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ヒットの裏方

「ビジネスのことはあとから考えた」――『羅小黒戦記』吹替版プロデューサーが語る制作の裏側【前編】

2021.04.20

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ヒットした作品、ブレイクするアーティスト。その裏では、さまざまな人がそれぞれのやり方で導き、支えている。この連載では、そんな“裏方”に焦点を当て、どのように作品やアーティストと向き合ってきたのかを浮き彫りにする。

今回話を聞くのは、中国発のアニメ映画『羅小黒戦記(ロシャオヘイセンキ)』(以下、羅小黒戦記)の日本語吹替版(以下、吹替版)でプロデューサーを務めたアニプレックス(以下、ANX)の中山信宏。

中山たちのチームは日本で単館上映された日本語字幕版『羅小黒戦記』(原題:『罗小黑战记 THE LEGEND OF HEI』)のクオリティの高さに惚れ込み、いち早く権利元にアプローチをかけて、吹替版の制作と日本全国での劇場公開を仕掛けた。その結果、2020年11月に劇場公開を開始した吹替版『羅小黒戦記 ぼくが選ぶ未来』は、SNSを中心に話題が広がり、今では興行収入5億円を突破している。

単館上映から始まった『羅小黒戦記』を、中山たちはどのようにしてここまでのロングランヒットに結び付けたのか?

前編では、『羅小黒戦記』との出会いから吹替版制作にいたるまでの過程を、中国のアニメ業界の現状を交えながら語ってもらった。

 

  • 中山 信宏

    Nakayama Nobuhiro

    アニプレックス

羅小黒戦記(ロシャオヘイセンキ) ぼくが選ぶ未来

アニメ監督のMTJJと彼が代表を務める北京寒木春華(HMCH)スタジオが制作した中国発のアニメ作品。2011年3月より中国の動画サイトでWebアニメシリーズが公開されてから人気が上昇しつづけ、中国アニメを代表する作品にまで成長。その後、劇場版が制作され、2019年9月7日に中国で公開された。中国での興行収入は3.15億人民元(日本円で約49億円)を記録している。日本では2019年9月20日から池袋HUMAXシネマズで字幕版の単館上映がスタート。2020年11月7日よりANXとチームジョイの共同配給で、日本語吹替版が日本全国で劇場公開されている。

吹替版制作の理由は単純に「素晴らしい作品だから」

――映画『羅小黒戦記』は、日本では単館上映から始まって、当初は知る人ぞ知る作品として熱心なアニメファンの間で注目を集めました。まずは、中山さんとこの作品との出会いを教えてください。

『羅小黒戦記』は、中国映画の日本配給などを手掛けるチームジョイ株式会社(以下、チームジョイ)が、中国語音声・日本語字幕版を日本で配給し、池袋HUMAXシネマズで単館上映を開始しました。そのとき、既に日本のアニメーターやアニメファンの間では話題になっていたんです。私もTwitterの口コミでそれを知って、プロモーションビデオを見たらたしかにすごいクオリティでした。それで本編がどういう内容か気になって、劇場に足を運んだんです。

――作品を実際ご覧になって、どんな感想を持たれましたか。

本当に面白い作品だと感じました。アクションシーンの描き方が斬新だったし、なによりも話がわかりやすい。出会いと別れのロードムービーになっていて、字幕がなくても物語がだいたいわかる。映画としてすごくバランスが良いなと感じました。

それと、登場キャラクターたちがかわいいというのも強く印象に残りましたね。『羅小黒戦記』はもともとFlash(アニメ制作アプリケーション、現Adobe Animate)で作られたWebアニメシリーズで、キャラクターデザインが日本のアニメで主流になりつつある、線を多くして密度を高めるようなデザインではないんですよね。少ない線で大胆な動きを描きやすいキャラクター造形になっている。そのデザインが上手くハマっていて、アニメ作品として素晴らしいものになっているなと思いました。

――吹替版の制作、そしてチームジョイとの共同配給にまで至ったのはどんな経緯だったのでしょうか。既に字幕版の公開が始まっている作品に、あとから吹替版を作って再度劇場公開するというのは珍しいケースです。

すべての始まりは、孫宗楨(ソン・ソウテイ)という中国出身の社員のアクションがきっかけです。彼は当時、ANXの海外事業部にいまして。直接、作品の制作に関わる部署ではなかったんですが、「『羅小黒戦記』は本当に面白いので何かできないでしょうか」と僕のところに相談しにきてくれたんです。孫はチームジョイにアプローチができると言うので、「だったら、吹替版を作るというのはどうだろう」と提案をしました。

僕は、洋画でも吹替版を見たいタイプなので、自然とその発想に至りました。また、前職で海外のWebアニメを日本の声優さんで吹き替えて劇場公開をしたことがあったんですが、見ていただいた方たちから、とても良い反応をいただいたんですね。そのときの経験も踏まえて、制作的には良いものが作れるという確信がありました。

日本で慣れ親しまれているアニメ作品ですし、日本語で吹き替えをしたら、字幕版から大きく間口も広げることができる。さらに、ANXは映画配給事業も行なっているので、共同配給なり、配給権を獲得するなりして、日本全国で上映する展開ができれば、この作品をもっと世の中に広めることができるんじゃないかと思ったんです。

――吹替版制作に対して社内ではどのような反応がありましたか?

上長たちに相談したところ、やっぱり皆さんこの作品に注目されていて。特に、社長の岩上(敦宏/ANX 執行役員社長)は、僕らが話を持ち掛ける前に池袋の単館ロードショーを見ていたらしく「素晴らしい作品だから吹替版の制作と公開を実現させよう」と背中を押してくれました。

さらに、正式に企画書として会議にあげたところ、社内でも注目している人がたくさんいて。いろんな部署から「こんなことできない?」と後押しする提案をたくさんもらいました。これだけの熱量をみんなが持っているなら僕らが言い出さなくても、きっと誰かが「『羅小黒戦記』で何かをやりたい!」と言い出したんじゃないかと思っています(笑)。

――その時点でチームジョイに企画を出している競合他社はいたのでしょうか。

やはりいくつかの会社が手を挙げられたようです。それぞれの企画や条件はわかりませんが、僕らの提案がシンプルで明確だったのかなと思います。あとは、シンプルにお声がけしたのが早かったというのも選んでいただけた一因だと思います。

日本のアニメファンにも受け入れやすい中国作品が増えてきている

――中国で作られるアニメ作品は、近年クオリティも高くなり、世界的にも注目を集めています。中山さんは中国アニメにどんな印象を抱かれていましたか?

10年ぐらい前から、中国で制作されたアニメが日本でも徐々に見られるようになってきました。ただし、当時の作品は映像としてのクオリティが、あまり高くないものが多かったと個人的には認識しています。また、絵的には見応えがあっても、ストーリーテリングの面で上手く盛り上げられていない作品もありました。

しかし、近年では、映像的にもストーリー的にもとても高品質なものが増えてきています。現在、放送中で各配信サービスでも話題を集めているアニメ作品『魔道祖師』を例に挙げるとわかりやすいかもしれません。

TVアニメ「魔道祖師」前塵編オープニングムービー

――中国のアニメ作品の高品質化が進んだ理由はどこにあるとお考えですか?

ひとつの要因として挙げられるのは、近年、中国のネット上でWebマンガやWebアニメ作品が増えたことだと思います。そのなかには、日本でも人気の「なろう系(小説投稿サイトなどで人気の異世界転生作品)」のような作品もありますし、日本と共通する土壌でエンタテインメントを楽しんでいる人が増えているのではないでしょうか。それによって日本のアニメファンにも受け入れやすい作品が増えてきたのではないかと考えています。

――中国で大ヒットしたアニメ作品が日本で展開されるケースも徐々に増えてきました。これについてはどのように感じますか?

実は、中国でヒットしたアニメ作品は3DCGで描かれたものが多いんです。そのなかで『羅小黒戦記』が日本で受け入れられたのは、手描きテイストだったことが大きいと考えていて、3DCGアニメ作品はまた違うジャンルになるのかなと。

日本でも3DCGアニメの制作は増えていて、作品の世界観やストーリーがCGで描く必然性の強いものはヒットしていますが、映像の技術や派手な演出だけではなかなかヒットしない。中国で大ヒットしたアニメでも、日本へ展開する際の作品選びには難しさがあると感じています。

「ビジネスのことはあとから考えた」制作チームの思い

――プロデューサーとして吹替版の制作と劇場公開に関して、実際のところ、どれくらいの規模のビジネスになると想定していたのでしょうか。

僕の立場では大きな声で言ってはいけないのかもしれませんが、とにかく「素晴らしい作品があるから、皆さんに見てもらいたい」という考えが先にあって、ビジネスはあとから考えたというのが正直なところです。

でも、これは僕だけじゃなく、プロジェクトのきっかけになった孫もそうですし、岩上も同じ考えです。そうしたら、ANXの映画配給チームや宣伝チームも、企画の承認が降りる前からいろいろなアイデアを膨らませてくれていて。その熱量にも後押しされながら、「ビジネスは後からついてくるだろう」という考え方で、進めて行った結果が現状になります。『羅小黒戦記』という作品には、我々をそれだけ駆り立たせる魅力があったということですね。

――『羅小黒戦記』は中国を舞台にしている作品ですが、日本とのカルチャーギャップのようなものは感じませんでしたか。

日本とのカルチャーギャップを感じるのはやはり劇中の背景ですよね。山のなかや田舎の街並みには中国らしさがあるなと思いました。でも、物語の舞台が都会に移ると、完全に日本と変わらない街並みになる。道行く人々はスマホを使っていますし、これが中国の現在の都心の風景なんだと感じました。ほかにカルチャーギャップがあると感じたのは登場人物の名前ぐらいで、文化の垣根を感じさせない優れた作品でしたね。

『羅小黒戦記(ロシャオヘイセンキ) ぼくが選ぶ未来』作中内の背景シーン。

――『羅小黒戦記』の吹替版を作る上で、作品を手掛けたMTJJ監督やアニメーション制作の寒木春華スタジオとのやり取りのなかで印象的なエピソードはありましたか。

本当は直接お会いして打ち合わせをしたかったんですが、新型コロナウイルスの影響で、やはり現地に向かうことができず、今回はすべてをリモートで行ないました。途中、この作品の企画を立てた孫が制作に異動しまして、チームジョイやクリエイターサイドとのやり取りを担当してくれたので、制作自体もとてもスムーズに進んだと思います。加えて、『羅小黒戦記』は既に完成した作品だったので、吹替版の制作に関するMTJJ監督からのリクエストはそれほど多くありませんでした。

MTJJ監督はクリエイター気質が非常に強い方で、新しい作品を作ることのほうに注力されている印象がありましたね。ANXで制作した宣伝物や劇場物販への監修は細部までチェックされていましたし、絵も「こういう使い方はしないでほしい」というご要望を出されたこともありました。作品に対するこだわりを強くお持ちなんだなと。

そう言えば、日本が緊急事態宣言を発令する前に、宣伝のための来日をお願いしたんですが「大勢の前で話すのは恥ずかしいです」とおっしゃっていて、人前に出るタイプのクリエイターさんではないんだろうなと感じましたね。

吹替版の制作に関してはキャスティング含めて任せていただいた部分が大きかったので、その分より良いものを作らなければと、我々も気合を入れました。

後編につづく

文・取材:志田英邦
撮影:干川 修

©Beijing HMCH Anime Co.,Ltd

関連サイト

映画『羅小黒戦記』公式サイト
https://heicat-movie.com/(新しいタブで開く)
 
映画『羅小黒戦記 ぼくが選ぶ未来』公式サイト
https://luoxiaohei-movie.com/(新しいタブで開く)
 
映画公式Twitter:羅小黒戦記(ロシャオヘイセンキ)
https://twitter.com/heicat_movie_jp(新しいタブで開く)
 
ANIPLEX+『羅小黒戦記 ぼくが選ぶ未来』Blu-ray/DVD
https://www.aniplexplus.com/itemdbyThvEN

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