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芸人の笑像

ロビンフット:コントにこだわりつづけて四半世紀。今年こそ勝負をかける【後編】

2022.04.22

ソニー・ミュージックアーティスツ(以下、SMA)所属の芸人たちにスポットを当て、ロングインタビューにて彼らの“笑いの原点”を聞く連載「芸人の笑像」。

第14回は、四半世紀の芸歴を持ち、創成期からSMAお笑い部門に所属するロビンフット。彼らの作り込まれたコントと、コント職人としてのこだわりの源泉とは。結成当時から現在までの活動歴からひも解く。

後編では、『キングオブコント2018』ファイナルにのぼり詰めるまでとそのネタの裏側、そして“今年を勝負の年”と言う理由を明かす。

  • ロビンフット

    Robinfutto

    (写真左より)おぐ/1976年5月5日生まれ。滋賀県出身。血液型A型。身長172㎝。趣味:野球観戦。特技:野球(高校まで野球部所属)。マー坊/1975年6月5日生まれ。大阪府出身。身長173㎝。趣味:野球、スノーボード。特技:遠投

SMA NEET Projectの立ち上げメンバーは僕ら4組だけ

前編からつづく)若手のお笑い芸人がアイドル並みにもてはやされていた時代。ロビンフットもその波に乗れたかと思われたが、残念ながら、ワタナベエンターテインメントを4年ほどでクビになる。

「理由は簡単で……調子に乗りすぎました(苦笑)。僕らふたりともコンパばかりやってて、もうひどかったんですよ、素行が。当時は週8くらいで(笑)コンパをやってて、僕は歌舞伎町のカラオケボックスに夜の12時くらいに集合して3階と5階に部屋を取って、女の子たちにはバレないように、トイレ行くフリしてふたつの部屋を行ったり来たりしながら、コンパを同時進行するとかやってました(笑)」(マー坊)

「僕もコンパばかりやってたのは同じですけど、マー坊とは遊び方が違ってて。最終的には女の子とツーショットにはなりたいんですけど、コンパ中はお笑い大会。仲間が女の子と普通にしゃべってたらそいつに説教するくらい、とにかくみんなでボケ倒すような集まりをしてましたね。でも、どっちにしても遊んでばかりではあるんで、素行は悪い。最後は、遊びまくってばかりの“芸人”はいらない、ちゃんとした“タレント”が欲しいということで、クビになりました(笑)」(おぐ)

路頭に迷いかけた2004年10月。ロビンフットは新天地と出会う。事務所の先輩、ピーピングトムに、元ワタナベエンターテインメントのマネージャー・平井精一がSMAでお笑い部門を立ち上げるから、そこに行ってみたらどうだ? と教えられたのだ。直接の面識はなかったものの、平井の名前は以前から耳にしていたふたりは、「どんなもんやろ?」と、お笑い界では新参であったSMAの門を叩いた。

「だから、まさに僕らが今のSMA NEET Projectの立ち上げメンバーということになりますね。当時は4組しか芸人がいなくて、“谷+1。”“イヌがニャーと泣いた日”“世界のうめざわ”と僕らだけでした。平井さんはそのとき、来年春には事務所ライブを始めるって言ってたんですけど、4組でどうすんの? という感じ。だからそこから2カ月くらい、事務所には行かなかったんですよ。いくらなんでも、さすがに厳しいやろ! ほかを当たったほうがええかなと思って。でも、年明けに久々に顔を出したら、芸人が20組くらい一気に増えてた(笑)。じゃあ事務所ライブはできそうやな、でっかいとこの尻尾よりは、小っちゃいとこの頭のほうが良いだろう、と考えて、SMAにお世話になることに決めたんです」(おぐ)

ネタと向き合って初めて芸人は面白くなる

SMA NEET Project設立時をよく知るふたりは、今やテレビ番組で特集が組まれるほど有名になった現在のSMAと、所属芸人たちの活躍ぶりを「当時はまったく想像できなかった」と言う。だが、“おじさん芸人と破天荒なネタ芸人を輩出する変わり種”というだけではなく、「ほかのお笑い事務所にはない、SMAだからこその良さは、確実にある」とも感じている。

「よそからは、SMAはおっさん芸人が仲良くやってる事務所に見えるかもしれないですけど、そんな生ぬるいもんじゃないんですよね、実体は。毎月、事務所ライブでお客さんに新ネタを評価してもらって順位が決まり、出られるライブの格が変わるというシビアなジャッジがあり、ネタと向き合ってないヤツはどんどん淘汰されていく。僕はネタと向き合って初めて、芸人は面白くなると信じてますから、その意味でSMAはとても良い環境なんです。毎月ジャッジされつづけて、勝って勝って勝ち上がる厳しさのなかで、外の芸人たちとも戦って勝ち残っていったのが、賞レースで名を上げて今テレビで活躍しているバイきんぐであり、シショウ(ハリウッドザコシショウ)であり、錦鯉なんですよ」(マー坊)

“ネタと向き合う”ことを、仲間同士のチームプレイでつづけられているのも、SMAの強みだと言う。『M-1グランプリ2021』を優勝した錦鯉も、決勝ラウンドのネタのラストに「ライフ・イズ・ビューティフル」のひと言を加えたのは、バイきんぐ・小峠のアドバイスだというエピソードを語っていた。

「そうそう。もしほかの事務所が一斉にそれをやり出したら、僕らが勝てなくなってしまうので、あんまり知られてしまうと困るんですけど(笑)、ネタの見せ合いは、ほんまにめちゃめちゃやりますね。僕らが『キングオブコント2018』のファイナルでやったネタも、小峠に見せてからガラッと内容が変わって、良くなりましたから」(おぐ)

ライブシーンでは定評のあったロビンフットのコントの面白さをお茶の間に知らしめたのが、おぐが言う『キングオブコント2018』ファイナルステージで披露した「結婚相手」のネタだ。ずっと彼女ができなかった38歳の息子(おぐ)が67歳の父親(マー坊)に、いよいよ結婚したい相手ができたと報告する。だが、ぼんやりした息子は彼女が戌年生まれだとしか聞いておらず、本当の年齢は知らない。結婚相手に干支しか教えてもらってないのはおかしいと詰め寄る父。「たぶん36歳やと思うけど」と言う息子が、「バツイチで子供は26歳」「らくらくフォンを使っている」などの彼女のエピソードを話すたびに推定年齢が上がっていき、父親が慌てふためいていく。おぐの飄々としたキャラクターと、次々に飛び出す年齢を示すエピソードにキレ良くツッコんでいくマー坊の会話の妙が爆笑を呼んだ。

「僕らの最初の設定では、登場人物は同級生で。単純に結婚相手の話をしていて、干支から推測する年齢が上がっていくだけだったんです。小峠にそれを見せたら10分くらい黙ってて、『マー坊が親父になったほうが面白くなるんじゃない?』って言ったんですよ。確かにそうやなと」(マー坊)

「目からうろこでしたね。設定がただの友達同士だったら、相手の歳がめちゃくちゃ上だったところで、なんやそれ! で終わっちゃう。話す相手が父親なら、実は自分の年にめっちゃ近い、なんなら年上やないか! とだんだんなっていくから、必死のツッコミに意味もあるしバカバカしさも増すやないかと、僕らも気が付いたんです」(おぐ)

「決勝を目指すなら、パンチの効いたネタじゃないとほんまに厳しいんですよ。このネタを最初に見せたのが、準々決勝を勝ち上がってすぐのこと。次の準決勝までの2週間の間で、あのネタはめちゃめちゃ進化しました。最初に決めてたボケの種類こそ同じでしたけど、ガラリと設定を変えたことでキャラクターの感情もまるっきり変わり、より良いネタになったんです。だから、最終的に『結婚相手』を作ったのは小峠と言って良いかもしれないです(笑)。それに限らず、特に賞レース前に仲間とネタを見せ合ってやっていくシステムが自然とできているのは、ほかの事務所にない、SMAの面白いとこやと思いますね」(マー坊)

SMA芸人のチームプレイがネタの進化へとつながることも多いと言うが、そもそも骨格のしっかりしたネタ、ロビンフットらしさを発揮できるネタがベースになっていれば、ブラッシュアップも難しくないはずだ。普段のネタ作りはどのように行なわれているのだろうか。

「前は月5本、コロナ禍になってからは月3本は必ず新ネタをやらなくちゃいけないライブがあるので、ネタを作る機会は結構多いほうやと思います、SMAは。なので僕らは、月5本のときはひとり2本、3本になってからはひとり1本それぞれのネタを持ち寄って、残りの1本は作家やったり、僕らじゃない人にネタを考えてもらうのがルールみたいになってますね。人のネタをやるのは結構大事なんですよ。マンネリにならないようにというのもありますけど、自分らが気付いてない僕らに合う面白さは何か? というのを、客観的に見てもらうことも必要ですから」(おぐ)

「それができるのも、1本1本演じるキャラクターを変えられる、コントだからこそやと思いますね」(マー坊)

タレントで食えなくても『キングオブコント』は獲りたい

それぞれが書いたネタは、マー坊が演出を考えて、ロビンフットらしい形にしていくという。ちなみに例の「結婚相手」のネタは、おぐが設定を考えたもの。しかもまだワタナベエンターテインメントに所属していたころに原型があったという。

「2018年の『キングオブコント』の前に、なんかええネタなかったかな? と、ダンボール箱に入れてとっておいた昔のネタ帳20冊くらいを見てたんですね。そしたら、2分ネタを考えてたときの1本にあれがあったんですよ。『そういや、めっちゃウケてたなコレ』と思い出して、『キングオブコント』にかけられるよう、5分ネタに改良したんです」(マー坊)

「実は……女の子の干支だけ知ってて年齢は知らないという設定は、素行不良やったワタナベ時代の実体験で。あのころ、“丑年の日”っていって、丑年の人を集めたコンパをやってたんです(苦笑)。当時はよく“遊びも芸の肥やし”なんて言って遊んでましたけど、まぁこれくらいですかね、ほんまにコンパが芸の肥やしになったのは(笑)」(おぐ)

そんな、おぐの話を聞いていたマー坊は「あれ、実体験やったんか!?」と、今になって初めて聞いたエピソードに目を剥いて驚いていたが、ネタの要となるボケの数々も、リアルなエピソードを元に考えることが多いとおぐは言う。それこそ「結婚相手」のネタにもあった、ユーミンを松任谷と荒井のどちらの苗字で呼ぶかで世代がわかるというエピソードは、マー坊がラジオでしゃべったことを採り入れたそうだ。

「僕がネタを考えるときは、大体は設定から入るんですけど、実際にいる人の話から膨らませることが多いですね。自分の体験もそうですし、誰かとしゃべってておもろいエピソードがあったら使いますし」(おぐ)

逆にマー坊はというと……。

「こういうのが面白い感じだなというのをシチュエーションに当てはめて、頭でネタをひねり出すことが多いですね。いろんなお笑いのパターンを勉強して、公式に当てはめていく。こういうふうに笑ってください! っていうシステムを自分のなかで作って、それをどうしたら年相応のおじさんたちふたりで成立するシチュエーションにできるだろう? 今っぽく見せられるだろう? と、考えていきますね」(マー坊)

そんなマー坊のネタ作りを、おぐは、「コイツは理系やからなぁ!」と笑う。ネタに対するアプローチがそれぞれ異なっているからこそ、バラエティに富んだコントが出来上がっていくのだろう。ただし、コントだからこその難しさも、年齢を重ねるごとに痛感していると、ふたりは言う。

「やっぱり僕らのようなおっさんになってくると、ネタの内容も若いころとは変えなきゃいけないんですよね。例え学生が主役の面白いネタを思い付いたとしても、結局演じるのは僕らなんで、学生服を着るためには “20年ダブってて!”とか、“学生のフリするのもしんどくて!”みたいな、自然にそのネタに入れるような演出とか、理由付けが必要になる。年齢をちゃんと反映することは、ネタの奥行きにも影響するんですよ。コイツ(おぐ)はいっつも、「そんなん気にせんでもええねん!」って言いますけど(笑)」(マー坊)

そして、コント芸人がお笑いの世界で生き残っていくことの難しさも感じている。

「漫才は、やってる人の個性だったり、人間味が面白さに直接つながりますよね。錦鯉なんか、まさにそうで。バラエティのトークの場でも(長谷川)雅紀さんがバカなことを言って、(渡辺)隆が気の効いたツッコミをして……と、あの漫才のままいける。でもコント芸人は、ネタによってキャラクターが変わるから、本人の個性がよほどしっかりしてないと、タレントとしても生き残っていくのはすごく難しい。バイきんぐの小峠なんか、すごいなぁと思いますよ」(マー坊)

そんな厳しさを痛感しながらも、コントにはこだわりたいとふたりは言う。もちろん目標は『キングオブコント』の優勝。「タレントとして食えなくても良いから、『キングオブコント』は獲りたい!」と切望する。

「実は、今年のネタはちょっと勝算があるんですよ。周りからも良いと言ってもらえてるネタがあるんで、またSMAのみんなを集めて大会議をしないと」(マー坊)

「最近は、小峠が『キングオブコント』の審査員をやり始めたんで、もうアドバイスはもらえない。だから今年は、ハリウッドザコシショウと錦鯉の隆に見せようと思ってます。特に今年は、賞レース、イケる年なんですよ、僕。2014年は『R-1グランプリ』、2018年は『R-1』と『キングオブコント』と、冬季オリンピックを開催する年は賞レースで決勝に行けてるジンクスがあるんで、今年は大チャンス。夏季オリンピックの年は、何かしらでSMA芸人が優勝してるんで、僕らは裏道を走っていきたいですね(笑)」(おぐ)

そこで名刺を勝ち取って、出たいテレビ番組もある。

「『ネプリーグ』に一度は出たいですね。僕らがコンビを組めたのも、ネプチューンさんが協力してくれたおかげなんで」(おぐ)

「やっぱりチャンピオンにならな、胸張って挨拶できへんと思ってるんで……賞レース、絶対頑張ります!」(マー坊)

文・取材:阿部美香
撮影:塚原孝顕

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