“「きかんしゃトーマス」には社会性が凝縮されている”プロジェクトチームが感じた物語のリアリズム
2019.08.22
ウィルバート・オードリー牧師によって描かれた原作『汽車のえほん』の発刊から来年で75周年を迎え、いつの時代も子どもたちに愛されてきた「きかんしゃトーマス」。その教育的効果が、同作品のマスターライセンスを有するソニー・クリエイティブプロダクツ(以下、SCP)とNPO法人 東京学芸大こども未来研究所の共同研究プロジェクトにより明らかにされた。
今回は、SCPで「きかんしゃトーマス」のライセンス事業に長く携わる西岡敦史にインタビュー。作品の魅力や研究のいきさつについて聞いた。
西岡敦史
Nishioka Atsushi
ソニー・クリエイティブプロダクツ
──西岡さんは「きかんしゃトーマス」の事業に関わられてどれくらいになるのでしょうか。
西岡:トータルでは15年以上になります。SCPは日本国内でトーマスのライセンス権利を預かるエージェントとしてさまざまな会社とビジネスをしているのですが、私はこれまで営業やマーケティングとして「きかんしゃトーマス」のビジネスに関わってきました。ここ5年ほどは「きかんしゃトーマス」に関するビジネス全体を総括しています。
──「きかんしゃトーマス」と言えばアニメが有名ですが、子ども用品売り場に行くとあらゆるグッズがありますね。
西岡:取り扱うジャンルはかなり幅広く、プラレールや三輪車などの玩具や日用品グッズ、本、食品、アパレルなど多岐にわたります。静岡の大井川鐵道と協同で取り組んでいる実物大の蒸気機関車トーマス号運行イベントや、富士急ハイランド内にあるテーマパーク“トーマスランド”などの体験型もあり、契約関係にあるパートナーは120社ほどになります。
──すごい数です。最初からそうだったのでしょうか。
西岡:SCPが「きかんしゃトーマス」のライセンス契約を結んだのは1991年ですが、当初は映像や出版に関する権利は含まれていませんでした。そこから長期にわたり契約を続けるなかで、少しずつ関わるものが増えていって、3年前ぐらいから日本における「きかんしゃトーマス」のすべてのライセンス管理をSCPが担っています。社内では兼務も含めると20名ほどのスタッフがチームとして関わっていますね。
──チームのメンバーが直接トーマスのファンに会うことはあるのでしょうか。
西岡:もちろんあります。毎年行なっている大井川鐵道イベントにはチーム全員が参加し、トーマス号に乗りに来てくれる地元静岡の幼稚園や保育園の子どもたちと触れあいます。ほかにも池袋のサンシャインシティなどの大型施設で行なう展示・アトラクションイベントや、東京おもちゃショーなど、年間を通してファンの方々とお会いするさまざまな機会があります。
──なかでも毎年期間限定で開催される大井川鐵道のイベントは大盛況と伺っています。こちらはどのような経緯で始まったのですか。
西岡:実物大の蒸気機関車トーマス号が走るイベントはもともと本国イギリスで何年も前から行なわれていて、我々もそれを実際に体験し、ぜひ日本でも実現したいというのが歴代担当者の願いでした。ただ、今の日本では常時SL(Steam Locomotive:蒸気機関車)が走る路線は数カ所しかありませんし、生活のインフラになっているものをお借りすることになるので、地域住民の方々のご理解も得なければなりません。何年もかけてアプローチを続けた結果、5年前に大井川鐵道さんが「やりましょう」と言ってくださり、運行が開始されました。毎年多くのお客さんが来てくださって、イベントは大成功を収めています。
──実物大のトーマスに会えるって、子どもたちからすれば夢のような話ですよね。
西岡:子どもは純粋なので、初めて見たときはトーマス号のあまりの大きさに泣いちゃう子もいるんですよ。テレビやプラレールを基準にイメージすると「こんなはずじゃない!」という感じなんでしょうね(笑)。むしろお父さんやお母さんが夢中になっていて、泣いてる子を抱っこしながら「いいから、いいから」って、どんどん近づいていく感じです。
──大人のほうが前のめりに(笑)。それはなんだかわかる気がします。
──東京学芸大こども未来研究所との共同研究についてお聞きします。もともと「きかんしゃトーマス」の教育的効果を研究する活動は、イギリスから始まったんですね。
西岡:実はイギリスで研究されていたことを我々は最初知らなくて、今回の研究を通じて、こども未来研究所のみなさんが見つけてくれたんです。
──イギリスの研究を受けて始めたわけではなかったんですね。
西岡:そうなんです。なぜこの研究を始めたかと言うと、私自身が長年「きかんしゃトーマス」と関わるなかで、子どもたちはどうしてこんなにこの作品が好きなんだろうと不思議に思ったのがきっかけです。その理由を学術的に探求できないかと思い、交流のあった大学の先生に相談に乗っていただきました。その先生とは以前別のプロジェクトで知り合ったのですが、お子さんが「きかんしゃトーマス」を大好きだということで、幸運な出会いに恵まれました。
──研究では、「きかんしゃトーマス」のアニメ視聴は非認知能力の向上が期待できるという結果(PDFサイト)が出ました。「非認知能力を伸ばす」というのは、幼児教育において近年注目されているトピックですが、西岡さんはそのような結果を予測されていたのでしょうか。
西岡:いえ、それはまったく予測していなくて、非認知能力というワードが上がってきたときは正直驚きました。自分も子どもがいますので教育現場の動向には常にアンテナを張っているのですが、今回の結果は親の目線でも気になるところで、すごくありがたいと思っています。私としては「きかんしゃトーマス」のアニメはチームワークが描かれていることが多いから、情操教育などにも効果がありそうだとか、漠然としたイメージしかなかったので。
学力テストなどでは数値化できない能力。「意欲的である」「社会性がある」といった性格的な特徴のようなものを指し、幼児期の遊びや生活のなかで伸ばすことが大事だとされる。非認知能力の向上は、将来の学びやキャリアの成功に影響することが多くの研究結果で示されている。
──でもまさにそのストーリーが、今回の研究の重要なポイントでしたね。
西岡:そうですね。僕もずっと「きかんしゃトーマス」はストーリーが特長的だと思っていました。幼児向けのアニメでよくあるのが、悪者が出てきて戦って退治するという流れですよね。それに対して「きかんしゃトーマス」は、トーマスと仲間たちがちょっとしたケンカをして仲直りするといった、子どもたちの日常にあふれている出来事が描かれている。そこに子どもが惹きつけられる理由があるのかなと、なんとなくは思っていたんですけど。
──確かに社会と自分の関係性を描いた幼児向けアニメって、日本にはなかなかないかもしれません。
西岡:「きかんしゃトーマス」はよく“イギリスっぽい”と言われるんですけど、原作者が牧師さんなので、イギリスの文化やキリスト教的な価値観も反映されているのかもしれません。主人公のトーマスをはじめ、キャラクターたちはみんな良い子であるときもあれば、問題を起こすときもある。人は誰でもそうした多面性を持っているという描き方なので、そこが特長であることはわかっていました。
──トーマスたちは他人と自分を比べたり、仲間とぶつかったり、失敗を重ねながら社会における“個の在り方”を学んでいきます。それはオールマイティに生きるより、自分の特色を伸ばしていこうという今の教育的な流れにも沿ったテーマと言えますね。
西岡:映像チームが作品の根底にある思いを乗せて進化させていった結果、こうなったのだと思います。一言で映像化と言っても鉄道模型を使っていた時代からアニメーションへ、さらにフルCGアニメーションになったという歴史があり、表現方法は大きく変わっています。表現方法は進化しつつ、重要なテーマは変わっていない。だからこそ「きかんしゃトーマス」はこれだけ長い間愛されているのだと思います。
──変化と言えば、最近は女の子からの人気も高まっていると聞きます。
西岡:「きかんしゃトーマス」の主要なマーケットとなる国でアニメを観ている層の4割が女の子だというデータがあります。日本も同様で、イベントを行なうと4割くらいの来場者が女の子ということも増えました。これが10年前くらい前だと大体2割くらいで、お兄ちゃんや弟と一緒に来る女の子が多かったんですけど、最近は女の子だけでも来てくれる。それが顕著な傾向として表われているので、我々としてもうれしい変化です。
──しかし、この春からアニメに女の子のキャラクターが登場したのは驚きでした。
西岡:そうですね。そのきっかけのひとつが、国連とのコラボレーションです。国連がSDGs(国連加盟193カ国が“持続可能な開発目標”として2016年~2030年の15年間で達成するために掲げた17のゴールと169のターゲットで構成される国際目標)という難しいテーマを子どもたちに伝えるため、アンバサダーとしてトーマスを起用したいと要望し、「きかんしゃトーマス」の事業を統括する米国マテル社との共同企画でコラボを実現させました。国連の掲げる目標のひとつがジェンダーフリーな社会の実現であり、「きかんしゃトーマス」の世界でも男女の比率が見直されることになったのです。機関庫という汽車が休む場所に7つのポケットがありますが、以前は男の子6人、女の子1人でした。それがこの4月から、男の子2人が旅に出て、新しく女の子が2人加わりました。さらに、トーマスたちはこれまでいたソドー島を飛び出して世界を旅することになり、アフリカや中国といったさまざまな国の機関車が出てくるのも大きな変化です。世界180以上のエリアで見られているアニメだからこその変化と言えるかもしれません。
──国連とコラボというと、硬くあらたまった印象を受ける人もいるかもしれませんが……。
西岡:いえいえ、国連とコラボしたからといってトーマスが突然、清廉潔白な子になるとか、そういうことはまったくありません。トーマスは子どものリアルな感情を表わす存在なので、すぐ嫉妬したり、安易に成功を求めて失敗するようなところもあって、そこが魅力でもあると思います。アニメを見ている方から「どうして男の子キャラを2人外しちゃったの?」というようなとまどいの声も届いていると聞きますが、本国の制作側はそれもわかった上で、ファンは変化を受け入れてくれると信じ、アップデートしているのだと思います。これまでも時代とともに大きな変化を繰り返しながら、今のトーマスになってきましたので。
──西岡さんは、いつの時代もトーマスが子どもたちに愛される最大の理由はなんだと思いますか。
西岡:アニメやおもちゃはもちろんのこと、日本向けにローカライズしたイベントも有効だったと感じていまます。大井川鐵道のトーマス号もそうですし、全国100館以上で一斉公開する長編映画、全国50カ所を巡回するミュージカルなど、「きかんしゃトーマス」を通じていろんな体験ができるきっかけを子どもたちに提示してきました。
──生まれて初めての体験で不安でも、そこに大好きなトーマスがいればモチベーションが上がりますよね。
西岡:まさにそうなんです。そう言えば、「きかんしゃトーマス」のオムツも作っているんですよ。「トーマスなら履く」という声にお応えして、トイザらス限定で販売しています。トーマスのファンは0歳から6歳くらいまでの子どもが多いのですが、0歳と6歳はできることが全然違いますので、年次に応じたいろんな機会提供ができているのだと思います。
──今回の研究結果を踏まえた今後のビジョンはありますか。
西岡:研究所のみなさんと話していると、彼らは教育現場の最先端の情報を追っていますから、例えば「STEM教育があと2年後ぐらいに来ますよ」とか、そういうお話も聞きます。STEM教育のテーマは「きかんしゃトーマス」の世界観と親和性が高いので、「トーマスで学ぼう」といったイベントなどの形にして提供できればと考えています。未就学児の原体験的な学びを、作品を通じて提供していきたいですね。
──STEM教育のアイコンがトーマスになったら、子どももハマりそうですね。「トーマスなら楽しそう!」って。
西岡:そうですね。まだ構想の段階ではありますが、そうした感動や経験もパッケージ化できればと考えています。今回の研究で実証されたことは、「きかんしゃトーマス」という作品を選んでいただく上で、ポジティブな理由になると思いますので、今後も多くのお子さんにもっと喜んでもらえるように、トーマスと一緒に走り続けたいと思います。
© 2019 Gullane (Thomas) Limited.
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