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連載Cocotame Series

音楽家が語る作曲家

小山実稚恵×ラフマニノフ――偉大なピアニストでもあった作曲家のモノローグ【後編】

2023.04.14

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クラシック音楽の歴史に名を連ねる作曲家たち。その魅力を、ゆかりの深い音楽家の言葉で伝える連載「音楽家が語る作曲家」。

今回は日本を代表するピアニスト、小山実稚恵が登場。今年生誕150年、没後80年を迎えるロシアの作曲家、セルゲイ・ラフマニノフについて語ってもらった。ピアノ協奏曲をはじめ、ラフマニノフの作品を自身の大切なレパートリーとして演奏してきたピアニストから見た作曲家像とは?

後編では、小山実稚恵がラフマニノフの時代のアンティークピアノを演奏して自宅で録音された新作アルバム『モノローグ』について話を聞いた。

  • 小山実稚恵プロフィール写真

    小山実稚恵

    Koyama Michie

    日本を代表するピアニスト。チャイコフスキー国際コンクール、ショパン国際ピアノコンクールで入賞以来、常に第一線で活躍しつづけている。協奏曲のレパートリーは60曲を超え、国内外の主要オーケストラや指揮者からの信頼もあつく、数多くの演奏会にソリストとして指名されている。2016年度 芸術選奨文部科学大臣賞を受賞した『12年間・24回リサイタルシリーズ』(2006~17年)や、『ベートーヴェン、そして…』(2019~21年)といったシリーズ公演では、その演奏と企画性の両面で高く評価された。2022年からはサントリーホール・シリーズ、第Ⅰシーズン Concerto<以心伝心>を2025年まで開催する。ソニー・ミュージックレーベルズと専属契約を結び、1987年のデビューアルバム以来、これまでに32枚のアルバムをリリース。2023年5月には新作アルバム『モノローグ』を発表する。

自宅で録音された新作アルバム『モノローグ』

――(前編からつづく)ラフマニノフのキャラクターやその作品の魅力について、愛情たっぷりに語ってくれた小山実稚恵。ここからは、2023年5月3日にリリースされる自身の新作アルバム『モノローグ』について語ってもらう。

コンサートホールやスタジオではなく、小山実稚恵の自宅で、なんとラフマニノフが生きていた時代のアンティークピアノを用いて録音された本作。収録されているのは、国も時代も違う多彩な作品たちである。

小山実稚恵インタビュー写真1

「レコーディングがひと通り終わって、メンデルスゾーンの『無言歌』の音源を確認しながら聴いているとき、ふと“『モノローグ』が良いかな”と思って、アルバムタイトルが決まりました。何か話したいことはあるけれど、この人に聴かせたいとか、そういうことではなく、かと言って自分ひとりで収めてしまうわけでもなく……。誰かに何かをわかってもらおうというより、ちょっと気持ちを伝えたい。呟きのようなものという意味で、『モノローグ』かなと」

小山実稚恵は2006年から2017年まで、約12年という時間をかけて、リサイタルシリーズ『小山実稚恵の世界―ピアノで綴るロマンの旅』を行なってきたが、そのときも一つひとつの公演に、内容をイメージさせる言葉でタイトルを付けていた。

「全部で24回ある公演を並べて、“この第1回と第24回がこうなって、途中がこうなって……”と組み立てながら、作品を作るようにリサイタルシリーズを構成していきました。公演のタイトルは楽曲を選んでから、そのイメージに合う言葉を見付けたり。『モノローグ』もそうでした。収録する楽曲をまずは全部を弾いてみて、録ってみて、それから言葉が浮んできましたね」

誰にともなく、呟くように

自宅という録音環境は、このアルバムの選曲や演奏にどんな影響を与えたのだろう? レコーディングが行なわれた部屋のソファに座って、小山実稚恵はこのように語る。

小山実稚恵インタビュー写真2

「録音と言うと、これまではコンサートホールやスタジオで、アルバムごとに“これ”というテーマや想いがあってレコーディングしてきたわけですが、今回はとにかく、“ここ(自室)”の雰囲気を一番に考えて録りました。

大きなコンサートホールで弾くのとは違って、インティメート(親密)に語るというのでしょうか。ここの雰囲気に合った楽曲の候補をいくつか挙げて、実際にここでピアノを弾いてみて、その響きをディレクターにも聴いてもらったりしながら、収録曲を決めていきました。

ですから今回は、この環境からの着想という要素はすごくあったと思います。いつもみたいにコンサートホールやスタジオで“さあ、録りますよ”って言って演奏するのとは違う。ふっと思い付いたらピアノに向かって、“あ、これを弾きたいな”と感じた曲を弾く……みたいな感じで」

話したいことはあるけれど、誰にともなく、呟くように。決して仰々しくなく、自室のピアノに向かって、何気なく。小山実稚恵が語る『モノローグ』の録音風景は、不思議なほど、自身が語るラフマニノフの人物像と重なる。

「ああ、そう言われてみればそうですね。ラフマニノフもそうやって、ふっとピアノの前に座って、“あ、これ”って言って頭に浮かんだ楽想を弾いては、前奏曲だったりソナタだったり、あらゆる作品を瞬く間に作曲していたのかもしれないですね。特に小品はそんな気がします。本当に、ふっと弾いちゃったところから生まれたような」

そんなラフマニノフの「前奏曲 作品32-10」は、『モノローグ』の5曲目に収められている。これもまた、小山実稚恵の語るラフマニノフ像がぴったりと当てはまる楽曲だ。ピアノに向かってひとりごちているような空気と、密やかな華麗さ。中盤に置かれたこの曲が、アルバム全体のイメージをよりいっそう膨らませてくれる。

ピアノとピアニストの関係

『モノローグ』の録音風景は、コロナ禍での生活も連想させる。自宅で静かに過ごしながら、誰にともなく呟きたくなる時間。小山実稚恵にも、ここ数年の生活様式は影響を与えているのだろうか?

「そう思います。今回の録音で演奏したピアノは、今から100年以上前の1890年代に作られたものなんですが、この楽器に出会ったのはまさにコロナ禍に入ってからの2020年でした。そう、コロナ禍の毎日のなかで、何かこういう、ひっそり語りかけるようなピアノを欲していたのでしょう。『モノローグ』の録音は、このピアノとの対話みたいなところもあると思います。実際、このピアノを弾いてみると、心がそのまま通じ合うのです。落ち着きますね」

小山実稚恵インタビュー写真3

ピアノという楽器についてよく話題になるのが、弦楽器や管楽器は持ち運びできるので、いつでも自分の楽器を演奏できるが、ピアノはそれができないという話だ。コンサートの際も、その日演奏する会場に設置してある楽器に、ピアニストはすべてを委ねるしかない。

「自分の楽器だったら、こういう弾き方をしたらこういう音が出ると想像がつくでしょう。でもコンサートホールのピアノは、楽器によって、会場の空間によって、何もかもがまったく違うので、細かいことはもう考えません。とにかく自分の出したい音だけをイメージするんです。例えば、300席のホールと2,000席のホールで、同じように聞こえる音を出そうと思ったら、弾き方を変えなければなりません。というより、音のイメージがしっかりとあれば意識しなくても弾き方が自然に変わる、ということなんです。

ある音を求めると、おのずと弾き方も気持ちも変化するわけですから、求めた音が出るような身体の使い方をしてピアノを弾くわけです。ときには、想定していなかったようなタッチで弾くことも。それでももちろん、自分の思い通りにならない楽器もありますが、逆に想像もしていなかったような素敵な音が出る楽器もあるんですよ」

ピアノのレコーディングもコンサートホールで行なわれることが多いが、そういった意味では、自分の家で、自分の楽器を使って録音されたこのアルバムは、これまでとはまったく違う環境で作られたものに違いない。

「楽器、選曲、録音場所……コロナ禍でなければこうはならなかった組み合わせかもしれませんね。響きもだいぶ違うと思いますので、ぜひ比べてみてください」

ラフマニノフの時代のアンティークピアノ

今回の録音に使用したピアノは、1895年にハンブルク(ドイツ)の工場から出荷されたスタインウェイ。通常のピアノに比べて3鍵少ない、85鍵の楽器である。ハンブルクからロンドン、再びハンブルク、そして横浜に渡り、小山実稚恵との出会いを果たしたピアノ。一体どんな特徴があるのだろう?

自宅でのレコーディング写真

自宅でのレコーディングの様子。

「楽器から知ることはたくさんあります。さまざまな音色のニュアンスだったり、現代のピアノでは出ないような間(ま)だったり、鍵盤に当たる指の角度や面積で変わる音質だったり……。このピアノは我が家に来たときから、いろいろなことを教えてくれました。

ピアノの音は、弦をハンマーで叩いて鳴るのですが、やっぱり音色や響きにおいて一番の違いを生み出すのはボディなんです。響きが良いボディもあれば、豊かな音を生み出すボディもある。その点、このピアノはとても良いボディを持っていると思います。ボディは木でできているので、良し悪しは偶然の産物なわけですが」

ピアノやヴァイオリンなど西洋の楽器は、湿気の多い日本より、湿気の少ないヨーロッパの環境の方が保存に適していると言われる。誕生から約130年も経つアンティークピアノが、小山実稚恵に今なおさまざまな刺激を与えてくれるのもまた、偶然が重なってのことなのだろう。

「昔の時代の楽器を演奏していると、現代の楽器とのニュアンスの違いを感じることは多々ありますが、この楽器はあまりそういったギャップを感じずに弾くことができます。とても良い材料が使われていて、ハンマーもほぼ昔のまま、100年以上前のものですからフェルトだって放牧された羊の毛が使われているのではないでしょうか。

何より驚いたのは、この楽器の“強さ”です。コンサートホールで録音するときは、無音にするため空調を止めるので、冬はかなり寒く、乾燥も激しくなります。すると湿度の変化で、ピアノの音もすごく変わるんですよ。朝に録音して、2時間後にはもう、別のピアノかと思うほど響きが変わったり。

それで、この楽器は生まれてから130年ほど経っていますから、レコーディングのときもコンディションがどんどん変わってしまうのではないかと心配していたのですが、実際はそんなに変わらなかったんですね。お天気に恵まれた幸運もありましたが、何といってもその安定感は、歴史を歩んできた強みなのかな……と感じました」

このピアノの“強さ”には、レコーディング現場に立ち会ったスタッフも皆、驚いていたという。

「不思議な響きを醸し出すと言ったら良いのでしょうか、ボディそのものが鳴っているんです。この楽器のなかで音が絡まる感じというのは、ほかにはないですね。音が切れる部分でも、(音を持続させる)ペダルをうっすらと踏みっぱなしにして弾いている曲もあるんですよ。そうやってちょっと特殊な響きを作ったり、普段は絶対しないような技術も使いながら弾いています。私にとっても、とても良い経験になりました」

ラフマニノフと、ピアノと、そして小山実稚恵自身と……どんな対話が私たちの元に届くのか。そっと耳を傾けたい。

小山実稚恵インタビュー写真

文・取材:加藤綾子
撮影:干川 修

リリース情報

『モノローグ』 ジャケット写真
 
『モノローグ』
発売日:2023年5月3日(水)
価格:3,000円
 
<収録曲>
01.ドビュッシー:アラベスク第1番
02.ブラームス:ワルツ第15番 作品39-15
03.スカルラッティ:ソナタ K.1
04.メンデルスゾーン:無言歌 作品67-2
05.ラフマニノフ:前奏曲 作品32-10
06.バッハ:シンフォニア第15番
07.スクリャービン:3つの小品より 作品45-1
08.シューベルト:楽興の時第3番
09.ショパン:夜想曲第1番 作品9-1
10.スカルラッティ:ソナタ K.35
11.バッハ:シンフォニア第11番
【ボーナス・トラック】
12.バッハ:シンフォニア第11番(別テイク)
 
小山実稚恵(ピアノ)
 
『ラフマニノフ:ピアノ協奏曲第3番/ピアノ・ソナタ第2番』ジャケット写真
 
『ラフマニノフ:ピアノ協奏曲第2番/パガニーニの主題による狂詩曲』
発売中
価格:2,750円
小山実稚恵(ピアノ)
アンドリュー・デイヴィス指揮 BBC交響楽団
 
『ラフマニノフ:ピアノ協奏曲第3番/ピアノ・ソナタ第2番』ジャケット写真
 
『ラフマニノフ:ピアノ協奏曲第3番/ピアノ・ソナタ第2番』
発売中
価格:2,750円
小山実稚恵(ピアノ)
ウラディーミル・フェドセーエフ指揮 チャイコフスキー記念モスクワ放送交響楽団

小山実稚恵コンサート情報

4月23日(日) 大阪:住友生命いずみホール
小山実稚恵のピアニズム 大阪リサイタルシリーズ 「心の詩(うた)」
5月27日(土) 静岡:清水文化会館マリナート
富士山静岡交響楽団 第118回定期演奏会(キンボー・イシイ指揮)
5月28日(日) 静岡:アクトシティ浜松 中ホール
富士山静岡交響楽団 第118回定期演奏会(キンボー・イシイ指揮)
6月3日(土) 神奈川:横浜みなとみらいホール
日本フィルハーモニー交響楽団 第388回横浜定期演奏会(小林研一郎指揮)
6月4日(日) 東京:サントリーホール
日本フィルハーモニー交響楽団 コバケン・ワールドVol.34(小林研一郎指揮)
6月10日(土) 長野:八ヶ岳高原音楽堂
「八ヶ岳の森 街の情景」第4回 バート・イシュル「初夏のソナタ」① 共演:川本嘉子(ヴィオラ)
6月11日(日) 長野:八ヶ岳高原音楽堂
「八ヶ岳の森 街の情景」第4回 バート・イシュル「初夏のソナタ」② 共演:川本嘉子(ヴィオラ)
6月14日(水) 東京:サントリーホール ブルーローズ
サントリーホール チェンバーミュージック・ガーデン~プレシャス 1 pm Vol.3 共演:堤剛(チェロ)
7月9日(日) 愛知:三井住友海上しらかわホール
セントラル愛知交響楽団 第198回定期演奏会(角田鋼亮指揮)
7月15日(土) 埼玉:所沢市民文化センター ミューズ アークホール
「華麗なるコンチェルト」広上淳一指揮NHK交響楽団
7月29日(土)・30日(日) 宮城:日立システムズホール仙台
第9回こどもの夢ひろば ボレロ~つながる・集まる・羽ばたく~
 
詳細はこちら(新しいタブで開く)

関連サイト

小山実稚恵 ソニーミュージックオフィシャルサイト
https://www.sonymusic.co.jp/artist/MichieKoyama/(新しいタブで開く)
 
小山実稚恵 オフィシャルTwitter
https://twitter.com/michiekoyama(新しいタブで開く)

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