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連載Cocotame Series

IPを生み出すレシピ

10年愛される作品になった『あの花』――その原点にあるクリエイターたちの思い【後編】

2021.10.01

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「IPビジネス」の源泉となるオリジナルキャラクターや作品を生み出そうとする人たちに焦点を当てる連載「IPを生み出すレシピ」。

今回は2011年にオンエアされ、大きな注目を集めたオリジナルアニメ『あの日見た花の名前を僕達はまだ知らない。(以下、あの花)』で、チーフプロデューサーを務めたアニプレックス(以下、ANX)の清水博之と監督を務めた長井龍雪氏に話を聞く。

今年8月、作品の舞台、埼玉県の秩父で『あの花』誕生10周年を記念するイベントを開催。10年という長きにわたり愛されるIPを作りあげた当時の様子を改めて語ってもらった。

後編では、物語の舞台として秩父を選んだ経緯、そして作品誕生から10年を迎えたこれからについて聞いた。

  • 長井龍雪氏

    Nagai Tatsuyuki

    『あの日見た花の名前を僕達はまだ知らない。』監督

  • 清水博之

    Shimizu Hiroyuki

    アニプレックス
    執行役員

予想以上の広がりを生んだ作品の舞台・秩父への聖地巡礼

──『あの花』は放送後に、物語の舞台となった埼玉県・秩父市の一帯が注目を集めることになります。作品を見たファンの多くが、作品のゆかりの地に足を運ぶ「アニメツーリズム」の走りとも言われました。こういった作品を起点とした広がりについては、おふたりはどのように受け止められていましたか?

清水:街を宣伝する意図で制作していたわけではなかったので、正直なところ、我々も最初は戸惑いましたね。もちろん劇中に登場する実在の場所については許可取りを行なっていたのですが、まさかここまで大きな反響になるとは思ってもいなかったです。

長井:放送開始前にキービジュアルを発表したら、すぐにネットで「あれは秩父だろう」と指摘されてしまって(笑)。

アニメで物語の舞台になる場所が“聖地”と言われ、ファンの方々が実際にその場所へ足を運ぶという行為が、まだ全然一般的ではないころでしたから、もし何か問題が起きたらどうしようと、少し不安もありました。

でも、放送が開始されフタを開けてみたら、多くの方が好意的に捉えてくださって。秩父に住んでいる方や秩父が故郷の方から、「秩父の街を描いてくれてありがとう」という声をいただきました。

清水:もしかしたらクレーム的なものもあるかもと思っていましたが、全くなくて。今となっては秩父市の観光課の皆さんと密に連携を取らせていただき、先日の10周年のイベントも「秩父宮記念市民会館 大ホール」からお届けすることができました。

――秩父を物語の舞台に設定したときは、こういった大きな広がりは考えていなかったんですね。

長井:まったくですね(笑)。当初は、あの秩父の美しい情景をアニメに入れたかっただけなんです。アニメでは美術の設定を一から起こしますが、街をひとつ新たに作るのはやはり大変な作業になります。その作業をなるべく省力化したかったというのと、実際にある街を舞台にすることで、圧倒的なリアリティを作品のなかに落とし込みたかったというのもあります。

秩父市をロケハンすれば、「ここに学校があるなら、通学路はこの道になるよね」とスムーズに決められますし、そうしたリアルを積み重ねていくことで、当時の高校生たちが暮らす日常空間を描きたかったんです。

清水:打ち合わせの段階では、「絵的に映える観光地にしたらどう?」という話もありましたよね。「種子島とかも良いんじゃない」とか。でも、監督から「それは違う」とハッキリ言われました(笑)。

長井:僕もアニメとして絵的に派手なものにはならないかもという自覚はありました。でも、僕がそういうのが好きなんだからしようがない(笑)。『あの花』では、都会に出ていきたいけど出ていけない、微妙な距離感のなかで暮らす高校生たちの鬱屈感も表現したいと思っていたので、秩父という場所が最高だと思っていました。

清水:そうですね。私も埼玉県の深谷市出身なので、“東京に行こうと思えば行けるけれど、東京には住んでいない高校生たち”の生活環境や心境はよく理解できました。だから、長井さんが「脚本を書いている岡田さんの故郷の秩父を舞台にしたい」と言ったときはすごく納得しましたし、同時に岡田さんがあまり秩父を前面に打ち出したくないとおっしゃっていて、その気持ちもよくわかりました。

長井:岡田さんにしてみれば、自分の地元で、言ってみれば自分のアイデンティティが形成された場所ですからね。

――今ではアニメツーリズムという取り組みも一般化され、『あの花』と同様に、アニメのなかに実在する場所が登場する作品も増えました。

清水:『あの花』の場合は、作品をご覧になった地元の方々が、アニメファンの方たちの盛り上がりをポジティブに受け止めてくださったのが、何よりも大きかったです。皆さんの声が秩父市役所に届いて、我々のもとにまで反響として返ってきた。それならば我々もできることをしようと、密なやりとりをさせていただくようになったという感じですね。

長井:計算せずにやったことが、結果的に良かったということですよね。

清水:場所ありきでなく、作品世界とキャラクターから場所を決めていった……。作品で描かれたキャラクターたちの個性と秩父という土地の持ってる雰囲気がちゃんと根っこのところで結び付いているからこそ、支持してもらえたんだと思います。

『あの花』から生まれた3つの映画

――『あの花』で大きな反響を得て、長井さんと岡田さん、田中さんにはどんな変化がありましたか。

長井:たしか『あの花』の打ち上げパーティの席で「次回作を作ってください」と言っていただいたんです。結果を残せて本当に良かったなと思いました。

清水:作品のヒットもさることながら、普段アニメをあまり見ない人からも反響をいただいたことがうれしかったです。キャラ商品としては弱いとされた青春物で、じんたんTシャツをはじめ商品も数多く発売できましたし、「秩父ミューズパーク」での大規模野外イベントなど深夜アニメの枠組みを超えたさまざまな展開もできました。ANXとしても本当にありがたかったんですよね。だから当然、次の作品も作っていきたいと思っていました。

長井:「次回作にも期待している」と言っていただけてうれしかったですけど、『あの花』は別にフォーマット化されたシリーズ作品ではないので、単純に次はどうしようかと考え始めました。

清水:『あの花』がTVアニメとしてヒットしたあとに、劇場版『あの花』も作りましたね。

長井:ちょうどANXが映画の自社配給に本格的に力を入れ始めた時期でしたよね。『魔法少女まどか☆マギカ』の映画版([前編] 始まりの物語/[後編] 永遠の物語)をANXが自社で配給していて。その道ができたところに、僕らも走らせてもらいました。

清水:第2作は劇場オリジナルアニメの予定でしたが、さまざまな状況を踏まえ劇場版『あの花』になりました。結果的にそれがその後の展開につながりましたね。長井さんたちも映画が好きだとおっしゃっていたし、僕らとしてもオリジナルのアニメ映画に挑戦したいという気持ちがあった。

オリジナルのアニメ映画というのは、アニメ制作に携わる者として、ひとつの目標でもありますし、劇場版『あの花』が100館未満の公開でありながら、興行収入が10億円を突破したことで、良いタイミングで映画の路線にも進むことができたと思います。

長井:劇場版の『あの花』で、僕らのことを知ってくれた方も多いと思いますし、僕らにとっても映画の作り方を学ぶ良い機会になりました。この経験がなく、いきなり一からオリジナルアニメの映画を作るのは大変だったと思います。いろいろな意味で、劇場版『あの花』があって良かったなと感じました。

――その後、皆さんは『心が叫びたがってるんだ。(以下、ここさけ)』『空の青さを知る人よ(空青)』を制作されていますが、『あの花』があったことで、皆さんが作られるものに影響が出たことはありますか。

長井:『あの花』が終わったときは、周囲から「また泣けるものが見たい」と言われていたんですが、次の作品はそんなに“泣かそう”とは思っていなくて。やっぱり自分が面白いと思うものを作りつづけるしかないと思っていましたし、そこは岡田さんも田中さんもブレていなかったと思います。

オリジナルアニメとして10年残る

――作中でもキーワードになる“10年後の8月”がやってきて、『あの花』は10周年イベントを8月28日に実施されました。この10年目を清水さん、長井さんはどのように受け止めていますか。

清水:感慨深いですね。長井さんが以前のインタビューでおっしゃっていたんですけど、漫画などの原作があるものはアニメ化して一段落すると、原作者さんのもとに帰っていきます。それは当然ですよね。

でも、オリジナルアニメ作品は、我々が生みの親なので、これからの自分たちの財産にもなるし、未来につながるものになる。“10年後の8月に出会えることを信じて”とエンディングソング「secret base ~君がくれたもの~(10 years after Ver.)」で歌われていたように、10年後の今も憶えていてもらえる作品になったことは本当にうれしかったです。会社にとっても、自分自身にとっても本当に大切な財産になったと思います。

長井:アニメクリエイターになりたいと業界に入ってくる若いスタッフに、最近よく「『あの花』、中学生のときに見てました!」とか、「小学生のときに見てました!」なんて言われると、10年経ったんだなと改めて感じますね(笑)。

清水:そうですよね。ドキドキしますよね。そういう若いスタッフと長井さんが一緒に仕事をしているのを見るとうれしくなります。

――長井さんは10周年を迎えた『あの花』という作品を経て、今後どのような活動をしていこうと考えていますか。

長井:これまでも僕は常に目の前の作品をいかに面白くできるかだけを考えてきました。『あの花』でも『ここさけ』でも『空青』でも面白いものを作ろうとして、その次はもっと面白いものを作ろうとしてきた。まずは目の前の1本。ひたすら、それを繰り返していくしかないと思っています。

それこそ若手で非常に優秀なクリエイターもどんどん台頭してきています。僕らも彼らが作るものに負けないように、作品づくりに邁進したいと考えています。面白いものを作りたいと、ひたすら繰り返したことで10年経った。これからもそれを繰り返すことで10年後も同じように仕事が出来たら良いなと思っています。

――清水さんは、『あの花』というオリジナルアニメ作品が生まれた経緯と、これまでの10年を振り返って、今、何を思われますか。

清水:難しいジャンルとされた青春物から、しかもオリジナル作品でヒットを生み出すことができた……。面白いもの作ろうという当時の会社の雰囲気と、自分の志向と、長井さん、岡田さん、田中さんたち3人のクリエイティビティ、社内外のスタッフの努力、さまざまなものが融合して生み出された作品が、お客様の支持をいただき今日に至ったことは、本当に有難いことですし感無量です。

長井さんと出会って10年以上が過ぎるわけですが、この間、3作のオリジナル企画に関わる過程を通してかけがえのない経験をさせていただきました。10年間の経験と反省を踏まえ、これから先も新たな作品をご一緒していくことができたら、と思っています。そして、ANXからも新しいクリエイターの方々と、多くのヒットタイトルが生まれていってほしいと願っています。

 

『あの日見た花の名前を僕達はまだ知らない。』10周年記念イベント

去る2021年8月28日に埼玉県・秩父宮記念市民会館で、「『あの日見た花の名前を僕達はまだ知らない。』10周年記念イベント ANOHANA 10 YEARS AFTER Fes.」が開催された。
 
ステージにはじんたん(宿海仁太)役の入野自由、めんま(本間芽衣子)役の茅野愛衣、あなる(安城鳴子)役の戸松遥、ゆきあつ(松雪集)役の櫻井孝宏、つるこ(鶴見知利子)役の早見沙織、ぽっぽ(久川鉄道)役の近藤孝行らキャストが勢揃い。監督の長井龍雪氏、脚本を担当した岡田麿里氏、キャラクターデザインを手がけた田中将賀氏も登壇すると、10周年を迎えた心境について語った。
 
脚本の岡田氏は「当初はアニメの舞台が自分の出身地である秩父と言わないでほしいと思ったりもしていたのですが、今となっては、自分の知っている秩父の大切な景色が作品に残っているということが、個人的にとてもありがたい。すごく幸せな作品だなと思います」と発言。田中氏は「ただの新規イラストではなく核になるものが欲しいと思って、2人にもアイデアをもらい、TVアニメのキービジュアルの10年後を描きました」とキービジュアルのコンセプトを語った。
 
このイベントのために岡田氏が脚本を書き下ろし、長井氏が絵コンテ、田中氏がイラストを手がけたオリジナルの朗読劇「十年後の八月、秘密基地にて。」を披露。10年の思いをキャラクターを通して表現した。
 
イベントの第2部は、秩父市役所前駐車場で実施。茅野、戸松、早見が朗読劇や10年の思い出を振り返った。最後はエンディング主題歌「secret base ~君がくれたもの~(10 Years after Ver.)」を歌唱。秩父の夜空に打ち上げられた花火とともに、イベントを締めくくった。
 

文・取材:志田英邦
撮影:篠田麦也

©ANOHANA PROJECT

関連サイト

『あの日見た花の名前を僕達はまだ知らない。』TVアニメ公式サイト
https://www.anohana.jp/tv/(新しいタブで開く)
 
『あの日見た花の名前を僕達はまだ知らない。』10周年記念サイト
https://10th.anohana.jp/(新しいタブで開く)
 
『あの日見た花の名前を僕達はまだ知らない。』公式Twitter
https://twitter.com/anohana_project/(新しいタブで開く)

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