ファンダムとの向き合い方で勝負する「mora」の音楽ビジネス②
2024.09.09
2004年のローンチから20周年を迎えた音楽ダウンロード・音楽配信サイト「mora」。サブスクリプションサービス全盛の今、高音質のハイレゾ、ロスレス音源の配信を中心にポジションを築き、音楽を購入し所有する喜び、じっくり聴き込む楽しさを伝える同サービスの次なる一歩とは? 運営に携わるスタッフ3人が、「mora」の過去、現在、そして未来について語る。
高橋悠紀
Takahashi Yuki
ソニー・ミュージックソリューションズ
栗原大輔
Kuribara Daisuke
ソニー・ミュージックソリューションズ
植村亜矢子
Uemura Ayako
ソニー・ミュージックソリューションズ
記事の後編はこちら:ファンダムとの向き合い方で勝負する「mora」の音楽ビジネス②
──音楽ダウンロード・音楽配信サイト「mora」は、今年で20周年を迎えました。まずは、これまでの歩みを教えてください。
栗原:「mora」の起源は、1999年にソニー・ミュージックエンタテインメント(以下、SME)が運営を開始した音楽配信サービス「bitmusic」にまで遡ります。
「bitmusic」は国内初の音楽配信サービスで、ソニーミュージックグループが権利を有する音源を中心に楽曲を販売。PCに加え、ソニーから同時期に発売されたポータブルオーディオ機器「メモリースティックウォークマン NW-MS7」※1などでダウンロードした音楽を楽しむサービスでした。
※1:ウォークマン®シリーズで初めて記録媒体にIC記録メディア「マジックゲート メモリースティック」を採用したモデル。当時のWindows OSで動作し、楽曲の取り込み、管理、再生、他機器への楽曲転送といった各機能を、行なうアプリケーションソフト「OpenMG Jukebox」も付属していた。
当時は音楽配信の黎明期で、SMEが自社で権利を有する楽曲を配信するために「bitmusic」を立ち上げたように、国内のレコード会社が個々で楽曲を配信している状況だったんです。
ただ、それだとユーザーが不便であることに加え、各レコード会社も個別に配信ストアを運営するのはコスト面を含めて効率が悪かったので、それを改善すべく2004年に会社の垣根を越えて音源を販売する総合配信ストア「mora」が生まれました。
そして、このタイミングで「bitmusic」で配信されていた楽曲も「mora」で配信されるようになり、2007年には「bitmusic」のサービスが終了。「mora」に一本化されることになりました。
そのうえで、当時は楽曲データにDRM(Digital Rights Management)というデジタル著作権管理を施した状態で配信するのがレギュレーションになっていて、「mora」はソニーのDRM技術を導入していたので、「bitmusic」の立ち上げ時と同様に、ウォークマン®とも密接な関係でスタートしました。
──現在も“WALKMAN®公式ストア”と冠していますが、原点から深い関係性だったんですね。
栗原:はい。そして「mora」のローンチ後は、2007年に初代iPhoneがアメリカで発売され、2008年にはAndroid OSを搭載した初のスマートフォンも発売。ここから本格的なスマートフォンの時代が到来します。
当時は「着うたフル」※2の全盛期だったのですが、ソニーの「Xperia」などAndroid OSを搭載したスマホが多数登場するなか、Androidスマートフォン専用の音楽配信プラットフォームが必要ということで、「mora」でもPC用とは別にサイトを作ることになりました。それが、フィーチャーフォンからスマートフォンへの移行期です。ちなみに、このとき、私もプラットフォーム開発に携わることになりました。
※2:自分の好きな楽曲の一部をダウンロードして、フィーチャーフォン、ガラケーと呼ばれた携帯電話の着信音に設定できるサービスが「着うた」。2004年には、インターネットの高速化や、その後のスマートフォンの登場を背景に、楽曲を丸ごとダウンロードできる「着うたフル」へと進化した。2021年3月をもってすべてのサービスが終了している。
こうして徐々に音楽配信のマーケットが拡大していくなかで、2007年からはAppleのiTunes StoreでDRMフリー、つまりデジタル著作権管理が解除された楽曲の販売がスタート。そしてこの動きは業界全体に拡大していくことになり、「mora」も2012年10月のリニューアルでDRMフリーを導入しました。
──DRMフリーは、「mora」の歴史においても大きなできごとだったのではないでしょうか。
栗原:そうですね。DRMが導入されていた時代は、購入した音源が端末に紐づくため、例えば携帯電話の機種を変更すると、もう一度買い直さなければいけないという状況でした。それがスマートフォンの時代になり、端末を買い替えても過去の購入履歴を辿ってダウンロードできるようになったので、ユーザビリティが高まり、音楽配信サービスの利便性が認知されるようになったと思います。
──そこからの歩みについても教えてください。
栗原:その数年後、「mora」は従来の圧縮音源から高音質の音楽配信へとステップアップしていきます。2013年には、ソニーのオーディオ機器と連携しつつ、ハイレゾ音源の配信もスタートしました。また、今年3月からは無圧縮方式を採用し、AACの圧縮音源よりも高音質なCDクオリティのロスレス音源の配信も開始しています。
このように、「mora」では各レコード会社から音源をお預かりし、ソニーをはじめ通信キャリア各社、各種端末とも密接な関係を構築しながら、音楽をお客様に届けてきました。
──現在、音楽の聴かれ方はサブスクリプションサービスがトレンドですが、そのなかで「mora」もダウンロードストアとしてポジションを確立しています。どういったユーザーが、どのような環境で利用しているのでしょうか。
高橋:「mora」は、以前からPCの利用者率が非常に高かったのですが、ここ数年はスマートフォンのユーザーも増えてきて、その割合は均等になりつつあります。
ただ、ハイレゾ音源は圧縮音源と比較してどうしても容量が大きくなるため、モバイル端末で管理するのは大変です。そのため、ハイレゾユーザーに関して言えば、PCでの管理や、NAS(ネットワークHDD)に楽曲データを保存してオーディオシステムと連携させて聴く方が多いと思います。
──サブスクではなく、音源をダウンロード購入するのはどのようなユーザーですか?
高橋:サブスクはアクセスモデル、ダウンロードは所有モデルとよく言われています。アクセスモデルは、テクノロジーの進化とともに現われた音楽視聴スタイルの新形態ですが、契約を止めれば、当然ながら聴くことができません。
その点、所有モデルでは、一度ダウンロード購入した音源は、聴きつづけることができるので、やはり手元に音源を残しておきたいという方が多いと思われます。特にCDの市場が今も残っている日本では、欧米と比べて音源を手元に持っておきたい方が多いのではないかと思います。
──物理的な所有欲を満たすCDではなく、ダウンロード購入を選ぶのはどういうユーザーニーズなのでしょうか。
高橋:近年はCDプレイヤーを持っていない人も増えていますよね。CDを買ってもスマホでは聴けないので、そういう方々には、ダウンロード購入がファーストオプションになっているのだと思います。
──単曲かアルバムかという購入傾向と、人気ジャンルについても教えてください。
高橋:ダウンロード数で言えばやはり値段も手ごろな単曲購入が多いのですが、「mora」に関して言うとハイレゾ音源を購入するお客様は、アルバム単位で購入される方が非常に多いですね。
ジャンルに関しては、J-POPに加えてアニメ系、アイドル系の人気が非常に高いです。やはりファンエンゲージメントが高い方々は、CD、グッズ、イベントなど“推し”に関するものはすべてカバーしようとしされますよね。
なので、好きなアーティストや作品に関する高音質なハイレゾ音源が出るとなれば、当然そちらを購入されますし、しかもアルバムごと購入してくださる方が多いというのも販売データから読み取れます。
植村:そんなアニメ、アイドルに加えて、最近、急激に存在感を増しているのがVTuberです。VTuberのアーティストは、CDを発売せずに配信のみの販売というケースが多く、音源を所有したくてもできない。さらに、音質にこだわるファンが多いのも特徴で、そういう方はハイレゾ音源で購入されています。
SNSを見ていると「昔のウォークマンを引っ張り出してきた」とか、「家族のハイレゾ対応ウォークマンで聴いたら、やっぱり音質が違った」という声もよく見かけます。「mora」にも“推し活”の流れが押し寄せているなと実感しますね。
──「mora」としても熱量の高いファンにアピールが必要だと思いますが、どのような施策を打ち出していますか。
植村:ここ数年、「mora」が力を入れているのが購入者特典です。なかでも、各レコード会社と連携した“音声トラック特典”に注力しています。ちなみに2023年度は、3日に一度のペースで特典ボイスを配信していました。
なかには、バイノーラルマイクを使い、なおかつハイレゾ音質で録音し、まるでアーティストが耳元で話しているかのような特典ボイスもあります。
また、ハイレゾ楽曲の聴きどころをアーティスト本人にインタビューで語ってもらうことで、ファンの皆さんに「そう言えば、ここのブレスがポイントだと言ってたな」とか、「ここのフレーズの歌い方が難しかったと言ってたな」という感じで、楽しんでいただけるようになりました。
サブスクだと“ながら聴き”になりがちですが、購入したもので、さらにそれがハイレゾ音源のように高音質であれば、じっくり聴き込こもうというファンの方も多いはず。そういったニーズに合致した特典をご用意しようと取り組んでいます。
──やっぱりアイドルやアニソンアーティスト、声優の特典ボイスが多いのでしょうか。
植村:スタートは声優さんの企画でした。その後、男性アイドルグループにバイノーラルマイクを囲んで話してもらうなど、リアルではできない、デジタルならではの感動体験をお届けしようと、いろいろと企画を練っています。
最近では、THE JET BOY BANGERZ from EXILE TRIBE、Little Glee Monster、鈴木愛理さんなどの音楽アーティスト、星街すいせいさんやHIMEHINAさんをはじめとするVTuber、声優の上坂すみれさん、内田真礼さん、南條愛乃さんなどの特典ボイスを提供しました。
──ほかのストアでも、同じようなサービスを行なっているのでしょうか。
植村:はい、定番になりつつありますね。そして、一番手とは言い切れないのですが、「mora」の積極的な取り組みがトレンドの先駆けになったとは思います。
栗原:CDを販売する際、レーベルでもステッカーやバッジなどの店舗別特典を用意していますが、「mora」の場合は、デジタルの音声コンテンツを特典にして差別化を図りました。発送を伴うような現物の特典もありますが、今ではデジタル特典のほうが多くなりましたね。
──こうした施策を始めてから、売り上げやファンの反応は変わりましたか?
栗原:ストア自体にファンがついてくださるという、わかりやすい効果が表われています。例えば、あるアーティストのアルバム購入特典を気に入ったファンの方が、また次も「mora」で購入するといった購買行動が出ています。
植村:デジタルストアは、ランキングがタイムリーに発表されるのも特徴です。「mora」の場合、1時間ごとにランキングを更新していますが、ファンの皆さんはそれもチェックされているんですよね。「今〇位だから、みんな買って!」という拡売運動をされているファンの方の投稿を、SNSで目にすることもあります。
また、「mora」には都道府県別ランキングもあって、47都道府県すべてで1位を獲ると、同じジャケットが47個ズラーッと並んで壮観なんですね。それを目指して、「みんなで買おう」と働きかけているファンもいらっしゃいます。こういった推し活は、この1、2年でより加速しているように感じます。
──特典以外に「mora」ならではの特徴、強みはありますか?
高橋:大きな特徴としては、ハイレゾ音源市場のシェアを6割占めていることが挙げられます。そのため「mora」では、ハイレゾ音源を支持するお客様のCS(Customer Satisfaction)をいかにして高めるかということにも注力しています。
──ハイレゾ市場の現況についても教えてください。
高橋:市場全体としては、前年比で数%ずつ販売数、売り上げが下がってきています。とはいえ、ダウンロード市場全体の縮小傾向に比べると緩い下り坂です。そのうえで、「mora」に関して言うと、この2年ほどはハイレゾ音源の売り上げが前年比100%を超えているんですね。市場全体が緩やかな下降線をたどるなか、「mora」は売り上げをキープし、ハイレゾ市場全体に占めるシェアも上がっています。
──それは、「mora」にファンがついているからでしょうか。
高橋:ハイレゾ音源は圧縮音源よりも価格が高いことが多いので、お客様ひとりあたりの購入単価が上がります。例えば一部の商品では、5,000円近くするものもあります。特典つきとはいえ、その価格帯でも購入していただけるのは、音質に価値を感じるお客様が増えているからだと感じています。そういったお客様に向け、「mora」ではハイレゾにこだわってさまざまな施策を打ってきましたので、その成果が表われているのかなと思います。
どの音源をハイレゾ化するかは各権利者にゆだねられています。とはいえ、過去のカタログを含め、まだハイレゾ化されていない音源についても積極的に話を持ちかけ、リリースされる際には精いっぱいPRしていきたいと考えています。
後編では、「mora」が目指す未来について語る。
文・取材:野本由起
撮影:干川 修
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