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アーティスト・プロファイル

“コントラバスヒーロー”地代所 悠は、どこから来て何を目指すのか【後編】

2020.03.31

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気鋭のアーティストの実像に迫る連載企画「Artist Profile」。今回は若きコントラバス奏者、地代所 悠(じだいしょ ゆう)をクローズアップする。

クラシック、吹奏楽、ジャズ、ポップスといったジャンルの間を自由自在に行き来し、SNSを駆使して自己表現を楽しむ新世代型コントラバス奏者はどのようにして生まれたのか。ロングインタビューの後編では、大学入学から現在、そして今後の展望をお届けする。

  • 地代所 悠

    Jidaisho Yu

    高校入学と同時に吹奏楽部でコントラバスを始める。東京藝術大学卒業、同大学院修士課程修了。ぱんだウインドオーケストラ首席コントラバス奏者、ミュージカル「レ・ミゼラブル」2019年のレギュラー奏者を務める。第8回横浜国際音楽コンクール弦楽部門第2位、第86回日本音楽コンクールではアンサンブルリームの奏者として委員会特別賞を受賞し、第21回宮崎国際音楽祭に参加。「出れんの!?サマソニ2019」ではファイナリストに選ばれている。また、2018年5月より若手音楽家が集ってさまざまな音楽活動を行なっている『STAND UP! ORCHESTRA』(運営・ソニー・ミュージックエンタテインメント)に所属。

大学に入って迎えた第2の暗黒時代

修行僧のように自らをストイックに律した浪人生活を経て、晴れて難関の東京藝術大学(以下、藝大)に合格した地代所 悠。しかし夢の音大生生活も、最初の1~2年は挫折の連続だったと語る。

「中学生のときにも暗黒時代がありましたが、大学の前半は第2の暗黒時代でした。とにかく周りの子がみんな上手いんです。コントラバス専攻の生徒は、同学年は僕を入れて3人だったのですが、同級生というより音楽学部全体に対してのカルチャーショックがありました。とくにヴァイオリン専攻にはぶっ飛んだ子が多かったですね。すごくユニークで、性格はハチャメチャなのに、楽器を弾かせるとめちゃくちゃ上手い! という天才肌の子がたくさんいて。僕はひたすら頑張ってなんとか受かったタイプなので、そんな彼らを見て気後れしていました」

藝大生の破天荒な日常についてはベストセラー『最後の秘境 東京藝大:天才たちのカオスな日常』(新潮社刊)にくわしいが、「自分は器用で真面目なタイプ」と思っていた地代所 悠にとっては、劣等感を抱かせる場所であったのだろう。大好きな故郷の海から離れてのひとり暮らしも、日々の閉塞感に拍車をかけたという。

「上野に下宿していたとき、夜中に24時間営業のディスカウント・ショップで自転車を買って、その足で荒川の河川敷までかっ飛ばしたことがありました。広い景色が見たい、広い場所に出たいという一心で。川辺に体育座りして、しばらくぼーっとしていたら浄化されましたね。あのころは東京に疲れて、病んでいたのかもしれません。そんな闇を抱えつつも、大学の前半はわりとチャラチャラと遊びまくっていた時期でもありました。ちょっとグレていたというか」

尊敬する師たちとの出会い

そんな鬱屈した毎日に変化が起き、運命の輪が回り始めたのが大学3~4年のころ。藝大で教鞭をとっていたジャズサックス奏者のMALTA氏との出会いからだった。

「大学の後半に入って、自分のアイデンティティ、自分だけの強みは何だろう? と考えるようになったとき、どうやら自分は既存のオーケストラに所属して働くという道には進まないだろうと思い至りました。そんな矢先、タイミング良くMALTAさんの講義がスタートすることになり、面白そうだなと思って受けてみたんです。ジャズの概論を学びながら実践もされていく内容だったのですが、そこでMALTAさんに目をかけていただき、やがてローディのようにジャズの現場に連れて行ってもらうようになりました」

中学の部活で吹奏楽、高校の受験勉強でクラシックと出会った地代所 悠は、ここで初めてジャズという音楽を知ることになる。

「今振り返ってみると、それぞれのジャンルの音楽に、ベストなタイミングで出会ってきたなと思います。ジャズをやることによって、大学でも自分を差別化することができました。みんなができないことを学んでいるっていう。エレキベースを猛練習して、MALTAさんのバンドで弾かせていただいたりもして、とても良い経験になりました。ただ、ジャズという音楽にハマったかというとそこまででもなくて、自分のなかにエッセンスとして取り入れるといった感じでしたね」

さらにはMALTA氏のプロデュースにより、ピアノ五重奏という編成でアルバムを録音する機会にも恵まれた(アヴァンシア五重奏団『dawn of Avancier』)。

「アルバムを作らないかと声をかけていただいたとき、MALTAさんに“地代所は音がきれいだからクラシックのアルバムが良いんじゃないか”と言われて、それならシューベルトのピアノ五重奏曲“ます”を軸にしたアルバムにしようと思いました。この曲はコントラバス奏者にとっては大切なレパートリーで、低音楽器としてのコントラバスの魅力が伝わりやすいんです」

大学4年生になってからは、池松 宏氏、吉田 秀氏、西山真二氏というコントラバスの師たちとの出会いもあった。

「大学3年生まではずっと永島(義男)先生についていましたが、先生が藝大を退官されることになって、新たに着任されたのが池松さん、吉田さん、西山さんでした。お三方とも、バリバリ現役で活躍されている演奏家の先生たちなので、そこから学ぶこと、刺激を受けることがたくさんありました。とくに池松さんはキャラクターもすごく面白くて、ストイックに不真面目をする感じに憧れましたね」

師への憧れとコントラバスへの探求心が、地代所 悠を新たな道へと導いていく。

「大学を卒業したら、MALTAさんについてスタジオミュージシャンやサポートミュージシャンとして生きていこうと考えていた時期もありました。だけど、もう少し池松さんに習いたいという気持ちも出てきた。それに“コントラバスとはなんぞや”といった考察を突き詰めたくなってきたこともあり、結局、大学院に進むことにしました」

同世代の作曲家と作る新しい音

藝大の大学院では、コントラバスの特殊奏法と現代音楽を研究テーマに選んだ地代所 悠。同年代の作曲家との交流や共同作業のなかから、オリジナリティに満ちた世界を創造していく。

「大学1年生の終わりぐらいから、藝大の仲間と“尺八+ジャズのピアノトリオ”というちょっと珍しい編成でバンドを組んで活動していたのですが、ここでピアノを弾いている向井航というメンバーがものすごい才能の持ち主で。作曲科で学んでいた彼はコントラバスが大好きで、彼が作曲したコントラバスのための曲を僕が何度か初演したことがあり、そこで現代音楽って面白いなと感じました。その後、大学院に入って、どうやったら世のなかの人たちにコントラバスという楽器のカッコ良さを伝えられるか考えたときに、この現代音楽のことを思い出したんです。普段はアンサンブルを支える地味な役割の多いコントラバスですが、現代音楽ならソロ曲もたくさんあるじゃん! と。そこで現代音楽にフォーカスし、調べられる限りすべてのコントラバスのソロ曲を調べ上げました」

この尺八ジャズバンドは、のちに『innocence』というアルバムをリリースしており、ジャズ界で今最も注目されているドラマーの石若 駿も参加している。そしてもうひとり、地代所 悠と深い関わりのある作曲家が、同じく藝大の作曲科で学んだ坂東祐大である。

「大学院の修士論文では、コントラバスの特殊奏法をすべてリストアップして、演奏動画もつけて提出しました。その研究のなかで、コントラバスの音がゴジラの声に使われていたという事実を発見して、ラジオに取り上げられてバズったこともありましたね。坂東くんと知り合ったのもそのころです。お互い映画好きということもあってすぐに意気投合して、僕のやりたいことを話したら、“曲を書くよ”と言ってくれて。ゴジラの声の生演奏を素材にした、コントラバスとライブエレクトロニクスのための“ROAR”という新作を、大学院を卒業するときに発表しました。それが2019年の1月ですね」

坂東祐大はクラシックの第一線で活躍する若手奏者を集めた『Ensemble FOVE』というアンサンブルを主宰しているが、地代所 悠もこのメンバーに名を連ねている。米津玄師や宇多田ヒカルのレコーディングに参加するなどして話題になっているアンサンブルなので、クラシック好きならずとも要チェックだ。

目指すは“コントラバスヒーロー”

現在、大学院を卒業して1年。地代所 悠は、複数のアンサンブルに参加しながら、フリーランスの音楽家として活動している。そのアンサンブルのひとつが『Ensemble FOVE』であり、ほかにも藝大生を中心に結成された気鋭の吹奏楽団『ぱんだウインドオーケストラ』の首席コントラバス奏者を務めていたり、SNSで注目を集めているバンド『グローバルシャイ』のメンバーでもある。さらには、SMEが運営する登録制のオーケストラ『STAND UP! ORCHESTRA』でも活躍を見せている。

「『STAND UP! ORCHESTRA』は、まず“STAND UP!”という言葉がキャッチーだなあと。何か面白いことができそうだという予感がしてオーディションを受けてみました。それは的中して、今の自分にとっては“何でも試せる場所”になっています。無茶振り的なものもたくさんありますが(笑)、それに対応することで、自分のなかに新しい引き出しが増えたりとか。先ほど、オーケストラの団員になるつもりはなかったと言いましたが、『STAND UP! ORCHESTRA』はコントラバス奏者として、ベーシストとして、自分の意志をしっかり反映できる環境だと思います」

リスペクトするミュージシャンはレッド・ホット・チリ・ペッパーズのフリー(Flea)とギタリストのMIYAVI。そして、映画「アベンジャーズ」シリーズが大好きだという地代所 悠が今、目指しているのは“コントラバスヒーロー”。コントラバスという楽器のカッコ良さを体現するヒーローになるべく、日々あらゆる努力を惜しまない。

「まず第一に、以前の僕のようにコントラバスを演奏しながらも、どこかにモヤモヤした気持ちを抱えているプレイヤーの人たちに希望を与えられる存在になりたい。“こんなクールに弾けるんだ!”と思ってもらえるプレイヤーを目指しています。第二に、コントラバスという楽器を知らない人たちに、この楽器の魅力を伝えられるプレイヤーでありたい。そして第三に、同業者であるプレイヤーや作曲家の人たちに信頼してもらえるコントラバス奏者でありたい。“地代所に頼むとさらに面白くなりそうだ”と思ってもらえたらベストですね。この3つの目標がバチっと決まったら、“コントラバスヒーロー”になれると思うんです」

暗中模索を繰り返しながらも、持ち前の好奇心と反骨心で道を切り開き、コントラバスの音に出会った地代所 悠。我々が“コントラバスヒーロー”の誕生を目撃する日は、そう遠くない未来に訪れるのかもしれない。

文・取材:原 典子
撮影:篠田麦也

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