やわらかい表情で話す辻野学
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エンタテインメント・イズム

辻野学のイズム:ヒットにはツキが必要――そのツキを呼び込むために必要なもの

2024.07.29

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音楽、アニメ、ゲーム、キャラクター、ソリューションなど、幅広いエンタテインメントビジネスを手がけるソニーミュージックグループで、各ビジネスを統括するマネジメントクラスが自身の“エンタテインメント・イズム”を語る。

今回は、1996年にソニーミュージックグループに入社し、現在はソニー・ミュージックエンタテインメントの取締役執行役員として、音楽ビジネスおよびアーティストマネジメント部門を統括する辻野学が登場。後編では、ヒットを生み出すための持論と会社の経営に携わる者としてのこだわりを聞いた。

  • やわらかい表情で話す辻野学

    辻野 学

    Tsujino Manabu

    ソニー・ミュージックエンタテインメント
    取締役執行役員

    ソニー・ミュージックレーベルズ
    代表取締役執行役員社長

記事の前編はこちら:辻野学のイズム:ヒットのなかには必ず次なるヒットのヒントが隠れている

辻野学的デジタル時代のヒットの理論

――以前は、CDやパッケージ商品などフィジカルを売り上げることがヒットの必須条件でしたが、音楽ビジネスを取り巻く環境もデジタル化が進み、ヒットが生まれる場所も多種多様になりました。音源ならバイラルメディアのストリーミングサービス、映像ならX、YouTube、TikTokなどで局所的にブレイクし、社会現象にまで発展するアーティストや楽曲もあります。エンタテインメントを取り巻く環境の変化には、どのように対応して、大ヒットの創出にトライすべきだと考えますか。

まず、デジタル化が進んだことにより、ヒットを生み出すためにやらなきゃいけないこと、できることが増えている現状があります。そのうえで、デジタル時代とフィジカル時代ではヒットを生み出す方法論がまったく違いますし、A&R(アーティスト&レパートリー:音楽アーティストをさまざまな面でサポートしながらヒットへ導く音楽業界の業種)ひとりで全てに対応するのは難しいと思います。

分野ごとに専門家も増えていますから、ひとりで抱え込むのではなく、隣の人に声をかけてどんどん巻き込んでいくことが大事です。それと、そのときにはコミュニケーションが非常に重要。自分のなかのアイデアを、関わる全員と上手く共有し、それを膨らませてもらうために分業を図らなければ大きなヒットは出にくいと思います。

――異なるジャンルを結びつける個の才能とチームプレイの両方が必要だということでしょうか。

ヒットの着火点を作るには、絶対に個の才能、個の力が必要です。先ほど、ヒットを研究するための着眼点として企画面、クリエイティブ面、宣伝面の3つを挙げましたが、企画やクリエイティブは個の才能に頼るべきです。

そこを最初からチームでやろうとしたり、ほかの人のアイデアや意見を聞きすぎたりすると、無難なものに陥りやすく、画期的なアイデアは生まれにくいと私は考えています。

ただし、個の力によってヒットの予兆となるスパイクが起こり始めたら、その先の大きなヒットにつながるようにコミュニケーションを図り、社内外でバックアップできるような体制を作るべきだと思います。

――具体的にはどういった状況が考えられますか。

これは、現時点での私なりのヒットの理論ですが、フィジカルの時代は浅く広く、できるだけ多くの人にアーティストや作品を知ってもらうことで、CDがたくさん売れていました。

ですが、デジタル時代のヒットの生まれ方は、宇宙創生時のビッグバンに似ていると思います。すごく密度の高い小さな点があり、それが人々の心に深く刺さったときに、バイラルで爆発するパターンです。だからこそ、中庸であってはならない。

また、現在は過多と思えるほど人々は情報にまみれていますので、先ほどもお話しした差別化は必須ですし、長く売れるためにもクオリティの担保は欠かせません。

そして、最初のスパイクが起こったあともバイラルにおいては重要です。現在は、一度大きなヒットが出たら1年、場合によっては2年ぐらい、長くヒットがつづいて徐々にシュリンクしていきます。フィジカル時代のヒットとは、ヒット後の動向も違うんですね。

だから、そのスパイクの瞬間を周りの人間もアナリティクスを通じて気づかなきゃいけないですし、個であるA&Rやプロデューサーは、その後にすべきことをチームにプレゼンし、チームからも提言を受けて、施策を組み立てていくことが必要。スパイク後はチームプレイによって、ヒットのタネをより大きなものに育てていくのが理想ですね。

――ヒットを大きくするという視点では、現在、SNSでのプロモーションも欠かせません。

もちろんです。今の時代は、楽曲のヒットもアーティストのバズも、SNSと切り離せなくなっています。私自身は、SNSはウォッチするだけで発信は行なっていませんが、SNS上でバズらせるためには“人に言いたくなる”、“教えたくなる”視点を持つことが必須。クリエイティブもプロモーションも、ユーザーが沸き立つことを意識しながら、逆算して施策を考えていかなければいけません。

真剣な表情で話す辻野学の横顔

ヒットするかしないかは“ツキ”であり、ツキを呼び込むには努力して貯めた“運”が必要

――辻野さんは日ごろから“ヒットはツキである”という話をしています。改めてその意味を教えてください。

私のなかでは“ツキ”と対照的な言葉は“マグレ”なんです。マグレというのは、つまり偶然のこと。ツキは、それとは違っていて、それまでにちゃんと準備をしていたからやってくる運のことだと考えています。

何が言いたいかというと……今、頑張って考えて、いろんなことにトライしているのにヒットが出ない、上手くいかない人は、ツキを貯めている最中だと考えてほしい。今、頑張っている道がヒットにつながると確信があるなら、突き進むその先で、今貯めているツキがいつか爆発するはずだと思ってほしいんです。

ヒットを生み出すことが求められるエンタテインメント業界では、良いアイデアがあり、良いプロモーションの仕方ができても、ヒットに結びつかない場合が往々にしてあります。そんなとき、私は「ツキがなかったな」と思うようにしていますが、勘違いしてほしくないのは、黙って指を咥えていてもツキはやってこないということです。

昨年度、ソニーミュージックグループでヒットを生み出した人たちに話を聞いても、「こうしたら面白いんじゃないか」「こうやったらもっと良くなるんじゃないか」と常に考えていると言っていました。

さらにその人たちは、考えるだけでなく、自分がインプットしたものを咀嚼して、アウトプットする準備も怠りません。トライアンドエラーの繰り返しになるときもありますが、それでも考えつづけ、動きつづける。ルーティンをこなしているだけでは、マグレはあるかもしれませんが、ツキはやってこない。このことは、お伝えしたいですね。

――それは、現在、エンタテインメントのクリエイティブに関わっている人にも言えることですし、今後、この業界を目指す人にも心に留めておいてほしいことですね。

エンタテインメント業界というのは、まったく関係のないもの同士をかけ合わせることで、どんなことでも仕事にできる。そこがこの業界のユニークなところで、最高に面白いところでもあります。

例えば自分は何もできない人間で、“趣味は寝ること”という人がいたとしても、“寝る”を突き詰めることで、今までにないヒーリング音楽が生まれるかもしれないし、ヒーリング音楽と何かをかけ合わせたらどうなる? という発想にもつながっていきます。

無駄な趣味や無駄な嗜好は、何ひとつないんです。あとは、自分がその引き出しを開けられるかどうか。最終的に求められるのは、それらを結びつけてひとつの形にすることです。そして、アイデアを形にするということに限っては、努力や経験を積むことが必要だと思っています。

そのための労を惜しまずにできる人には、ぜひエンタテインメント業界の門を叩いてほしいですね。ヒットを創り出すというのは、とてもエキサイティングな仕事ですから。

5年後、10年後、ソニーミュージックグループをもっと輝かせるために考えていること

――辻野さんは、ソニー・ミュージックエンタテインメントの取締役執行役員、ソニー・ミュージックレーベルズの代表取締役執行役員社長として、ソニーミュージックグループの音楽ビジネスをマネジメントする立場です。経営者の視点で今、こだわっていることは何でしょうか。

やはり、5年後、10年後、ソニーミュージックグループをより良い姿にするために今何をすべきか。あとは国内だけでなく、世界に我々のエンタテインメントを広めるためには何が必要か。そこには強くフォーカスしていますし、日々、考えをめぐらせています。

そのうえで、初めからプロフィット(利益)だけを気にする経営はやりたくないというのは、自分なりのマネジメント職へのポリシーです。とにかくディフェンシブにプロフィットを作ることも大切かもしれませんが、まずはグロスも強く意識しないと、5年後、10年後の未来が今より輝いていることは想像しにくいです。

バジェットという意味だけではなく、人的にも時間的にも必要なところにはしっかり投資して、未来で大輪を咲かせるタネを見つけていかなければいけないと考えています。

――これまでの話のなかにも、エンタテインメント業界を志す方々が知っておいて損のない内容が多数ありましたが、改めてソニーミュージックグループでのキャリアを目指す皆さんに、メッセージをお願いします。

今、ソニーミュージックグループの新卒採用、中途採用にエントリーされる方々に「何か質問はありますか?」とお聞きすると、かなりの確率で海外展開についての質問を受けます。

これまでは、私たちが日本語を使っている限り、J-POP、J-ROCKを海外展開していくオポチュニティは薄いと思っていましたが、ここ数年で状況は本当に様変わりしました。世界の人々とつながれる時代が来たために、非常に小さなタネがデジタルを通じて世界に発見される実例もたくさん生まれていて、音楽業界、エンタテインメント業界が、世界規模でものすごく面白いタイミングに来ていると思うんですね。だからこそ、アイデアのある人、やる気にあふれている人には、ぜひ手を挙げていただきたいです。

――それでは、今のうちに学んでおいたほうが良いこと、今後に向けて身につけておいたほうが良いスキルは何でしょうか。

いくつかありますが、ひとつは自分に学びを与えてくれる人との出会いを大切にすることです。それは年上の先輩かもしれないし、同年代かもしれない。年下ということだってあり得ますし、今はまだ同じコミュニティにいない人かもしれません。

自分に足りていないことを気づかせてくれる人と出会えたら、そのご縁を一生ものにできると良いですよね。その人を見て、自分には何が足りていないのか、深く考え、研究し、補うための努力につなげることができるからです。

それと、世界的ヒットを目指すときに、海外とのコミュニケーションが不得手な現実を痛感します。少なくとも、英語でコミュニケーションができるようになることは、若いうちから意識しておいたほうが良いと思います。

また、海外にエンタテインメントを届ける際に、心に留めておいてほしいことが、もうひとつあって。それは、世界はひとつでもないし、日本と同じではないということです。国や地域、その場所に住む人の気質も違えば、商習慣、趣向性も違うため、意識すべきこと、注意しなければいけないことも異なってきます。

アーティストごと、作品ごとに特性を掴んで、オリジナリティとローカライズを融合した音楽性や演出を意識し、ファンエンゲージメントを高めることが重要だということですね。

アメリカや韓国の音楽、映画のように、自国でヒットすれば世界でも売れるというレベルまで、まだ日本のエンタテインメントは育っていません。しかし、先ほどお伝えした通り、それに近づける土壌は確実にできつつあります。世界を広く、そしてある意味狭く捉え、創意工夫できる能力を伸ばしていってほしいと思います。

優しい表情でたたずむ辻野学

記事の前編はこちら:辻野学のイズム:ヒットのなかには必ず次なるヒットのヒントが隠れている

文・取材:阿部美香
撮影:干川 修

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