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芸人の笑像

だーりんず:笑いのためならヅラも飛ばす。王道コントの職人コンビ【前編】

2022.01.18

ソニー・ミュージックアーティスツ(以下、SMA)所属の芸人たちにスポットを当て、ロングインタビューにて彼らの“笑いの原点”を聞く連載「芸人の笑像」。

第11回は、それぞれ芸歴20年超え、結成して10年以上のベテランコンビ、だーりんず。錦鯉・渡辺隆の元相方でもある小田祐一郎と、自前のカツラがトレードマークの松本りんす。SMA芸人部門草創期から在籍し、王道コントを追求してきたふたりは何を思うのか。じっくりと話を聞いた。

前編では、コンビ結成のきっかけやお互いへの思い、そして、“ヅラ”ネタ誕生秘話を語る。

  • だーりんず

    Darlings

    (写真左より)松本りんす/1977年11月10日生まれ。兵庫県出身。血液型A型。小田祐一郎/1977年3月13日生まれ。鹿児島県出身。血液型A型。

SMAは事務所ライブに出られるのがありがたかった

おじさんの“圧倒的おバカ”感で、2021年『M-1グランプリ』を優勝した錦鯉、非常識なボケに勢いのあるキレ芸ツッコミをぶちこむ『キングオブコント』優勝者のバイきんぐ、圧巻の誇張モノマネで孤高のピン芸を確立した『R-1ぐらんぷり』チャンピオンのハリウッドザコシショウ、白塗り着物姿で“天然”を超えたシュールなギャグを連発するコウメ太夫ら、お笑いの世界に新しい風を吹き込んできたSMA芸人たちは、破天荒な芸風で注目されることが多い。

だがここに、SMA NEET Projectに創成期からそれぞれ所属し、相方を渡り歩いた末にコンビを結成、日常コントの王道を貫いてきたふたりがいる。それが、小田祐一郎と松本りんすのコンビ 、だーりんずだ。

例えば、『エンタの神様』でも披露されていた“面接”というコント。とある就職試験会場で、面接官の質問に入社希望の大学生は理想的な受け答えをするが、実はその答えは一言一句、この会社が出版していた“就職面接完全マニュアル”の丸暗記。「もしかして、マニュアル本を読むような人間はお嫌いですか?」「そうは言いづらい立場だよね!」と、邪気のない学生と、振り回される面接官のやりとりを、世間へのピリッとした風刺とともに見せていく。

アイドルの追っかけにハマって仕事を辞めてしまった息子役の小田と、なんとか追っかけをやめさせようとする父親役の松本が繰り出すネタ、“アイドル”では、ふたりの軽妙な掛け合いのなかで、実はそのアイドルは父がプロデュースしたグループであることが、絶妙なタイミングで観客に明かされる。「父さんはすごいよ!」と褒め称える息子に対しておろおろする松本の姿に、笑いを禁じ得ない。

スタンダードなシチュエーションで始まりながら意外な方向からのどんでん返しを観客に食らわせる、だーりんずのコント。それは、無邪気に常識外の行動を起こす小田と、そんな小田に振り回される常識人の松本という王道のキャラクター設定と、ドラマの一場面を見るような達者な演技とが相まって、日常に生じる“違和”をナチュラルな笑いへと見事に転じていく。

最近は、“カツラカミングアウト芸人”を標榜する松本りんすが、カツラを飛ばす状況を取り入れた飛び道具ふうのネタも増えているが、それでも“日常に持ち込まれる違和”を笑いに変換するだーりんずの王道の芸風は、観客を裏切らない。普通の話かと思っていたら「実は……」のネタばらしが、ふたりの会話のなかで自然に起きるのも、コント師としての匠の技だ。

そんなだーりんずのふたりがSMAの門を叩いたのは、平井精一がSMAにお笑い部門を立ち上げた最初期、2005年のことだ。松本は吉本興業のお笑い養成所・NSC名古屋校、小田はNSC東京校の出身で、互いに別々のコンビでSMA NEET Projectに所属。事務所主催のお笑いライブ“SMAトライアウトライブ(笑)”の第1回から出演するようになる。

「吉本にいたころは、とにかく芸人の数が多くて、劇場ライブにすら出れないんですよ。ライブに出るためのオーディションにすら受からない。そうなると、ネタを作ったところで、なんのためにやってるのかな? とわからなくなってくるんですね。そんなときに見付けたのが、できたばかりのSMA。履歴書を出せば入れて、しかも誰でもとりあえずは事務所ライブに出られる。それが一番ありがたいことでした」(小田)

「SMAは、早くからBeach V(びーちぶ)という自分たちの劇場を持っていたから、嫌でもネタを作ろう、人前に出ていってネタをやろうと一生懸命になれる。だから、僕らSMAに来てもう15年以上経ちますけど、全然長く感じない。むしろ、あっという間でしたね」(松本)

生の観客の反応を確かめることができる自社劇場があるかないかは、芸人にとって死活問題だと彼らは言う。

「SMAは、自主ライブもBeach Vで自由にやらせてもらえる。ほかの事務所だと、どういう趣旨のライブなのか、誰が出るのか、MCを誰にするのかまで細かく決めて会社の許可を取らないと、劇場を使わせてもらえないところもあるんですよ。

Beach Vは、そういうのが一切ない。僕らも何度も自主ライブをやってきましたけど、内容を問われたことは一度たりともないですね。むしろ、少しは気にしたらどうかと思うくらい(笑)。SMAが劇場を持って芸人に自由に使わせてくれているのは、平井さんの先見の明ですよね」(小田)

「やっぱり、お客さんの前に立つ場がないと、ネタも作らなくなっちゃうんですよ。だからSMAに入る前は、うつうつとしていた時期が長かった。フリーライブにも出てはいたけど、先が見えない状態だから全然やる気が出ない。1年、2年ごとにコンビを作っては解散、また新しい相方を探して……を繰り返していました。小田もだーりんずになるまで4回くらい解散を経験してるし、僕もSMAに入る前までで、6組くらいは解散したかな(苦笑)」(松本)

“お試しで一度やってみないか?”くらいの軽いノリで組んだ

小田と松本が言うように――そして、これまでこの連載に登場した芸人たちが、必ず言葉にしていたように――立ち上げ以来、“来る芸人は拒まず”を実践してきたSMA NEET Projectにたどり着いたことで、新たな道が拓けた芸人は多い。だーりんずも、紛れもなくその一組だろう。

ふたりがコンビを結成したのは、2011年。それぞれが別のグループとしてSMAに所属して、6年ほどが過ぎたときだった。松本は、ジャック豆山とのコンビ、バカラを経て、そこにキャプテン渡辺が加入したトリオ、キラッキラーズとして活動していたが、2010年に解散。

現在の錦鯉のツッコミ担当・渡辺隆との漫才コンビ、桜前線としてSMAに参入していた小田も、2008年に解散。それぞれが、次の一手を模索していたころのことだ。

「当時は、お互いコンビを解散してピン芸人になっていました。もちろん、同じ事務所の仲間だから前から面識はあったんですけど、コンビを組むことになった直接のきっかけは、たまたま一緒だったアルバイト。一都三県の駅前の駐輪場の機械が壊れていないかどうかを、半年周期くらいで調べて回る深夜のバイトでした。そういえば、今日撮影したあたりの駐輪場もよくバイトで来てたので、懐かしかったなぁ(笑)」(小田)

「何人かでチームを組んで回るバイトだったので、そこで仲良くなりまして。僕はずっとコンビやトリオでやってきたから、やっぱり誰かと一緒が良かった。コンビ、トリオのときはネタも作ってなかったですしね。小田は友人としてはとても面白かったし、上手くやれるかどうかは未知数だったんですけど、僕から“お試しで一度やってみないか?”くらいの軽いノリで、声を掛けたんです」(松本)

「だから“こいつ、めちゃめちゃ面白いからぜひ組みたい!”……って感じでもなかったですね、そのときは。お互い、“まぁ普通かな”くらいの感覚で(笑)。友達として遊ぶのは楽しくても、仕事となるとやってみなくちゃわからない。SMAという事務所の社風がそもそも、まずは“お試し”で良いよっていう事務所だったんですよ。僕らも錦鯉も実は、ノリで言うとそんな感じ。ダメでも事務所からもうるさく言われないから、当時はみんな結構気軽に組んでましたね」(小田)

そして2011年8月、“おだとりんす”の名前でふたりはコンビを組む。そこから1年ほどして、先輩・ハリウッドザコシショウのアイデアで、“ダーリンズ”に改名。その後、ひらがなの“だーりんず”に変え、2014年と2015年には『キングオブコント』準決勝に進出。2016年、2018年には決勝進出をはたし、実力派コント師としての本領を発揮。“お試し”で組んだはずの即席コンビも、気付けば既にキャリア10年を超えた。

「気が合うんでしょうかね、たぶん。周りの連中もそうだと思うんですけど、お笑いコンビで“お、こいつとは合うな!”と確信持ってやってるヤツってそんなにいないですよ。僕も改めてそんなふうに思うことはまずないですし(笑)。でも……つづいてるってことは、きっとそういうことなんでしょうね」(小田)

「結成から10年以上って言われると、僕らが一番驚きますね。そんなに長くつづくとは、思ってもみなかったから。解散ばかりしてきた僕が思うに……今までの相方に比べたら小田はマシかなと(笑)。そんなレベルで気に入らないところも許してますけどね(苦笑)」(松本)

初代のカツラは今と違って取り外せないタイプ

いい年をした大人同士ならではの照れ隠しなのか、飄々とそう語るふたり。そんな自然な立ち居振る舞いを見るだけでも、過去、何度も結成、解散を繰り返してきた彼らだからこそ築けた信頼を感じる。お互いの良いところも悪いところも飲み込んだ上で、悪態をつきながらも互いを補い合い、マイペースに。

「よくインタビューでも相方の性格について聞かれるんですけど、りんすの良いところって、とにかく幸せのハードルが低いことなんですよ。ちっちゃなことでも、『えーなぁー、最高やな、えーやんえーやん』とよく言うんです。居酒屋のビールが思ってたより冷えてたくらいでも『ええやん、ここ最高やな!』だし、『明日、9時間も寝れるの? ええやん!』って。バカにしてるわけじゃなく(笑)、僕はマジでそういう生き方は良いなと思うし、助けられている部分もあるから、そういう部分をずっと持っていてほしいんですよね」(小田)

そんなおおらかな松本から見た小田はというと……。

「やっぱり真面目ですよね。だーりんずの舵は、全部小田が取ってくれているので。リーダーというほど、小田も大した器じゃないですけど(笑)、お互いに良い関係だと思いますよ。逆に、小田は僕に対して物足りなく思ってるかもしれない。りんすはもっと自主的に動いてほしい、とね。でも、僕が小田と同じタイプだったら、絶対にぶつかる。だから僕はだーりんずに関してはすべて小田に任せようと思ってるんです。その代わり、テレビに出てカツラを取ったりするような恥ずかしいことは、俺がやっていきますから(笑)」(松本)

その松本の発言を耳にして、小田は「カツラ、恥ずかしかったの!? 初めて聞いたぞそれ!」と驚いた声を上げ、松本は「そりゃあさぁ……やっぱり恥ずかしいよ。慣れてきたのは、ここ半年くらいかな」と苦笑いする。

「笑いのために!」と、あえて今まで口にしてこなかったのだろう。それも松本が小田を、そして小田が松本を、“面白いコントを作るため”に信頼しあって芸を磨いてきたからこそ生まれた絆の表われだ。

そこで気になるのが、松本が「実は恥ずかしかった」と告白し、テレビのネタ番組でも最近よく披露している“カツラ芸”コントだ。王道コント師のふたりが、“カツラを飛ばして笑いを取る”という、クラシカルな手法でありながら、彼らにとっては新しい武器を手に入れたのは、2018年春のこと。それまでの松本は、古き良き昭和の映画スターのようなハンサムな風貌なのに実は薄毛であることを、仲間うちではいじられつつも、あからさまな薄毛アピールはしていなかった。

「最初のカツラのきっかけは、あの伊集院光さんなんですよ。2015年ですかね、『だーりんずはネタは面白いんだけど、りんす君のおハゲが気になるね』と言って、カツラ代を奢ってくださったんです。でも、その初代のカツラは今と違って取り外せないタイプ。メーカーの人にどんなカツラにするか相談したとき、絶対に笑いにつながる取り外せるほうを選ぶこともできたのに、こいつがね……『取り外せないほうで!』って即決しちゃって。おいおいマジか!? と、ひっくり返りましたよね(笑)」(小田)

「いやぁ……それはね、仕方ないよ。それまでハゲで笑いをバンバン取ってたタイプだったら、取り外しできるほうを選んだだろうけど、舞台でそんなこと全然やってこなかったから、真面目に『若返らせてくれよ!』と(苦笑)」(松本)

そこから松本は“薄毛でカツラ”をカミングアウトし、2017年にはバラエティ番組『真夜中のおバカ騒ぎ!』の植毛企画に挑んだりもした。

「実はカツラなんです! ってテレビで言ったところで、カツラを取ってハゲを見せないと『はぁ、そうですか』くらいで終わっちゃって、広がらないんですよね。で、それを見かねたハリウッドザコシショウが、『じゃあもう取れるカツラにしろ!』と言って、新しいカツラを買ってくれまして。それが2018年。でも……さっきも言いましたけど、最初はカツラで笑いを取ることには、ものすごく抵抗ありましたよ。小田は『ヅラキャラだ!  ヅラを取ったらすぐに笑いが取れる、最高やん!』って簡単に思ってたかもしれないですけど、実際に舞台でやってみると、ヅラを取った瞬間にお客さんから悲鳴が上がるんです。あれは……傷つきましたね(苦笑)」(松本)

そこからふたりは、切れ味鋭くインパクト大の意外性を存分に盛り込めるカツラ芸を、いかに王道コントネタのなかに凝縮できるかを模索したそうだ。

「最初は、どういう取れ方したら面白いんだろう? どのタイミングでカツラが取れたら面白いんだろう? と、本当に探り探りでした。だから死ぬほど失敗もしましたね」(松本)

 
後編へつづく

文・取材:阿部美香
撮影:塚原孝顕

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