システムエンジニア:文系出身、法学部卒、専門スキルゼロから始めたエンジニアの話
2024.06.27
2024.05.24
さまざまなエンタテインメントビジネスを手がけるソニーミュージックグループで、専門的な知識とスキルを持って働く技術者(エンジニア)に話を聞く連載企画。
第5回は、音楽ライブの自動撮影配信システムの開発リーダーを務める石原好貴に話を聞く。エンタテインメント企業でエンジニア職につき、気づくとフルスタックのスキルが身についていた、その経緯を語る。
石原好貴
Ishihara Yoshitaka
ソニー・ミュージックエンタテインメント
──石原さんは、ソニーグループなどと連携して開発される最先端テクノロジーを活用し、新たなエンタテインメントビジネスを生み出すEdgeTechプロジェクト本部という部門に所属していますが、現在はどういった業務を担当していますか。
次世代ライブソリューションの技術開発に携わっています。現在取り組んでいるのは、ライブ自動撮影システムの開発です。無人カメラを制御し、ステージ上のアーティストを追従撮影するシステムですが、そのアルゴリズムやユーザーインターフェイス、ネットワーク関連などの開発を行なっています。
──このシステムは、Zepp Haneda (TOKYO)とKT Zepp Yokohamaで既に稼働しているのと同じものですか。
はい、そして現在は、その改良版の開発を行なっています。ライブ自動撮影システム は、当初、ステージ上のアーティストにスマートタグを装着してもらい、位置情報をセンサーで検知して自動撮影を行なうシステムでした。
ただ、アーティストによっては装飾の多い衣装を身につけることがありますし、公演中に衣装を着替えることもあるので、スマートタグを常につけているのは難しいんですね。そこで、タグがなくても赤外線センサーを使って、被写体を追尾できるようにシステムをアップデートしました。こちらはまだ正式運用には至っていませんが、開発は完了しています。
さらに、今年3月からはソニーと共同で新規手法での自動撮影システムの改良にも着手しました。ソニーグループと共同でAIを開発し、可搬性や拡張性を高めるようシステムを改良していく予定です。
関連情報はこちら:「自動ライブ撮影配信システム」をZepp Haneda (TOKYO)、KT Zepp Yokohamaにて稼働開始
──石原さんの入社の経緯について聞いていきます。学生時代は何を学んでいましたか。
情報通信技術系の大学院を修了後、2020年に新卒でソニーミュージックグループに入社しました。大学時代は情報通信全般に加えて、電子回路を設計して基盤を作る、ハードウェアとソフトウェアの両方を制作して動作検証をするような研究もしていました。
──そういったことを学んだのであれば、就職先はメーカーを選ぶ人が一般的ではないですか。
そうですね。大学時代の友人は、ほとんどの人が推薦でメーカーのエンジニアになりました。実は自分もメーカーを志望していたのですが、いろいろな新卒採用サイトを見ていたときに、自分の好きな音楽やアニメを数多く手がけているソニーミュージックグループが目に入って。
専攻していた分野が違うし、書類審査の時点で難しいだろうと思いつつ、いわゆる記念受験のような感じで、入社試験にエントリーしてみたんです。ソニーミュージックグループはさまざまなIPを保有しているので、情報技術を使って何かしら面白いことができるんじゃないかという期待もありました。
──2020年入社ということはコロナ禍で、社会も会社も混乱していた時期だと思いますが、入社当時はどんな業務をしていましたか。
まさにコロナ禍のまっただなかだったので、当時は在宅勤務で与えられた課題をこなしていました。課題は、技術関連の資格を取る、ブロックチェーンについて学ぶ、当時サービスが始まったばかりだった5G通信について調べて資料をまとめるなどです。その後、社会情勢に合わせて徐々に出社するようになって、仕事の内容も変わっていきました。
──EdgeTechプロジェクト本部で仕事を始めた当初は、どんな仕事をしていましたか?
最初の約2年は、オンラインライブ配信システムの運用に携わっていました。グループ会社のソニー・ミュージックソリューションズ(以下、SMS)が運営するZeppなどのライブ会場から、撮影したライブ映像を同じくSMSが運営する「Stagecrowd(ステージクラウド)」などの動画配信サービスに送るシステムです。
──石原さんが大学で学んでいたこととリンクする領域でしたか?
それがまったくリンクしていなくて(笑)。最初は、映像フォーマットに関する知識すらなく、部署の先輩から「ここにノイズが載ってるよね」と指摘されても、どれをノイズと言っているのかもわからないくらいでした。
また、映像を配信する際には、画質やビットレートなどのパラメータを間違えると事故につながりかねません。今でこそ、ライブ配信も定着してネットワーク環境も強化されましたが、当時はネット回線が細いところもあったので、画質や音質を上げすぎるとすぐに映像が止まったり、ディレイが発生してしまったりで大変でした。
加えて、映像を送信する動画配信サービスによって対応するフォーマットも違っていたので、ライブ配信が始まるたびに、事故が起こらないかハラハラしてましたね(笑)。そうやっていくつかの山を乗り越えて、現在のライブ自動撮影システムを担当することになりました。
──現在、担当している業務も含めて、どういったときに面白さを感じますか?
ソニーグループと連携し、技術提供を受けながら一緒に開発を進めることが多いので勉強になることが多いのと、エンタテインメントの現場でPoC(Proof of Concept:概念実証。新たなアイデアやコンセプトの実現可能性、効果などを検証すること)を行なえることに、面白さを感じています。
それとデスクワークだけじゃないのも、個人的には楽しめているポイントです。ライブ会場に足を運んで、ライブ制作の一スタッフとしてアーティストや音楽に熱狂しているファンの方々の反応を間近で見る喜びも味わえています。
──パソコンに向かってひたすらプログラムを組むだけでなく、そういった現場も担当するんですね。
もちろんデスクワークが多いですが、現場に出る機会も多いです。私たちの部門が採用しているのは、短い期間のなかで少人数のチームが少しずつ成果を出しながら開発を行なう「スクラム」という開発手法です。
2週間ごとにそれまでの成果を報告、共有し、次の2週間の目標を決めてまた開発を進める。実際に動かせそうなフェーズに入ったら、現場で稼働させ、問題点を洗い出し、また改善していく。これを繰り返していって完成を目指します。
──現在は、開発チームのリーダーを任されていると聞きました。
社内の体制変更があり、今年度からリーダーになりました。チームマネジメントまではまだまだ気が回りませんが、メンバーから技術的な相談をされたときに誤った方向に行かないよう、自分も勉強をしながら正しくディレクションしていきたいと思っています。
──今まで関わってきたプロジェクトのなかで、特に苦労したこと、今振り返ってみると「良い経験だった」と思うことはありますか?
一番大変だったのは、配信システムの開発ですね。当時はコロナ禍だったので、ライブに限らずこの状況でも楽しめるエンタメについて話し合う機会が多かったんです。アーティストとファンがオンラインでリアルタイムに会話できるファントークシステム、配信映像をAndroidテレビなどの大画面で見るシステムなどが同時に立ち上がり、いろいろと模索していました。
まだ、コロナ禍が始まったばかりのころで正解が見えないなか、毎週のようにやるべきことが変わっていて。いろいろな会社がさまざまなサービスを次々考案していたので、差別化のために機能を追加するなど、作るべきものが常に変化し、それらを取り入れながら開発をしていました。非常に大変でしたが、今となっては良い経験だったと思います。
──では、この仕事で最も達成感が得られるのはどういうときでしょう。
ライブの自動撮影システムを使ってもらって、アーティストや事務所の方に「すごく良い映像が撮れてるね」「ぜひ次も使わせてほしい」と言っていただけたときは、やっぱりうれしいですね。
また、配信システムの運用を担当していたころは、バックヤードでバタバタすることも多かったのですが、ユーザーの方から「配信してくれているスタッフの皆さん、ありがとう」とか「配信、快適に見れました! ありがとうございます」などとコメントをいただくこともあったりして、そんなときは頑張って本当に良かったなと思います。
──現在はライブ自動撮影配信システムを開発していますが、自分から「こういうシステムを作ってみたい」と提案する機会もあるのでしょうか。
ライブソリューションチームには企画検討ワーキンググループがあり、それぞれが企画を出し合って上司に提案し、承認されると具体的に開発検討を行なう仕組みがあります。自分も、応援上映をより楽しむためのシステムなどをいくつか提案しました。その案は残念ながら却下となりましたが、やりたい企画があれば、年齢とかキャリアは関係なく、真剣に検討してもらえるのはありがたい環境だと感じています。
──そういった企画の提案では、ファンの人が体験したときに“こういうシステムがあったらうれしい”というファン目線が求められそうですね。
その通りだと思います。チーム内でも、“自分が好きなものを発信しよう、共有しよう”というムードがあるんです。週に一度の全体会議では、持ち回りで自分の趣味を発表し合う機会もありました。ファン目線でどういうサービスやシステムが欲しいのかというのは、常に問われることなので、そういう意味でも好きなものがあるというのは強みになると思います。
──そこが、エンタテインメント企業でエンジニアをする醍醐味にもつながりそうですね。石原さんは、ソニーミュージックグループでエンジニア職として働く楽しさを、どんなときに感じていますか?
例えば開発に特化した環境だと、自分の専門分野に関する裁量は大きいかもしれませんが、限られた一部の領域を請け負うことが多いと聞きます。もちろんそれはそれで、スペシャリストとしてスキルを磨けるのですが、プロジェクトの全体像を把握したいとなると、なかなか難しいと思います。
エンタテインメント企業のソニーミュージックグループでは、システムの開発環境とエンタテインメントの現場が直結しています。さらに、ひとりが手がける領域が広いため、それこそ「ファンはどんなシステム、どんな機能が欲しいのか」と広い視野で考えることができるのも特徴です。そこに私自身は魅力を感じています。
──エンジニア志望者のなかでも、どんな人がソニーミュージックグループに向いていると思いますか?
どのジャンルでも良いので、エンタテインメントが好きであることは重要なポイントだと思います。ファン目線を持っていれば、ファンのツボ、ファンが望むものもわかりますし、自分自身も妥協のないもの作りができますから。
──これからエンジニアを目指す人に向けて、自身の経験から“これはやっておいたほうが良い”ということがあれば教えてください。
技術に関しては、目先のことよりも“どうやってそれが動くのか”、その仕組みを理解する癖をつけておいたほうが良いと思います。最新テクノロジーも結局はそこからの発展であることが多いですし、応用がきくようにもなりますから。
また、“これだけは負けない”という強みを最初から持っておけると、それが自信につながると思います。と言いつつ、自分もまだそれを模索している最中ですが(笑)。
──入社当時と比べて、自分自身で成長を感じるのはどんなことですか?
成長というわけではないですが、作り方にも目が行くようにはなったかなと思います。相手先やチームのことを考え、どうすれば改修やメンテナンスも考慮したスマートなシステムを設計できるか、ほかの人が読んでもわかりやすいコードを書けるかなども、考えながら作れるようになったのは自分のなかで変化ではありますね。
──それはシステム全体の理解度が求められる、今の環境から学んだことですか。
そうかもしれません。専門分野に特化したエンジニア同士が一緒に仕事をすると、お互いの主張がぶつかってしまうことがよくあると聞きます。もちろん議論は大事なことですが、困った状況になるのは、お互いが主張を譲らず開発がスムーズにいかなくなること。そして、その要因を紐解くと多くの場合、隣のチームのエンジニアが何をしているのかわからないからだと言います。
我々EdgeTechプロジェクト本部では、人数が限られているということもひとつの要因ですが、一人ひとりが広い範囲をカバーするので、現場にも精通したフルスタックエンジニア(複数の分野に知見を持つエンジニア)になれると思います。さらに、そこから専門領域を極めていくこともできます。そういう機会がたくさん得られるので、エンジニアとしての伸びしろができてくるのではないかと。
──石原さんの今後の展望も聞かせてください。現在はライブ自動撮影配信システムを開発していますが、その先で実現したいことはありますか?
ソニーミュージックグループには、年に一度、その年に目覚ましいヒットを生み出したプロジェクトを表彰する社内制度があります。そこに自分たちが手がけたプロジェクトが選ばれることが目標のひとつですね。
やはりエンジニアとしてソニーミュージックグループで働くのであれば、テクノロジーを使ってヒットを生み出したい。特に、テクノロジーは下支えに徹することが多いため、なかなか受賞の機会に恵まれません。だからこそ、自分たちが作ったシステムで大きなビジネスを生み出したいです。
ソニーミュージックグループと聞いて、アーティストやIPのイメージが先行するのは当たり前ですが、エンタテインメントテクノロジーでも秀でた企業だと思ってもらえるよう頑張っていきたいですね。
文・取材:野本由起
撮影:干川 修
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