『リサとガスパール』原作者の思い①―― 25年もつづけられるとは思っていなかった
2024.09.05
注目のクリエイターにスポットを当て、本人のパーソナリティや制作の裏側などを探るインタビュー「クリエイター・プロファイル」。
今回は、2024年の大河ドラマ『光る君へ』の音楽を手がける作曲家の冬野ユミをフィーチャーする。NHKのラジオドラマで劇伴の作曲家としてのキャリアをスタートさせ、テレビドラマ、ドキュメンタリー、CMなど多岐にわたる音楽制作の場で活躍してきた。
幼少期からクラシック、ロック、ポップスなどあらゆる音楽に熱中し、ユニットを結成して夜な夜な実験的な音楽づくりに没頭していたことも。その多彩な音楽遍歴は、紫式部を主人公に平安時代の宮廷を描く『光る君へ』の色鮮やかなサウンドトラックにも映し出されている。
後編では、『光る君へ』の音楽制作の舞台裏や、劇伴の作曲で大切にしていることについて話を聞いた。
冬野ユミ
Tono Yumi
3歳よりピアノを学ぶ。10歳のときハモンドオルガンに出会い傾倒、14歳でプロデビューを果たし、演奏活動を始める。学生時代よりピアニスト、キーボーディストとして活動する傍ら、作曲家としてラジオドラマ、テレビドラマ、ドキュメンタリー、教育番組、CMなど多岐にわたる音楽制作に携わる。2018年に『アシガール』のサウンドトラックが、iTunes Charts連続第1位を獲得。2019年には連続テレビ小説『スカーレット』の音楽を手がける。
記事の前編はこちら:大河ドラマ『光る君へ』の作曲家・冬野ユミが劇伴制作において譲れないこと【前編】
『光る君へ』の制作発表が行なわれた際、脚本を担当している大石静が「平安時代のセックス&バイオレンスを描きたい」と語ったのが印象的だった。大河ドラマの醍醐味である政治の駆け引き、権力にすがるおどろおどろしい貴族の姿、そして男女の情愛――その世界観をより深めていくのが、冬野ユミの音楽である。聴き応えのある堂々とした音楽からライトなものまで、さまざまだ。
「平安時代を想像したときに、ヨーロッパで宮廷が栄えていた時代のバロック音楽や、そこで演奏されていた古楽器の音色が思い浮かびました」
『大河ドラマ「光る君へ」オリジナル・サウンドトラック Vol.1』
<収録曲>
いにしえの平安文化、貴族の姿を象徴する音色――そんな古楽器のサウンドを効果的にいかすために、日本のNHKのスタジオだけでなく、ベルリン(ドイツ)の教会でもレコーディングを行なった。チェンバロやリュート、ヴィオラ・ダ・ガンバ、ヴィオラ・ダモーレといった、中世から18世紀ごろにかけてヨーロッパで使用された古楽器と、日本の雅楽で使用される笙(しょう)という異色のコラボレーション。古楽器演奏には現地で活躍するアーティストが参加し、笙は西洋楽器との共演も行なう宮田まゆみが担当した。そこで録音されたのは「Crescent Moon」などの楽曲である。
「古楽器を演奏してくださった皆さんは、普段は中世やルネサンス、バロックの音楽が専門でいらっしゃるのですが、国や文化の違う古楽器同士のコラボレーションはきっと面白いだろうと思ったんです。実際に音を重ねてみると、まったく違和感がなくて。もっと違和感があった方が面白いんじゃないかと思うぐらいでした(笑)」
ほかにも、平安時代の暗部と雅を物語る絵巻のような広がりを感じる「過ぎた日」や、ピアノとヴィオラで激しさをダイレクトに表現した「Topaz」など、クラシックの影響が色濃いトラックがいくつか。演奏には、長らく読売交響楽団のコンサートマスターを務めてきた小森谷巧や、彼の率いるストリングスメンバーなども参加し、そのジャンルでは一線を走る奏者が多く集う。
「もともと、私の父はクラシックが大好きだったので、家ではいつも何かしらの音楽が流れていました。特に影響を受けたのが、ドビュッシーやラヴェルといったフランスの近代音楽や、プロコフィエフ、マーラーなど。モーツァルトやベートーヴェンのように整然とした音楽よりも、響きにぶつかりがあるものが好きですね。たくさん聴いて研究しましたし、ハーモニーは自然と今の作風に表われているかもしれません」
「Ludere-戯れ」は、ハープ奏者の朝川朋之とフルート奏者の多久潤一朗によるデュオ。どちらも西洋の楽器であるにもかかわらず、どこか和のテイストを感じさせるのも興味深い。ちなみに朝川朋之はメインテーマにも登場しており、反田恭平のピアノとともに音楽に気品を与えている。
さらに、『光る君へ』に登場する音楽はクラシカルなものだけではない。重厚かつ妖艶な物語に、ジャジーな音楽で息抜きを与えることも。例えば、ピアノとサックス、ベース、ドラムによるクールな「Intimo-親密」や、中西俊博によるジャズヴァイオリンのウィットに富んだ「枯葉」、ホーンセクションそれぞれのソロが光る「Subrosa『薔薇の下で…』」など、アコースティック楽器によるさまざまなセッションが繰り広げられる。
いっぽうで「Cry」ではパンクロックさながらのエレキギターのサウンドを響かせ、“何かが起きるのでは”と不穏な空気を漂わせてみせる。学生時代からあらゆるジャンルの音楽を好み、音楽を職にしてからもラジオドラマで実験を重ねてきたからこその引き出しの多さが、物語をドラマティックに演出する。
「大石さんは『光る君へ』において、平安時代を古式ゆかしいものとして描こうとしていないことはわかっていたため、いろんな音楽を作ろうと思いました。ときには遊んでみたり、まひろと道長の道ならぬ恋を想像できる音楽にしたり……。そうして、大石さんならではの愛憎ドラマを彩ることを意識しました」
『光る君へ』に至るまで、さまざまな劇伴を手がけてきた冬野ユミ。制作時に必ず心がけていることがあるという。それは、“ドラマの内容や場面の状況を説明する音楽”はつくらないこと。
劇伴の制作方法には、主にふたつのパターンがある。ひとつは、シーンごとに音楽をつくっていくもので、1本ものの映画でとられることが多い手法だ。もうひとつは、あらかじめシーンや状況を想定してつくっておいた音楽を、あとから編集で映像に当てはめていくもの。一般的なテレビドラマの制作では後者の方法がとられることが多い。
後者の場合、撮影と編集の施された映像を入手する前に音楽をつくる必要があるため、“日常の音楽”“悲しいシーンの音楽”というように、シーンや状況を想定しながら書き進めることが多い。『光る君へ』もおおむねそれに当てはまるはずだが、それでも冬野ユミは“状況に合わせた音楽”を避けたいと考えた。
「走っているシーンの音楽を書くとして、私はわかりやすく緊迫感とスピードのある“チキチキチキチキ……”という音楽にはしません。登場人物が泣いているシーンに、悲しい音楽をつけるようなことも望みません。走っていることなんて映像でわかるし、泣いている登場人物は心のなかでは笑っているかもしれないじゃないですか」
言われてみれば、『光る君へ』で出会ったばかりのまひろと道長=三郎が会話をするシーンに流れていたのは、ストリングスで演奏される「遠い空」であった。そこにあるのは幼きふたりの微笑ましい会話であるはずなのに、その逢瀬の先に悲しい展開を予期してしまうのは、美しくも儚く包み込むような「遠い空」に想像力が煽られ、心が揺さぶられてしまうからであろう。
つまり、物語を音楽で説明したくないということだろうか。
「そうですね。ドラマのある場面ひとつをとっても、視聴者によっていろんな感想や感情が生じるし、俳優さんの些細な表情からもそれがどんどん膨らんでいくわけです。その視聴者の想像を広げていくのが、音楽だと思っていて。
同じ音楽を聴いても“温かい音楽だな”と思う人もいれば、“これは悲しい音楽だ”と思う人もいる……なんてこともあるわけで、聴き手の状況や感情によっても大きく変わってきますよね。ひとつの場面から、いろんな感情を抱いたり、空気を感じ取ったりできる。インスピレーションをかき立てるような音楽をつくりたいと常々考えています」
さらには、「究極的な話ですが、ドラマの映像に音楽は必要ないと思っている」と語る。
「本当に必要であり大切なのは、エンドロールの音楽だと思っています。ラジオドラマの多くにはエンドロールがあるのですが、それこそが物語の音楽を象徴していると思っていて。私はいつも、エンドロールに物語へのイメージを乗せて、そこから逆算して劇伴を作っていくんです。
でも、大河ドラマにはエンドロールがないんですよね。私にとってのエンドロールは、今回の場合はメインテーマになります。でもやっぱり、最終回にエンドロールの尺を設けていただけないかな……とこっそり思ったり(笑)」
冬野ユミ/「光る君へ」メインテーマ ~Amethyst~(2024)|鈴木慎崇 - キンボー・イシイ - NHK交響楽団
作曲家としてのスタンスやこだわりをかたちにするには、演出家との言葉にはできない相性や、作品へのイメージや感性の一致も必要だろう。
「やはり過去には『この状況につけられる音楽をつくってください』と、わかりやすい音楽を求められたこともありました。私はそこでとりあえず『はい!』と答えながらも、そのオーダーには従わない……なんてこともあったり(笑)。
と言いつつ、やはりドラマは制作者のものだとも思っています。台本の持つ空気感を捉え、演出家がつくりたいものを想像し、そこから物語への大きなイメージを膨らませていく。台本があっての音楽だと思っているので、その流れは大切にしたくて。
『光る君へ』の演出をされている中島由貴さんは、これまでも何度もご一緒したことがあり、そんな私のスタンスを理解してくださる方。だから、とても心地良く音楽をつくることができています」
台本からインスピレーションを得て、ドラマの世界構築に大きな役割を担う劇伴作曲の仕事。そこには苦労も少なからずあるが、それでも劇伴の制作を主軸にしながら活動しているのには、理由がある。
「どんなことがあっても、私はやっぱり劇伴をつくるのが好きなんですよね。もしも今、『何でも好きなように音楽をつくりなさい』と言われたとしても、たぶんつくれないと思います。脚本があって、映像があって、そこに音楽を乗せていく。その仕事にものすごく魅力を感じているから」
たゆまぬ創造力から生み出される冬野ユミの音楽。味わい深い『光る君へ』の世界にのめり込むべく、音楽に身を委ねながら想像の翼を広げたい。
文・取材:桒田 萌
Copyright NHK (Japan Broadcasting Corporation). All rights reserved.
『大河ドラマ「光る君へ」オリジナル・サウンドトラック Vol.1』
発売中
価格:3,300円
音楽:冬野 ユミ
テーマ曲演奏:反田恭平(ピアノ)、朝川朋之(ハープ)
広上淳一指揮 NHK交響楽団
<収録曲>
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