『サクラチル』――24時間365日音楽を配信するYouTubeチャンネルに宿った特別なコミュニティ【後編】
2020.11.17
ソニー・ミュージックレーベルズ
聴き方、届け方の変化から、シーンの多様化、マネタイズの在り方まで、今、音楽ビジネスが世界規模で変革の時を迎えている。連載企画「音楽ビジネスの未来」では、その変化をさまざまな視点で考察し、音楽ビジネスの未来に何が待っているのかを探っていく。
今回は、今年の3月からYouTubeで24時間365日、チルアウトミュージックを全世界にライブ配信しているチャンネル『Tokyo LosT Tracks -サクラチル-(以下、サクラチル)』に注目。ストレスの多い日常のなかで、チルアウト(安らぎ、くつろぐこと)することの重要性が増している昨今、心地良いサウンドとループするアニメーションが織りなす独特の世界観、日常生活に溶け込んでくる新しい音楽サービスが作り出すコミュニティの可能性に迫る。
前編では、ソニー・ミュージックレーベルズ(以下、SML)でチャンネルの企画を担当する渡辺タスクと、望月俊輔のふたりに、サービスの立ち上げ期について話を聞いた。
目次
渡辺タスク
Watanabe Task
ソニー・ミュージックレーベルズ
望月俊輔
Mochizuki Shunsuke
ソニー・ミュージックレーベルズ
――まずは『サクラチル』というプロジェクトを立ち上げることになったきっかけを教えてください。
渡辺:そもそも“Lo-fi Beats”が24時間流れているYouTubeチャンネルは、海外では既に定着している文化なんです。その上で、このジャンルを紐解いていくと、日本とすごく相性が良いことがわかりました。
2010年に残念ながら交通事故で他界されましたが、Nujabes(ヌジャベス)という日本人のアーティストが、音楽的には大きな影響を与えているし、映像には日本のアニメーションやクリエイターが起用されていたりもします。それだけに、日本からオリジナルのチャンネルが生まれても良いんじゃないかと思ったんです。そこで後発にはなりますが、まずは僕らでやってみようと、企画したのがきっかけです。
望月:僕はタスクさんが会社で企画を通したときに、楽曲回りの相談を受けたのがきっかけで参加することになりました。
lofi beats 24/7,Tokyo LosT Tracks -サクラチル- ,chill,relax,study to,radio,
――海外における「Lo-fi Beatsチャンネル」はおっしゃるように既にたくさん展開されていますが、どのように受け入れられていると感じていましたか。
渡辺:若者のおしゃれなカルチャーとして、ビール片手に楽しむチャンネル。あるいは勉強しながら、仕事しながら、といった“ながら聴き”でチルアウトミュージックが楽しまれている印象が強いですね。
あとは“Lo-Fi Beats”で心を落ち着かせて、匿名の誰かとチャットでコミュニケーションを交わしていく場、音楽や映像だけを楽しむのではなく、ひとつのコミュニティとして成立しているという印象も持っていました。
望月:好きな音楽が流れる場所に、みんなが集まってチャットをする。年齢も性別も、国籍もわからない。そういう匿名性があるからこそ、自分が抱えている悩みや問題を打ち明けられる場所になるんでしょうね。歌詞がない、歌がないチルアウトミュージックだから、そういう流れになったのかなと思います。ちなみに、今の『サクラチル』でもそうしたコミュニティはできています。
渡辺:コミュニティを作りたいと思って始めたことではないんですが、YouTubeのチャットルームを24時間開き、SNSを運用して、Discordサーバーも開いていたら、自然とコミュニティが生まれて、拡大していきました。でも、『サクラチル』でコミュニティが生まれたことはメチャメチャうれしかったですね。
――海外で幅広く受容されている「Lo-fi Beatsチャンネル」を、日本独自でローンチするにあたり、どのようなところを意識されましたか?
渡辺:「Lo-fi Beatsチャンネル」はサンプリング文化の影響下にあり、インターネット上で展開されていることもあって、音楽だけでなく、イラストやアニメーションも権利的に曖昧なものが多いという実情があります。僕らはそこをイチからオリジナルで作ることでクリアなものにしようと考えました。
同時に、ただ心地良い音楽と気持ち良いビジュアルがあるだけでなく、きちんと世界観とキャラクター設定を作って、なぜこういう音楽が流れているのか、意味のあるものにしたいと考えました。その世界で流れている音楽として物語があるチルアウトミュージックを流したかったんですね。ゼロから始める以上、しっかりとブランド化しようという狙いがありました。
EVISBEATS - City of light
――YouTubeの『サクラチル』のチャンネルには「こうして人類は地球を離れ、新たなる大地へと旅立ったのでした。私を置いて。」And so, human has left earth to seek for a new world, leaving me behind. Dengan ini, manusia menjauh dari bumi danberangkat ke tanah baru. Meninggalkanku. Fue así que la humanidad se alejó de la Tierra y emprendió su viaje hacia nuevos territorios. Excepto yo.というディスクリプション(解説文)が書かれています。このSF的な文言が『サクラチル』の世界観と考えていいのでしょうか。
渡辺:なんとなく僕のなかに常に存在している気分として“退廃的”とか“ディストピア”といった感覚があって。『サクラチル』に限らず、何かのクリエイティブと向き合うときは常にそういう感覚が付きまとっているんです。『サクラチル』の場合はチルやアンビエントといった穏やかなイメージが、その“退廃的”“ディストピア”という感覚とリンクしました。
絶望的だけど悲観的ではない、地球は滅びていくかもしれないけど、私たちは気にしていない。そんなSFチックなものをベースにしたいと思って……この文章は2~3カ月くらいかけて、ひねり出したものですね。
『サクラチル』YouTubeチャンネルページに記載されたディスクリプション(解説文)。
――英語と、ほかの言語でも書かれていますね。
渡辺:英語とスペイン語ですね。最初から、ノンバーバル(非言語)な文化を意識していました。
望月:タスクさんが言う通り、ストーリーがあるところが『サクラチル』の大きな特徴だと思っていました。楽曲をアーティストやトラックメーカーに発注する上でも、この世界観はとても重要視していて。劇伴のように、ストーリーとイラストに音楽を乗せる効果が出ると良いなと、楽しみながら作っています。
――SNSにおいても独特な文体で投稿をされています。例えばTwitterでは新曲のリリースを「新しイ動画ヲあっぷしまシタ」と表現されていますね。
渡辺:Twitterは、AIがしゃべっているものとして見ていただければなと。ハンダ付けをしている女の子の前にモニターが置かれていますが、そのなかで動いているものがAIです。あのAIがいびつな感じでしゃべっているということを文章で表現するために、イントネーションをカタカナに置き換えているんです。
『サクラチル』公式Twitterでの投稿。
――YouTubeのアニメーションに関しては、どのように作っているのでしょうか。
渡辺:YouTubeに記されている文言よりも先にイラストを発注していました。そのときには既に、“退廃的”というテーマやこのアニメーションで描くべきもののモチーフが全部固まっていたんです。
女の子がハンダ付けをしていて、金魚鉢の水槽のなかには金魚がいて……AIが映っているモニターには大きなアンテナが付いている、といった要素は最初の段階ですべて考えていて。そこから文章化したものが、YouTubeに書いてあるディスクリプションになります。
――SpotifyやAmazon Musicなどのプレイリストを見ると、実に多彩なジャンルのアーティストやトラックメーカーが参加されているのが確認できますが、どういった基準で声がけされたのですか。
望月:世界に向けて発信する「Lo-fi Beatsチャンネル」として、日本国内のさまざまなシーンで活躍するアーティスト、トラックメーカーの方に参加してもらいたいという思いがありました。そのためジャンルもヒップホップに限定せずにお声がけをして、それぞれが考えるチルアウト、Lo-Fiサウンドに挑戦してもらっています。
『サクラチル』YouTubeチャンネルではアーティスト単体の楽曲も楽しむことができる。
――楽曲はどのようなコンセプトで作られているのでしょうか。また、楽曲を発注する際には、どんなやり取りをされていますか。
望月:アーティストの方々の個性を存分に出していただきながら、『サクラチル』の世界に没入できるようなサウンドを、なるべく2~3分で作ってもらうようにしています。
ビートや曲調については、ビジュアルやコンセプトをお伝えするだけで、アーティストの皆さんがすぐにイメージを理解してくださったので、あまり難しいやりとりはなくスムーズにお願いすることができています。
DVYZ - Feb
――『サクラチル』は2020年3月21日に配信スタートしましたが、ここまでの手応えはいかがですか?
渡辺:配信を始める前は、絶大なフォロワー数を誇るYouTuberやアーティストのYouTube Liveが世にあふれている現状で、どういう反応が返ってくるのか不安でしたね。
そしてローンチ後しばらくは、自分が視聴を切ったら視聴中0人のチャンネルになってしまうんじゃないかと、やっぱり不安に陥ってました(笑)。なので、会社の人や友達には「絶対チャンネルから離れないで!」とお願いして。とんでもなく地味で地道なプロモーションですが、「聴いているよ」「見てるよ」という声が少しでも広がってくれればと思い、半分本気でしたよ。
もちろんそれ以外にもちゃんとしたプロモーション施策を組んでいましたが、ローンチ直後の4月上旬にはコロナ禍がどんどん大きくなり、予定していたさまざまなプロモーションができなくなってしまったんです。
そこで、SNSやインターネットによるプロモーションも違うかたちでアプローチすることになったんですが、そのなかで、Spotifyのご担当者が『サクラチル』に注目してくださって、楽曲を公式プレイリストに入れてくれたんです。そこから多くの方に興味を持ってもらえるようになり、今では視聴中0人という心配はしなくていい状況になりました。
――参加しているクリエイターやアーティストからの反響はいかがでしたか?
渡辺:皆さん『サクラチル』に対する熱量が高くて、参加していることをSNSで発信してくださったり、こちらの投げかけに対してもリアクションをしてくださるので、本当にありがたいなと思っています。“作品を納品したら終わり”という関係ではなく、身内ぐらいの距離感、温度感で応援してくださる。
『サクラチル』はコミュニティスペースを持っていることもあって、そういう関わり方をしてくださるのがとてもうれしいんです。ただのお仕事の関係ではなく、共犯者的に一緒に盛り上げてくれることがとても良いなと感じますし、僕にとっても最大のモチベーションになっています。
望月:アーティストの皆さんが『サクラチル』の世界に広がりを作ってくださったなと感じていて。ありがたいなと思ったのは、ご一緒したアーティストの方々から「もっと作りたい! 参加したい!」という声をいただいたことでした。
当初“Lo-fi Beats”のカルチャーはアニメーション寄りで、音楽畑のアーティストとは距離があるんじゃないかなと思っていたんです。でも、皆さんからそういう反応をいただけたのは手応えになりましたね。
『サクラチル』をハブにして、もっと日本のアーティストの楽曲を世界の人に聴いてもらいたい、魅力を知ってもらいたいと思っています。
後編では『サクラチル』のユーザーコミュニティの可能性と、ブランドの将来構想ついて話を聞く。
DJ Mitsu the Beats - halo
Tokyo LosT Tracks -サクラチル-
公式チャンネル
https://www.youtube.com/c/TokyoLosTTracks/live
Discordサーバー
https://discord.com/invite/fHkhEgc
Twitterアカウント
https://twitter.com/ttt_sakurachill
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https://lnk.to/TokyoLosTTracks
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