せーのというレコーディングはあまり見られなくなっていました。

「フルーツ」の前の「The Circle」から佐野さんのスタジオでプリプロをやっていたんです。そしてそれをスタジオで生演奏に差し替えるというスタイルでした。

その延長となる次作は、どういうレコーディングスタイルがいいのか、それに対してバンドはどうすればいいのか、若い人なのか、ある程度の経験がある人なのか。どういう音楽をやればいいのか。でもその答えは今考えるとフルーツツアーの楽屋で出ていたんですよね。

佐野さんから「次のアルバムはプロデューサーを立てようと思う。ジョン・サイモンに当たってほしい」と言われ国際部に打診しました。

コンピューターを駆使した音楽が世の中を席巻しているなか、まったく反対のことをやるということを選んだのかなと思いましたし、自分もその方が良いと思いました。

というのも「The Circle」のレコーディングで、コンピューターでのプリプロをやっていない曲が1曲あり、自分はその曲が好きだったので録ってほしいと言っていました。そして、リズム録りの最後に佐野さんから「『Rain Girl』は録る?」と聞かれ、「はい!是非!」とデモテープを聴きながら、せーので録りました。その勢いが好きで、佐野さんにはバンドの一発録りがよく似合うと、心のどこかで思っていたからかな。

―― この決断で佐野さんの音楽アプローチが変わっていくんですね。

滝瀬 そういった意味では「フルーツ」が過渡期。ミュージシャンを選んで、次にどうしていくか。それが正しいかどうかわからない。今の視点から振り返って見たらどうだったのか、ということはよく分かるけど、そのときは誰にも先が見えないからもがく。

道もない状態だからどっちに、どれくらいのスピードで行って良いのかまったく分からなかった。でも佐野さんの視線の先にはウッドストックがあったんですよね。

後編では、現在の佐野元春の担当ディレクター福田良昭も加わり、前編に引き続き「THE BARN」にまつわる制作秘話、そして3月28日にリリースされる「THE BARN DELUXE EDITION」について語ってもらった。

インタビュー・文/安川達也(otonano編集部)

 

佐野元春ソニーミュージック オフィシャルサイトはこちら

佐野元春「THE BARN DELUXE EDITION」特設サイトはこちら

「THE BARN DELUXE EDITION」

■発売予定日:2018年3月28日
■規格:BOXセット
(1Blu-ray+1DVD+アナログレコード+写真集)
■完全生産限定盤
■価格:14,000+税
■品番:MHXL 43-46
■発売元:ソニー・ミュージックダイレクト

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