アニプレックスの海外戦略――世界を熱狂させるファンマーケティングの探求②
2024.09.15
今回フォーカスするのは、アニプレックス(以下、ANX)の海外戦略。日本のアニメ作品やクリエイターに高い評価が集まるなか、ANXは海外に対してどのようなアプローチを行なっているのか。累計10年以上にわたって海外戦略を担ってきたANXの本間久美子に、海外展開の歩み、海外のアニメ事情について話を聞いた。
本間久美子
Honma Kumiko
アニプレックス
記事の後編はこちら:アニプレックスの海外戦略――世界を熱狂させるファンマーケティングの探求②
──本間さんは、ANXに中途採用で入社していますが、どのようなことがきっかけでアニメ業界を目指したのでしょうか。
ANXに入社する前からエンタテインメントに関わる仕事をしたいと思っていました。当時は、イチローさんがMLBでバリバリ活躍していたころで、その姿に感動して、私も日本の素晴らしいものを海外に届ける仕事をしたいと思ったんです。
日本が海外に誇れるものと言えば、アニメやゲーム、自動車、電化製品などさまざまありますが、そんななかANXが海外事業に関して求人しているのを偶然見つけ、アニメの世界でチャレンジしてみようと思ったのが業界を志望したきっかけです。途中8年ほど、国内宣伝部門に所属していた時期もありましたが、現在は海外事業部に戻り、ANXの海外ライセンスおよびマーケティング全般を担当しています。
──ANXに入社してから20年以上のキャリアを積み重ねていますが、入社当時と比べ、アニメを取り巻く状況も大きく変わったのではないかと思います。日本のアニメは海外でどのように広がっていったのでしょうか。
当時はまだ配信もなく、海外でのアニメビジネスは“放送局への番組販売”と“ビデオ化権の販売”が主流でした。日本でアニメのテレビ放送が始まってから、テレビ局で放送するための番組販売、DVD化するためのビデオ化権の販売をするんですね。とはいえ、それも一部の人気作品のみ。販売先の国と地域も限られていました。
その後、2000年代中盤にはネット回線の高速化に伴い、動画配信サービスが始まります。当初は違法アップロードも多かったのですが、2010年代に入って国内での放送とほぼ同時に作品が視聴できるサイマル配信が普及し始まると、正規が違法を凌駕するようになっていきました。
また、テレビは放送枠が限られていますが、VOD(ビデオ・オン・デマンド)配信ならこうした制限はありません。そのため、値段の差はありますが、ほとんどの作品の配信権を購入してもらえるようになったのも大きな変化です。そのいっぽうで、世界的にDVDなどのパッケージは、売上が低下していきました。
さらに、この10年間で配信サービスの勢力図もめまぐるしく変化しました。かつてはアニメを配信するプラットフォームが今よりも多かったのですが、淘汰や統合が繰り返され、配信サービスの寡占化が進んでいるように思います。ANXの取引先も少しずつ変わり、今では作品毎に戦略的に販売先を選ぶようになっています。
また、コロナ禍で配信サービスの勢いが増し、以降、各プラットフォームの加入者数が急増しました。配信を通じて、アニメというジャンルが海外でも定着し始めたと感じています。
──2020年には、ソニー・ピクチャーズがアメリカのアニメ配信サービス・Crunchyroll(クランチロール)の運営会社を子会社化しました。こちらではANXも出資し、連携を深めています。
そうですね。『俺だけレベルアップな件』のように、既にCrunchyrollとANXがコラボレーションして製作、展開したアニメもあります。ANXでもアニメ化企画が進んでいましたが、欧米で原作マンガの認知度が高く、Crunchyrollもずっと注目していた作品だったため、作品づくりやマーケティングで連携しました。結果、Crunchyrollにおいて高い視聴実績を残すことができましたので、第2期にも期待していますし、さらに協業を強化していきたいと考えています。
──日本ではアニメの視聴者層が広がり、カジュアルに楽しむ人が増えました。海外の状況を教えてください。
現地のスタッフなどから聞いた話ですが、アメリカではかつてアニメを見る中高生は、クラスにひとりいるかいないかぐらいの少数派だったそうです。ですが、今ではアニメについて熱心に話せる人がクラスに数名はいるようですね。
──意外に感じます。もっと熱狂的な状況だと思っていました。
そうですね。ANXも毎年出展していますが、北米最大級のアニメイベント『Anime EXPO』やニューヨークで開催される『Anime NYC』での盛り上がりが国内でも報道されたり、SNSの普及で海外の熱心なファンの方々の声が届きやすくなったりしているので、そこにギャップを感じるかもしれません。
ただ、逆に捉えれば、クラスの数名を大半にするだけの余地が残されているということ。ハリウッドの実写映画の規模で、アニメが見られ、語られる。そのような環境にまで押し上げていくのが、私たちの仕事だと考えています。
──なるほど。しかし、『鬼滅の刃』などは好評で、ワールドツアーも開催のたびに大きな話題になっています。
はい。特に「劇場版『鬼滅の刃』無限列車編」は、コロナ禍でありながら世界的にヒットしました。大人も子どもも涙を流すほど感動し、「アニメって面白いよね。ほかの作品も見てみようか」とアニメの視聴者層を大きく広げる原動力になっていると思います。
──アメリカのほかに、ヨーロッパ、アジアなど、各エリアでファン層、好まれる作品の違いはありますか?
やはり、アジア圏は日本とトレンドが近いですね。流行りの作品も共通していますし、日本で流行ったミームが広がるのもアジア圏は速いです。
とはいえ、アメリカやヨーロッパは、まったく動向が違うかというとそうではありません。作品のトレンドも、かつては学園ものや日常系、ラブコメはアジア向けで、SFやアクション系は欧米向けという定説がありました。ですが、最近は欧米でもラブコメや日常系が受け入れられるようになり、だいぶ変わってきたなと思います。
──近年、海外でヒットした作品はどのようなものがありますか?
お伝えした通り『鬼滅の刃』は、世界中の方々に見ていただいています。また、先ほど話に挙がった『俺だけレベルアップな件』は、韓国のウェブトゥーン作品が原作で、特に欧米でとても人気です。
──どのような作品性を持つタイトルが、海外で受けるのでしょうか。
私からは、マーケティング目線で傾向ということでしか言えませんが、弱かった主人公が、突然強大な力を手に入れて無双するいわゆる“俺TUEEE”ジャンルは海外でも地域問わず人気ですよね。実は、『スパイダーマン』のようなアメリカのヒーローものも、同じような構造だと言えるのではないかと考えています。
例えば『ソードアート・オンライン』も、アジア圏はもちろん、欧米でもヒットしました。主人公のキリトは普段は普通の少年ですが、VRの世界に入るととても強いんですよね。自己投影の対象として、欧米ではキリトが大人気でしたし、アスナという強いヒロインも好評でした。
──海外で配信されるアニメは、吹替版でしょうか。それとも日本語版に字幕をつけているのでしょうか。
どの作品も字幕版は必ず展開されるのですが、近年のCrunchyroll配信作品は、吹替版も増えています。アメリカにも字幕派、吹替派がいて、コアなファンほど日本語の音声のままで字幕を見て楽しむ人が多いようです。ただ、低年齢層やライト層に届けたい作品は吹替版が求められるので、英語に限らずいろいろな言語で展開していただいています。
逆に、アジアでは日本語音声のまま、字幕をつけて配信することが多いです。日本もそうですが、アジア圏は字幕で洋画を楽しむ文化があるということや、アメリカの場合は、もともと英語で作られたコンテンツが多いので、字幕を読むことに慣れていないというのも理由かもしれません。
──吹替版が多いとなると、日本の声優の方の人気はあまり高くないというのが海外の事情でしょうか。
いえ、日本の声優さんの人気はアニメファンの間では非常に高いです。ANXでも最近では、『鬼滅の刃』のワールドツアー上映で、出演声優の皆さんを海外各地にお連れして舞台挨拶に登壇していただきましたが、いずれの地域でも大盛況でした。現地語版と日本語版それぞれで同じキャラクターを演じる声優さんにステージ上で共演していただくという演出も行なって、ファンの方々も興奮していましたね。
『Anime Expo』のステージでも、『俺だけレベルアップな件』の英語版、日本語版で主人公を演じる声優さんに、同じシーンを生アフレコしていただきました。表現方法の違いを生で楽しむことができ、とても面白かったです。
また、欧米では以前から「クリエイターの話をもっと聞きたい」というリクエストが多いので、監督の方やプロデューサーに登壇してもらうこともあります。こちらも反響が大きいので、クリエイターの方々も「海外のファンはこんなふうに楽しんでくれているんだ」と感動し、喜んでくださることが多いです。
──作品づくりの刺激にもなりそうですね。
そうなんです。むしろ、そこが醍醐味だと思っていて。もちろんファンの皆さんに楽しんでいただくのが第一ですが、普段はスタジオで制作に取り組まれているクリエイターの方々は、なかなかファンと直接接する機会がありません。海外のファンは特に、リアクションが良く大いに盛り上がってくれることが多いので、その様子を間近で見てもらい、それがクリエイターの皆さんの作品づくりへの原動力につながるのは、海外に作品を届ける立場として非常にうれしいです。
──アニメと言えば、主題歌もつきものです。海外で配信されるときにも、オープニング、エンディング曲は日本の楽曲がそのまま流れるのでしょうか。
基本はそうですね。字幕をつけることが多いので、歌詞の意味も伝わるようにしています。
──海外のアニメイベントで、主題歌を担当するアーティストが楽曲を披露する機会もあるのでしょうか。
数は多くありませんが、そういった機会もあります。例えば8月にニューヨークで開催されたイベント『Anime NYC』では、『マッシュル-MASHLE-』のステージイベントにCreepy Nutsのおふたりが登壇し、パフォーマンスしていただきました。ほかにも、『鬼滅の刃』ワールドツアー上映の舞台挨拶にはAimerさんやmiletさんに出演していただいたこともあります。
──作品と紐づいて、日本のアーティストが海外に進出している実感はありますか?
そうなることを願っています。アニメ作品にとって、オープニング、エンディングテーマは作品を彩るために欠かせない存在です。アニメを見る方は主題歌を必ず耳にしますし、曲を聴いて特別なシーンを思い出したり、作品の世界観に浸ったりしています。アーティストの皆さんともさらに連携を深めて、一緒に海外進出を目指していきたいと考えています。
後編では、9月16日に控えた「Aniplex Online Fest」の開催意義、海外への情報発信、今後の海外戦略について聞く。
文・取材:野本由起
撮影:干川 修
「Aniplex Online Fest 2024」オフィシャルサイト
https://aniplex-online-fest.com/
アニプレックス公式サイト
https://www.aniplex.co.jp/
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