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今、聴きたいクラシック

世界を股にかけて活躍する指揮者、パーヴォ・ヤルヴィが世界中のオーケストラから愛される理由【前編】

2023.08.22

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遠い昔に生まれ、今という時代にも息づくクラシック音楽。その魅力と楽しみ方をお届けする連載「今、聴きたいクラシック」。

今回は世界的指揮者、パーヴォ・ヤルヴィのインタビューをお届けする。欧米の一流オーケストラの要職を歴任し、2015年からはNHK交響楽団の首席指揮者を務め、2022年9月には同楽団の名誉指揮者に就任。日本のクラシック音楽ファンからもあつい信頼を寄せられるマエストロである。

エストニアの音楽一家に生まれ、アメリカに移住してレナード・バーンスタインに学んだ経験を持つコスモポリタン(国籍などに左右されない世界的視野を持つ人)な音楽家、パーヴォ・ヤルヴィが世界中のオーケストラから愛される理由とは? 故郷で過ごした少年時代から、オーケストラと向き合うときの音楽哲学、60歳を迎えた現在の活動に至るまで、たっぷり語ってもらった。

前編では、60歳記念として4月にリリースされた2枚の新譜、NHK交響楽団との『バルトーク:管弦楽のための協奏曲&中国の不思議な役人』と、パリ管弦楽団との『ラヴェル:管弦楽曲集』について話を聞いた。

  • パーヴォ・ヤルヴィ プロフィール画像

    パーヴォ・ヤルヴィ

    Paavo Järvi

    1962年、エストニアの首都タリン生まれの指揮者。1980年にアメリカへ渡り、カーティス音楽院に入学。ロサンゼルス・フィルハーモニック・インスティテュートではレナード・バーンスタインに学んだ。指揮者として国際的なキャリアを歩み出した30代から、スウェーデンのマルメ交響楽団を皮切りに、ストックホルム王立フィルハーモニー管弦楽団、ドイツ・カンマーフィルハーモニー・ブレーメン、シンシナティ交響楽団、フランクフルト放送交響楽団、NHK交響楽団、チューリッヒ・トーンハレ管弦楽団などの要職を歴任してきた。2023年4月にNHK交響楽団との『バルトーク:管弦楽のための協奏曲&中国の不思議な役人』と、パリ管弦楽団との『ラヴェル:管弦楽曲集』の2枚のアルバムをリリース。

60歳記念として2枚のアルバムをリリース

現在、世界で最もパワフルな活動を繰り広げている指揮者の筆頭がパーヴォ・ヤルヴィだろう。日本では2015年シーズンから2021年シーズンまで、7年にわたってNHK交響楽団の首席指揮者を務め、後期ロマン派を中心に、20世紀の作品や北欧音楽など、多彩なレパートリーで音楽ファンを大いにわくわくさせてくれた。

任期終盤がコロナ禍と重なり、その影響で来日できなかったりと、なんだかうやむやなお別れになってしまったのは痛恨だったけれども、2022年9月には同楽団の名誉指揮者に就任。そして今年4月、早くもNHK交響楽団の指揮台に戻ってきた。

パーヴォ・ヤルヴィ画像1

この来日に合わせて、NHK交響楽団との『バルトーク:管弦楽のための協奏曲&中国の不思議な役人』と、パリ管弦楽団との『ラヴェル:管弦楽曲集』の2枚のアルバムが、ソニーミュージックから同時にリリースされた。昨年12月30日に60歳――日本の風習で言えば還暦を迎えて、2周目の暦を歩きはじめた現代の巨匠に、この新譜のことや、あまり語られることのなかった祖国エストニアの少年時代のことなどを聞いた。

『バルトーク:管弦楽のための協奏曲&中国の不思議な役人』はパーヴォ・ヤルヴィとNHK交響楽団の11枚目のアルバム。両者による「20世紀傑作選」の第5弾で、このシリーズではこれまでに『①バルトーク三部作:弦楽器・打楽器・チェレスタのための音楽 ほか』『②武満徹:管弦楽曲集』『③ストラヴィンスキー:3楽章の交響曲、カルタ遊び、ミューズの神を率いるアポロ』『④ストラヴィンスキー:春の祭典』をリリースしてきた。

『バルトーク:管弦楽のための協奏曲&中国の不思議な役人』ジャケット画像

『バルトーク:管弦楽のための協奏曲&中国の不思議な役人』

「20世紀の音楽はこのオーケストラにぴったりだと思っています。NHK交響楽団は伝統的に、ブルックナーからマーラー、R.シュトラウスに至る、ドイツ・ロマン派の音楽によって特徴付けられた質の高さを持っています。しかし日本の楽団に限らず、異なる音楽のスタイルに習熟することを追求してこそ、オーケストラは大きな恵みを得ることができます。20世紀の作品を演奏することは、技術的にロマン派を演奏するのとはまったく異なるので、奏者たちにとっては信じられないほど大きなチャレンジでもあります。しかしそのふたつの領域に通じることこそが、オーケストラをより良くするのです。

そしてロマン派や古典派の有名な音楽だけでなく、私たちが生きる同時代の名作を演奏することは、オーケストラの使命でもあります。オーケストラが今日の世界と関わりつづけるためには、聴きやすい作品だけでなく、より複雑で、より注意深い聴き方を求めるような作品も取り上げなければなりません。

バルトーク、ストラヴィンスキー、そして武満徹は、まさにそのカテゴリーにフィットする、私たちにとって非常に重要な作曲家たちです。彼らの作品は、もはや“現代音楽”と呼ばれるものではありません。現代における古典としての位置を確立し、私たちクラシック音楽の世界になくてはならないレパートリーになっているのです」

NHK交響楽団との7年間の軌跡

NHK交響楽団の首席指揮者としてのパーヴォ・ヤルヴィの最終公演は、本来、2022年2月に予定されていた。しかしコロナ禍による入国制限で来日が叶わず、結果としてこのニューアルバムにライブ収録された2021年9月のコンサートが任期最後の公演となった。

「非常にストレスフルな状況でした。この先どうなるのかわからなかったし、行動もさまざまに規制され、公演ができるのかどうか不確実な状況下でのコンサートでしたから、実際にステージで音楽を演奏できることの喜びを強く感じました。そして同じ喜びを、聴衆の皆さんのなかからも感じ取ることができました」

パーヴォ・ヤルヴィ画像2

首席指揮者を務めた7年間でオーケストラにどんな変化があったかと尋ねると、やんわり否定された。そんなに短絡的な話ではないのだ。

「NHK交響楽団は、もともと素晴らしいオーケストラでした。でも、もしかしたら前よりも多様性、柔軟性が出てきているかもしれませんね。とは言え、オーケストラの発展というのは、長い歴史のなかで培われていくもので、ひとりの指揮者だけで大きく変えられるものではありません。これまでの何人もの指揮者たちによってずっと培われてきたものがあり、もちろん私がそこにプラスできたものもあると思います。でも自分が離れたあとも、次の指揮者、またその次の指揮者たちがさらに進化させていく。今も進化はつづいているのです。

メンバーも少しずつ交代して常に若返りながら、すごく良い方向に進んでいると思いますよ。私たちの誰もがそうであるように、オーケストラのプレイヤーも歳をとります。定年があるので、メンバーは定期的に変わっていきますね。このオーケストラの伝説的コンサートマスターだったマロさん(篠崎史紀)も今年で定年を迎えましたが、今も引きつづき、特別コンサートマスターとしてステージに立ってくれています。

そうした奏者たちのマイルストーンが、オーケストラのDNAを少しずつ変えていきます。新しいリーダーが、新たなビジョンを持ち込んで、彼らの世代のやり方で音楽を作っていく。素晴らしいことだと思います。そのとき、新しいエネルギーを注ぎつつも、オーケストラの伝統とも十分につながりを保っていくことができる。伝統を損なうことなく、新たに加わるメンバーもそれに適合しながら、オーケストラを発展させていくのです」

それぞれ異なる文化と歴史を持つオーケストラ

もういっぽうのニューアルバムは、パリ管弦楽団との『ラヴェル:管弦楽曲集』。2010~2016年にパーヴォ・ヤルヴィが音楽監督を務めたこのフランスの名門オーケストラの華やかで透明なサウンドからは、まさにラヴェルの色や真のフランス音楽の香りが立ちのぼる。

『ラヴェル:管弦楽曲集』ジャケット画像

『ラヴェル:管弦楽曲集』

「そうなのです! 世界でも真のフランス音楽を演奏できるオーケストラは、ほんのひと握りしかありません。パリ管弦楽団はフランス音楽に特有のニュアンス、フランス音楽を表現するための独自の“声”を、自分たちの文化として持っています。それは彼らと同じ社会で生活していない、ほかのオーケストラに教えるのが難しい類のものです」

オーケストラは、背景にそれぞれ異なる文化と歴史を持つ。例えば日本のオーケストラからもフランスのオーケストラからも、その魅力や特質を魔法のように存分に引き出すことができるパーヴォ・ヤルヴィ。秘訣はどんなところにあるのだろう。

パーヴォ・ヤルヴィ画像3

「出発点は音楽ですよね。そして、みんな音楽を愛し、音楽をしたいという共通の目的を持って集まっているのですから、ゴールも共通です。

ただ、文化的な背景が違うので、そのゴールへのアプローチは異なります。日本のオーケストラのバックグランドには日本の文化があり、フランスにはフランスの、スイスにはスイスの文化がある。異なる文化圏を持つ私がそこに入っていくわけなので、はじめはやはり、お互いを知り合う腹の探り合いのようなところもあります。どうやってコミュニケーションを取るか、どうやって気持ちを通じ合わせるか。その関係性を作ることが非常に重要なんです。そうやって、音楽を作るというゴールに向かって同じレベルに持っていくことが大切ですね。

有名な作品……例えば先日、NHK交響楽団と演奏したR.シュトラウスの『アルプス交響曲』のような楽曲だと、オーケストラのメンバーはみんな、これまでさまざまな演奏を聴いてきたでしょうし、自分たちでもいろんな指揮者と演奏してきているので、それぞれに、こうあるべきだという考えを持っています。それを、たとえ小さな違いはあるにしても、奏者一人ひとりと指揮者が同じ理解の上で音楽を作るように持っていかなければなりません。

NHK交響楽団との「アルプス交響曲」演奏後のX(旧Twitter)

長い関係を作っていくほど、その共通項は見付けやすくなります。1回1回のコンサートが、互いの関係性を構築します。それを重ねることで、徐々に、言葉に頼ることなく、有機的な関係ができていくものなのです。経験値と、音楽に対する理解とが、非常に重要なポイントになってきます」

官能に満ちたパリ管弦楽団とのラヴェル

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同時期に発売されたパリ管弦楽団との新しいアルバムには、「高雅で感傷的なワルツ」「クープランの墓」「ダフニスとクロエ(第2組曲)」「ラ・ヴァルス」と、ラヴェルらしいカラフルなオーケストレーションをたっぷり味わえる愉悦に満ちた内容。NHK交響楽団とのバルトーク同様、これもすべてライブ録音で、なかでも「ダフニスとクロエ」は2015年に開館したパリの新しいコンサートホール「フィルハーモニー・ド・パリ」のこけら落とし公演での収録だ。バレエ音楽全曲から抜粋した第2組曲だが、全曲版同様に合唱も入ったゴージャスな編成での演奏である。

「第2組曲はしばしば合唱なしで演奏されますが、やはり合唱入りのほうがオリジナルに近付きますね。『ダフニスとクロエ』は官能的なラブストーリーなので、人の声が加わることによって、より人間的で、説得力のある、感情を直接揺さぶるものになると思います。私は今までこのバージョンで演奏したことはなかったのですが、このディスクのカップリングとして正解だったと思っています」

その官能性は、「高雅で感傷的なワルツ」「ラ・ヴァルス」というワルツ由来の2曲からもとめどなく流れ出てくる。

「ここがラヴェルの面白いところなのですが、彼の音楽は信じられないぐらい官能的なのに、人間としてのラヴェル自身は非常に堅苦しくて厳密でドライだったことを私たちは知っています。音楽作品の性格と、それを書く人の人間性とを、決してひとつに重ねてはいけない。ラヴェルという作曲家は、衒学的(学問・知識をひけらかすさま)で面白みのない人間が、こんなに官能的な音楽をイメージし、生み出すことができるということの良い例だと思います」

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パーヴォ・ヤルヴィとソニーミュージックとのコラボも既に15年以上となり、これまで49タイトルのアルバムをリリースしてきた。2016年には、権威ある日本の「レコード・アカデミー賞」で、フランクフルト放送交響楽団との『ニールセン:交響曲全集』とNHK交響楽団との『R.シュトラウス交響詩チクルス[2]:ドン・キホーテ、ティル・オイレンシュピーゲル&ばらの騎士』が、2部門で同時受賞を果たすなど、評価も高い。

「ソニーミュージックのチームとはもう家族のような関係です。音楽を愛し、すべてのプロジェクトを的確にマネジメントしてくれるスーパーマンのようなスタッフがいます。既に長年にわたる関係が構築されていて、ドイツ・カンマーフィルハーモニー管弦楽団とのベートーヴェン、ブラームス、シューマンの交響曲全集、パリ管弦楽団とのシベリウスの交響曲全集、フランクフルト放送交響楽団とのブルックナーの交響曲全集、そしてNHK交響楽団とのR.シュトラウスを含む、さまざまなプロジェクトを録音してきました。本当に密接な関係にある、大切な仲間です」

後編につづく

文・取材:宮本 明
撮影:篠田麦也

リリース情報

『バルトーク:管弦楽のための協奏曲&中国の不思議な役人』ジャケット画像
『20世紀傑作選5 バルトーク:管弦楽のための協奏曲&中国の不思議な役人』
パーヴォ・ヤルヴィ指揮 NHK交響楽団
発売日:2023年4月12日
価格:3,630円
 
『ラヴェル:管弦楽曲集』ジャケット画像
『ラヴェル:管弦楽曲集』
パーヴォ・ヤルヴィ指揮 パリ管弦楽団
発売日:2023年4月12日
価格:3,300円

パーヴォ・ヤルヴィ コンサート情報

パーヴォ・ヤルヴィ指揮 チューリッヒ・トーンハレ管弦楽団
ブルース・リウ(ピアノ)
10月15日(日)15:00 北九州:北九州ソレイユホール
10月16日(月)19:00 東京:サントリーホール
10月18日(水)19:00 東京:サントリーホール
10月19日(木)19:00 所沢:所沢市民文化センター ミューズ
10月20日(金)19:00 富山:富士市文化会館 ロゼシアター
10月21日(土)15:00 大阪:ザ・シンフォニーホール

関連サイト

パーヴォ・ヤルヴィ ソニーミュージックオフィシャルサイト
https://www.sonymusic.co.jp/artist/PaavoJarvi/(新しいタブを開く)

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