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連載Cocotame Series

音楽カルチャーを紡ぐ

武部聡志インタビュー:「普遍性と時代性を兼ね備えたポップス。その先駆者が筒美京平なんです」【後編】

2021.03.24

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音楽を愛し、音楽を育む人々によって脈々と受け継がれ、“文化”として現代にも価値を残す音楽的財産に焦点を当てる「音楽カルチャーを紡ぐ」。

日本のポップス界に数々の名曲を生み出し、惜しくも昨年逝去された作曲家・筒美京平。今回は、そんな彼のトリビュートアルバム『筒美京平SONG BOOK』で総合プロデュースを務め、「卒業」(斉藤由貴)ほか数々の筒美京平楽曲の編曲を手掛けた武部聡志へのインタビューを届ける。

後編では、『筒美京平SONG BOOK』制作時のエピソードや、先人のポップスを次世代へ伝えていくことへの思いを聞く。

  • 武部聡志

    Takebe Satoshi

    国立音楽大学在学時より、キーボード奏者、編曲家として、数々のアーティストの楽曲に携わる。また音楽プロデューサーとして、松任谷由実のコンサートツアーの音楽監督や、一青窈の作品などを手掛ける。筒美京平楽曲では、「卒業」(斉藤由貴/1985年)、「あなたを・もっと・知りたくて」(薬師丸ひろ子/1985年)、「夜明けのMEW」(小泉今日子/1986年)などを編曲した。

筒美京平(つつみきょうへい)

1940年5月28日生まれ、2020年10月7日没。2003年、紫綬褒章受章。アニメ『サザエさん』の同名主題歌に代表される、国民的メロディを生んだ作曲家。グループサウンズから歌謡曲、アイドル曲、J-POPまで、幅広いサウンドを手掛けた。楽曲提供したアーティストは、ジュディ・オング、岩崎宏美、近藤真彦、KinKi Kidsなど、枚挙にいとまがない。

アーティストに一番気持ち良く歌ってもらいたい

――『筒美京平SONG BOOK』の内容について伺います。楽曲とアーティストの組み合わせは、どのように決めていかれたんでしょうか?

アーティストの「歌いたい」という思いを一番大事にしました。例えば、LiSAの「人魚」は、本人が「母親がこの曲が大好きで、小さいころから聴いていました」と話していたので、これ一択で。

「木綿のハンカチーフ」に関しては、誰かしらに歌ってもらって入れなきゃなと思っていたところで、ソニーミュージックのスタッフが録っていた橋本愛さんのデモテープを聴く機会があって、それがあまりにも素晴らしかったので、「もうこれは決定!」と。

亀田(誠治)くんがプロデュースしたsumikaの片岡健太くんは、彼自身が「松本隆さんの詞を歌いたい」とこだわっていたので、亀田くんと相談して「東京ららばい」をチョイスしました。

LiSA

橋本愛

片岡健太(sumika)

――どれもとても新鮮な組み合わせです。

あとは、そう、生田絵梨花(乃木坂46)の「卒業」は、「これはもう、絶対いくちゃんが良い」と僕からのご指名です(笑)。miwaの「サザエさん」もそうですね。アーティストの希望を吸い上げつつ、「コレだ!」と思うものはこちらから提案して決めていきました。

生田絵梨花(乃木坂46)

miwa

――正統派あり、革新派ありのアレンジがまた、アーティストの魅力を絶妙に引き出していますね。

アイナ・ジ・エンド(BiSH)の「ブルーライト・ヨコハマ」などは、原曲を大幅に変えたサウンド。プロデューサーである(NONA REEVESの西寺)郷太に、「好きにやって良いよ」と話しました。芹奈・かれんfrom Little Glee Monsterの「魅せられて(エーゲ海のテーマ)」に関しても、松尾(潔)くんに「自由にやってね」と委ねましたね。

今回の企画はプロデューサーとアーティストのお見合いみたいなものですから、アーティストに一番合うしつらえになるようにプロデューサーは持っていくわけですけど、方法論はいろいろで、あえて原曲とガラッと変える場合もあるし、原曲のエッセンスを残してアーティストとのフィッティングを良くする場合もある。亀田くんと僕でプロデュースした生田絵梨花の「卒業」は後者です。原曲の匂いを残しながら、いくちゃんが一番輝く落としどころをふたりで探していきました。

アイナ・ジ・エンド(BiSH)

芹奈(Little Glee Monster)

かれん(Little Glee Monster)

――ぜひお聞きしたかったのは、北村匠海(DISH//)さんの「また逢う日まで」です。原曲が筒美京平さんご自身のアレンジなので。

この曲は、冒頭の「♪タッタッタラ~ララ」を使ったら原曲に勝てないと思って臨みました。実は当初、若々しい元気系バンドサウンドみたいなアレンジをしたんです。でも、北村くんにあまり気に入ってもらえなかった(苦笑)。「もうちょっと音数少なめで、歌が際立つ感じが良いです」というリクエストを受けて、やり直しました。

北村匠海(DISH//)

――そうなんですか。まさにガチンコなお見合い。

やり直しと言えば、西川(貴教)くんの「君だけに」もそうです。最初僕は、ドラムやベースなどのリズムも入る形でアレンジしていました。でも西川くんが、「完全にオーケストラに振り切ってやってほしいです」と。だから今回、通常の仕事ではありえないくらい、僕自身何度も楽曲と向き合いました。でも、それこそがアーティストファースト。一番気持ち良く歌ってもらいたいという京平さんイズムを、僕も貫きました。

西川貴教

――西川さんも、歌唱でそれに応えていらっしゃいますね。

そうですね。京平さんはジャニーズのアーティストの楽曲も数多く手掛けていましたが、「君だけに」は今回のラインナップで唯一のジャニーズ・ナンバー。しかも、西川くんからの希望だったので、思い入れが相当強かったんだと思います。

プロデューサー陣は、お互い「負けられない」という気持ちがある

――橋本愛さんの「木綿のハンカチーフ」は、武部さんと本間昭光さんの共同プロデュースです。アレンジのプロセスをお聞かせください。

橋本愛「木綿のハンカチーフ」トレーラー

最初に聴いたデモ音源は、ピアノと歌だけのシンプルなものだったんですね。でも、その歌声を聴いただけで、世の中に数多ある「木綿のハンカチーフ」のカバーとはちょっと違うものができるぞという予感が走った。バラードであり、かつ、ちょっとアンビエントの匂いもある世界観が見えたんです。その辺りをいかせるよう、本間くんと相談しながら進めていきました。まずは僕がピアノを弾いて、それを本間くんにメールで送って、色づけのシンセサイザーを入れてもらい、さらに僕がアイデアを足してまた投げてといったキャッチボールを繰り返して完成させたんです。

――アイリッシュなムードがアンビエント的な浮遊感となっていて素敵です。

あのサウンドは、橋本愛の声と表現力に導かれてできたものだと思っています。彼女の声に合う形で今までにないサウンドを作ろうと思ったら、僕も本間くんもアイデアがあふれ出てきた感じでした。

――『THE FIRST TAKE』では、武部さんと橋本さんのおふたりだけで奏でたバージョンが公開されています。

【THE FIRST TAKE】橋本愛「木綿のハンカチーフ」

橋本さんのスケジュールが1日しかなかったものですから、本間くんと事前にやりとりしてほぼ完成させたオケ(演奏)を日中の間にスタジオで録って、橋本さんの歌もレコーディングして。その感触を持ったままミュージックビデオを撮影し、最後に『THE FIRST TAKE』に臨んだんです。

――JUJUさんの「ドラマティック・レイン」はどうでしょう?

JUJU

JUJUとは最近、男性ボーカル曲をカバーしたアルバム『俺のRequest』で仕事をしたので、どういう方向に持っていけば彼女の声がいきるかという感覚はあったんですね。なので、とてもスムーズにいきました。本人も気に入ってくれましたね。

――前田亘輝(TUBE)さんの「さらば恋人」もぴったりですね。原曲を歌われている堺正章さんは、2017年にTUBEと共演していますし。

ふたりが共演したさいたまスーパーアリーナ公演の音楽監督は、僕がやっていたんですよ。僕は堺さんのバックバンドもやっていたことがあったんです。そういう意味でも、「さらば恋人」は前田しかいないなと。

レコーディングするにあたって、前田が「作り込むより、信頼するミュージシャンとスタジオに集まって、セッションみたいにして録りたい」と言ったので、その通りオケ録りと一緒に歌ってもらい、ホントにそれで完成(笑)。今回最短のレコーディングでしたね。

前田亘輝(TUBE)

――一青窈さんの「シンデレラ・ハネムーン」からは、原曲とはまったく違うドラマの主人公が見えました。

一青をよく知ってる僕がやると予定調和になっちゃう恐れがあったので、まず彼女と打ち合わせをして、希望を聞いたんです。そしたら、「小西康陽さんとやりたい」と。打ち合わせの内容をひとつの案として小西くんに伝えました。そこに彼のアイデアが加わって、原曲とはかなり様相の違うサウンドになりました。

一青窈

――全12曲それぞれの方向性で、武部さんの当初の構想が実現された感じですか?

いや、予想していた以上にみんな力を発揮してくれました。プロデューサー陣はみんな仲間ではあるけど、やっぱりライバルですからね。本間くんや亀田くんと久しぶりにスタジオで音を出すのは楽しかったけど、その裏にはお互い「負けられない」という気持ちは絶対ありますから(笑)。良い匙加減で勝負ができたと思います。そういう闘いがあってこそ、京平さんに届くものになると思っていましたし。「あなたたち、なかなかやるじゃない!」と言っていただけたんじゃないかなと思います。

何よりうれしかったのは、アルバムのリリースに先行して橋本愛さんの「木綿のハンカチーフ」のトレーラーをYouTubeで発表してすぐ、松本隆さんから「45年前の曲を今の時代に甦らせてくれて感謝してます。きっと京平さんも喜んでいると思うよ」というメッセージをいただいたこと。京平さんからはもう直接言葉はいただけないわけだし、ましてや「木綿のハンカチーフ」は詞先で作られた曲ですからね。その大元を作った松本さんにそう言っていただけたことは、本当に励みになりましたし、自信にもつながりました。

――武部さん自身もワクワクしながら取り組まれていたんですね。

だって、京平さんから見たら、我々、小僧ですもん(笑)。京平さんの追悼を良いことに遊ばせていただいたところがありましたね。傘寿のお祝いだから賑やかに、と思ってスタートしたので、追悼もやはり賑やかにやらせていただきました。

――過去と未来をつなぐ今の時代の作品となりましたね。

懐メロという届け方はしたくなかった。旬な若いアーティスト、そして、意外性のあるベテラン勢が、その人なりの解釈で歌うことによって、京平さんのメロディがさらに未来へと受け継がれていったらなと思います。

今の大事な仕事は、次の世代にバトンを渡すこと

――改めて、筒美京平のポップス理念、ポップス魂とはどういうものだと思われますか?

これは僕自身のポシリーにもなっているんですけど、ポップスというのは、普遍性と時代性の両方を兼ね備えているべきだと思うんです。京平さんの作るメロディはまさにそう。時代の匂いみたいなものがちゃんと刻まれていながら、10年後、20年後、あるいは100年後でも色褪せない強さがある。

逆に言うと、普遍性だけで、時代の匂いをまとっていないものは、ポップスとは呼べないと思うんです。その両立を成し遂げた先駆者が、筒美京平さんなんです。

――枝葉の話になるかもしれませんが、各原曲のリリース時のレーベルは多岐に渡っていました。レーベルを意識して曲のカラーを変えるというようなことはあったのでしょうか。

それはなかったと思います。レーベルではなくて、やはりアーティストでしょう。例えば、“新御三家”と呼ばれた野口五郎さん、西城秀樹さん、郷ひろみさんそれぞれに、京平さんは同時期に曲を書いてるんですね。ライバル同士の曲を一手に引き受けて、しかも、それぞれの個性を際立たせるというのはすごいこと。そんな書き分けのワザを持っていたのも京平さんだけだと思います。

――今回の作品を経て、武部さん自身が今後活動してく上での発見はありましたか?

次に進むためにも、ひとつのけじめとしてこのトリビュート盤をやりたかったんですね。京平さんから「次の世代で日本のポップスは完成する」と言われて、僕らは頑張ってそこを目指してきた。そのバトンをさらに次の世代に渡すことが、僕らが今やらなきゃいけないことだと思っていました。

そのいっぽうで実感しているのは、今の20代、30代のクリエイターたちは、僕らとはまた全然違った感性で曲やトラックを作っているということ。もちろん、僕らが京平さんから引き継いできたもののなかに教えられることがあれば教えるけれど、僕らの理解を超えた才能にもどんどん育っていってほしいんですね。そういった世代のために、活躍できる場を提供したり、仕事がしやすい環境を整えたりすることも、僕らの大事な仕事だと思っています。

――例えば、ボカロPと呼ばれる人たちの音楽にも注目されていますか?

もちろん聴きますし、YouTubeで作品を発表しているアーティストと一緒に演奏したりすることもあります。つい最近も10代の子たちとセッションしてすごく刺激をもらいました。あと例えば、藤井風くんなどをプロデュースしているYaffle。彼は国立音楽大学の後輩でもあるのでよく話すんですけど、それこそ僕らとはまったく違う発想を持っているんです。

僕らはコードの響きに重きを置いてサウンドを作るところがあるんですけど、彼なんかは「メロディとベースラインだけで曲は成立する」って言うんですね。アプローチするときの最初の入り口からして違うんだなと。彼らのそういった部分が、それこそポップスの時代性だと思います。音数を削ぎ落として、歌がバン! と前に出ているようなものが、今の匂いだったりする。それをやっているのが彼らなので、予想もつかない新しい音をどんどん生み出していってほしいと思います。

――筒美京平さんが武部さんたちにそう願ったように。

そうですね。京平さんや松本さん、それにユーミン(松任谷由実)など、僕は本当に素晴らしい先人たちと出会って、引き上げられてきました。だから今度は、僕が若い人たちを引き上げられたらなと思うんです。と同時に、彼らにはできないサウンド、彼らには弾けないピアノというものが自分にはあるので、僕は僕で、そこをさらに極めていきたいです。

――どれだけキャリアを積まれても、高みに限りはないんですね。

だって、僕が思うようにピアノが弾けるようになったのって40歳過ぎてからなんですよ。そういう意味ではやっとです(笑)。だから、まだまだやりつづけますよ。

文・取材:藤井美保
撮影:荻原大志

商品情報

『筒美京平SONG BOOK』
3月24日リリース
 

 
【収録曲】
人魚<オリジナルアーティスト:NOKKO>/LiSA
東京ららばい<オリジナルアーティスト:中原理恵>/片岡健太(sumika)
木綿のハンカチーフ<オリジナルアーティスト:太田裕美>/橋本愛
ブルーライト・ヨコハマ<オリジナルアーティスト:いしだあゆみ>/アイナ・ジ・エンド(BiSH)
卒業<オリジナルアーティスト:斉藤由貴>/生田絵梨花(乃木坂46)
また逢う日まで<オリジナルアーティスト:尾崎紀世彦>/北村匠海(DISH//)
サザエさん<オリジナルアーティスト:宇野ゆう子>/miwa
魅せられて(エーゲ海のテーマ)<オリジナルアーティスト:ジュディ・オング>/芹奈・かれん from Little Glee Monster
シンデレラ・ハネムーン<オリジナルアーティスト:岩崎宏美>/一青窈
さらば恋人<オリジナルアーティスト:堺正章>/前田亘輝(TUBE)
ドラマティック・レイン<オリジナルアーティスト:稲垣潤一>/JUJU
君だけに<オリジナルアーティスト:少年隊>/西川貴教

関連サイト

『筒美京平SONG BOOK』特別サイト
https://www.sonymusic.co.jp/Music/Info/kyoheitsutsumisongbook/(新しいタブで開く)
 
武部聡志オフィシャルサイト
https://www.htmg.com/management/satoshi-takebe/(新しいタブで開く)

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