データアナリスト:エンタメ業界は予測不能だから面白い――ヒットをデータで紐解く若手の挑戦
2026.06.25


2026.05.25
さまざまなエンタテインメントビジネスを手がけるソニーミュージックグループで、専門的な知識とスキルを持って働く技術者(エンジニア)に話を聞く連載企画。
第29回は、ソニー・ミュージックソリューションズ(以下、SMS)が運営するソニー・ミュージックスタジオ所属のテクニカルエンジニア・横田林三に話を聞いた。
スタジオ内のすべての機材を管理し、トラブルを未然に防ぎながら、音楽、映像の制作現場を支える職人の仕事とは?
目次

横田林三
Yokota Rinzo
ソニー・ミュージックソリューションズ
――ソニー・ミュージックスタジオにおける、テクニカルエンジニアの業務内容を教えてください。
私が担当しているのは“スタジオメンテナンス”、ひと言で言えばスタジオ全体の技術サポートです。スタジオにはレコーディング、マスタリング、オーサリングという3つのセクションがあり、それぞれで使われているすべての機材の管理やメンテナンス、システムのセットアップなどを行なっています。
現在、テクニカルエンジニアのチームは3人体制なのですが、機材の種類は数百にも及ぶので、覚えなければいけないことが多い仕事ですね(笑)。
――具体的に、どういった作業を行なっているのでしょうか。
ソニー・ミュージックスタジオには、複数のスタジオがありますが、それらすべてを回り、“赤伝”と呼ばれる故障修理伝票が出ていないか確認することから1日が始まります。セッション中に機材の調子が悪くなると、エンジニアやアシスタントがこの伝票を書いて、機材と一緒に置いておく流れになっているので、翌朝のうちにそれをチェックして、そのトラブルに対応します。
その後は、複数の音響信号を入力し、それを混合や調整して出力するための装置“ミキシング・コンソール”の細かい動作チェックを行ないます。午後は、故障機材の修理、そのほかの機材に故障がないかの点検、音響特性の測定に加え、スタジオ特注のケーブルを用途に合わせて切り出し、ハンダづけして作るなど、作業を行なっていることが多いですね。
ほかにも、購入しなければいけない機材の選定、モニタースピーカーの調整、スタジオ内のサーバーやWebサイトの管理、スタジオの入口に掲げてあるインフォメーションディスプレイの運用など、業務範囲は幅広いです。
――数百におよぶ機材を管理しているということですが、それだけ数があると機材の故障も、頻発するものなのでしょうか?
私たちの仕事でもっとも重要なのは、壊れる前に手を打つことです。故障しやすい機材はある程度わかっているので、そういったものには事前に大規模な点検、いわゆるオーバーホールを行ないますし、物理的な劣化が進むスイッチやコンデンサー類は、一定の年数が経てば順次交換していきます。
また、機材ごとに管理番号をつけ、交換リストを作って管理しているのですが、その記録作業も重要です。特にビンテージ機材は、メーカーでも既にパーツの生産を終了しているので、代替品を探したり、中古で出回っているものを購入したりして将来に備えるなど、先回りの対応が常に求められます。
――まさに現場を支える裏方、職人ですね。レコーディングやマスタリングなど、制作現場のエンジニアの皆さんとは、どのような関係性で仕事をしているのですか?
わかりやすく言うと“F1レーサーとメカニック”のような関係ですね。制作現場のエンジニアがクリエイティブな作業に集中できるよう、機材や技術の基盤を安定させるのが私たちの役割です。
もちろん不測のアクシデントはつきものですが、それを日々の定期メンテナンスで予防することが大切。何も起こらないことが、自分たちの仕事にとってのベストな状態で、“何事もなくて当たり前”を作るために、制作現場の裏にある細かい作業を日々行なっています。
――横田さんが、テクニカルエンジニアを志望した経緯を教えてください。
大学では、理工学部の電気電子情報工学科に在籍していました。入学当時は将来やりたいことが明確に決まっていなかったのですが、3年生で研究室を選ぶときに音響研究室と出会ったんですね。
さらに、その研究室の指導教授が、CDのPCM処理からSACDやDSDの基礎となる高速1bit信号処理の研究など、いわゆる現在のハイレゾオーディオの基礎を確立された山﨑芳男教授だったんです。
もともと趣味でヴァイオリンを弾いていて、室内楽やオーケストラのサークルに所属していたので、音響に興味があったのと、山﨑教授の指導に惹かれて音響研究室を選び、ここで音楽ホールの響きを視覚的に表示する研究をしていました。
――研究室で学んだことで、特に印象に残っていることはありますか?
アメリカ・シカゴにある「ストラディヴァリ・ソサエティ」で行なったストラディヴァリウスのデジタルレコーディングですね。歴史に名だたる名器の生音の素晴らしさはもちろんですが、1bit録音による生々しい音のクオリティには本当に驚きました。
また、同じころに、今でも続けている“水中、それは苦しい”というちょっと変わったインディーズバンドの活動も始めたので、自分たちの音源制作や友人のバンドのレコーディングで、録る側と録られる側の両方を経験したことが、この仕事に興味を持つきっかけになりました。
――就職活動で、ソニー・ミュージックスタジオを志望した理由はなんですか?
“音楽”と“音響”、両方に携わる学生時代を過ごしたので、やはり、その延長線上にある仕事に就きたいと考えるようになりました。研究室の先輩は音響機器メーカーに就職した方が多かったのですが、自分はオーディオ機器や音響機器を作るよりも、音楽制作の現場に近いところで仕事をしたいという気持ちが強かったんです。
そんなとき、ソニーミュージックグループの新卒採用に“スタジオメンテナンス”という職種があるのを見つけて、これは自分が求めている職種に近いのでは? と思いました。
――なぜテクニカルエンジニアの道を選んだのですか?
やはり機材に触れていたいというのが一番ですね。機材の前に座って録音作業をするのではなく、音楽を生み出す機材そのものを支えたい。そういう役割のほうが、自分の性には合っていると思ったんです。
――これまでの業務で、特に大変だったことはありますか?
2016年に行なったアナログレコードの原盤を作るためのカッティングルーム新設プロジェクトですね。ちょうど同じ時期にスタジオのコンソール入れ替えプロジェクトも進んでいたので、あのときは本当に大変でした(笑)。
――カッティングルームの設置と、導入したカッティングレース(アナログレコードのマスター盤となるラッカー盤に溝を掘る機械)については、本連載でカッティングエンジニアの堀内寿哉さんにインタビューをしたときに聞きました。カッティングレースの製造は、どこのメーカーも終了しているので、1970年代に製造されたノイマン社製の『VMS70』の中古機を購入したそうですね。
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アメリカでクローズするスタジオがあり、そこから売りに出されたカッティングレースを購入しました。物理的にとても大きな機材で、輸送の関係から部品ごとに分解された状態で届いたのですが、ソニー・ミュージックスタジオには、組み立て方を知っている人がいなかったんです。
複数の大きな木箱に分割して梱包されてきたパーツを前に、“本当にこれが動くようになるのか……?”と途方に暮れたのを鮮明に覚えています(笑)。結局、アナログレコード全盛期を知るOB、カッティングレースを導入している他社のエンジニアの皆さんなど、多くの方のお力を借りながら、少しずつ形にしていきました。
部品のクリーニングに1カ月、組み上げるのに1カ月、組み上げたあとの調整にも1週間ほどかけて、ようやく完動する状態に。音が初めて鳴った瞬間は、感動しましたね……。大変でしたが、その分、心に残る仕事でした。
――完成後のメンテナンスも大変だったと聞きました。
古い機械なので、トラブルは日常茶飯事でしたが、一昨年の暮れにカッティングヘッドというラッカー盤に溝を刻む重要なパーツが壊れるという最大のピンチが訪れました。何とか修理してもらえましたが、日ごろのメンテナンスの大切さを改めて感じるできごとでしたね。
――ソニー・ミュージックスタジオには、テクニカルチームが製作した独自の機材もいくつかあると聞いています。
プロ仕様の機材で、この世にないものは自分たちで作るしかないので、いくつかオーダーメイドの機材があります。そのなかでも特にユニークなのが、ルビジウムクロックを搭載したAD/DAコンバータ、マスタークロックジェネレータです。
デジタルオーディオは同期の精度が音のクオリティに大きく影響します。一般的なクリスタル(水晶)の発振子より高精度なルビジウムの発振子が使われており、開発から20年近く経ちますが、このクロックから生まれる音を好むエンジニアも多く、今も現役で使われています。
――ソニー・ミュージックスタジオの現役ビンテージ機材と言えば、畳1畳ほどの鉄板に音を共鳴させて残響音を作り出す“鉄板リバーブ”が業界内で有名です。機材として長年受け継がれ、心地良い高域の艶やかさがあり、ふくよかでクリアなサウンドづくりの要ということですが、そのメンテナンスもテクニカルチームが担っているんですよね。
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機材倉庫の一角にある専用部屋に、ドイツのEMT社製の名機『EMT140』を6台設置していて、各レコーディングスタジオとリンクするようになっています。筐体の内部に吊るされている薄い鉄板に音が送られて振動し、その振動をピックアップすることで、残響音を得られる仕組みです。
“ダンパー”というフェルト状の部品を鉄板に接触させる度合いを変えることで、残響時間を物理的に調整できるのが特徴で、現在主流のデジタルリバーブとは根本的に異なる、独特のナチュラルな響きが得られます。CBS・ソニー時代に制作された楽曲のエコーの多くは、こういった機材によって生み出されたものです。
――6台すべてが今も稼働しているんですか?
はい、現役です。しかも1号機から3号機はソリッドステート(半導体)アンプ、4号機から6号機は真空管アンプという仕様になっていて、号機ごとに音の個性が異なります。アーティストやエンジニアによって好みもさまざまで、楽曲のジャンルや用途に応じて使い分けがされています。
これだけの台数、完動状態で保有しているスタジオは、世界的に見ても極めて稀だと思いますね。機材自体の希少性もありますが、それを安定した状態で維持し続けることも、我々の重要な仕事です。
――機材倉庫にあるマイクのコレクションもすごい数ですね。
約80種類、450本を保管しています。ビンテージマイクはメーカーサポートが終了しているので、故障した際はハンダづけで修理したり、特性の近い代替パーツに交換したりします。特に心臓部である“ダイヤフラム”は湿度や飛沫などの汚れに極めて敏感で、ノイズや音切れの原因になってしまうので、デシケーター(防湿庫)での厳重な管理と定期的な清掃が欠かせません。
――ほかにも紹介しておくべき機材はありますか?
1980~2000年代に業界標準として使用されていたソニーの業務用デジタルマルチトラックレコーダー『PCM-3348HR』ですね。現在、音楽制作の主流はPCのアプリケーションである“Pro Tools”に移っていますが、『PCM-3348HR』で収録された過去のマスターテープを再生、その音源をアーカイブするために、現在も7台を稼働状態で維持しています。
もちろんメーカーサポートは終了しているため、基板上のICが故障しても入手困難なものがほとんどです。そうした場合には、インターネットで世界中の在庫を探して、部品を調達しています。機材そのものの価値が高い分、維持していくことへの責任も大きいですね。
――貴重な音響資産もかなりの数になりますが、それを守り続けていくことを、どのように感じていますか?
このスタジオにしかない機材があるからこそ、ソニー・ミュージックスタジオでしか出せない音があります。その連鎖を途切れさせてはいけないという気持ちは強いですね。デジタルツールでビンテージな音を作れる時代ですが、あえて本物の鉄板リバーブを選ぶエンジニアもいます。そういう選択肢を支え続けるのが、私たちの役割だと思っています。
――現在の仕事で達成感ややりがいを感じるのは、どのようなときですか?
自分が手を入れた機材を使ったエンジニアやアーティストの方から「使いやすくなった」「音が良くなった」と言ってもらえたときは、やっぱりうれしいですね。その先で行なわれる、素晴らしい音楽の制作に携われているという実感が得られます。
それと、ソニーで開発中のマイクの音質評価を実施した際には、レコーディングエンジニアの意見を踏まえた測定を行ない、開発チームにフィードバックすることで、最終的にバランスの良いマイクが完成しました。メンテナンスとは関係ないように見えますが、“音を知っている”ことが、さまざまな場面に繋がっていると思います。
――どのようなスキルや性格の人が、この仕事に向いていると思いますか?
トラブルに向き合うことが多い仕事なので、ひとつの事象を多角的に考えられる方が向いていると思います。また、原因をすぐに突き止められないケースも多いので、粘り強く追求できる忍耐力もあるといいですね。あとは、ものづくりが好きな方や、電気いじりへの好奇心が旺盛な方であれば、楽しみながら成長できると思います。
音楽や機材に対する知識はあるにこしたことはないですが、実際の業務に必要なスキルの多くは入社後に先輩方から教わったり、現場経験を通じて身につけたりしていくものがほとんどなので、何より大切なのは、熱意と好奇心だと思います。
――これからテクニカルエンジニアを目指す方へ、今からこれをやっておいたほうがいいというアドバイスはありますか?
自分の好きなことをとことん深掘りしてきた経験は、必ず役に立つと思います。音楽でも、映像でも、電子工作でも、自分が夢中になれるものを持っていることは、この現場で大きな強みになります。
また、テクニカルエンジニアという職種は業界全体でも珍しい部門なだけにやりがいも大きいです。ソニー・ミュージックスタジオには専門部署がありますから、多様なバックグラウンドを持つ方に、ぜひ門を叩いてもらいたいです。
――横田さんが、ソニーミュージックグループで今後実現したいことを教えてください。
一見、テクニカルエンジニアの仕事は地味に見えるかもしれませんが、スタジオの全機材を一手に支えることで、音楽や映像制作という営みの根幹を担うという重要な役割があります。幅広いジャンル、多種多様な作品を手がけているソニー・ミュージックスタジオは、日本のエンタテインメント業界にとってなくてはならない存在だと私は思っています。
現状は国内が中心ですが、今後は海外のアーティストやエンジニアの方にも積極的に利用してもらって、たくさんの素晴らしい音楽が生まれたらうれしいですね。そして“ソニー・ミュージックスタジオで録りたい”と世界中から評価してもらえるような場所にしたいという夢もあります。
ここには最新の「360 Reality Audio」や「Dolby Atmos」などのイマーシブ作品の制作に対応したスタジオも完備していますし、ソニーグループの新技術を試せる機会も多いです。そういったグループシナジーもいかしながら、新しいことにどんどん挑戦していきたいと思います。
文・取材:阿部美香
撮影:干川 修
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