連載

マツモトクラブ:『R-1ぐらんぷり』ファイナリストが面白小学生からプロになるまで【後編】

2020.1.23

Interview

Artist/Talent

ソニー・ミュージックアーティスツ(以下、SMA)所属の芸人たちにスポットをあて、ロングインタビューにて彼らの“笑いの原点”を聞く新連載「芸人の笑像」。その第1回は、『R-1ぐらんぷり』の常連であり、2020年も注目が集まる“さすらいの独りシネマ”ことマツモトクラブ。その独特な世界観が生まれた背景を探る。

劇団シェイクスピア・シアターでの13年を経て、いまだ道が見いだせない30代のマツモトクラブが、どのようにして『R-1ぐらんぷり』のファイナリストになったのか。悶々とする日々から前進し、いよいよ笑いの道に足を踏み入れることになるまでを語る。

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Profile

1976年6月8日生まれ。東京都出身。血液型A型。趣味=パチンコ。『R-1ぐらんぷり』5年連続ファイナリスト。2011年よりSMAに所属。Pasco『超熟』ほかCMにも出演中。DVD第3弾『クラシック』が2020年3月25日に発売決定。詳細はこちら

30歳を過ぎても「何の光も見えない」状況

子どもの頃からお笑い芸人に憧れつつも、“自分は芸人には向いていない”という諦めの気持ちから、ふとしたきっかけで劇団シェイクスピア・シアターに入り、役者としての研鑽を積んだマツモトクラブ。だが彼にとって、そこは本当の自分の居場所ではなかった。自分はいったいどうなりたいのか?  30歳を過ぎても「何の光も見えない」状況に嫌気が差したマツモトクラブは、13年間在籍した劇団を辞め、芸能の道を離れてアルバイト生活に身を投じた。

「劇団を辞めてからはしばらく、昼は派遣会社で仕事を紹介するオフィスワーク、夜は居酒屋とふたつのバイトを掛け持ちしながら、普通に暮らしてましたね。多分、当時の僕は本当に何も考えてなかった。ただ……やっぱり自分が作ったもので人を笑わせたり、喜んでもらえる何かは探していたようにも思える。何かをやり始めたい、という気持ちだけはあった気がします」

そんな状況を打開したくて、「これがどうにかなればいいな」と思いながら始めたのが、高校時代のラジオ番組制作にも近い、自撮り動画コンテンツだった。

「持っていたiPhoneに声を録音して、その音声と生身の自分が掛け合う動画を自分の部屋で自撮りして、YouTubeにアップしていったんです。はじめは『M-1グランプリ』で見た漫才ネタをそのまま人形と掛け合いしたりして、そのうちオリジナルのネタをやるようになっていって。インターネットが繋がらない無知な客とユーザーサポートとの、電話での“あるある”な感じのやりとりとか。でもそれも、数少ない友達に見せて面白いと言われるだけなので、やってることは学生時代と一緒でしたけど(笑)」

後輩の助言でSMAへ。訪れた芸人になれた瞬間

劇団で培った演技力を武器に、音と生の自分とで、“ありそうでなさそうなリアルでとぼけた掛け合い”を行なう現在のマツモトクラブのスタイルは、紆余曲折ありながら、間違いなくそのYouTube活動で完成された。視聴者は身内のみとほんのわずかだったものの、「自分では、ちゃんと面白いものが作れた手応えはあった。それこそ小学校以来の友人の川田十夢氏(AR三兄弟)も、『伝わりづらいけど面白いよ』と言ってくれてましたしね」と、自分ならではの“笑いのスタイル”に、確かな手応えを感じていた。

そんな折、劇団時代のお笑い好きの後輩がYouTubeを見て、マツモトクラブにある提案をする。

「『こういうネタも“お笑い”として、やっていったらいいんじゃないですかね?』と。当時その後輩は、SMAが運営するお笑いライブハウス“Beach V(びーちぶ)”に通っていて、『SMAという事務所は簡単に入れる』と聞いていた。なので僕も、“そうなんだ、じゃあちょっと行ってみようかな”と、履歴書を持ってネタを観てもらいに行ったら……その1週間後くらいから、舞台に出られるようになって。それが2011年の11月18日。僕が芸人になれた瞬間でしたね」

そのとき、マツモトクラブはすでに35歳。お笑い芸人としては遅咲きも遅咲き。高校を卒業し、お笑い事務所の養成所を経て成り上がるチャンスを狙っていくのが昨今の王道だとすると、30半ばにして劇団員からピン芸人になったマツモトクラブは、かなりの変化球だ。だが憧れていた芸人として活動を始められたことは、彼にとって幸せな転身でもあった。

「役者をやっていた頃より、芸人のほうが全然楽しいし、すごくやりがいを感じました。演劇を否定するわけじゃないですが、“びーちぶ”で出会ったSMA NEETプロジェクトの芸人もみんな面白いし、魅力的。お金もないのに、やたら生き生きしていて前向きなんですよね。それまでどんよりしていた自分の生活も、急に楽しくなりました。僕にとっては、とにかく居心地が良かったんです。劇団時代の僕は、どれだけ作品に出ても、それが自分のキャリアになっている実感がなかったし、役者として光る魅力が自分にあるとも思えなかった。自分には何もないと思ったからこそ、“お笑い”という場所を見つけられたことが、うれしくて仕方なかったです」

さらに、そう思えたのも「入った事務所がSMAだったから」だと、マツモトクラブは続ける。

「SMAは大手事務所をクビになったり、辞めた人が来るところなんです。傷ついたおじさんの集まりというか(笑)。だからみんな、なんか優しい。もし僕が入ったのがほかのお笑い事務所だったら、35歳で今やっている音声を使ったネタを見せても、若くて尖った人たちに“そんなのお笑いじゃねーよ!”と否定されていたかもしれないですからね」

マツモトクラブにとって『R-1ぐらんぷり』とは

お笑い芸人への華麗なる転身を果たしてから、約4年。マツモトクラブの名を一躍有名にしたのが、『R-1ぐらんぷり2015』決勝大会だった。他のピン芸人とは一線を画す、ストーリー性の高いネタと達者な芝居。映画の一場面を見るような、バカバカしくも愛おしいヒューマンドラマのワンシーンを、マツモトクラブは温かな眼差しで切り取って爆笑を誘い、期待の新人芸人として一躍脚光を浴びた。

「初めて『R-1ぐらんぷり2015』で敗者復活から決勝に行けたときは、4年間“これが絶対面白いと思う!”と自分が信じてやり続けてきたものを、皆さんにも“面白い!”と言ってもらえたうれしさがありました。ほかの人とは少し違うことをやってはいますが、“テレビでそれをやっていいですよ”と言われ、ちゃんと認められたんだなと」

そんな彼にとって、『R-1ぐらんぷり』とはどんな存在なのかと問うと、それまで飄々とこちらの質問に答えていたマツモトクラブが、クッと力を込めて言った。

「『R-1』は、出なければいけないもの。優勝しない限り、出続けなければいけないものだと、僕は思ってますね。『R-1』に出ることで、知名度が格段に上がるんです。僕らのようなライブにばかり出ている芸人にとって、知名度を上げるチャンスは、テレビに出ることしかない。その一番わかりやすい舞台が、『R-1ぐらんぷり』の決勝なんです。僕が毎年出続けているのも、シンプルに言うと、そういうことです」

そこから彼は『R-1ぐらんぷり』決勝の常連メンバーになった。単独ライブも、毎回満員御礼を続ける人気芸人として、すっかり知名度がある。順風満帆の芸人人生のようにも見えるが……。

「残念ながら僕はまだ全然、“売れてる認定”はされてないです。さすがにアルバイトは辞められたし、実家住まいでもなくなりましたけど……ギリギリ生きてる感じですね。そもそも、“マツモトクラブという芸人”はバラエティ番組のひな壇で“ちょっと待ってくださいよ~!”と言えるタイプじゃないし。無理してバラエティで頑張るのは、絶対違うと思うんですね。実際、『R-1』に出てからも、そういうオファーが来たこともないですし。きっと……扱いづらい芸人だと思われているんだろうな……だからダメなんだな、と思います(笑)」

“人間あるある”はギリギリのリアル

「だからこそ、自分のポジション、立ち位置を、バラエティ番組ではないどこかにうまく見つけたい」とも語るマツモトクラブ。しかし、ネタ番組ではすでに確固としたポジションを獲得。短い時間で伏線をしっかり回収し、笑いと泣きのポイントが混在した、独自の視点からの演劇的なネタの数々は、誰にも真似できない個性を発揮し続けている。

「ネタの理想は、日常のなかにある出来事を切り取り、切り取った部分がいろんな人にとっての“人間あるある”であることですね。“ああ、わかる、その感じ”という感情になりながら、笑ってもらいたい。だから、設定も状況もキャラクターも台詞もギリギリ、リアルにしたい。『そんなヤツいねぇよ』『そんな状況ねぇよ』とは言われたくないんですよ」

そんな“あるある”のギリギリのラインが、リアルな演技と相まって観客をグッと引き込み、笑いを巻き起こすのだ。掛け合いをする音声も、YouTubeに動画を上げていた頃から変わらず、あえて高度な録音機材ではなく未だiPhoneを使って、自分の声色を巧みに変えながら録音している。それも彼の生身の演技に対するこだわりだ。ちなみに、芸人屈指の演技派と呼ばれることについて、本人はどう感じているのだろう。

「恥ずかしい……ですかね。僕は決して演技をうまく見せたいわけじゃなく、ある状況を“こういうとき面白いでしょ?”と言いたいだけなんです。その状況をリアルにしたいから、リアルに演技しようとしてやっていった結果が“演技がうまい”という感想だとしたら、すごく寂しい。それよりも、ただ“面白い”と言われたいですからね。結局僕は昔から、自分が面白いと思うものを、“面白いでしょ?”と提示して、笑ってくれたらうれしいだけ。ほかの芸人さんのようなボケを僕がわざとやってもウケないですし、その瞬間、お客さんのほうにも“ん?”という空気が走る。だから、僕のやってることは人を笑わせるネタというより……僕が面白いと思うことの発表会、に近いかもしれないです」

人間のあるあるを描くマツモトクラブのネタだが、意識的に人間観察をするわけでもないと言う。もちろん、高校時代の教師の特徴をいかした“物理の豊田先生”や、パン屋で目撃したトングをやたらカチャカチャいわせる男の人をモデルにした“クロワッサン”などのリアルネタもあるが、意外に頭のなかで想像した面白キャラクターや設定も多いのだとか。変わったところでは、人力舎の芸人・リンゴスター高野に「俺がやったら面白そうなネタってない?」と聞き、返ってきた「パンティーとの絡み」という答えに合わせて作った“トレーニング”(内容は、ぜひ観ていただきたい!)のような異色のネタもある。

最近芽生えた、積極的に取り組みたい野望

そしてこれから……。これまでのマツモトクラブは、肩に力を入れず、俺が俺がと前に出るわけでもなく、かなり控え目なスタンスとあふれるセンスで、我が道を歩いてきた印象がある。それは、今までの経歴からも明らかだ。しかし最近、ひとつだけ、積極的に取り組みたい野望が芽生えてきたという。自身が監督・脚本家となり、映画を撮ることだ。

「昔から映画はやりたかったんですが、僕にとって映画を撮ることは、ピン芸人としてきちんと何かを確立し、安定させてからの最終目標のようなイメージだったんです。でも最近、自分が映画のチョイ役などで出演させていただく機会もあって、現場に行くと、“やっぱり映画っていいな”と思って……急に、“やれるものなら今やりたい”と思うようになった。描きたいテーマもあるんです。日々暮らしていてしょっちゅう思うことなんですけど……僕自身、とてもタイミングが悪い男なんですね。“タイミング悪いな、俺って”と一度思うと、タイミングが悪いことを引き寄せちゃってる気がする。日常の些細なタイミングの悪さが積み重なっていくようなコメディを、まずは脚本として書かなきゃなと思ってます」

映画的、演劇的といわれるマツモトクラブ・ワールドが、本物の映画として描かれる。それは、さほど遠くない未来かもしれない──。

インタビュー・文/阿部美香
撮影/塚原孝顕

関連サイト

マツモトクラブ│Sony Music Artists
公式Twitter@nationaldog
公式Instagram@matsumotoinstaclub

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