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芸人の笑像

AMEMIYA:笑いと悲哀のギター芸人が今日も歌う理由【後編】

2021.10.29

ソニー・ミュージックアーティスツ(以下、SMA)所属の芸人たちにスポットを当て、ロングインタビューにて彼らの“笑いの原点”を聞く連載「芸人の笑像」。第9回は、昭和のスターのごとき白スーツ姿でギターをかき鳴らしながら歌う、“冷やし中華、はじめました~”で知られるAMEMIYAにインタビュー。歌声の渋いイメージとはまた違うマシンガントークで、ここまでの道のりと現在の日々を率直な言葉で語った。

後編では、ミュージシャンへの転向から芸人としての再スタート、そして、AMEMIYAを飛躍させたあのネタの誕生以降つづく現在の充実ぶりについて聞く。

  • AMEMIYA

    アメミヤ

    1978年11月10日生まれ。千葉県出身。血液型AB型。身長175㎝。趣味:サウナ、読書。特技:作詞作曲、水泳。

バンド、始めちゃいました

前編からつづく)2003年。憤りにまかせてコンビを解散、お笑いも辞めてしまったAMEMIYAが、次に拠り所としたのは、若き日にどちらを選ぶかで悩んだもういっぽうの“音楽”だった。

「エロシンガーZの手応えもあったから、次は芸人じゃなく音楽系タレントになりたかったんですね、ひとりで。だけどちょうどそのタイミングで、高校時代にひとりだけ、僕とバンドを組んでくれると言ってたヤツが仕事を辞めたことがわかったんです。それで、一緒にやってみるかってことになって、バンドを始めちゃいました」

まだ若く、やり直しのきく20代半ば、根が明るい、大らかな性格からその場のノリと勢いで大切な決断を下し、第2の人生をミュージシャンとしてリスタートしたAMEMIYA。友人と組んだバンド名を“2人ばんど”とし、AMEMIYA自身は“アメロック”と名乗って音楽活動を始めた。だがしかし、残念ながら順風満帆の再起動とはならなかった。

「最初は良かったんですよ。ライブにも、ノンストップバス時代のファンが100人近く来てくれたから。だけど2回目にはほとんどいなくなり、そのあとは……。全部ワタナベエンターテインメントという事務所と相方がいたから、ノンストップバスだったから、みんなが応援してくれてたんだなと、やっとそこで気付くんです。これは大変なことしちゃったなと、すごく後悔しましたよね」

「それでも、つづけるうちに音を重ねる楽しさがわかってきて、ちょっとはバンドが楽しくなっていった」とAMEMIYAは振り返る。途中からはバンド名を“ダイナマイトオレンジ”に変え、バンドメンバーも4人に増えた。

「当時僕らがやってた音楽は、ひと言で言うと……ハッピーロック。ウルフルズさんが好きだから(笑)。下北沢GARAGEとか、新宿のNaked Loftとかでよくライブをやってました。秋葉原CLUB GOODMANとかも最初は出てたかな。少なくとも下北沢GARAGEには俺らみたいなバンドはいなかった。BUMP OF CHICKEN系が多かったから、良く言えば個性的で(苦笑)。

でもやってみるとわかるんですよ、音楽って奥の深いものだなって。いくらトータス松本さんの真似をしたところで所詮は付け焼刃。音楽に関しては悩んでばかりでした。唯一の救いは、マシンガントークのMCでめちゃめちゃ笑いを取れてたとこ。いろんな人に嫌味は言われましたけどね。『さすが元芸人さん、笑いばっかとって!』って(苦笑)」

同時に、“このまま音楽をつづけていても、絶対売れない”ということにも気付いていた。

「音楽ってなかなか売れないんですよね、お笑いに比べて。お笑いは間口が広いし、始めて数年で売れていく人もいっぱいいる。でも音楽って、デビューしても食えるようになるとは限らない。僕がバンド活動をしていたのは2003年からの6年間でしたけど、ライブハウスに一緒に出てて売れたヤツはひとりもいないですからね」

だーりんずや錦鯉がキラキラしていた

そして2009年。紆余曲折あったバンド、ダイナマイトオレンジも、オリジナルメンバーの同級生が事故を起こしたことがきっかけで、ついに解散することになる。

「固定ファンも30人くらいはいて、それなりに頑張ってはいたんですけど、正直、限界でした。年ももう31歳になってたし、でもバイトしないと食べていけないし。芸人時代に、『借金くらいしなきゃ芸人じゃない!』とイキがって作った借金もようやく返せたけど……これはもう無理だろうと。20代のころにあった、『俺なら売れる!』という根拠のない自信も、バンドをやり始めてからは、年々すり減っていきましたしね。

そんなとき、思い出すのはやっぱり芸人時代のことだったんですよ。当時は面白くないこともたくさんあったけど、芸人仲間と食べたり飲んだり、舞台で笑いを取ったりするほうが、断然楽しかった。やっぱり自分はお笑いが好きだ! ということを、実はとっくに気付いていたんだけど、気付かないフリをしてたんですよね」

何度も迷いながら再始動し、失敗をつづけてきたAMEMIYA。ここでやっと、過剰な自信やノリや勢いに流されることなく、素直な自分と向き合うことになる。

「バンドを止めた翌年、2010年は、付き合っていた彼女がちょうど30歳になる年だったから、誕生日のプレゼントに入籍しよう、そして俺は就職しようと決めてたんです。でもやっぱりお笑いは好きだから、月に1回くらいお笑いライブに出る趣味を持つのも良いかなと、ワタナベ時代にすごく良くしてくれた先輩のハリウッドザコシショウさんに、『SMAってどうですかね? 僕でも入れますかね?』と相談してみたんですよ。そうしたら、『SMAに入っても売れるかどうかわからないけど、誰でも入れる事務所だから連絡してみれば?』と言ってくれたんです」

ハリウッドザコシショウのほかに、もうひとり相談したのが、東京NSCの同期でバンド時代も交流があったはいじぃだ。

「『ピンでまたお笑いをやろうと思うんだけど、何をやればいいかな?』と聞いたら、『そりゃあ歌ネタでしょ!』と即決で。やっぱりそうだよなぁ! と思い、ギターを持ってSMAの面接に行きました」

この連載でも何度も登場する話だが、SMAお笑い部門は“来る者は拒まず”がモットー。無事にAMEMIYAもSMA新人芸人の一員となった。だが内心は、不安もあったそうだ。

「芸人としてはブランクがあったし、SMAがどんな事務所かもよく知らなかったんですよ。入ったところで周りはどうせ若い子ばかりだろう、32歳のおっさんなのに新入りの僕が、果たしてうまくやっていけるのか? と。でも入ってみたら、みんなノンストップバスのことを知ってくれてたし、事務所に入った順じゃなく芸歴で先輩後輩が決まるシステムだったので、みんながAMEMIYAを先輩扱いしてくれて、すんなり溶け込めた。それに、だーりんずや錦鯉が、全然おっさんなのに、すげぇキラキラしてるのに驚いたんです」

SMAの門を叩いたときは、“30歳も過ぎたし、もう芸能で身を立てるのは無理だろうから、ちゃんと就職して趣味でお笑いをやっていければラッキー”と、芸人を諦めかけていたAMEMIYAの心の火種は、おっさん芸人たちの熱気を目の当たりにして、再び燃え上がった。

「これは楽しいなと。俺の居場所はここだなって思えたんでしょうね。よし、真剣にネタを作ってみるか! と、火がついた感じでしたね」

“冷やし中華はじめました”の歌詞とメロディが降りてきた

そこから心機一転。AMEMIYAは学生時代とバンドマン時代に培ったオリジナルソングの歌ネタの披露から、新しい一歩を踏み出した。

「まずは自虐ソングから始まりました。“7年もお笑いやって~このままじゃ売れないと~音楽始めて2か月後お笑いブーム到来~♪”みたいな歌で。でも、そんなの別にウケないんですよ。そこまで自虐になってないから。だって、周りの人のほうが、僕よりずっと苦労してるんだからね(笑)。

自分では大したことないなと思っていたけど、ライブでの観客投票の結果は良かったんです。なぜかというと、今度はバンド時代のファンが10人くらいは観に来てくれて、AMEMIYAを応援してくれたから(苦笑)。すごくありがたかったですけど、それじゃただの組織票。もっと良いネタを作らなきゃと思ってたときに閃いたのが、“冷やし中華はじめました”だったんです」

AMEMIYAの代名詞であり、彼の存在を世に知らしめた名曲(!)“冷やし中華はじめました”。その出会いは本当に偶然だった。

「忘れもしない、JR松戸駅前でしたね。歩きながら、『一番有名な貼り紙ってなんだろう?』と考えてたら、『“冷やし中華はじめました”だ!』って思って。その瞬間に歌詞とメロディが降りてきたんです。それが2010年の6月くらい。SMAに入ってわずか2カ月くらいのときでしたね」

9月には、AMEMIYAのこのネタが一気に注目を集めた『あらびき団』がオンエア。MCのライト東野(東野幸治)、レフト藤井(藤井隆)のみならず、ゲストの今田耕司も、AMEMIYAの着想の斬新さとずば抜けた歌唱力を絶賛。そこからはトントン拍子に、『ダウンタウンのガキの使いやあらへんで!!』の“山-1グランプリ”や『笑っていいとも!』などでさらに注目度を高め、2011年の『R-1ぐらんぷり』では初出場ながら決勝戦に駒を進めた。その後も、芸人とは思えない音楽の実力を認められ、アーティストとコラボを果たすなど、スター街道を駆け上がっていった。

「『あらびき団』に出て、“これでやっと売れるかもしれない!”とは思いましたよね。でも、そこからが大変ではありました。ハネたあとのほうが、正直ね……。“冷やし中華”も喜んで使ってもらえたのは、結局2012年までで、そこからはテレビに出られなくて、人気が下がっていきましたから。

ただ、その2012年までの間に、“冷やし中華”のメロディに誰かの歴史を歌った歌詞を乗せた“捧げる歌”でもうひとつ軸を作れたのが良かったんですね。ダウンタウンさんがMCの『HEY!HEY!HEY! MUSIC CHAMP』の700回記念特番で披露した、“HEY!HEY!HEY!に捧げる歌”で注目していただいたのが最初だったのかな? そこから、いろいろなアーティストへの“捧げる歌”だけじゃなく、いわゆる営業として、新郎新婦のなれそめを歌にして披露宴で歌ったり、企業の歴史を歌にしてパーティで歌ったりと、たくさんAMEMIYAを呼んでいただけるようになりました」

人のことを歌にして、喜んでもらいたい

テレビ出演はピーク時より減ったものの、AMEMIYAの営業がすごいという伝説は、2017年に放映された『人生が変わる1分間の深イイ話×しゃべくり007 合体SP』の「深イイ話」密着企画で話題となる。営業先の相手を徹底リサーチして歌にする、彼の生真面目な仕事ぶりが感動を呼んだ。

「あの密着企画のおかげで、2017年からさらに忙しくさせてもらってますね。コロナ禍で、芸人のなかには営業がゼロになる人も多かったですが、僕の場合、大打撃は受けなかったですね。緊急事態宣言が出ていないエリアでは、対策をしながらの披露宴というのもありましたし、直接僕が行かなくても、VTRで流したいというオファーも結構あって。

あと、オンラインの営業というのも今はあるから、正直、今もめちゃめちゃ忙しいんですよ。だから、テレビに出なくなったからAMEMIYAはヒマなんだろうと思われるのは悔しいですね(笑)」

そんな“捧げる歌”を作るのは、想像以上に大変な作業だ。ひと組の曲を完成させるまでに、何日間も費やすという。それが、1週間の内に3組、4組分も重なってしまうこともあるそうだ。しかし絶対に手は抜かない。どの“捧げる歌”にも全力を注ぐ。

「もちろん仕事だから頑張るというのもありますけど、それだけじゃないんですよ。僕は人が好きだから、人のことを歌にして、喜んでもらえることが大好きだから、寝る間を惜しんでつづけていられるんですね。でも、“捧げる歌”だけにあぐらをかいていてはいられない。やっぱり新ネタ、新曲は常に作りつづけていないとね。『ネタで出てきた芸人だから、ネタを作らなくなったら終わる』と。

その言葉は、今ネタ作りのためにノーギャラでやらせてもらっているラジオ番組の作家の先輩に言われたことでもあるんですが、実際、ネタを作りつづけているからこそ今があるって、本当に実感してますよね」

そんなAMEMIYAには、今の成功の前に、失敗を何度も経験してきたからこその哲学もある。

「常に最悪の事態を想定しろ! ということですね。今まで、自業自得でいろんな失敗を経てきたからこそ、学んだことです。だから今はすごく慎重(笑)。そして、自分のなかに鬱憤を溜め込まないことですね。不満を溜め込むと、お笑いコンビ解散のときのように後先考えずに暴発しちゃうから。

だから今は、なんでも兄に話すようにしてるんですよ。この兄貴が本当に優しい人でね。僕がまったく売れてない時代から、必ずライブを観に来てくれているし、今でも何かあるとすぐに電話して、愚痴を聞いてもらってます。本当に感謝しかないですね」

「僕はバカだから、失敗も成功も自分で経験しないと身に付かないんですよね」と、あのクッキリした笑顔で語るAMEMIYAは、成功を経ても決して奢ることなく、今も実直に芸に向き合い、人に向き合う。

「あとポリシーがあるとすれば……いくら売れたとしても、テメーが有名になったなんて思うんじゃねえぞ! っていうことですかね。ちょっと売れて調子に乗ってる人を何人も見てきたから。やっぱり僕らの仕事は人に楽しんでいただくことが一番だから、ニーズがあってこそだと思うんですよ。だからまず、そこに全力で向き合うことを頑張りたい。努力をやめちゃダメだと思います」

では、ニーズはさておくとして、AMEMIYAとして挑戦してみたいことは何だろうか。

「希望としては、やはりテレビでの露出はしたいので……コメンテーター(笑)? 『バイキングMORE』のような情報バラエティのレギュラーになれたらうれしいんですけどね。でも、芸人でその椅子を狙ってる人は死ぬほどいるので、もしもできたらありがたいです(苦笑)。ドラマにたまに出させていただけるのも、ありがたく思っています。営業に行っても、テレビでよく見る人ならより喜んでいただけると思うので、呼んでもらえる芸人になれるよう、これからも頑張りたいですね」

 

文・取材:阿部美香
撮影:塚原孝顕

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