アーティスト・和田永の魅力を解く――「鉄工島FES 2018」ミーティング初日レポート
2018.11.03
文化庁の芸術選奨メディア芸術部門で新人賞を獲得し、オーストリアにあるメディアアートセンター「アルスエレクトロニカ」が主催する世界最大のメディアアート賞、Prix Ars Electronicaと芸術と科学の優れた融合に贈られるStarts Prizeにて栄誉賞をW受賞するなど、新進気鋭のアーティストとして国内外から注目を集める和田永。
なぜ彼が生み出す作品は、人々を魅了し、熱狂させるのか? 和田永のアーティスト活動に初めて触れた音楽ライター、デビュー当時から彼の作品に注目するカルチャーライター、そして彼を身近でサポートするスタッフなど、さまざまな“第三者視点”で“和田永”というアーティストの真価を全4回で紐解いていく。
第1回は、彼がリーダーを務め、オープンリール式テープレコーダーを楽器として演奏する異色のスリーピース・バンド“Open Reel Ensemble”のワンマンライブの模様をレポート。唯一無二の音楽表現は、彼らと初めて出会った、音楽ライターの目にはどう映ったのだろうか?
「オープンリールって、あのオープンリールですか? 昔のオーディオマニアの人たちが使ってた、テープレコーダーのでっかいやつ?」
Cocotameの編集担当者から、原稿執筆依頼の電話をもらったとき、筆者の最初の反応は、たぶんこんな感じだったはずだ。
「オープンリールを楽器として演奏している、変わったスリーピース・バンドがいるんです」(どういうこと?)。「YouTubeにも動画をあげていて、海外からもがんがんコメントが付いてます」(へえ、そうなんだ)。「リーダーの和田永って人は、オープンリール以外にも古い家電を楽器再生させる『エレクトロニコス・ファンタスティコス!』というプロジェクトをやっていて、先日、文化庁の芸術選奨メディア芸術部門で新人賞も獲りました」(おお、なんか知らんがすごそうだ……)。「今度、名古屋で彼らのライブがあるので、白紙のままの状態でレポートを書いてもらえませんか?」(わ、わかった、了解!)。
というわけで、予備知識を入れないまま行ってまいりました、Open Reel Ensembleの単独公演「現在回転形」(2018年9月25日)。会場は愛知県・名古屋市にある「CLUB 3STAR IMAIKE」というキャパ200人程度のライブハウスで、アーティストと観客の距離がほどよく近い親密な空間だったのだけど、結論からいうとこれがものすごくよかった!
和田永(写真中央)、吉田悠(写真右)、吉田匡(写真左)の3人で2009年に結成された、古いオープンリール式テープレコーダーを楽器として演奏する異色のグループ。オープンリールを「過去という異国からやってきたひとつの民族楽器」として捉え、コンピュータも取り入れながら、日々、新たな奏法を生み出している。
楽器ならぬものを奏でるというコンセプチュアルで知的な遊び心と、3人それぞれが持つパフォーマーとしての身体性。そしてなにより、思わず踊り出したくなるライブバンドとしての演奏技術。Open Reel Ensembleというグループの不思議な魅力を知るうえで、この3つの要素を間近で体感できたのは、実にラッキーだったといまにして思う。以下、当日の模様を順を追ってお届けしよう。
まず印象的だったのは、開演前の風景だ。少し早めに会場に着くと、ステージには大型のオープンリールが三台。“ドン”という感じで据え置かれている。手前にふたつ、奥にひとつという位置関係は、スリーピース・バンドにおけるギター、ベース、ドラムの配置と同じ。ふつうなら楽器がセッティングされている場所に、旧式の録音再生機器がなに食わぬ顔で置かれているのがなんともシュールでおもしろい。
と言っても読者のなかには、そもそもオープンリールという存在にピンとこない方も多いかもしれない。これは、剥き出しのリール(巻き軸)ふたつを回してアナログテープを再生する方式で、カートリッジ式のカセットテープが普及する1960年代後半までは一般家庭でも広く用いられていた。場所をとる、埃や傷がつきやすいなどのデメリットがある反面、録音可能な帯域はアナログのレコード盤よりも広く、しかも機種によっては一本のテープに複数の音(マルチトラック)を録音することもできる。
もうちょっとわかりやすく言うと、往年の海外ドラマ「スパイ大作戦」。あのシリーズのオープニングで毎回、主人公に当局からの秘密ミッションを伝えていたアレですね(余計わかりにくいか)。お客さんのなかにはステージの間際までいって、ものめずらしそうにマシンを眺めている人も目につく。そうこうしているうちに会場が埋まり、やがて客席のあかりが落とされて、いよいよライブが始まった。
アーティストを呼び込むSEは、テープに録音された「オープンリール・アンサンブル、単独ライブ『現在体験形』、ようこそ~」という声。それが途中で速くなったり、反対に遅くなったりする。ああ、なるほどね。リールの回転速度を手で調節することで、こんな効果を簡単に創り出せるんだ……と、もっとも根本となるコンセプトを納得した瞬間に、ステージに3人が登場。アナログ独特の歪んだノイズが、一気に空間を満たす。
耳に飛び込んできたのは意外にも、ヒップホップのスクラッチを思わせる鋭いビートだ。舞台下手の小柄なメンバーが片方の手でリールを左右に動かし、もう片方の手でボタンを操作してまずベースとなるリズムを設定。そこにふたりのメンバーが乗っかって、拍と拍の間をより細かく刻み、アクセントとなるアタック音や印象的なメロディーを放り込んで、混沌から次第に曲の輪郭が浮き上がってくる。
「え、こんなに踊れる音楽なの?」
すみません。正直、驚きました。アグレッシブな切れ味と畳みかけるようなグルーヴ感はあきらかに、クラブ・カルチャー以降のダンス・ミュージックに近い。ただそれは事前に打ち込まれたビートやサンプリングではなく、目の前のオープンリール・デッキを動かしリアルタイムで創り出されたものだ。発想はターンテーブルが複数入ったヒップホップ・グループとも似ているが、Open Reel Ensembleの場合、そこに磁気テープがヘッドと擦れて生じる「一回性の歪み」という予測不能の要素が加わる。静的なパフォーマンス・アートを想像していた筆者の先入観は、1曲目から打ち砕かれてしまった。
続く2曲目は打ってかわってゆったりした曲調。「ふわわわーん」「ひゅーん」というスペーシーなサウンドが響き、どこか映画『未知との遭遇』を思わせる旋律と相まって、レトロ・フューチャーな音空間が構築されていく。この変わり身の早さも面白かったが、さらに印象的だったのは演奏手法のバリエーションの豊かさだ。
まず舞台上手のメンバーが長い棒状のものを取り出し、それをヴァイオリンの弓みたいに上下させてメロディーを奏で始める。最初はなにをやっているのかわからなかったが、どうやら棒にアナログテープを貼り付け、デッキのヘッドを直に擦っているらしい。棒を動かす速さやタイミングによって、さまざまなニュアンスが生まれる。不安定なピッチは「テルミン」を思わせるが、備え付けの小さな鍵盤で音程を調整することも可能。いわばこれが、曲全体を引っ張るメロディー楽器と言っていい。
次は、舞台下手の小柄なメンバーだ。この人がマイクスタンドに引っ掛けた紐状のものをスティックで叩くと、驚いたことに「ズッタカズッタ、ズッタカズッタ」という躍動的なリズムが生まれる。紐は二本あって、それぞれ音色が違うらしい。これまた最初はなにをしてるかわからなかったが、どうやらデッキから引き出した磁気テープを直接タップし、打楽器のように使っているらしい。
奥側に立つメンバーは、ほかのふたつより少し大きめのオープンリール・デッキを操作し、絶妙なタイミングで効果音を繰り出しては、メロディーとリズムをひとつにまとめていく。心が浮き立つような雰囲気と、テクノっぽいのにどこか懐かしい音色。そして、なんとも言えない歌ゴコロ。ところどころで筆者は、初期のイエロー・マジック・オーケストラやクラフトワークを思い出したりもした。幅広い年齢層のお客さんもみんな楽しそうだ。
「こんばんは、Open Reel Ensembleです!」と短い挨拶をはさんで3曲目は、ぐっとダンサブルなディスコファンク調のナンバー。音を少しずつ重ねて壮大にしていく術も、決めどころでリズムをバシッと合わせるブレイクの作り方も申し分ない。といって単なるダンス・ミュージックではない。たとえば自分の声や客席のリアクションをテープに録音したものをループさせ、その場で演奏のなかに繰り込んでいくなど、ユニークな遊戯性も兼ね備えている。エクスペリメンタルで、しかも踊れる音楽。いやあ、楽しい!
曲間のMCでは、リーダーの和田永(舞台下手でテープを叩いていた小柄なメンバー)が満面の笑顔で、メンバーとそれぞれの楽器を紹介してくれた。
棒を操って「ふわーん、ふぁわわわわーん」と宇宙的なサウンドを奏でていた舞台上手のメンバーは吉田匡(まさる)。テープを貼った棒は「磁楽弓」と呼ばれていて、ここには「ふーっ」という声が吹きこまれている。それをヘッドに擦って、引っ張ったり歪めたりすることで、さまざまなニュアンスのサウンドを生み出せるそうだ。
また、舞台の奥側で大型のデッキを操っているメンバーは吉田悠(はるか)。彼の機材は「マルチトラック・テープオルガン」と呼ばれ、一本のテープに多彩な音を録音できる。鍵盤でそのオンオフを切り替え、さらにリールの回転数を変えることでサイケデリックな音色を創り出すのが彼の役割だ。「ういぃぃぃぃん」と急激に音程を挙げてみたり、逆に「ひゅるるぅぅん」という落下音を奏でたりと、そのバリエーションは幅広い。
そしてリーダーの和田永が担当するのは、デッキから引き出したテープを叩いてビートを生み出す「テープタップ」奏法。アナログテープが動くと、録音された音がその瞬間だけ再生され、シンセドラムにも似た粒立ちの良い音が得られる。よくもまあ、こんな奇妙な演奏法を思い付くものだと感心するが、「ここでちょっと、ぼくらが日々、探求してきた奏法を紹介させてください」という彼の表情は、月並みな表現だが、オモチャを手にした子どものよう。オープンリールという装置の可能性を追究することが楽しくてしかたない様子が手に取るように伝わってきて、見ているこちらまで幸せな気分になる。
その後も、バグパイプにも似た音色でノスタルジックなバラッドを披露したり(印象的なメロディーを持つこのナンバー、後で調べたら「空中特急」という曲でした)、攻撃的なダンス・チューンを立て続けに演奏したりして、フロアを大いに盛り上げた3人。やはりステージMCによれば、彼らは自分たちの音楽を(サイバーパンクやスティームパンクに倣って)マグネティック・パンクと定義しているそうだ。
『空中特急』
和田永いわく、それは「磁気録音のテクノロジーが現実のありようを超えて過剰発展してしまった世界で奏でられる音楽」。その世界観を舞台にした仮想の映画のストーリーを、和田はことこまかく観客に説明。アラン・アンペックスという16歳の主人公(架空)が記憶を奪われそうになる場面で流れる映画音楽(もちろん架空)を、これ以上ないくらい嬉しそうに演奏してみせたのも傑作だった。心から好きなんだなあ、オープンリールが。
思い返せば、いまから40年前。イエロー・マジック・オーケストラの3人は、まともに制御するだけでも大変な黎明期のシンセサイザーを用いて、それまで誰も耳にしたことがなかった楽曲を生み出した。それは現在のデジタルサウンドの扉を開ける試みであったと同時に、初期シンセサイザーのさまざまな制約ゆえ、演奏者の身体性がきわめて直接的に反映された「生身の音楽」でもあった。
Open Reel Ensembleのライブ演奏に初めて接して筆者の心に強く残ったのは、このストレートな身体性だ。「デジタル時代におけるアナログ手法」の追究という意味では、方向性は逆かもしれない。だが、楽器としてはほとんど成立していない機材をアイデアで駆使し、そのアンサンブルによって新しいダンス・ミュージックを生み出すという志向は、けっこう共通しているのではあるまいか? それが言葉や文化を超えて、海外の新しもの好きなリスナーに響いているというのも、個人的にはうなずける話だったりする。
自分たちが面白いと感じることをひたすら追い求めることで、いつのまにか新しい時代の扉に手を掛けてしまった3人組──。Open Reel Ensembleのパフォーマンスを白紙の状態で体験した筆者の、それが率直な感想だった。
次回は、和田永が主催するもうひとつのプロジェクトで、古い家電を楽器として再生させる「エレクトロニコス・ファンタスティコス!」の活動に密着。11月4日(日)に開催される「鉄工島フェス 2018」でのパフォーマンスに向けて、京浜島で始めた滞在制作活動の初日の模様を、デビュー当時から和田永のアーティスト活動に注目してきたカルチャーライターがレポートする。
文・取材/大谷隆之
撮影/Mao Yamamoto
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