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音楽家が語る作曲家

仲道郁代×ベートーヴェン――今を生きる私たちに偉大な作曲家が語りかけるものとは?【後編】

2023.05.26

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クラシック音楽の歴史に名を連ねる作曲家たち。その魅力を、ゆかりの深い音楽家の言葉で伝える連載「音楽家が語る作曲家」。

今回は、デビュー以来35年以上、第一線で活躍するピアニスト、仲道郁代が登場。クラシック音楽の代表的な作曲家であるベートーヴェンについて語ってもらった。

仲道郁代は今、ベートーヴェンの没後200周年と自身の演奏活動40周年が重なる2027年に向け、10年という長い月日をかけて進めている「The Road to 2027リサイタル・シリーズ」の折り返し地点に立っている。同時に、ベートーヴェンのピアノ・ソナタ全曲演奏会、さらにピアノ室内楽全曲演奏会というシリーズも並行して進めており、まさにベートーヴェン尽くしの日々を送っている。そんな彼女にとって、ベートーヴェンの音楽はどのような存在なのだろうか?

後編では、現在進行中のコンサートシリーズについて、さらには今後の自身の音楽家人生をどう生きるかについても話を聞いた。

  • 仲道郁代プロフィール写真

    仲道郁代

    Nakamichi Ikuyo

    人気、実力ともに日本を代表するピアニスト。桐朋学園大学1年在学中に第51回日本音楽コンクール第1位、増沢賞を受賞後、文化庁在外研修員としてミュンヘン国立音楽大学に留学。ジュネーヴ国際音楽コンクール最高位、メンデルスゾーン・コンクール第1位メンデルスゾーン賞、エリザベート王妃国際音楽コンクール第5位と受賞を重ね、以後ヨーロッパと日本で本格的な演奏活動を開始。ソニー・ミュージックレーベルズと専属契約を結び、『ベートーヴェン:ピアノ・ソナタ全集』『モーツァルト:ピアノ・ソナタ全集』『シューマン:ファンタジー』、古楽器での録音など多数のアルバムをリリースしている。著書には『ピアノの名器と名曲』『ショパン鍵盤のミステリー』『ベートーヴェン鍵盤の宇宙』『ピアニストはおもしろい』などがある。

10年にわたる壮大なリサイタルシリーズ

前編からつづく)仲道郁代の演奏活動における大きな柱となる壮大なプロジェクト「The Road to 2027リサイタル・シリーズ」は、「春のシリーズ」と「秋のシリーズ」に分けて1年に2回ずつ、10年をかけて進められている。それぞれのリサイタルには、「パッションと理性」「劇場の世界」「夢は何処へ」「ブラームスの想念」「ラヴェルの狂気」といった詩的なタイトルが付けられているのも特徴的だ。

仲道郁代写真1

「『春のシリーズ』はベートーヴェンのピアノ・ソナタを軸に、その哲学的意味をほかの作曲家の作品と重ねて提示するもの。ベートーヴェンのピアノ・ソナタは、最後の曲に向かうにしたがって、『人生、これで良いんでしょうか? どうでしょうか?』と天に向かって問いかけているような気がします。そうやってベートーヴェンが到達した世界はどのようなものだったのか。ベートーヴェンの没後200周年を迎える2027年に向けて探究していくシリーズです。

いっぽう、『秋のシリーズ』はピアニズムを追求するもの。ピアノという楽器の音色の美しさを、さまざまな形で、さまざまな作曲家が引き出している作品を演奏していきます。2027年が私にとって演奏活動40周年になるので、そこを山の頂として登って行くためのプログラムを組みました。

このふたつが『The Road to 2027リサイタル・シリーズ』の流れになります。ですから『春のシリーズ』と『秋のシリーズ』のプログラムは連動しているわけではなく、それぞれ独立したシリーズとして進めています」

仲道郁代写真2

仲道郁代は2003年から2006年にかけて、ベートーヴェンのピアノ・ソナタ32曲とピアノ協奏曲5曲の全曲録音を成し遂げているが、このリサイタルシリーズと連動したレコーディングは予定されているのだろうか?

「2020年秋のリサイタル『ドビュッシーの見たもの』では、『The Road to 2027リサイタル・シリーズ』初のライブレコーディングが行なわれ、アルバムがリリースされましたが、今のところ、新たなライブレコーディングは予定していません。

録音と言えば、今年の春のリサイタルのプログラムにはシューマンの『謝肉祭』が入っていますが、この曲は私の2枚目のアルバムに入っているんです。20代なかばの録音で……今聴いたら、ずいぶん違うと思います。録音というのは、良い記録になりますよね。ただ、録音が終わったその瞬間から、どんどん私は変容して細胞が新しくなっているので、そういう意味では、今回のリサイタル『謝肉祭』を弾いて、また昔の録音を聴き直すと、人生の歴史を感じて面白いかもしれません」

室内楽の演奏を通して発見したこと

現在、「The Road to 2027リサイタル・シリーズ」と並行して、ベートーヴェンのピアノ・ソナタ全曲演奏会とピアノ室内楽全曲演奏会が進められている。特にピアノ室内楽全曲演奏会は、ベートーヴェンのピアノを含む室内楽を作品番号順にすべて網羅するという、こちらもまた長大なプロジェクトだ。2022年8月からスタートし、完結するまでに10回は越えるであろうシリーズに乗り出した仲道郁代に、今の気持ちを聞いた。

「第1回目は、作品1のピアノ三重奏曲を3曲(第1番〜第3番)演奏したのですが、すごく面白かったです。ベートーヴェンの天才ぶりを思い知りました。3曲のなかに、その後の作品の種となるような要素が、あんなところにも、こんなところにもあって。もうびっくりです! 例えば、ピアノ・ソナタ第8番『悲愴』の序奏が、ピアノ三重奏曲第2番に既に出てきていますし、それからピアノ・ソナタ第21番『ワルトシュタイン』に出てくるような音型の使い方も出てきます。

実際に演奏するときって、本当に微に入り細に入り、いろんなことを考えながら楽譜を見ていくので、発見が多いです。絵画では昔の画家の作品を模写しますが、それと同じかもしれませんね。私の場合は自分で弾くと、わかることがずいぶん増えます」

仲道郁代写真3

「とにかくピアノが入っている作品は全部やる」と意気込む仲道郁代。すべての曲を演奏することに意義があるのだ、と。

「私も知らなかった曲が山のようにあります。普段は演奏されないようなマイナーな曲でも、実は『この曲があるから、あの曲ができたんだ!』と気付くことがあるんですよ。

このコンサートシリーズは、演奏だけでなく、ベートーヴェン研究の第一人者である平野昭先生によるトークが入り、その曲が書かれた時代はどういう時代で、ベートーヴェンの人生においてどんなときに書かれたのかをお話しくださいます。さらに私だけではなく共演者の方々にも、演奏したときの感覚を話してもらうんです。お客様にとっても、『こういう面白さがあるのか』と思って聴いていただくと、耳のスイッチが合わせやすくなるのではないでしょうか」

ピアノソロのリサイタルとは違い、室内楽では共演者とのリハーサルも楽しみのひとつ。このコンサートシリーズでは若く優秀な演奏家たちと、より多くの時間をかけてリハーサルを行なっているという。

「もちろん、リハーサルまでに皆それぞれ練習してきますし、1回合わせれば『こういう感じ』と把握できるのですが、私は共演者たちと『ああでもない、こうでもない』とやり取りをするのが好きなんです。ご一緒する若い演奏家たちは、リハーサルで臆せず自分の意見を言ってくれます。『私、同い歳ぐらいかな?』と思うくらい。でも、リハーサルが終わった途端に『仲道先生』に戻る。なんだ、さっきまで友達みたいに接してくれてたのに……と思って、ちょっと残念だったり(笑)」

コンサート写真1

コンサート写真2

仲道郁代 ベートーヴェン ピアノ室内楽全曲演奏会 Vol.2 より ©Ayumi Kakamu

対等に語り合い、演奏する共演者たちとは、どのようなやり取りをしているのだろうか。楽曲の解釈や演奏の構成まで、リハーサルではすべて言葉で確認していると仲道郁代は語る。

「言葉の先に持つイメージは人それぞれ違いますし、同じ『悲しい』という言葉から、人によっていろんなことを思うじゃないですか。それだけに、一つひとつ言葉ですり合わせをすることは、音楽を作っていく上でとても有効だと思います。

普段のリハーサルでは、そこまで綿密に言葉ですり合わせる時間はありませんよ。『ここのテンポをどうする』とか、『ここはちょっと間を空ける』とか、それぐらいを打ち合わせて、あとは皆それぞれ自由に弾いて楽しむ。それも、もちろん室内楽の醍醐味ではあるのですが、ベートーヴェンはすべてに意味を持たせて音楽を作っているので、やはり演奏する側も丁寧にコンセンサスを取って、説得力のある音楽を作っていきたいなと」

生と死を問う2027年、さらにその先へ

仲道郁代写真4

ウイルスの蔓延や自然災害、戦争、紛争、不況……あらゆる困難に満ちた今という時代に、それでも「人間の力で何とかしていこう」と思わせてくれるベートーヴェンの存在は、今後よりいっそう重要な意味を持つのかもしれない。

「『私はこう思う』じゃなくて、『我々はこうやっていこう』と呼びかけてくれる。だから人々に力を与えられるのだと思います」

生きる力を与えてくれるのが音楽だとしたら、死について考えさせられるのもまた音楽である。ベートーヴェンをはじめあらゆる作曲家たちが、自身の作品を通して繰り返してきた問い。「人間はなぜ死ぬのだろうか?」「我々はどう生きるべきだろうか?」。最後に、その問いかけに対する、今の仲道郁代自身の考えを聞いてみた。

「まず、人生の時間が圧倒的に足りない。『今が20歳だったら良いな』って、最近よく思います。そうしたら、もっと要領良くいろいろなことができるのに。今ある人生が終わっても、ゲームのように、次の人生をそのつづきから始められたら良いのにと思います。

私は母が早くに亡くなったとき、『将来はこんなことをやりたいと思っていても、人間はいつ亡くなってしまうかわからない。今の命があるうちに、今できることは全部しないといけない』と思いました。そして現在、私は母が亡くなった歳を超えましたが、残された命があと10年なのか、5年なのか、もしくは30年なのかは読めません。

そんなことを考えながら、『The Road to 2027リサイタル・シリーズ』を構想しました。2018年から2027年まで、大切な1年1年を貫く柱を作りたいと考えたんです。だから、健康でいて、ちゃんと弾きつづけなければいけないなと思います」

2027年のプログラムは、春が「生と死の揺らぎ」、秋が「変奏曲〜生の命題を編む〜」。そして、その後の2028年3月には、コロナ禍で延期になったプログラム「音楽における十字架」が待っている。

「怖いですよね。『生と死の揺らぎ』『生の命題を編む』って……ここに辿り着いたとき、私一体どうなっているんでしょう。これが終わったら、私はまた生まれ変わるのかしら。

『音楽における十字架』は、2028年3月のベートーヴェンの命日の前に予定しています。ここで演奏するピアノ・ソナタ第21番『ワルトシュタイン』は非常に力強く、天の世界を見ながら進めていく曲なので、2028年になったら、きっとまた『私は進む!』って言ってると思いますよ(笑)」

ソナタや室内楽を通して、ベートーヴェンのあらゆる面を知り尽くそうと探求をつづける仲道郁代。今回のインタビュー中も、たびたびベートーヴェンマニアな一面を見せてくれた。今後もますます意欲的な活動を見せてくれるに違いない。

文・取材:加藤綾子
撮影:篠田麦也

仲道郁代コンサート情報

「The Road to 2027リサイタル・シリーズ」
 
2023年 春のシリーズ
劇場の世界
 
2023年6月3日(土)14:00
東京:サントリーホール
問合せ:ジャパン・アーツ ぴあ TEL 0570-00-1212
https://www.japanarts.co.jp/concert/p993/(新しいタブで開く)

関連サイト

仲道郁代 ソニーミュージックオフィシャルサイト
https://www.sonymusic.co.jp/artist/IkuyoNakamichi/(新しいタブで開く)
 
仲道郁代 オフィシャルサイト
https://www.ikuyo-nakamichi.com(新しいタブで開く)

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