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連載Cocotame Series

初のオーケストラ・コンサート「PSYCHO-PASS サイコパス IN CONCERT」をレポート

2020.03.06

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音楽で物語が語られる――。「PSYCHO-PASS サイコパス」は2012年にスタートした人気TVアニメ作品。精神状態を数値で測定できるようになった近未来の日本を舞台に、刑事たちが犯罪を実行する前の人間(潜在犯)を追う。

ハードボイルドなSFドラマが話題となり、第三期までが放送され、劇場版も公開されている。2020年3月27日(金)には最新作となる「PSYCHO-PASS サイコパス 3 FIRST INSPECTOR」が2週間限定で劇場公開予定。アニメをベースにノベライズ(小説化)、コミカライズ(漫画化)、舞台化とマルチな展開を広げている。

その展開のひとつが、2020年1月末から2月頭にかけて東京と大阪で開催されたオーケストラ・コンサート「PSYCHO-PASS サイコパス IN CONCERT」。本公演は劇中に流れるBGM(劇伴)を演奏するだけでなく、登場人物たちのセリフを交えて、「PSYCHO-PASS サイコパス」の世界観やストーリーを音楽で再構成する試みが行なわれていた。

そのコンサートの模様を、劇伴を手掛けた作曲家の菅野祐悟のコメントを交えてレポートする。

 

菅野祐悟の音楽×岩浪美和のプロデュース

2020年1月28日夕刻。降りしきる冷たい雨のなか、LINE CUBE SHIBUYA(渋谷公会堂)の入り口には長い行列ができていた。まもなく「PSYCHO-PASS サイコパス IN CONCERT」がここで行なわれるのだ。行列を作っていた人々のお目当ては、キャラクターデザイナーの恩田尚之が描き下ろしたイラストがあしらわれているグッズやパンフレット。来場したファンは幕が上がる前から気持ちを高めていた。

「PSYCHO-PASS サイコパス」の全シリーズで劇伴を手がける菅野祐悟には、以前から「PSYCHO-PASS サイコパス」の音楽でコンサートをやってみたいという想いがあったという。『舞台 PSYCHO-PASS サイコパス Virtue and Vice』(2019年4~5月に上演)を観覧した際に、彼はソニー・ミュージックエンタテインメントのプロデューサーに話をもちかける。そのことがきっかけとなり、今回のオーケストラ・コンサートの企画が立ち上がった。「たくさんのスタッフの皆さんに協力していただいて、実現させることができました。とても感謝しています」と彼は語る。

ステージで挨拶をする菅野祐悟。

『PSYCHO-PASS サイコパス IN CONCERT』のプロデュースを手掛けたのは、アニメ「PSYCHO-PASS サイコパス」全シリーズで音響監督を務める岩浪美和。演奏を担当するのは、アニメの劇伴を長年レコーディングしてきたメンバーに加え、腕利きの若手プレイヤーを集めて特別に編成された「PSYCHO-PASS サイコパス オーケストラ」だ。

岩浪のステージ演出のもと、ヴァイオリン、ヴィオラ、チェロ、コントラバス、トロンボーン、ホルン、ギターからなる約30名のオーケストラがステージに並ぶ姿は壮観である。

音楽とセリフが一体となって進行していくドラマ

客席の照明が落ちるとヘリコプターの音がホールに鳴り響く。ステージのスクリーンに夜の高層ビル群を抜けて飛ぶ機体から見た光景が映し出されると、今度は女性の声が流れてくる――本作のヒロイン・常守朱(CV:花澤香菜)のセリフだ。彼女は近未来の日本で、厚生省公安局に勤めている刑事(監視官)。人間の心理状態や性格的傾向を数値化する巨大監視ネットワーク「シビュラシステム」が人々の治安を維持する未来においても、犯罪者を追う刑事の性(さが)は変わらない。朱の声に導かれ、観客は近未来の東京へと一気に連れて行かれる。そして重低音のリズム、ブラスの咆哮、緊迫感のあるストリングスが響き始め、本公演の1曲目「法と秩序」が奏でられた。

やがてステージには、白い衣装を着た3人の男女が現われ、ヴォカリーズ(歌詞を伴わずに母音によって歌う歌唱法)で荘厳な旋律を歌い始める。そう、これはTVシリーズの第一期に登場する槙島聖護のテーマ曲。彼は「シビュラシステム」の監視をかいくぐり、次々と事件を起こす重要人物。まるで音楽を指揮するように、彼は他人の精神を支配し、犯罪を重ねていく。そんな彼を刑事たちは追うのだが……。槙島聖護(CV:櫻井孝宏)の独白に導かれ、コンサート会場には聖とも悪ともつかない重苦しい音楽が流れる。

冒頭以外スクリーンの映像は使われず、コンサートは「PSYCHO-PASS サイコパス」の劇伴とキャラクターのセリフを織り交ぜながら進行していく。ストイックな演出により、劇中の緊張感が見事に再現され、観客は身じろぎひとつせずに聴き入っていた。

本公演の聴きどころのひとつは、槙島聖護と彼を追う公安局の刑事(執行官)狡噛慎也(CV:関智一)の掛け合いに、今回のコンサートでしか聞くことができない新録音のパートがあったこと。アニメの脚本を担当する深見真によって、このコンサートのために新たにセリフが書き下ろされたそうだ。

登場人物たちの人間関係やドラマが、名場面を彩るセリフや音楽によって語られていく。ピアノやストリングスによるエモーショナルな旋律は、ときに言葉の後ろに隠れているキャラクターの心の深奥までも映し出す鏡となっていた。

このコンサートで特筆すべき点は、作曲家である菅野祐悟自らが「プレイヤー」として演奏に参加していたこと。ピアノ、シンセサイザー、指揮、DJ、そしてシンセドラムまで、ステージ中央で八面六臂の動きを見せるマルチプレイヤーぶり。「岩浪さんのリクエストに全部応えていったらこうなりました(笑)。だいぶ風呂敷が広がりましたが、いろいろチャレンジできて良かったです」と彼は語っている。

後半はCLUB PSYCHO-PASS サイコパス!

前半の17曲一気演奏が終了したところで「1時間、皆さん聴いていただきありがとうございました。おつかれさまでした!」と菅野のMCが入る。続いて、学生時代からの付き合いだというコンサートミストレス(1stヴァイオリン)の矢野小百合が紹介され、プロデューサーの岩浪が舞台に呼び込まれた。

すると突然、1階の客席から「キャーーーー!!!!」という黄色い歓声が。岩浪が槙島聖護のキャラクターボイスを務める櫻井孝宏を連れてステージに登場したのだ。櫻井はこの日、たまたまコンサートを聴きに来ていたのだという。

菅野は岩浪を紹介しつつ、「岩浪さんには今までにない、素晴らしいコンサートを作っていただき感謝しかありません。岩浪さんはこのコンサートの演出において、ほとんど映像を使いませんでした。それは、聴いていただくお客さんの脳内で映像が再生されるようにという想いからです。音楽の力を信用している、エンタテインメントを信じている方だからこそできる演出だと思います」とコメント。

アニメで音響監督を務めた岩浪美和。本公演では、演出などを含めてプロデュースを担当した。

岩浪が「さあ前半はちょっと堅苦しかったので、後半は思いっきり楽しみましょう! 皆さん、もう立ち上がっちゃってください」と呼びかけると、客席はオールスタンディングに。櫻井孝宏が槙島の声で「このあともコンサートを楽しみなよ」と言うと、DJ菅野による「クラブ・PSYCHO-PASS」が幕を開けた。

後半はダンサブルな曲を集めたメドレー。ハードな四つ打ちのビートとエッジのきいたギターのカッティングで始まる「ドミネーター」(第一期の劇伴)が始まると、会場は一気にクラブ・モードに。ターンテーブルの菅野は鮮やかなDJプレイを披露、スクリーンにはスピード感あふれる映像が映し出される。オーケストラのメンバーたちも、会場と一緒になって手拍子を打って盛り上がっていく。

機械には決して作れない音楽

「PSYCHO-PASS サイコパス」のメインテーマの演奏が終わったあと、菅野がマイクを手にして次のように語った。

「今日でコンサートも2日目を迎えたわけですが、日によってお客さんの空気も反応も違います。今日はヴァイオリンやチェロがソロで演奏したとき、客席から自然と拍手が起こりましたね。僕はそれがとてもうれしかった。僕ら音楽家は日々、目に見えないものと対峙しています。“これでいいのかな?”と自問自答しながら、ひとりでひたすら音楽を作っています。だから、お客さんから拍手をいただいて初めて、それが正解だったとわかるわけです。

そういうことって、数字には決して表われないことですよね。「PSYCHO-PASS サイコパス」というアニメには、すべてが数値化され、人間らしさとは何かがわからなくなった世界が描かれていますが、数値化されない部分にこそ真実があるというメッセージが込められているのではないでしょうか。僕らはオーケストラなんていう、言ってみればいちばんコスパの悪い音楽をやっています。けれど、もし皆さんが壁にぶつかって何が正解かわからなくなったとき、僕らの音楽を聴いてください。人間らしさを失わずにいられる手助けになれるんじゃないかと思います」

そして「PSYCHO-PASS サイコパス 3」のメインテーマ曲を演奏し、コンサートは幕を閉じた。スタンディング・オベーションでの鳴りやまない拍手に応え、菅野がステージに登場し、ふたたびマイクを握る。

「テクノロジーの進化によって、AIが人間の仕事を奪うんじゃないかなどと盛んに言われていますが、やっぱり機械にはできないことがあると思います。たとえば今日、この瞬間にしか出せない音、音楽。即興演奏は、今のテクノロジーでは絶対に機械にはできません。僕は死ぬまで機械と戦いたい。人間にしかできない音楽をやっていきたいと思います」

そう言って菅野はピアノに向かい、今日この場で感じたことを即興で音楽にしていく。音楽家が紡ぎ出す音と、それに反応して波打つ聴き手の感情。そのリフレクションは穏やかでありながらも、まばゆいばかりの光で会場を満たした。

後日、菅野は「全公演終了しましたが、まだ熱が冷めません。今後の僕のコンサートに確実に大きな影響を与えてくれる公演になりました。ご来場いただいたファンの皆さま、すべてのスタッフの皆さま、ありがとうございました!」とコメント。作曲家にとってもファンにとっても、忘れ難いコンサートとなった。

文:原 典子

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