やす子:人を助けずにはいられない性格に導かれた芸人道【後編】
2021.04.28
ソニー・ミュージックアーティスツ(以下、SMA)所属の芸人たちにスポットを当て、ロングインタビューにて彼らの“笑いの原点”を聞く連載「芸人の笑像」。
第7回は、元自衛官の経歴をいかした“自衛隊あるある”などのネタで注目され、数々のバラエティ番組に出演、愛くるしいルックスと純朴なキャラクターで人気を得ているやす子の素顔に迫る。
前編では、自衛隊での活動や、そこから芸人を目指すことになったきっかけを聞く。
やす子
Yasuko
1998年9月2日生まれ。山口県出身。血液型A型。身長154㎝。特技:大型特殊免許、自衛隊体操、5段階ほふく前進、射撃、柔道(黒帯)など。即応予備自衛官任官中。放映中のドラマ『リコカツ』では、永山瑛太演じる自衛官の同僚役を演じている。
“飛ぶ鳥を落とす勢い”とは、今のやす子のためにある言葉かもしれない。彼女がお茶の間の注目を集めたのは、おかずクラブ、ぺこぱ、宮下草薙など、ネクストブレイク芸人を数々輩出してきた『ぐるナイ「おもしろ荘」』。2021年元日に放送された『ぐるナイ「おもしろ荘」お笑い第7世代NEXTスター発掘スペシャル』に自衛隊の迷彩服を着込んで登場したのが、小柄で短髪、まるで子どものように元気いっぱいの芸人、やす子。この番組で、描かれたシルエットがすべて「〇〇している自衛官でした!」というオチの“このシルエットなんでshow?”というネタを披露して第3位を獲得した。
元自衛官という異色の経歴とくったくのない明るいキャラクターで、芸人としてのキャリアが2年に満たないながらも一躍人気者となり、『おもしろ荘』出演からわずか3カ月ほどの間に『サンデージャポン』など多数のテレビ番組に出演。ドラマ『リコカツ』では演技にも挑戦するなど、のりにのっている新人芸人として活躍中だ。
そんなやす子に、大活躍ですね、と声をかけると、「全部がピンときてないんです。2年前は、ただの自衛官だったのに……びっくりしてます、はい!」と、つぶらな瞳をパッチリと見開く。そもそも現在22歳のやす子は、学生時代はどんな女の子だったのか? そこからして、とても気になる。
「小中高の自分は、ずっと昼休みに図書室で過ごすような人でした。面白いと言われたこともなくて。昔の自分を知っている人には、芸人になって変わったねと言われます、はい」
彼女が生まれ育ったのは山口県。高校卒業とともに陸上自衛隊に入隊するというのも大きな決断だっただろうと思うが、「いやいやいや全然、のほほんと生きてます」と、くったくのない表情で微笑む。
高校卒業後、経済的に自立するため陸上自衛隊に入隊。滋賀県の大津駐屯地と京都府の大久保駐屯地で3カ月ずつの教育期間を経て、IQテストや適性検査を受けたのち、やす子はそのまま大久保駐屯地の施設科に配属された。女性隊員としてはとても珍しい、“ドーザ手”(ブルドーザーのオペレーター)に抜擢されたという。
「施設科は、道路を作る部隊です。災害派遣では、土砂やゴミがあるところをきれいにしたりするんですけど、任務では戦車が通る道を作ったりするので、敵に最初に狙われちゃう部隊ですね(笑)。周りは男性ばかりで、同僚の女性は2年上の先輩ひとりだけ。ドーザ手も小隊20人のなかに3人しかいなくて、女性は私だけでした。自分のどこに適性があったかはわからないんですけど、あとからIQテストと適性検査の結果の両方が、7段階評価の7だったって聞きました。でも、最初はめちゃめちゃポンコツだったので、『両方7のくせに!』って怒られてばかり。何もうまくいかなかったですね」
自衛隊での毎日は、訓練に次ぐ訓練。毎日20km走るのは当たり前、月に2回の射撃訓練ではほんの少しの失態でも厳しい罰則が待っていた。なかでも最も辛かったのは、半日かけて大自然のなかを進んでいく40km行軍だったという。
「女性だからハンデがもらえるわけでもなく、20kgくらいの荷物を背負って歩くんです。周りは男性ばかりだけど、負けてらんない! という感じでした。現在も自衛官経験者がなれる即応予備自衛官という立場なので、月に一度はまったく同じ訓練をしに、茨城県の霞ヶ浦駐屯地に通ってます。ちゃんと手当をもらえるので、アルバイトみたいな感覚ですかね」
初めこそ「ポンコツだった」と言うが、自衛隊任務を重ねるうちに仕事の腕が上達。「結構できる、エリートコースまっしぐらな感じで、のってる時期」を迎える。訓練は非常に厳しいものだったが、衣食住にも困らず生活も安定し、仕事も順風満帆。一生いられる安住の地を見つけたかのように思えた自衛官生活だったが、ある日ふと湧いた衝動が彼女の人生を大きく変えた。
「入隊して1年半くらい経ったころですね、ある日上官が自分の前を歩いていて。そのとき急に“自衛隊、辞めよう!”という天の声みたいなのが降りてきたんです。自衛官は任期制で、つづけるかどうか2年ごとに決められる。4年勤続すると退職金が出るので、22歳までは絶対辞めないつもりでいたし、その直前まで辞める気はまったくなかったんですけど、そのまま上官に追いついて『辞めます!』って言ってしまって。辞めてどうするかも、住むところとかも何も考えてなかったんですけど、その日のうちに任期が来たら辞めることに決まりました」
その行動は、自分自身でも予想外だった。「すごい唐突で、本当に自分でも理由がわからなくて……あの感じは“降りてきた”と言うしかない」と、今でも当時を振り返ると戸惑った表情になるやす子。同僚や上官には「辞めるなんてもったいない!」と引き留められたそうだ。
「しかも自分は、生活面がかなりポンコツだったので、皆さんが、『自衛隊を出てやっていけるのか?』って思ったみたいで。次に働くところや住むところをちゃんと決めて、文書にして提出しろって言われました。そうじゃないと心配で辞めさせられないって感じで。でも私が辞めてしばらくしたら、自分がいた部隊がなくなってしまったんですよ。一緒にやってた人たちも北海道とか違う土地に配属されてしまい……。『お前は運が良いな』と言われました(笑)」
そんな突拍子なく、唐突に終わったやす子の2年間の自衛隊生活。2019年4月、次に彼女が行き先に決めた場所は、就職アプリで見つけた東京の清掃会社だった。
「自衛隊は朝から晩までいつも集団行動だったので、ひとりになれる仕事が良かったんです。自衛隊にいたころも、1日で一番好きだった作業は、誰とも交わらずに官品の靴を2、3時間かけてピカピカになるまで磨く靴磨き。人と関わってこなかった自分の殻を破るために自衛隊に入ったものの、やっぱり静かな仕事が良かったんですね。清掃会社に就職して上京してひとり暮らしを始め、官公庁のトイレの掃除とかを黙々とやってました」
そんな安寧な生活も束の間。清掃会社に勤めだして約半年後の2019年9月。再びやす子に予想外のことが起きる。そのきっかけは、高校時代からのSNS友達との邂逅だ。
「Twitterで知り合って、ずっとLINEでやりとりをしていた女の子の友達が千葉に住んでいて、休日に一緒に遊ぶことになったんですね。そうしたら、ジャルジャルさんが好きだと言っていたその子が唐突に、『東京NSC(吉本興業の養成所)に入ってお笑い芸人になろうと思う。でも勇気がないから、一度、私と漫才をしてみてほしい。ネタも書いてほしい』と言うんですよ。そんな、いきなり言われてもできるわけないんですけど、その子はフリーターで、すごく心の弱い子で。『ここで私が断ったら絶対病んじゃう!』と思って、ネタを書き出したんです」
「ネタを書き出した」とサラッと言うが、それまでのやす子の人生には「お笑い芸人になってみたい」夢も「漫才が大好きで」という趣味もまったくなかった。
「芸人さんのことは全然わからなかったですし、正直、今もなんですけど、俳優さんやタレントさんも全然知らないんです。自衛隊ではテレビを見ることがなかったので、入隊した2017年から2019年までの情報は何もわからないんですね。それ以前の学生時代もほんとに無趣味で。携帯電話を持ったのも自衛隊に入ってからでした。当時知っていた芸人さんと言うと……ダウンタウンさんと爆笑問題さんくらいでしたね」
それでも、漫才の練習に付き合ってあげた理由はただひとつ、「友達を見捨てられなかった、少しでも助けてあげたかった」から。困った人がいたら助けずにはいられないのが、やす子の“素”なのだ。
この記事の写真は、都内の街中で撮影したのだが、線路脇の道路で撮っているとき、車に轢かれたのか野良猫にでも襲われたのか、1羽のハトの亡骸があった。それを見つけたやす子は「あっ!」と立ち止まり、「ほんとはどこかに埋めてあげたいですけど……何も持ってないし……」と言いながら、道路脇に転がっていたダンボールの切れ端でそのハトをすくい上げ、人目につかないよう、生い茂った草陰の土のあるところにそっと横たえてあげていた。
一緒に道を歩いているときも、落ちていたハンカチを見かけて「すみません、ちょっと待ってもらってもいいですか? 落とした人が取りにくるかもしれないから、わかりやすいところに置いておきたいです」と、汚れたハンカチを躊躇なく拾い上げて移動させていた。
世間から見捨てられてしまったものにも目を向け、何かしてあげたいと思いやる。3月に放映された『有田プレビュールーム』内のドッキリ企画“いい人芸人No.1決定戦”で見せた、困っている外国人につたない英語で声をかけたり、向こうからやってきた台車から落ちる段ボール箱を、体を張って拾いに行こうとしたりする“いい人”らしい行動は、素直なやす子の日常そのままなのだ。
「道に迷った人を案内してたら、自分が大事な用に遅刻しちゃうなんてこともよくあって(苦笑)。別に良い子ぶってるわけじゃないんです。たぶん困ってる人を見過ごせないのは、自衛隊のおかげなんです。自衛隊では、誰かがケガをしたら、みんなで協力して助けるのが当たり前なので!」
文・取材:阿部美香
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