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次世代ロック研究開発室

新世代ラッパー『Rude-α』が放つピュアで揺るがぬメッセージの奥底にあるもの

2018.10.03

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次世代を担う先鋭的なアーティストを世に放つマネジメント&レーベル『次世代ロック研究開発室』(以下、次ロッ研)。

特集第4回は、次世代ラッパーとの呼び声も高い沖縄出身の21歳Rude-α(ルード・アルファ)をフィーチャー。

沖縄のストリートで培ったハングリー精神と新感覚のラップスタイルをサポートするプロデューサー・若尾伸治へのインタビューと、7月3日に開催された「次ロッ研 presents 第二回研究発表会」のライブレポートをお届けする。

次世代ロック研究開発室 次ロッ研 Rude-α(ルード・アルファ)

Rude-α(ルード・アルファ)

1997年2月8日生まれ。沖縄県沖縄市出身の21歳。高校時代にダンスバトル、MCバトルで注目され、高2からラップによる音楽活動をスタート。沖縄で爆発的な人気を得て、上京後、バンドスタイルでの新感覚ラップで注目を集めている。

自分と同じ境遇の若い世代に夢を与えるために

――Rude-αは若きラッパー。『次ロッ研』所属アーティストのなかでもインパクトが強いですね。若尾さんがRude-αを知ったきっかけは?

次世代ロック研究開発室 次ロッ研 若尾伸治

ソニー・ミュージックエンタテインメント
次世代ロック研究開発室
プロデューサー
若尾伸治

若尾:僕は『次ロッ研』に携わる前、いわゆるMCバトルに関わる仕事をしていて、全国各地の面白いラッパーを探していたんですね。そんなとき、知り合いの噂を頼りに北海道に行ったら、もっと若くてイキが良くて、面白い子が沖縄にいるとオススメされまして。

――北海道で沖縄の人を紹介されたというのも面白いですね(笑)。

若尾:ええ(笑)、それがRude-αです。彼が18歳のときでした。すでに高校生RAP選手権などでも注目はされていたようですが、僕はノーチェックでした。すぐにYouTubeで動画を観て、ライブスケジュールを調べて……気がついたら、翌週には生の彼に会いに沖縄に飛んでいましたね。

――一瞬で魅了されてしまったと。その理由は何でしたか?

若尾:一番は、彼のラップから本人の強いメッセージが感じられたことです。ただカッコいいからラップやMCバトルをやっているんじゃなく、ちゃんと言いたいこと、伝えたいことがあるから音楽をやっている。その気概がしっかり伝わってきましたね。

そして、人に媚びない。だからといって、ワルでも不良でもない。音楽とラップが純粋に好きで、自分の目標がハッキリしていることも分かって、ぜひ一緒に音楽をやりたいと思いました。

――その目標とは何なのでしょう。

若尾:彼の地元の先輩にORANGE RANGEがいるんですが、沖縄の小さな街からスタートして、全国に向かって音楽を発信する彼らの活躍に、彼は大きな夢を持てたと言うんです。自分も頑張れば大きなことができるんじゃないかって。だから自分が活躍することで、地元の子供たちのヒーローになって夢を与えたい。彼は、鬱々としていた当時の自分と同じような中学生に向けて、音楽とメッセージを発信することができればと思っているようです。

――若くして、しっかりした意志のもとに音楽をやっているんですね。

若尾:そうなんです。それくらい真っ直ぐな子なので、音楽で成功して家族に6階建ての家を建てたい、全国ドームツアーをやりたいと、大きな夢を語る。思っている目標を口にすることで、自分自身も発奮するし、周りもその夢を叶えるためにどうしたらいいかと、気持ちが引っ張られていくんですよ。

――「次ロッ研 presents 第二回研究発表会」のライブMCでも、絶対に武道館のステージに立つんだと熱く宣言していました。

若尾:そうしてハッキリと夢を言葉にできるのも、今の若い子では珍しい。一緒に宮古島に行ったときのエピソードですが、現地でロケハンしながら写真を撮ろうということになって外に出たんです。そしたら地元の中学生3人組と出会って、彼らが「Rude-αだ……」って気付いて遠くから見てたんですね。そしたらその中学生たちを呼び寄せて、なんだか話し込み始めて。えらい長く話しているので、覗きに行ったら3人に交じってなぞなぞ出し合って遊んでたんですよ! しかも3時間くらいやってて、最後には缶ジュースを奢ってあげたりしてる(笑)。それくらい、誰に対してもピュアに正面から向き合える人なんです。

Rude-αに染みついているソウル&ブラックミュージック

――人柄にもカリスマ的な魅力がありますが、音楽的な面での魅力は?

若尾:本格的なソウルやブラックミュージックを子どもの頃から聴いてきているのは、あの年代には珍しいと思います。小学生時代にバリー・ホワイトやカーティス・メイフィールド。中学でダンスを始めてからは、アース・ウインド & ファイアーやタワー・オブ・パワー。

そこからヒップホップを通って、高校でロックダンスを踊るようになり、フリースタイルを仕掛けられたことをキッカケにラップをやるようになったそうなんですが、根っこにはソウルとブラックミュージックのグルーヴが染みついているんです。

――20歳そこそこの若さで、かなりシブい音楽遍歴ですね。

若尾:その上で、Dragon AshやTHE BLUE HEARTSなんかも聴いてきているので、音楽性が幅広く、聴きやすく、奥深い。バンド編成でライブをやっているのも、ラッパーだからといってジャンルに囚われることなく、ミクスチャーやロックもボーダーレスにやりたいという指向があるからです。

だから彼のラップは、とても歌心があるんですよ。チャンス・ザ・ラッパーの音楽に、シンパシーを感じますね。

――まさに“新世代ラッパー”の名にふさわしい。そういうアーティストを手がけることは、A&R、プロデューサーとして、大きなやりがいを感じますね。

若尾:そうなんです。こうなればいい、こうしたいというビジョンや具体的な目標を、アーティストとともに諦めずにクリアしていくことが、僕らの仕事の醍醐味ですね。

僕は前の会社でFUNKY MONKEY BABYS(以下、ファンモン)を担当していたんですが、ファンモンも最初のライブはお客さんが3人しかいない時期もありましたし、音楽通と言われる人から、「あんなの売れないよ」とも言われました。

でも、そこから何か引っかかるものを生み出せたとき、アーティストを取り巻く色が、ガラリと変わる瞬間があるんです。

――“諦めない”というのもキーワードですね。

若尾:自分が「これは絶対に良い!」と感じたものが、「売れない」「あんなのが」なんて言われると、なおさらですよね。だから、ヒットにつながったときは本当に嬉しい。ちょっとマゾっ気がある人のほうが、向いてるかも知れないです、この仕事は(笑)。

――今後、Rude-αは、どんなアーティストに成長してもらいたいですか?

若尾:奇抜なことをやるのではなく、太く根を張った音楽を続けていってほしいです。ファンも今はSNS世代の10代前半~20代前半の女性層がメインですが、彼にはしっかりした音楽ルーツがあるので、30代~40代の音楽ファンにも聴いてもらえる機会を増やしたいですね。

ただ、まずは彼がメッセージを伝えたい相手である中高生にライブに来てもらい、音源やMVを通じて、小学生とその親御さんの2世代にもアピールしていけたらと。

――期待が膨らみますね。

若尾:僕は、伝えるべきことがある人、伝えられる手段を持つ人こそが、大きなステージに立つべきだと考えていて……Rude-αは、まさにそういう人だと思っています。それは一目見たときに感じました。まだまだ粗削りなところが多いですが、彼は必ず大きなステージに立つと確信しています。じゃなかったら、僕もこの仕事やってないですよ。

次世代ロック研究開発室 次ロッ研 若尾伸治

彼の初のラブソング「Take me back」の配信も始まり、10月には東京・大阪で初のワンマンライブ「Rude-α 1st one man live "21"」も決まりました。これからの活躍に、ぜひ期待してください。

Rude-α・ライブレポート

バラエイティに富んだラインナップで楽しませてくれた「次ロッ研 presents 第二回研究発表会」のトリを飾ったのは、沖縄出身のラッパー・Rude-α。The Songbards、バレーボウイズ、ハンブレッダーズとバンドものが続いたこのライブで、唯一のソロアーティストだ。

前の3組と同じように、これまでの活動歴を紹介するムービーがスクリーンに映し出される。紹介ムービーが終わると、リラックスしたグルーヴを伴うエレクトリックなR&B調トラックが会場に響きわたる。

演奏しているのはドラム、ベース、キーボード、ギター、4人編成のバンドだ。色の抜けた短髪にオーバーサイズのシンプルな白いTシャツに身を包んだベビーフェイスのRude-αが、浮遊感のあるサウンドに軽くフェイクを重ねると、渋谷WWWがまるでクラブになったような雰囲気に。

次世代ロック研究開発室 次ロッ研 Rude-α

バンドの頭上で回り始めるミラーボール。1曲目は、自身のレーベル・TEEDAから2月にリリースされた上京後初のEP『20』のオープニングナンバー、タイトルもずばり「Mirror Ball」だ。大人の世界に憧れる15歳のガキどもが、初めてダンスフロアに繰り出した夜を描いたこの曲を、Rude-αは腕を大きくスウィングし、バンドとアイコンタクトしながらステージを動き回り、スケール感のあるラップとゆったりとしたメロディーで歌い上げていく。

そのまま曲は、チルなシンセサウンドにのせた「What’s up、WWW! 退屈な夜をぶっ壊しに来たぜ、遊ぼう!」の言葉から、『20』のリードトラック「この夜を超えて」へ。

「Mirror Ball」とは対照的に、上京後、東京での心境が綴られたこの曲。心地良いレゲエビートにウォーミーなスティールパンとルーズなブラスサウンドがスパイスとなり、切ないメロ感を持ったRude-αの疾走感を後押しする。

ストレートなフロウが、彼らしい。「俺も全力で楽しむから、おまえ達もそんな顔してないで楽しもうぜ!」と叫んで、演奏がテンポアップ。Rude-αのパフォーマンスとバンドのテンションはますます激しさを増し、「Say,HOO!」のコール&レスポンスが響き渡った。

次世代ロック研究開発室 次ロッ研 Rude-α

メロウなピアノの音にのせて、Rude-αは自分自身を語り始める。上京して3年目、辛いこと悲しいことがたくさんあって沖縄に何度も帰りたいと思う時期があったという彼は、当時、末期癌を患っていた祖父から「自分の夢を叶えるまで、絶対に沖縄に帰ってくるな」と言われたのだそうだ。

「余命何カ月しかない人からの言葉が、めちゃめちゃ刺さってさ。あの言葉があったから、今でも音楽をやっていられるんだなって思うんですよ。じいちゃんは1年前くらいに亡くなっちゃったんですけど、最後まで俺にさ、“分かるか? 生涯青春だぜ”って言ってた。それ聞いて俺、中学生が拾ったものずっとポケットに入れてるみたいに、音楽をずっと持って、笑って生きたいって思うわけ。俺のなかにある愛が伝わってほしいな……みなさんに向けて歌います!」

沖縄なまりの残る朴訥な口調で語られる、直球のメッセージ。何も飾らないピュアな人柄と、彼が音楽をやる意味と強い意志がはっきり見える。そして始まったのは、彼を支えてきた人々、命への感謝をポエトリーリーディングで伝える「Happiness」だ。

次世代ロック研究開発室 次ロッ研 Rude-α

曲の後半、Rude-αは客席を遠く見渡しながら、音源には収録されていない彼の大切な人達へのメッセージを挟んだ。「見てくれよ、東京でも楽しくやってるから。一緒に行こうな、武道館。連れてくよ!」。

曲が終わると、もう一度、マイクを通さない生声でRude-αはこう語った。「聞いてください、俺の夢は武道館でライブをすることなんですよ! こっから、難しいこととか、辛いこととかたくさん出てくると思う。でも俺、その度に乗り越えて、絶対に武道館に行ってやるからな!」。

次世代ロック研究開発室 次ロッ研 Rude-α

ラストナンバーは、希望に満ちたリリックと軽快なフロウ、ミクスチャーなビートが印象的な「Train」。彼は最後に大きく手のひらを開いて掲げて、「今日のこと、絶対覚えててくれよ!」と、Rude-αの未来を照らすパワーをオーディエンスにぶつけ、颯爽とステージを降りていった。骨太のメッセージと柔軟な音楽性が光るRude-α。日本武道館への道のりを、楽しみにしよう。

Rude-α公式サイト(新しいタブを開く)

ライブPhoto: Hiroyuki Dozono

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