冬野ユミPCバナー画像
冬野ユミSPバナー画像
連載Cocotame Series

クリエイター・プロファイル

大河ドラマ『光る君へ』の作曲家・冬野ユミが劇伴制作において譲れないこと【前編】

2024.05.24

  • Xでこのページをシェアする(新しいタブで開く)
  • Facebookでこのページをシェアする(新しいタブで開く)
  • LINEでこのページをシェアする(新しいタブで開く)
  • はてなブックマークでこのページをシェアする(新しいタブで開く)
  • Pocketでこのページをシェアする(新しいタブで開く)

注目のクリエイターにスポットを当て、本人のパーソナリティや制作の裏側などを探るインタビュー「クリエイター・プロファイル」。

今回は、2024年の大河ドラマ『光る君へ』の音楽を手がける作曲家の冬野ユミをフィーチャーする。NHKのラジオドラマで劇伴の作曲家としてのキャリアをスタートさせ、テレビドラマ、ドキュメンタリー、CMなど多岐にわたる音楽制作の場で活躍してきた。

幼少期からクラシック、ロック、ポップスなどあらゆる音楽に熱中し、ユニットを結成して夜な夜な実験的な音楽づくりに没頭していたことも。その多彩な音楽遍歴は、紫式部を主人公に平安時代の宮廷を描く『光る君へ』の色鮮やかなサウンドトラックにも映し出されている。

前編では、音楽との出会いや劇伴の仕事を始めたきっかけなど、現在までの道のりを振り返りながら語る。

  • 冬野ユミ プロフィール画像

    冬野ユミ

    Tono Yumi

    3歳よりピアノを学ぶ。10歳のときハモンドオルガンに出会い傾倒、14歳でプロデビューを果たし、演奏活動を始める。学生時代よりピアニスト、キーボーディストとして活動する傍ら、作曲家としてラジオドラマ、テレビドラマ、ドキュメンタリー、教育番組、CMなど多岐にわたる音楽制作に携わる。2018年に『アシガール』のサウンドトラックが、iTunes Charts連続第1位を獲得。2019年には連続テレビ小説『スカーレット』の音楽を手がける。

大河ドラマ『光る君へ』

大河ドラマ『光る君へ』キービジュアル

主人公は紫式部(吉高由里子)。 平安時代に、千年のときを超えるベストセラー『源氏物語』を書き上げた女性。彼女は藤原道長(柄本佑)への思い、そして秘めた情熱とたぐいまれな想像力で、光源氏=光る君のストーリーを紡いでゆく。変わりゆく世を、変わらぬ愛を胸に懸命に生きた女性の物語。

番組放送情報
大河ドラマ『光る君へ』
NHK総合 日曜日 午後8時/BSP・BS4K 午後6時
[再放送]土曜日 午後1時05分
番組公式サイトはこちら(新しいタブを開く)

記事の後編はこちら:大河ドラマ『光る君へ』の作曲家・冬野ユミが劇伴制作において譲れないこと【後編】

“現実の劇伴”を演奏していた学生時代

2024年の大河ドラマ『光る君へ』を華々しく、艶やかに、ときに切なく彩る音楽。冬野ユミはこれまで、ラジオドラマやテレビドラマなどを中心に、劇伴制作の場で作曲家としてのキャリアを重ねてきた。

大河ドラマ「光る君へ」| オープニング (ノンクレジットVer.) メインテーマ | NHK(新しいタブを開く)

その作風はクラシカルなものからジャジーなものまで幅広く、ドラマの世界観に合致した音楽が繰り広げられていく。幼少期から、本人の言葉を借りると「節操なく音楽に熱中した」という。ポップスやジャズ、映画音楽、そして中学生のころにはプログレッシブロックに夢中になったことも。

「3歳のときにクラシックピアノを習いだしたのが、音楽との出会いです。でも、譜面通り忠実に練習するというのが嫌いで。自由に弾き遊びするのが好きでした。友達から『あの曲を弾いて』とせがまれて、教室にあるオルガンを自在に弾いてみせる、そんな子どもでしたね。

小学5年生のときに、ポップスやジャズに強い先生に出会って、ハモンドオルガンも弾き始めました。バート・バカラックやフランシス・レイのような古い映画音楽も好きになって。今でもナタリー・コールやナット・キング・コールが好きです。

音楽雑誌の募集ページを活用して、バンドメンバーを募集したこともありますよ。私の担当はキーボードです。でも、初心者のメンバーが集まるなか、私はキング・クリムゾンといった難解なプログレッシブロックのコピーをやりたいものだから、あまりうまくいきませんでした(笑)」

さまざまな音楽を吸収するいっぽうで、学生時代から演奏活動を開始。放課後や週末に、ホテルやレストランでピアノを弾く仕事をした。

「当時はバブル時代で、演奏の仕事がたくさんあったんです。授業が終われば衣装に着替え、カバンに制服を詰め込んで演奏会場に向かう勤労学生でした。お客様からいろんなリクエストを受けては演奏して、仕事はとても楽しかったです」

当時の思い出を何気なく語るも、この演奏活動こそが冬野ユミの作曲家としての礎になったのは確かだった。

「お店では、その場の雰囲気に合わせてピアノを弾くんです。カップルがピアノのそばに座っていると、“このふたりのために弾こう”と良い感じのBGMを弾くことも。“現実の劇伴”みたいなものですね」

劇伴の作曲家としてのスタートはラジオドラマ

劇伴と言えば、テレビドラマや映画などの音楽を想像する人が多いだろう。しかし冬野ユミは、映像よりもややニッチなジャンルであるラジオドラマの劇伴で作曲家としてのキャリアをスタートさせた。

「20代のころ、お芝居の幕間にピアノを演奏する仕事をしていた縁で、NHKのラジオドラマの音楽をやってみないかと依頼されたのが始まりでした。そのお芝居の演出をしていたのが角岡正美さんという方で、ラジオドラマの演出をたくさん手がけていらっしゃったんです。私も“面白そうだな”と思って劇伴の世界に飛び込みました。ここでたくさんの実験的な音楽をつくって、まさに劇伴の洗礼を受けたと言って良いと思います」

携わったラジオドラマは、鋭い世界観を持った文芸作品のようなものが多かったという。独特の題材を取り上げる作品や、ウィスパーボイスだけで物語を展開する作品も。「もうこれ以上のアイデアは出ない!」と思うほど試行錯誤を重ねたと語る。

「スタジオミュージシャンとBANANAというユニットを組んで、夜な夜な実験を繰り返していた時期があるんですよ。ウイスキーの瓶に水を入れて録音したり、ありとあらゆる音を使ってコラージュしたりして。

彼らと一緒にラジオドラマの劇伴を作っていたときは、変わった楽器ばかり使っていました。不思議な音色のオンド・マルトノ※を取り入れてみたり、竹筒を吹いて風の音を出してみたり、グランドピアノの弦の間に消しゴムを挟んでプリペアド・ピアノ※にしてみたり……。いつも角岡さんが『やろう!』と言ってくださって。これが私の劇伴作曲のルーツですね」

※オンド・マルトノ:1928年にフランスの電気技師、モーリス・マルトノが発明した電子楽器。

※プリペアド・ピアノ:弦にネジやゴム、フェルトなどの異物を装着し、音を変化させたピアノ。

こうして着々と力を蓄えていくうちに、個人名である「冬野ユミ」としてテレビドラマの劇伴を手がける機会が増えていった。例えば、『徒歩7分』(2015年)や『アシガール』(2017年)といったNHKドラマなどである。

2019年には、連続テレビ小説『スカーレット』の劇伴制作という大仕事にも抜擢。戸田恵梨香演じる女性陶芸家を描いた物語で、天性の芸術家肌である主人公が作陶に燃えるさまや、夫や息子をはじめとする家族との機微に富んだふれあいを、冬野ユミの音楽がときに激しく、ときに繊細に彩った。

そして『スカーレット』のチーフプロデューサーである内田ゆきと、演出の中島由貴は、大河ドラマ『光る君へ』でもタッグを組むことになる。

「おふたりとも、これまでNHKのドラマで何度もご一緒してきました。今回、大河ドラマでご一緒することになって、うれしいいっぽうで、『私たちって大河ドラマをやるようなタイプじゃないよね』とも言い合っていて(笑)。私はラジオドラマという、ある種のアンダーグラウンドなジャンルで音楽をつくってきた身ですから。中島さんからは『大河ドラマだからといって意識しないで』とも言われました。

でも、やっぱり大河ドラマって王道の大エンタテインメントなんですよね。だから視聴者の皆さんに楽しんでいただくためのサービス精神は忘れたくないし、ひとりよがりな音楽はつくりたくない。その折り合いのつけ方を、今も模索しているところです」

大河ドラマと言えば、1963年から60年以上つづく歴史あるシリーズだ。音楽は冨田勲、芥川也寸志、武満徹、三善晃、一柳慧、服部隆之、エンニオ・モリコーネ、ジョン・グラムなど、歴史に名だたる作曲家たちが担当してきた。

そんななか、冬野ユミはどんなアプローチで『光る君へ』の劇伴制作に取り組んでいるのだろうか。

王道であることを意識しつつ、意識しすぎず

大河ドラマ『光る君へ』の主人公は、日本最古の長編小説と呼ばれる『源氏物語』の作者とされている紫式部=まひろ(吉高由里子)。これまで明らかにされていない紫式部の人生や、のちの最高権力者であり、まひろのソウルメイトである藤原道長(柄本佑)とのただならぬ関係性、そして平安時代ならではの泥沼的な政治劇が描かれる。

「中島さんからは『大河ドラマだからといって意識しないで』とは言われましたが、やはり私にとって大河ドラマは憧れの存在でもありました。“私でいいのかしら?”という思いはありつつも、取り組んでみることにしたんです。メインテーマはNHK交響楽団が演奏することもあり、まずはオーケストラという土台でクラシカルな音楽がつくりたいと考えました」

メインテーマは、広上淳一指揮、NHK交響楽団が演奏する「Amethyst」。弦楽器による鮮やかで幻想的なイントロで耳を惹きつけたかと思えば、圧倒的な存在感でピアノのパッセージが登場する。いわゆるピアノ協奏曲の形式で書かれた曲である。

尺の調整に試行錯誤したメインテーマ「Amethyst」の譜面

尺の調整に試行錯誤したメインテーマ「Amethyst」の譜面

ピアノを担当したのは、今をときめくピアニストの反田恭平。“メインテーマはピアノ協奏曲の形式で書こう”と決めてから、真っ先に彼に弾いてほしいと考えた冬野ユミが、自ら熱烈な長文メールでオファーし、決定した経緯があったという。反田恭平にはロシアへの留学経験があるが、「Amethyst」という曲にもロシア音楽のような憂いや雄弁さがあり、弾き手のピアニズムと合致している。

「ピアノ協奏曲として堂々とした作風を大切にしつつ、中間部はジャズのような雰囲気にしました。反田さんにジャズを弾いていただきたくて。全体を通して、まひろの激動の人生を表現するイメージで制作しました」

ピアノを奏でる反田恭平

反田恭平 ©Yuji Ueno

メインテーマの候補曲であった「Primavera-花降る日」でも、反田恭平がピアノソロを担当。オーケストラとピアノが対等にダイアローグを交わすような硬質な作風で、平安時代と同じくヨーロッパで宮廷が隆盛を誇っていた時代のバロック音楽を想起させる。こうして冬野ユミは、『光る君へ』の雅な世界を音楽でかたちづくっていった。

後編につづく

文・取材:桒田 萌

Copyright NHK (Japan Broadcasting Corporation). All rights reserved.

リリース情報

『大河ドラマ「光る君へ」オリジナル・サウンドトラック Vol.1』CDジャケット画像
『大河ドラマ「光る君へ」オリジナル・サウンドトラック Vol.1』
発売中
価格:3,300円

音楽:冬野 ユミ
テーマ曲演奏:反田恭平(ピアノ)、朝川朋之(ハープ)
広上淳一指揮 NHK交響楽団

<収録曲>

  1. 01. Primavera-花降る日
  2. 02. Tears of Winter
  3. 03. Intimo-親密
  4. 04. Ludere-戯れ
  5. 05. 枯葉
  6. 06. Subrosa「 薔薇の下で・・・」
  7. 07. Blink of Darkness
  8. 08. Estate-夏の日
  9. 09. 過ぎた日
  10. 10. O ! Liebe
  11. 11. 遠い空
  12. 12. Saudade
  13. 13. Crescent Moon
  14. 14. MAGUWAI
  15. 15. Topaz
  16. 16. SYLPHY-風の精
  17. 17. Bird on the Wing
  18. 18. MELON san
  19. 19. Spring Bird
  20. 20. The End of Wind-風の果て
  21. 21. Anemone
  22. 22. Small Shoe
  23. 23. Cry
  24. 24. 光る君へ メインテーマ Amethyst
  25. 25. エクレア

連載クリエイター・プロファイル