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芸人の笑像

あっぱれ婦人会:ついに頭角を現わしたハイテンション女性コンビの生きる道【前編】

2022.02.17

ソニー・ミュージックアーティスツ(以下、SMA)所属の芸人たちにスポットを当て、ロングインタビューにて彼らの“笑いの原点”を聞く連載「芸人の笑像」。

第12回は、今年、『おもしろ荘』『山-1グランプリ』といった芸人の登竜門的番組に出演し、しっとりとした見た目と名前とは裏腹なハイテンション芸で爪痕を残した女性コンビ、あっぱれ婦人会。「生粋のSMAっ子」木下あやと、彼女を誘った天野裕加里。ふたりがこの生き方を選んだ理由とは。芸人の始まりとしてはいくらか特殊な、ふたりの道のりを聞く。

前編では、それぞれが芸人活動を始めた経緯からコンビ結成前夜までを語る。

  • あっぱれ婦人会

    Apparefujinkai

    (写真左より)木下あや/1975年9月5日生まれ。千葉県出身。血液型O型。身長150㎝。天野裕加里/1981年10月30日生まれ。東京都出身。血液型A型。身長162㎝。

劇団員のなかでもとにかく芝居が下手クソ

他を圧倒する個性的な芸人が群雄割拠するSMAお笑い部門で、今、最も注目されている女性コンビ、それが、あっぱれ婦人会だ。例えば、昨年、元自衛官芸人のやす子をブレイクに導いた、2022年元日放送のネクストブレイク芸人の登竜門『ぐるナイ おもしろ荘 ネクストスター発掘SP』で披露した「合コン」というネタ。ちょっとレトロでエレガントな装いの、少しトウの立ったマダム感満載のふたりがハタチの若者と合コン中、何かひと言発するたびに、髪を振り乱しながらド派手なアクションで、往年の“飲み会コール”よろしくリズミカルなダジャレコールを連発。「コッコッコッコ農民ごっこ! 農民ごっこで米騒動!」とユニゾンで叫び、座っていた丸椅子を肩に担いで「エッサッサッサ、エッサッサー!」と四股を踏む。

“名は体を表す”とはよく言うが、彼女たちほど“あっぱれ”な芸風を、全力で潔く貫いているコンビには、イマドキなかなかお目にかかれない。『おもしろ荘』ではナインティナインの岡村隆史も爆笑。ゲストの有吉弘行からは、「SMA芸人は出入り禁止!」というありがたい(?)賛辞も飛び出した。先日放送されたばかりのネタ番組『ザ・ベストワン』では、松嶋尚美が「これは……ヒドイ!(笑)」とコメント。『ダウンタウンのガキの使いやあらへんで!! ~第16回 山-1グランプリ~』ではダウンタウンを苦笑させ、司会のココリコ・田中直樹に得意のダジャレギャグをぶつけて存在感を見せつけていたのも、記憶に新しい。

そんなあっぱれ婦人会は、小柄な木下あやと大柄な天野裕加里のふたり組。“少しトウの立ったマダム感満載のふたり”と表現したが、実際、木下は現在46歳、天野は現在40歳。だがコンビとしての芸歴は、2018年に結成してからまだ4年しか経っていない。それぞれの芸人としてのキャリアもまだ数年というから驚きだ。それもそのはず、木下も天野も、もともとは俳優志望だった。

「子どものころにテレビを見てて、アイドルに憧れて。小学校3年生くらいから、女優になろうと思っていたんです。だから高校生のときも渥美國泰さんの演劇塾に通ったりして、青年座とか俳優座とか、シリアスなお芝居をする劇団に入りたくてオーディションを受けていたんですけど、合格できずに4年くらいフラフラして(笑)。友達に、『だったら大学でちゃんと演劇やってみれば?』と言われて、人より遅れて22歳のときに和光大学の芸術学科に入り、そのほかにも演劇の研究所に通いつつ……最終的には大学の人の紹介で、東京芸術座という劇団に入ることができたんです」(木下)

演劇を学ぶために人より遅れて大学に入ったというガッツある青春時代を過ごした木下。20代も後半に差し掛かって加入した東京芸術座には、10年ほど在籍したそうだが……。

「劇団に入った段階で、もう結構年がいっていたというのも……あったんでしょうかね(苦笑)。舞台女優になりたかったんですけど、60人くらいいる劇団員のなかでもとにかく芝居が下手クソで、なかなか役がつかなくて裏方ばかりやっていたんです。このままつづけても舞台に立てそうもないから、37歳で劇団を辞めました。そして、私と同じような劇団の落ちこぼれの先輩女性と一緒に、ふたり芝居をやったんです」(木下)

そのふたり芝居はコメディ。お客さんから笑いを取る芝居の面白さに目覚めた木下は「笑いの芝居ならコントも同じだと思って」と、そこから急激に“お笑い”の方向に舵を切る。だがふたり芝居をやった先輩はお笑いに興味がなかった。悩んだ木下は、そこで持ち前の行動力を発揮。インターネットの相方探しの会をチェックして、“主婦とフリーター”という男女コンビを結成するも、すぐに解散。次に組んだ“どさんこタートル”というコンビ時代、2014年にSMAに所属となった。

「相方の男性がたまたまSMAの若手芸人さんで、コンビになるならSMAに入ってくださいと言われて、若手が集まるHEET Projectの所属になったんです。そのあと2016年に“うさぎびーんず”という男女コンビを組んで、『M-1グランプリ』の予選に出たりもしたんですけど、それも1回戦負けとかで。2017年に解散して、あっぱれ婦人会になるまでは、ピンでもちょっとやって……という感じでした」(木下)

笑ってもらえるのがうれしかった

いっぽうの天野は、劇団に入るまでも紆余曲折、出たあとも紆余曲折あった木下とは対照的に、ずっとストレートに俳優への階段を上っていたそうだ。しかし、俳優としての転機を迎えた瞬間に、運命が彼女にちょっとしたいたずらを仕掛けた。

「私は高校卒業後、小劇団に入ってコメディをやってました。当時から、実際の年より老けた役をやることが多かったです(笑)。でも、ホントに小劇場演劇は食べていくのが難しいんですよ。10年くらい経ったときに、このままじゃまずい! って気付いて劇団を辞めました。それで、ワタナベエンターテインメントのスクールに入って、テレビや映画に出られる女優を目指そうと決心したんですね。私はやっぱりコメディ女優になりたかったので、入学のときにそういう話をしたら、『天野さんにぴったりのコースがあります! 』と、お笑いコースを勧められて、そこに入っちゃいました(笑)。私はワタナベコメディスクールの11期生なんですけど、同期には石井てる美さんや、スーパーニュウニュウのふるやいなやさんがいます」(天野)

コメディ女優とお笑い芸人では、似て非なる部分も多いはずだが、お笑いスクールでの日々は天野に新しい発見をもたらした。

「お笑いのことは詳しくなかったですし、自分もお笑いをやるのは初めてだったんですが、すごく面白いなと思ったんですよ。劇団時代は与えられた役を演じるだけだったので、自分でネタですとか何かを作り出すことの面白さにも気付けたし、皆さんに笑ってもらえることもうれしくて。そこから初めて“W・soft”という女性コンビを組んだんですけど、相方が結婚して子供ができて活動ができなくなり。次に組んだのも女性コンビで“お月みん!”から “メイプルタウン”に改名して活動してたんですけど、結局、2017年に解散してしまって。そんななかで木下さんと出会って、あっぱれ婦人会を組むことになって、私もSMAに所属することになりました」

お笑い芸人を目指して、この世界に入ったわけではないと言うふたりだが、俳優の道から芸人へとシフトすることに抵抗はなかったのかと聞くと、木下は「ありました、すごく!」と答える。だがその抵抗というのは、芸人になるのが嫌だったというネガティブな気持ちではない。

「私なんかがなれるわけないと思ってたんです。大学時代は、私、いつもヘンなことばっかり言ってたから、『お笑い向いてるよ、吉本にいったほうが良い』とか言われてましたけど……プロのレベルのお笑いなんかできるわけないだろ! って思ってました。なので、SMAに入ったときは、めちゃくちゃ面白い先輩たちがたくさんいて、皆さん輝いて見えました。SMAの皆さんのことは今もすごく尊敬してますね。

よく先輩方は『ダウンタウンさんに憧れて……』とか、芸人になったきっかけをお話しされますけど、私にとっては、SMAの先輩方が一番の憧れです。私は子どものころから、あまりお笑い番組も見ていなかったので、劇団からお笑いの世界に来て何もかもが衝撃でしたし、芸人さんというだけですごいと思ってました。お笑い事務所に入ったのもSMAが初めてですし、自分こそ生粋のSMAっ子だと自負してます」(木下)

そんな木下とはまた対照的に、フラットなお笑い観で、芸人の世界に入り込んだのが天野だ。

「多分、木下さんより私のほうが、お笑いバラエティ番組を子どものころから見てるんですよね。『志村けんのだいじょうぶだぁ』とか『天才・たけしの元気が出るテレビ!!』とか、『加トちゃんケンちゃんごきげんテレビ』とか……。でも、一視聴者としてただただ見て笑い転げていただけなので、『あんなふうになりたい!』とか、『誰々のお笑いが大好きだ!』という思い入れは、あまりなくて。自分とは遠い世界だと思っていましたし。だから今、木下さんの言葉を聞いて、ちゃんとしてる! ってビックリしてます(笑)」(天野)

女子トイレで「こんにちは~」

あっぱれ婦人会のネタそのままに、熱血で元気で明るさ満点の木下。ネタを演じているときのハイテンションとは打って変わって、物静かでおっとりした天野。舞台演劇からお笑いへと“気が付いたら”転身していたという共通点はあるものの、笑いに対する今のスタンスも、性格もバラバラのふたりが、なぜコンビを組むことになったのか。その出会いは、ふたりがまだ別々のコンビを組んでいたころに遡る。

場所は、東京・新宿歌舞伎町。西武新宿駅からほど近くに建つ巨大ビル、“東京都健康プラザ ハイジア”の地下1階だ。通称・新宿ハイジアの地下には、フリーの芸人が集うお笑いライブがよく行なわれている小劇場、“エンタテインメントステージ V-1”があり、うさぎビーンズだった木下と、W・softだった天野が同じライブに出演。新宿ハイジアの女子トイレで、初対面を果たす。

「私、人に話しかけるのが好きなので、同じくらいの年のおばさんが同じライブに出てる! と思って、『こんにちは~!』って声を掛けたんです。天野さんのコンビのネタは見てなかったんですけど(笑)、なんか親近感が湧いちゃって」(木下)

「私はいきなり声を掛けられたのでちょっと怖くて『あ、どうも~』みたいな。うさぎビーンズのネタは観ましたけど、ダダすべってた思い出ですね(笑)」(天野)

小劇場の女子トイレで挨拶だけは済ませたものの、そこからふたりは接点を失う。次なる邂逅は、それから1年以上経ったころ。天野がメイプルタウンを解散し、さてこれからどうしよう? と考えていたときのことだった。

「ある日、電車でTwitterを見てたら、木下さんもコンビを解散してたことがわかって。しかもその日、『今日ピンでライブ出ま~す』という告知をしていたので、あ、この人がいた! とひらめいて、その足でライブを観に行きました」(天野)

ここで木下から「でもなんで私だったの? ほかにも女芸人はたくさんいたのに」と、至極もっともな質問が飛ぶ。どうやら今まで、当時の詳しい話はしたことがなかったようだ。確かに、一度しか舞台を観たことのなかった(しかも大スベリしていた!)木下の何が、天野の心を捉えたのか。

「……目がヤバかったんですよね、最初に話しかけてきたときの(笑)。ちょっとほかの人と違ってて、強烈な印象があったんです。それが記憶に残ってたというのもあるんですけど……本当のことを言うと、パッと思い浮かんだ感じです、電車のなかで。観に行ったピンのライブでも、やっぱりこの人すごいな! と思いましたしね」(天野)

そこから天野は、木下のライブを1カ月間ほど追っかけたそうだ。

「ウケてるウケてないは置いといて(笑)、観るたびに、“この人すごい”の印象が、どんどん強くなっていきました。自分にないものを持っていたから、この人とコンビを組んだら、自分を今までとは違う世界に連れてってくれるんじゃないか、もっと面白いことができるんじゃないか、という気持ちだったんですね、きっと。で、今度は私から声を掛けて、『一緒にやらない?』と聞いたら、『いいよ!』って言ってくれたんです」(天野)

ところが、そこから事はスムーズに運ばなかった。コンビを組もうと誘ったほうの天野が、しばらくして「やっぱりやめよう」と木下に告げたのだ。なぜか。それは、芸人に限らず、年齢を重ねてから新しい一歩を踏み出そうとする人間なら誰もが抱える不安が、急に彼女を襲ったからだった。

「改めて考えてみたら……そのとき、私は30代半ばだったんです。何度かコンビを解散して、そのたびにヘコんだりして……この年齢でまた失敗したら、二度と立ち上がれなくなるんじゃないかと、怖くなっちゃったんです。私だけならまだしも、40歳を過ぎた木下さんの人生にも影響が出る。あなたのためにならないから、私と別れて! と身を引くオンナ、みたいな心境で(苦笑)。忘れもしない、カフェ・ベローチェで、『いったい私、何を言ってるんだろう?』と自分でも不思議に思いながら、『でも今、言わないと!』と、木下さんに話をしたんです」(天野)

後編へつづく
 

文・取材:阿部美香
撮影:塚原孝顕

関連サイト

公式サイト
https://sma-owarai.com/s/beachv/artist/h002?ima=2954
 
木下あや Twitter
https://twitter.com/kalpis
 
天野裕加里 Twitter
https://twitter.com/6JIphrcSJxUug08
 
あっぱれ婦人会 YouTube
https://www.youtube.com/channel/UCs7w4lQ12Wxp1mWvRhPskDA

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