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連載Cocotame Series

SPORTS X

世界初の画期的演出でスポーツクライミングは巨大な壁に未来を描く!

2019.12.04

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それまで競技者中心だったスポーツクライミングに、エンタテインメントの力を注入し、見る者も楽しめるスポーツに──。

ソニー・ミュージックエンタテインメント(以下、SME)が公益社団法人日本山岳・スポーツクライミング協会に提案したのは、プロジェクションマッピングの導入だった。世界に先駆けて日本の大会で初めて導入されたこの画期的な演出は、すぐに世界各地の大会に広まり、ワールドスタンダードとなっていった。いかにして競技のエンタテインメント化が進んでいったのか、日本山岳・スポーツクライミング協会 理事であり競技委員会委員長の村岡正己氏を迎え、演出を担当するSMEの石毛克利とともに話を聞いた。

  • 村岡正己氏

    Muraoka Masami

    公益社団法人日本山岳・スポーツクライミング協会
    理事/競技委員会委員長

  • 石毛克利

    Ishige Katsutoshi

    ソニー・ミュージックエンタテインメント

登山(アルパイン)から発展したスポーツクライミングをどうやって魅せるスポーツに進化させるか

──スポーツクライミングでは、近年、競技ルールにも紐づかせる、“魅せる演出”としてプロジェクションマッピングが導入されていますが、こういったエンタテインメント性の高い演出を取り入れるようになったきっかけを教えてください。

村岡:だいぶ前の話になりますが、2004年に埼玉県で行なわれた国体がひとつのきっかけでしたね。開催地として手を挙げた加須市には、競技会場がありませんでした。それで、加須市民体育館にクライミングウォールを作ろうということになり、私ども山岳協会(現 公益社団法人日本山岳・スポーツクライミング協会)にも運営方法を教えてほしいということになり、そこから広がっていきました。その時の加須市のこだわりが、このスポーツを根づかせようという考えで常設でした。そういう経緯があって、現在の形になったわけです。

2004年の埼玉国体以降、日本のスポーツクライミングのメッカとなった加須市民体育館。現在も多くの市民が利用され、体験や大会が開かれている。 写真提供 加須市民体育館

石毛:ソニーミュージックグループの新規事業としてスポーツで何かできないかというテーマがあり、5年くらい前に飛び込みのような形で大会の会場にお伺いしたのが、我々がスポーツクライミングに関わらせていただくことになったきっかけです。もっとも、協会の方にSMEの名刺をお渡ししましたが、協会の方の反応はいまひとつだなと感じましたが(笑)。

村岡:埼玉国体が終わった後、次のアクションとして、同じ加須市で2005年にリードジャパンカップ、2006年にボルダリングジャパンカップ、2007年にはリードワールドカップを開催しました。2007年の大会はワールドカップということもあり、800人ぐらいのキャパシティの加須市の会場に、立ち見を入れて1,000人以上の人が集まり、当日券も出せないほどの盛況振りでした。そのときからスポーツクライミングは観るスポーツなんだと、我々も徐々に意識するようになりました。

石毛:私たちも協会の方とお話ができるようになって競技になるまでの詳しい経緯を知りましたが、正直なところ、当初はスポーツクライミングというと、登山をやる方が取り組むスポーツという認識でした。それが、実際に会場に伺ってそのイメージはガラリと変わり、これならエンタテインメントの視点で何かご協力できることがあるのではないかというインスピレーションのようものを感じたんです。

村岡:もともと山岳協会は、岩と雪の山のピークを目指す冒険的な登山(アルパイン)の振興を中心に活動をしていましたからね。そういうイメージの方は多かったと思います。

石毛:会場に伺うと、今のように会場こそ照明で暗くなっていませんでしたが、DJが入って音楽も流れていて、エンタテインメントの要素とは相性が良いし、どう登っていくかを思考する詰将棋的な部分もあって、日本人の好む要素が入っている。スポーツクライミングに対して観て楽しいスポーツになるにおいを感じましたね。

村岡:競技団体としては、登山(アルパイン)だけを求めていてはダメという認識を持ったことがスタートでした。そうしたある種の危機感から、国体においても、縦走、登攀の2種目から名称変更も含めスポーツクライミングに特化するようになりました。しかし、我々としても観るスポーツという部分を意識するようになっても、具体的にどうすればいいかはわからず、良いアイデアも浮かばない状況でした。
 

登山(アルパイン)

登山とクライミング両方の要素を合わせ持つ「登山スタイル」の一つで、登山道のない自然のままの地形を進む。目的が頂上へ登ることや岩壁自体を登ることにあり、道具を使用したり、安全確保技術などの高度なテクニックが必要になるため、非常に難易度が高いスタイルと言える。

巨大な壁がプロジェクションマッピングのスクリーンに!

──協会の方々の意識も変わって、魅せるスポーツへと進化させるにあたり、どのような取り組みを考えられたのでしょうか?

石毛:スポーツクライミングを実際に見て分かったことが、巨大なウォールがスクリーンとして使えるということでした。そこが魅せるスポーツとしての演出のポイントになると、村岡さんたちにお話しました。

村岡:スポーツクライミングを初めて見る方は、実際に選手がどこまで登れていたとか、会場ではすぐにわからないところもあります。ですから石毛さんのご指摘の通り、ウォールをスクリーンにして、何らかの情報を伝えたいという考えは我々のなかにもありました。例えば、スポットライトを活用すると、観客の方が選手の細かい動きを集中してみるのをサポートできます。ただ、実際にどうやったらいいのかノウハウがまったくありません。まだスポーツとしての歴史が浅い分、特に演出面においてはやり方が固まっていない部分も多かったので、エンタテインメントのプロフェッショナルにご提案をいただけることは、非常に有難かったのです。

──スポーツクライミングは3つの種目がありますが、それぞれがどんな種目か簡単に教えてください。

村岡:「スピード」「ボルダリング」「リード」という3つの種目があります。スピードは高さ15mの壁で、あらかじめホールド(登るための手がかりになる突起物)の配置が周知されているコースをいかに早く登れるかを競います。「ボルダリング」は、高さ5メートル以下の壁に設定された複数の課題(コース)を、制限時間内にいくつ登れたかを競う競技です。「リード」はロープで安全が確保された競技者が十数メートルの壁に設定されたコースを登り、その到達高度を競います。それぞれに特徴があり、必要とされる能力も違います。また、3種目を一度の大会で行ない総合得点を競うのが複合種目です。

選手が一対一で競い勝ち上がり制となる「スピード」は、瞬発力とパワーが必要な種目だ。 ©JMSCA/アフロ

2019年八王子の世界選手権スピード決勝。写真は原田海選手(左)とミカエル・マエム選手。 ©JMSCA/アフロ

設定された複数の課題に対していかに少ないトライ数で、多くの課題を完登できるかを競う「ボルダリング」は、多彩なムーブテクニックが求められる。 ©JMSCA/アフロ

女子スポーツクライミングの第一人者として、世界をリードする野口啓代選手がボルダリングに挑むシーン。 ©JMSCA/アフロ

ロープを付けて、どの高さまで登り切れるのか。「リード」は、登り切るためのスタミナ、高度な登攀技術等が求められる。 ©JMSCA/アフロ

2019年八王子世界選手権でリードにトライする楢明智選手。 ©JMSCA/アフロ

石毛:現在行なわれている大会で、選手が実際にウォールの課題を見ることができるのは競技開始直前のオブザベーションのときです。それまでは、会場は暗くしています。同時に、観戦するほうも、選手が課題をどのように感じているかなど様子を見ながら、課題の詳細を確認できます。

2019年リードワールドカップ印西大会、オブザベーションでルート確認をする選手。 ©JMSCA/アフロ

──試合ごとにホールドの設定位置が変わるので、直前まで選手にも観戦するほうにもコースの詳細がわからないよう、会場が暗転しているわけですね。

石毛:そうです。初めて見た加須の大会では、場内は暗転することなく明るいままでしたが、あれだけのサイズのウォールなら充分スクリーンとして使えると思い、プロジェクションマッピングを取り入れるアイデアが閃きました。事前にコースを見せないというルールとしての公平性も保てますし、演出的にも効果があるというメリットもありますから。


種目ごとにウォールがあり、それぞれの形状に合わせて演出が施される。 ©JMSCA/アフロ

村岡:プロジェクションマッピングを導入したのは、2017年に代々木で行なわれたボルダリングジャパンカップが最初でした。これは世界にも先駆けた取り組みで、注目を集めたんです。

石毛:実は、プロジェクションマッピングをウォールに映すというアイデアを提案したときに、協会で賛成していただいたのは村岡さんのほかに数人の方だけでした。ご提案では、何が行なわれるのか想像していただくしかなかったので、ご判断いただくのは難しかったと思います。

村岡:あのときの状況を考えると、実際は無理やりやっちゃったって感じですね(笑)。でも、代々木で初めてプロジェクションマッピングを映したときのお客さんの歓声は、今でも忘れられません。決勝に入って、会場が暗くなり、パッと映像が映し出されたときの会場の反応、当初は手探りの部分もありましたが、あれはやって良かったと本当に実感しました。

日本発のプロジェクションマッピング演出が世界のガイドライン(観戦体験の向上)に

──スポーツクライミングを最近、初めて見た方には、プロジェクションマッピングの演出は以前からあったように感じていると思います。

村岡:そうなのでしょうね。SMEのご提案でプロジェクションマッピングの演出を導入できたことによって、世界的な評価もいただきました。今では、「可能な限りプロジェクションマッピングを演出に入れてください」というのが、国際大会のガイドラインとなるオーガナイズハンドブックにも載っています。

石毛:プロジェクションマッピングだけでなく、照明で選手の動きを照らすだけで観戦するほうは集中できるなど、スポーツクライミングはいろいろな演出ができる競技なのです。

2019年、八王子で行なわれた世界選手権で演出された試合会場。 ©JMSCA/アフロ

村岡:ガイドラインのなかには、我々が実施しているウォールに当てる照明の明るさを数値化したルクス度数も支持されています。それもSMEの皆さんが、試行錯誤しながら最適な明るさを見つけてくれたからです。日本発の演出が世界に広がり、スタンダードとして認められた。我々協会としても、ありがたい話です。

石毛:演出としてのプロジェクションマッピングだけでなく、競技に寄り添ったマッピングも提案しました。以前は競技者が途中経過を知ってはいけないというルールがあって、観客に対しても制限がかかっていた状態でしたが、マッピングを利用すれば、会場にいる観客の皆さんには、お伝えできると考えました。今ではそれも演出として取り入れられていますし、スポーツクライミングは、ルールを覚えればもっと面白くなるスポーツです。初めて会場に来るお客様がおいていかれないような演出を常に考えています。

照明などの演出によって競技の面白さがさらにアップ。スポーツの新たな可能性を生み出している。写真は楢智亜選手。 ©JMSCA/アフロ

──今年2019年の世界選手権でも、世界初の試みとなる演出にトライしたと伺いしました。

石毛:ウォールのホールドの部分が出っ張っているので、その形状を利用した3Dポインティング技術を使ったプロジェクションマッピングを世界で初めて試してみました。

2019年の世界選手権で登場。ウォールの形状に合わせて作られたプロジェクションマッピング。 ©JMSCA/アフロ

村岡:テレビ中継を見ている方は、解説で楽しむことができますが、会場内ではお客様がそれとは違った形で試合を楽しめるようにしたい。そのためには、安全が確保できれば、今はいろいろなことをやっていきたいという感じですね(笑)。良いと思ったものは、できるだけ取り入れようという姿勢が生まれています。ただし、コストとの兼ね合いがありますが。

石毛:ただ、実際に3Dポインティング技術を導入するのは、大変でした。大会は3日前にコースが決まって、そこから映像チームのクリエティブ作業が始まって、映像の調整からリハも行なわなければいけません。かなり厳しいスケジュールで、昼夜を問わずの作業になります。

村岡:デリゲイト(競技役員トップの技術代表)も含めて、我々も試合前に内容のチェックを行ないますから、時間的にもタイトで大変だったと思いますが、3Dポインティング技術を駆使した演出は、さらに一歩進んだ取り組みと言えますし、素晴らしいものをやっていただきましたね。

──今後、さらに競技が発展していくためにはどのような取り組みが必要だとお考えでしょうか。

石毛:3Dポインティング技術もそうですが、最初に演出を手掛けた大会では、ソニーのR&Dで開発しているMoving Projectorという技術を採用しました。専門的説明は割愛しますが、こうしたスポーツ大会では初めての導入となりました。今、テックとスポーツの融合はとても注目されていますが、スポーツクライミングではかなり早い段階で実現できていましたし、今後も推し進めていきたいですね。

ウォール上のビジョンは観客用にわかりやすくルールや順位、試合映像が映し出される。 ©JMSCA/アフロ

村岡:競技団体の立場から言えば、アスリート、メディア、開催地、お客様、スポンサーというそれぞれの立場の方々を、いかにして盛り立てていけるかだと考えています。ステークホルダーの方々がそれぞれ満足できるように、今後も、取り組んでいきたいと考えています。

石毛:自分たちの取り組みは、スポーツクライミングのファンを増やすことに尽きると思います。最初は、『CLIMBERS』(フリーペーパー)を発刊して、全国のボルダリングジムで活用していだきながら情報を伝えるところから始めました。現在は、競技者の練度を確認するボルダリング検定の開催と並行して、「頂」というスポーツクライミングのメンバーズクラブの運営をサポートしています。「する」「観る」「支える」という3つの視点で、スポーツクライミングの裾野を広げていくことにお役に立てればと思っています。

ボルダリング検定の運営・実施、さらに日本山岳・スポーツクライミング協会公認メンバーズクラブである「CLUB JMSCA ITADAKI(新しいタブで開く)」のサイト。

村岡:我々としても、選手がパフォーマンスを発揮できる会場作り、会場や規模にもよりますが、それに応じて、開催地でお客様が満足できるような工夫も必要です。メディアにも協力を仰ぎながら、スポンサーにとっては良いPRにつながるような仕掛けも大切です。先に話した5つのステークホルダーを大切にしながら、裾野を広げる部分でも、新しいスポーツクライミングファンが入り込みやすいよう、競技団体としてはそうした全体の底上げに寄与していきたいと考えています。

文・取材:伊藤篤志
撮影:冨田 望

<今後の競技開催予定>

・2020年2月8日(土)、9日(日)
第15回ボルダリングジャパンカップ(世田谷)

・2020年2月23日(日)
第2回スピードジャパンカップ(昭島)

・2020年3月7日(土)、8日(日)
第33回リードジャパンカップ(加須)

・2020年3月21(土)~23日(月)
日本ユース選手権リード競技大会(印西)

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