SAOプロデューサーが語るアニメ制作現場の“リアル”と業界が今求める人材像【前編】
2020.08.17
2019.08.21
音楽業界を目指すクリエイターや学生達におくる連載企画「音楽業界を目指す君へ――伝えたいことがある!!」。
連載第7回目は、ソニーミュージックが運営する会員制音楽制作コミュニティサロン「SONIC ACADEMY SALON」が開催したセミナー「宇多田ヒカルの宣伝プロデューサーが語る、音楽マーケティング概論2019 ~ストリーミング時代のヒットの法則~」の模様をお届けする。
講師は、複数の大手レコード会社で宇多田ヒカル、AI、今井美樹、MIYAVI、GLIM SPANKYなど多彩なビッグアーティストの宣伝プロデューサーを歴任し、現在も宇多田ヒカル・チームで手腕を振るうソニー・ミュージックレーベルズ 第三レーベルグループ EPICレコードジャパンOffice RIA 制作部 部長の梶 望だ。
世界の音楽シーンがサブスクリプションサービス(以下、サブスク)で変革を続けるなか、音楽ビジネスの最前線に立つ宣伝プロデューサー/マーケッターは、今後サブスクとどう向き合うべきか? 近年のサブスクでのヒットを例に挙げながら、敏腕プロデューサーがヒット創出のノウハウと今後の展望を語る。
梶 望
Kaji Nozomu
ソニー・ミュージックレーベルズ
セミナーは梶の挑戦的な言葉からスタートした。
「音楽業界のゲームチェンジは既に始まっている」。
梶はワールドワイドでの音楽売り上げ動向データを披露しながら、世界のマーケットは“フィジカル”と呼ばれるいわゆるCDなどのパッケージから、ダウンロード販売を経て、SpotifyやApple Musicに代表されるサブスクへと売り上げの軸が移行していることを指摘する。また、2014年まで下降傾向だった音楽マーケットが、2015年以降、サブスクの成長に引っ張られる形で右肩上がりに成長。2018年のグローバルデータでは、世界のマーケットシェアの約半分をサブスクが占めると解説した。
それでは日本はどうなのか? 梶は「日本のマーケットは、世界に比べて6年ぐらい遅れていると感じる。国民気質として、ドメスティック(国内需要志向)が強くフィジカルのコレクターが多いドイツと日本の市場推移は似ており、ドイツは日本の3年後の姿だと言われるが、ドイツも今やサブスクが伸びてきている。日本も2~3年後には、サブスクが急成長してくる可能性が高い」と考えを披露。
それらのデータを踏まえて、フィジカルの売り上げが落ちている日本の音楽マーケットは「今は我慢のとき」と梶は分析し、プロモーションに対する考え方も、リリース発表から発売までの数カ月の期間、CD発売前にいかに盛り上げるかを施策していく従来型の「音楽を買わせるマーケティング」から、サブスクで長い期間何度も音源を聴いてもらうために濃厚なリスナーを育てていく「音楽を聴かせるマーケティング」へとシフトしなければならないと説く。
サブスクの土台となるクラウド上では、新譜も旧譜も立場は同列であり、国内から海外へも海外から国内へもすぐにアプローチができる。それをメリットと考え、旧譜のリスナーを増やすカタログとしてのチャンスも大いにあると語るのだった。
しかし、ここで間違ってはいけないことのひとつとして梶が挙げるのは、「戦略と戦術の違いを明確にすること=手段を目的にしないこと」だ。
最近、梶のもとには「SNSのTik TokやInstagramのストーリーズが流行っているそうだが、プロモーションにどう使えばいいか?」という相談が非常に多いという。しかし、それこそが手段と目的をはき違えている悪い例だと梶は指摘する。
「あくまでも、大切なのはアーティストや音楽作品とリスナーをしっかりと繋ぐこと。どういうリスナーに作品を届けたいのかを、しっかりとイメージする=戦略はブレずに、届けるための戦術としてSNSなどのツールをどう使うべきかを柔軟に考えていくべき。“戦略”と“戦術”を履き違えるから、そういう発想になってしまう。“流行っているから”“流行っていると言われているから”という理由で、安易に戦術に手を出すのではなく、この戦略のために、この戦術が必要という思考を持つことが大事」と語った。
また、ソーシャルネットワークのプロモーション活用に関しては、「SNSは、ダイレクトにモノを買うのに適したプラットフォームではない。ただし、ブランディングを育てていくには最適だ」と、デジタルでのプロモーションの失敗例を挙げながら解説した。
次に梶は、彼が宣伝プロデューサーとして実際に関わってきたアーティスト──宇多田ヒカル、GLIM SPANKYを例に挙げ、どのようにプロモーションターゲットを絞って戦略を立てていったかを紹介した。
まずは、デビュー以前からプロモーションを長年手がけてきた宇多田ヒカルについて。2011年から事実上の活動休止期間に入っていた彼女が、2016年にNHK連続テレビ小説『とと姉ちゃん』主題歌「花束を君に」で活動再開を果たしたとき、梶は誰もが認めるビッグアーティスト・宇多田ヒカルの新譜をヒットさせるにあたって、唯一「ウィークポイントがあった」と振り返る。
そのウィークポイントとは、約5年間、音楽活動を休んでいたために、この間にもっとも多感で、音楽に影響を受けやすい中高生をはじめとする10代の若年期を過ごした若者たちへの訴求力が総じて弱くなったことだった。
そこで梶は、音楽関連情報サービスを通じて宇多田ファンの10代リスナーの特性、ライフスタイルや行動様式を徹底的に調査。「30人中、29人が宇多田ファンではないクラスのなかで、非常に音楽リテラシーが高い子」という10代宇多田ファンのイメージに訴求する、戦略を組み立てていったのだそうだ。
ここで重要なのは、代表的な想定リスナーをイメージした“ファンのペルソナ”をいかに詳細に作り上げることができるかだ。
梶がユニバーサル ミュージック合同会社勤務時代に手がけたGLIM SPANKYの場合は、宇多田のケースと違い活動費も限られているので、自らがライブハウスでGLIM SPANKYの男女ファンに声を掛けてライフスタイルをリサーチ。「下北的サブカルと個性的なファッションに興味が強い、服飾系専門学校に通うために地方から上京した19歳女子」と、「60年代、70年代の古き良きロックを愛し、今もザ・ローリング・ストーンズのTシャツを愛用する48歳男性」のふたつにファンをセグメントし、ペルソナを想定したという。
さらに、そのふたつのペルソナ層が興味を示しそうなメディアに絞って、プロモーションを積極的に展開することで、いとうせいこうやリリー・フランキー、松任谷由実、桑田佳祐など、影響力の高いロック好き文化人や大物ミュージシャンがGLIM SPANKYを絶賛。2016年にはアニメ映画『ONE PIECE FILM GOLD』の主題歌アーティストに抜擢されてブレイクの足がかりを作り、2018年には日本武道館でワンマンライブを行なうまでに成長できたのだという。
アーティスト&作品をブレイクさせるには、まず届ける相手、届けたい相手を徹底的に分析し、そこに響かせるためのブレないプロモーション戦略とさまざまな戦術でアプローチしていくことが重要だという梶。セミナーではさらに「あくまでも、これは僕の予想・想定にすぎない」と前置きした上で、彼の経験と市場分析をもとにした、既に“ゲームチェンジが始まっている”音楽マーケットに対応すべき「サブスク時代の勝ちパターン」を語った。
梶によれば、サブスクでのヒットに重要なのは、何度も繰り返し聴いてもらえること。CDはリリースすればそこで収益が完結するが、サブスクは聴かれることで随時収益が発生する。そこでヒットの法則として考えられるのが、「“お気に入り”への登録」と「“プレイリスト”に載ること」なのだという。
彼が語った勝ちパターンのひとつめは、繰り返し聴かれる“お気に入りへの登録”を通じて“いかにロイヤリティの高いファンを作るか”だ。
その代表例が、世界的人気のゲームソフト『キングダム ハーツIII』のオープニングテーマソングとなった宇多田ヒカル「Face My Fears」。ゲームの人気に伴う“世界”を強烈に意識した本作は、ワールドワイドに活躍するエレクトロミュージシャン・Skrillex(スクリレックス)と共作を行なうことで、Spotify、Apple Musicといった世界のサブスク市場で圧倒的な“お気に入り”を獲得。米国“Billboard Hot 100”史上、日本人9人目のチャートインを成し遂げた。
ここで梶は、「それはビッグネームの宇多田だからできることでしょ? と皆さんは思うかもしれないが、国内でも、あいみょん、Official髭男dism、King Gnuらは、圧倒的にサブスクの“お気に入り”率が高い。それが、彼らの別曲がチャートインする現象にも繋がっている」と分析。リスナーがアーティストと深く付き合うキッカケを生み出すことが、長い人生を通じてそのアーティストを聴き続けるロイヤリティにつながり、この視点がサブスク時代のマーケティングに必要だと語った。
そしてもうひとつ、梶がサブスク時代の勝ちパターンとして話したのが、“プレイリストの積極的な活用”だ。会場では、日本のメジャーシーンでは無名だが、サブスクで膨大な再生回数を記録しているアーティストを紹介。彼らの音楽はサブスクならではのプレイリスト──例えば“眠るための音楽を集めた「SLEEP」”など、さまざまな大フォロワーを有するプレイリストに楽曲が登録されることで、ヒットしているのだと解説した。
なお、現在ではプレイリストに入りやすい楽曲を狙って制作するアーティストも存在。サブスクマーケットでは、各自がオフィシャルプレイリストに掲載してほしい楽曲をリクエストすることも可能で、人気プレイリストの作者をSNSで検索して直接リーチし、リクエストを送るなど、アーティスト単位で地道なプロモーションも行なわれているという。
サブスクは、「日本のポップスをアウトバウンドし、国境を越えたリスナーを獲得するチャンスだ」と語る梶。今はアーティストのデメリットなしに世界の配信ストアで作品販売ができるデジタル音楽流通サービス「TuneCore」や、パッケージとデジタル音源の両方をディストリビュートする「The Orchard」が日本進出をはたすなど、あらたなマーケット戦略が可能なサービスがどんどん登場している背景もある。
梶は「今日お話したサブスクの活用法も、1カ月後には古くなっている可能性がある。音楽マーケットは常に変化しているので、デジタルが主流になればなるほど、やったもの勝ち」だと言い、「サブスクに関するデータは個人単位でもさまざまなツールを使って可視化できる。どんどんトライしていくことが大事!」だと、セミナーを締めくくった。
──今回はサブスクサービスを軸に新しい時代の音楽マーケティングについてお話をされました。
梶:音楽業界に限らず、ファッションや出版など市場が大きく変化している業界は、今非常に苦心しています。音楽マーケティングも、まさに正解が見えない時代で、実際、僕も悩んでいまして(苦笑)。以前なら大作ドラマのタイアップがつけば、ある程度のヒットは計算できました。でも今は、ドラマのタイアップをつけることだけがゴールではない。店頭に並んで初速の1~2週間を順調に過ごしたら、ミッション完了という時代ではないのです。
逆に言えばサブスクを筆頭に、作品さえしっかりしていればフックアップされやすい時代でもあるんですね。SNSが発達することによって、世のなかの皆さんが「良いものは良い」と言えるようになった。多様性が生まれたことで、受け手が内容を慎重に吟味して、本当に好きな作品を推していく。例えば映画の『カメラを止めるな!』のように、宣伝規模の大小に関わらず、ちょっとしたきっかけで爆発的なヒットが生み出せる状況でもあると思います。
だからこそ、大切なのは作品として“本物”を作ること。そして僕ら宣伝に関わる者が「これが本物である」と誠意をもって伝えていくことが大事なのかなと思います。
──音楽ビジネス、音楽マーケティングに関わりたい人にとっては、非常に腕の振るいがいのある状況でもありますね。
梶:まさにそうだと思います。この混沌とした状況下で、勝ち筋を見つけた人はヒーローになれますよ(笑)。
──そのためには、ブレない宣伝戦略が大事だとおっしゃっていましたが、ブレないために必要なことは、何だと思いますか?
梶:知性だと思いますね。知性と知能は違っていて、知能の高い人は頭が良いがゆえに無理難題に対してコストやかかる労力を頭の中だけで計算して、はじめから解決は無理だと諦めてしまう。でも、知性の高い人は、一休さんが頓智を利かせて屏風のなかの虎を捕らえるように、なんとかして新しい解決方法を見出すことができる。アーティストという、生身の人間と向き合う仕事をしている僕らの前には、常に常識だけでは乗り越えられない壁が出てきます。だから一休さん的な知性が求められるんですよね。
これは宇多田ヒカルの受け売りなんですが、彼女がまだ15歳のときに「絶望の反対は何か?」についてチームでディスカッションしたことがあるんです。そこで彼女が最終的に出した結論は「絶望の反対はユーモア」でした。そこから20年以上経過し、36歳になった宇多田ヒカルが昨年のツアータイトルにしたのが「Laughter in the Dark Tour 2018」です。つくづくブレない、宇多田ヒカルの芯の強さに改めて驚かされたのと同時に、エンタテインメントのなかにユーモアを見つけ出すことで絶望から救われる人もいる。そこにこそエンタテインメントの存在意義があるのではないかというのが、僕らの共通見解にもなりました。
彼女のそういうブレない生き様や考え方が、僕らの共通の知性となって、いくつもの高い壁を乗り越える原動力になって今があると思います。そして、人を好きになること。人を好きになれないと知性は育たないと思います。自分ひとりでやれることには限界がありますから、大事なのは助けてくれる仲間であり、ビジネスにおけるブレーンと呼ばれる人材の確保でしょうね。
──ヒットは誰かひとりの手で生まれるものではなく、アーティストと周囲の人々のチームプレイなんですね。
梶:そうですね。それと、プロジェクトが大きくなればなるほど必ず生まれるリスクに、どう対応するかも大事です。バランスが良いチームというのは、リスクが生まれたときに誰かに責任転嫁をしないで、個々がそのリスクに積極的に協力して対応しようとします。結果、チーム全体がそのリスクを背負う覚悟ができるようになり、良い循環が生まれ、ヒットを生む確率も高くなるのだと思います。
──梶さんのように、宣伝プロデューサーを目指したい人は、どんなスキルを身につけておくといいですか?
梶:まずは、若いうちに超遊ぶことですね(笑)。超遊んで、ビジネスとは別のところでも付き合える友達を、たくさん作ることでしょうね。
僕も音楽業界以外の友達がたくさんいますけど、自分が本当に困った時に助けてくれるのは、昔、一緒にバカをやって遊んでいた仲間だったりするんですよ。それがみんな、年齢を重ねると仕事でもポジションが上がってきて、「そろそろ一緒に何かやってみる?」という話になったりする。それがすごく大事で、自分が刺激を受けられる友達をいっぱい作っておくと、後々、人に負けないプランニングができるようになると思います。
ビジネス以外を語り合える関係性を作るのは、肩書やしがらみのない若いうちの方が絶対に良い。だから、学生時代はたくさん遊ぶべきなんですよ(笑)。
──近年は、アーティストを含めて、音楽業界全体に「音楽で食べていくのは厳しい、難しい」という声をよく聞きますが、梶さんは現状をどうお考えですか?
梶:確かにそういった声を聞くことがあります。そして音楽が好きな若い人たちに夢や希望を与えられなくなったのは、音楽ビジネスに長く関わってきた我々の責任だとも感じています。ただ、僕自身は現状に何の悲観もしていません。
以前、小袋成彬くんがラジオで「最近の音楽マーケットに良い話がないが、キミはどう思っているのか?」と聞かれたとき、彼は「ワクワクしかない」と答えたんですね。なぜなら「人類の歴史のなかで音楽ビジネスの歴史などわずか数百年のもの。レコード、CD、デジタルと伝えるフォーマットは変わっても、音楽ビジネスはなくなっていない。だとすれば、 CDが売れなくなったというだけで悲観する感覚が理解できない。それに代わるビジネスを作っていくことに、ワクワクしかない」と言うんですね。
まさに小袋くんが言う通りで。何かが悪くなったから悲観するのではなく、じゃあ次にどういうビジネスでアーティストと制作者がハッピーになれるかを考えるのが、音楽ビジネスに関わるものの仕事。そこで正解を見つけた人間が、今はヒーローになれると考えると、実は低迷していると思われている音楽業界が、今、世のなかで一番面白い業界なんじゃないかと思うんです。だから既存の音楽ビジネスから恩恵を受けたいだけなら、もしかしたら今は音楽業界に進むのは辞めたほうがいいかも知れません。
混沌とした状態を面白いと感じて、なんとか自分で変えてやろうと思える志の高い人にとっては、今こんなに面白い業界はない。そのひとつのヒントが、サブスクにもあると感じています。さまざまな構造変革が起こっているなかで、新しい音楽ビジネスを作りたいなら、今、業界を目指すのは絶好のタイミング。だから僕も面白く仕事をさせてもらっていますし、そういう気概のある方に、ぜひ音楽業界で腕を振るってほしいと考えています。
ソニーミュージックによる、音楽クリエイターのための会員制コミュニティサロン『SONIC ACADEMY SALON』の詳細はこちら
取材・文:阿部美香
撮影:篠田麦也
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