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連載Cocotame Series

音楽家が語る作曲家

小山実稚恵×ラフマニノフ――偉大なピアニストでもあった作曲家のモノローグ【前編】

2023.04.13

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クラシック音楽の歴史に名を連ねる作曲家たち。その魅力を、ゆかりの深い音楽家の言葉で伝える連載「音楽家が語る作曲家」。

今回は日本を代表するピアニスト、小山実稚恵が登場。今年生誕150年、没後80年を迎えるロシアの作曲家、セルゲイ・ラフマニノフについて語ってもらった。ピアノ協奏曲をはじめ、ラフマニノフの作品を自身の大切なレパートリーとして演奏してきたピアニストから見た作曲家像とは?

前編では、小山実稚恵のラフマニノフとの出会い、優れたピアニストでもあったラフマニノフの才能について話を聞いた。

  • 小山実稚恵プロフィール写真

    小山実稚恵

    Koyama Michie

    日本を代表するピアニスト。チャイコフスキー国際コンクール、ショパン国際ピアノコンクールで入賞以来、常に第一線で活躍しつづけている。協奏曲のレパートリーは60曲を超え、国内外の主要オーケストラや指揮者からの信頼もあつく、数多くの演奏会にソリストとして指名されている。2016年度の芸術選奨文部科学大臣賞を受賞した『12年間・24回リサイタルシリーズ』(2006~17年)や、『ベートーヴェン、そして…』(2019~21年)といったシリーズ公演では、その演奏と企画性の両面で高く評価された。2022年からはサントリーホール・シリーズ、第Ⅰシーズン Concerto<以心伝心>を2025年まで開催する。ソニー・ミュージックレーベルズと専属契約を結び、1987年のデビューアルバム以来、これまでに32枚のアルバムをリリース。2023年5月には新作アルバム『モノローグ』を発表する。

セルゲイ・ラフマニノフ(1873-1943)

ロシア生まれの作曲家、ピアニスト、指揮者。モスクワ音楽院のピアノ科と作曲科を優秀な成績で卒業。1892年に作曲したピアノ曲集『幻想的小品集』作品3の第2番「前奏曲 嬰ハ短調」が注目を集め一躍有名になった。しかし1897年に初演された交響曲第1番の不評が原因で一時作曲を断念。1902年、ピアノ協奏曲第2番を自ら初演して復帰し、その名を国際的にも不動のものにした。1904年からはボリショイ劇場(ロシア)の指揮者を務め、1906年からはドイツのドレスデンで創作に専念。1909年にはアメリカに渡り、ボストン、ニューヨークなど主要都市で指揮やピアノの演奏活動をしたのち、1910年にロシアに戻る。しかし1917年のロシア革命を機に家族を伴って国外への演奏旅行に出たラフマニノフは、アメリカに定住。その後、故郷を想いながらも、二度と帰ることなく世を去った。

第2番と第3番、ふたつのピアノ協奏曲

小山実稚恵は、1980年代に「チャイコフスキー国際コンクール」、「ショパン国際ピアノコンクール」で入賞して以来、現在に至るまで第一線で活躍するピアニスト。毎年コンスタントに録音やツアーを行ないつつ、東日本大震災以降は宮城県仙台市で親子向けイベント『こどもの夢ひろば"ボレロ”』を企画立案し、そのイベントのゼネラルプロデューサーを務めるなど、広い視野で音楽活動をつづけている。

そんな小山実稚恵にとって欠かせないレパートリーが、ラフマニノフの作品たち。作曲家の生誕150年、没後80年のアニバーサリーにちなんで、今年3月には小山実稚恵が過去に録音した名盤2タイトル『ラフマニノフ:ピアノ協奏曲第2番/パガニーニの主題による狂詩曲』(1992年録音)、『ラフマニノフ:ピアノ協奏曲第3番/ピアノ・ソナタ第2番』(2002年録音)がSA-CDハイブリッドディスク仕様で再リリースされた。

小山実稚恵インタビュー写真1

そもそも小山実稚恵とラフマニノフとの最初の出会いはいつ、どこでのことだったのだろうか?

「それが実は、ラフマニノフとの初対面がいつどこでだったか、はっきりとは覚えていないんです。でも……おそらく、きっかけはピアノ協奏曲第2番のレコードでしょうね。往年の名ピアニストたちの録音を、もう何百回かわからないほど聴いているので、それは間違いないと思います。

そのあと、高校生のときにピアノ協奏曲第3番が好きになりました。それまでもウラディミール・ホロヴィッツなどの演奏を聴いたことはあったのですが、エフゲニー・モギレフスキーというピアニストがエリザベート王妃国際音楽コンクール※で第1位になったときに、この第3番を弾いていたんです。それを耳にして、『この曲ってこんなに素敵なんだ!』と思って、それからは毎日必ず、寝る前に1回聴いてから眠るようになりました。周りの人からは『これって寝る前に聴く曲じゃないでしょ』って言われましたが、聴きながら眠るのではなく、最後まで聴くんです(笑)」

※エリザベート王妃国際音楽コンクール
ショパン国際ピアノコンクール、チャイコフスキー国際コンクールと並び、クラシック音楽の世界3大コンクールのひとつと言われるベルギーのコンクール。

ラフマニノフのピアノ協奏曲第3番は、実在の天才ピアニストの半生を描いた映画『シャイン』に登場することでも知られる難曲だ。小山実稚恵はこの作品のどこに、どんなふうに惹かれたのだろう?

「ピアノ協奏曲第3番は、ピアニストでもあったラフマニノフが、ありとあらゆるピアノのエッセンスを詰め込んで、『ピアノはこんなことも、あんなこともできますよ』と言って、聴かせてくれているような作品だと思います。ピアノからしてみたら、『自分のことをここまで使ってくれてどうもありがとう!』と言っているような。それくらい聴き手を驚かせる作品です。

また、ラフマニノフがアメリカに亡命して最初に出演したコンサートで演奏した第3番は、彼の生涯を象徴するような作品であるとも言えます。第1楽章は、いろいろな人生の回想シーン。第3楽章は、新しいアメリカへの期待やアメリカの情景が難しい技巧を織り込みながら描かれていて、さまざまな要素がミックスされています。そこが第3番の素敵なところなんですよね。

そういう意味で、ピアニストが憧れて、一度は弾きたいと思うのが、この第3番だと思います。もちろん、ベートーヴェンのピアノ協奏曲第5番『皇帝』であるとか、超の付く名曲、難曲はたくさんありますけれど」

小山実稚恵インタビュー写真2

いっぽうで、小山実稚恵は東日本大震災のあと、ピアノ協奏曲第2番をよく弾いていたという。そこにはどんな理由があったのだろうか? 第3番と比較しながら語ってもらった。

「ピアノ協奏曲第2番は、どっぷりと“ロシア”。第3番よりも、よりスケールの大きなピアノ音楽です。ラフマニノフはモスクワ音楽院のピアノ科を第1位で修了したほどのピアニストですが、第3番にはピアノのあらゆる要素が盛り込まれているのに対し、第2番では使うテクニックのパターンが特化されているように感じます。

ピアノ協奏曲第2番は、ラフマニノフ自身の“再起の曲”なのです。交響曲第1番の初演の不評に心を痛め、作曲生活から遠のいていたラフマニノフが、再び希望を見出して作曲したとも言われる作品です。ラフマニノフはすごくこまやかな神経の人ですが、そんな彼にしては、この第2番は骨太の作品だと思います。だからこそ、そこから先のラフマニノフの生き方を決めた、そういう作品だと言えるのではないでしょうか。ここには、希望があるんです。ここからは自分たちで、我が力で歩んでいこう、というような。最後のコーダでは、本当にそういう思いにさせられます」

日常会話のように音の粒を紡いでいく

ラフマニノフがまるで今も生きていて、自分の友人であるかのように親しげに語ってくれる小山実稚恵。改めてラフマニノフならではの魅力について尋ねると、こんな答えが返ってきた。

小山実稚恵インタビュー写真3

「ラフマニノフが作曲家のみならず、特別な才能を持ったピアニストであったということが、すべての作品に通底していますよね。昔の作曲家の多くは自分で自分の作品を初演していましたから、どの作曲家もピアノが上手なんです。けれども、ラフマニノフの場合はもう、その上手さが極まって、何とも言えない彼自身の響きを生み出しました。ピアニストが聴いて、“ああ!”と心打たれるような響きが作品に散りばめられているのです。

同じようにピアノをうまく使って作曲した人と言えば、ショパンが思い浮かびますが、彼はまた違うんですよね。ショパンの作品には、彼が好んだ独特なパターン(アルペジオの使い方や左手の使い方)が多用されています。でもラフマニノフはもっと自由自在というか、技術も表現もさらに多岐にわたっていると思います。

それとラフマニノフは、身体の末端が大きくなってしまう病気だったのではないかと言われています。そのためピアノの鍵盤を1オクターブ越えて広く跨げるくらい、人よりも手が大きかった。そして指が鮮やかに動く人だったので、いろんな指遣いで軽々と弾けたようです。ラフマニノフは、自分が思い描いたままの音楽を演奏することができたのでしょうね」

ラフマニノフは体格も非常に大柄だったという。しかし、例え小柄で手が小さかったとしても、彼の作品を愛好し、レパートリーにするピアニストはあとを絶たない。ラフマニノフの音楽には、単なる超絶技巧にとどまらないメカニズムがあるようだ。

「ラフマニノフの作品には超絶技巧がたくさん出てきますが、弾いているうちに手に馴染んでくるのが不思議です。こんなに手の大きさが違う私たちでも、大丈夫なんですよ。だから実は、ラフマニノフのピアノの使い方は自然の理に適ったものなんだと思います。楽譜で見るよりも、実際は弾きやすい。つまり超絶技巧が“目的”ではないんです。普通に話すみたいに、そういうレベルで音を積んでいくのではと。

例えばショパンは、俳句みたいにすごく整然と、言葉少なく的確に曲を書きます。ベートーヴェンは、長編小説やきっちり構成された短編のように曲を書く。それに比べてラフマニノフは、日常会話のように音の粒を紡いでいく印象です。日記を綴るように、あるいは自分に向かって喋るように。だから弾いていると、ときどき“なんでこの断片が今、ここにくるんだろう?”と思うこともあったり。話したいこと、考えていることを、徒然草のように書いている、そういう感じではないでしょうか」

ゴージャスというより、華麗

そんなラフマニノフの才能について、小山実稚恵はこうもつづける。

「作曲家としての才能と言ったとき、あるひとつの作品をものすごく精査して、やっと作りあげるというのも立派なことですが、いくつもいくつも書いて、手作りなのに量産みたいなことができる人が、最も才能豊かなのではとも思います。バッハなどはその典型で、ものすごい創作量でしょう。指揮もして、教育もして、演奏もして。ラフマニノフにも、そういう一面があったんだと思います。才能が枯渇しないというか」

小山実稚恵インタビュー写真

ドラマティックなラフマニノフの音楽は、ときに“ハリウッド的”と言われることもあるが、それは少し違うと思う、そう小山実稚恵は語る。

「ラフマニノフの音楽は、絶えずゴージャス。でも、キンキラキンのゴージャスじゃなくて、何と言うのでしょうか……あまり適切な言葉が思いつきませんね。ゴージャスではあるけど決して太くはないから“豊か”とも少し違うかな」

長い間、言葉を選んでいた小山実稚恵だったが、結局最後に行き着くのは、ラフマニノフが才能あふれる大ピアニストだったということ。

「うん、“華麗”なんだと思います。ゴージャスというより、華麗。その内に折れそうで繊細な、人には言えない想いをいっぱい秘めていて……。ラフマニノフは自分の作品に対する他人の言葉をすごく気にしていたと言います。だからピアノ・ソナタ第2番なども、初版を大幅にカットした改訂版を出しました。ピアノ協奏曲第3番も、初演のバージョンと比べると大きなカットがあります」

このたび再リリースされる『ラフマニノフ:ピアノ協奏曲第3番/ピアノ・ソナタ第2番』では、どちらもオリジナルのバージョンが録音されている。

「カットする前のオリジナルのバージョンも、カットを施したバージョンも、どっちも惜しいんですよ(笑)。カットした方はちょっとコンパクトにしすぎて、一番良いところが“ああ、もう終わっちゃった!”って感じますし、そうかと言ってオリジナルの方は“ちょっとこの辺は言葉が多すぎるのかしら……”と思うところもあり。悩みに悩んで、折れてしまいそうなラフマニノフの葛藤が出ています。

でも、せっかくの録音ですから、カットの多いバージョンではあまりにももったいない気がして、原典版で演奏しました。ラフマニノフはきっと、湧き上がるように次々と音楽が浮かんでくるのでしょうね」

後編につづく

文・取材:加藤綾子
撮影:干川 修

リリース情報

『モノローグ』 ジャケット写真
 
『モノローグ』
発売日:2023年5月3日(水)
価格:3,000円
 
<収録曲>
01.ドビュッシー:アラベスク第1番
02.ブラームス:ワルツ第15番 作品39-15
03.スカルラッティ:ソナタ K.1
04.メンデルスゾーン:無言歌 作品67-2
05.ラフマニノフ:前奏曲 作品32-10
06.バッハ:シンフォニア第15番
07.スクリャービン:3つの小品より 作品45-1
08.シューベルト:楽興の時第3番
09.ショパン:夜想曲第1番 作品9-1
10.スカルラッティ:ソナタ K.35
11.バッハ:シンフォニア第11番
【ボーナス・トラック】
12.バッハ:シンフォニア第11番(別テイク)
 
小山実稚恵(ピアノ)
 
『ラフマニノフ:ピアノ協奏曲第3番/ピアノ・ソナタ第2番』ジャケット写真
 
『ラフマニノフ:ピアノ協奏曲第2番/パガニーニの主題による狂詩曲』
発売中
価格:2,750円
小山実稚恵(ピアノ)
アンドリュー・デイヴィス指揮 BBC交響楽団
 
『ラフマニノフ:ピアノ協奏曲第3番/ピアノ・ソナタ第2番』ジャケット写真
 
『ラフマニノフ:ピアノ協奏曲第3番/ピアノ・ソナタ第2番』
発売中
価格:2,750円
小山実稚恵(ピアノ)
ウラディーミル・フェドセーエフ指揮 チャイコフスキー記念モスクワ放送交響楽団

小山実稚恵コンサート情報

4月23日(日) 大阪:住友生命いずみホール
小山実稚恵のピアニズム 大阪リサイタルシリーズ 「心の詩(うた)」
5月27日(土) 静岡:清水文化会館マリナート
富士山静岡交響楽団 第118回定期演奏会(キンボー・イシイ指揮)
5月28日(日) 静岡:アクトシティ浜松 中ホール
富士山静岡交響楽団 第118回定期演奏会(キンボー・イシイ指揮)
6月3日(土) 神奈川:横浜みなとみらいホール
日本フィルハーモニー交響楽団 第388回横浜定期演奏会(小林研一郎指揮)
6月4日(日) 東京:サントリーホール
日本フィルハーモニー交響楽団 コバケン・ワールドVol.34(小林研一郎指揮)
6月10日(土) 長野:八ヶ岳高原音楽堂
「八ヶ岳の森 街の情景」第4回 バート・イシュル「初夏のソナタ」① 共演:川本嘉子(ヴィオラ)
6月11日(日) 長野:八ヶ岳高原音楽堂
「八ヶ岳の森 街の情景」第4回 バート・イシュル「初夏のソナタ」② 共演:川本嘉子(ヴィオラ)
6月14日(水) 東京:サントリーホール ブルーローズ
サントリーホール チェンバーミュージック・ガーデン~プレシャス 1 pm Vol.3 共演:堤剛(チェロ)
7月9日(日) 愛知:三井住友海上しらかわホール
セントラル愛知交響楽団 第198回定期演奏会(角田鋼亮指揮)
7月15日(土) 埼玉:所沢市民文化センター ミューズ アークホール
「華麗なるコンチェルト」広上淳一指揮NHK交響楽団
7月29日(土)・30日(日) 宮城:日立システムズホール仙台
第9回こどもの夢ひろば ボレロ~つながる・集まる・羽ばたく~
 
詳細はこちら(新しいタブで開く)

関連サイト

小山実稚恵 ソニーミュージックオフィシャルサイト
https://www.sonymusic.co.jp/artist/MichieKoyama/(新しいタブで開く)
 
小山実稚恵 オフィシャルTwitter
https://twitter.com/michiekoyama(新しいタブで開く)

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