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技術者たち ~エンタメ業界が求めるエンジニアの力~

リードエンジニア:ソニー経由でエンタメの最前線へ――クリエイターの熱量に技術で応えるエンジニアたち①

2024.09.25

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さまざまなエンタテインメントビジネスを手がけるソニーミュージックグループで、専門的な知識とスキルを持って働く技術者(エンジニア)に話を聞く連載企画。第9回は、アニメ制作ソフト「AnimeCanvas」の開発に携わる矢野直輝と藤沢好をクローズアップ。

ソニーの技術開発職に就いていたふたりは、なぜソニー・ミュージックエンタテインメント(以下、SME)でアニメ制作ソフトの開発プロジェクトに携わることになったのか、そのいきさつと現在の仕事に対する思いを聞いた。

  • 矢野直樹プロフィール画像

    矢野直輝

    Yano Naoki

    ソニー・ミュージックエンタテインメント

  • 藤沢好プロフィール画像

    藤沢 好

    Fujisawa Ko

    ソニー・ミュージックエンタテインメント

記事の後編はこちら:リードエンジニア:ソニー経由でエンタメの最前線へ――クリエイターの熱量に技術で応えるエンジニアたち②

アニメの制作工程を効率化するツールを開発

──矢野さんと藤沢さんは、最新テクノロジーをさまざまなエンタテインメントに活用して新しいビジネスを生み出すSMEのEdgeTechプロジェクト本部に所属。現在は、アニメ制作ソフト「AnimeCanvas」の開発プロジェクトに携わっていると聞きました。こちらは、どのようなプロジェクトでしょうか。

藤沢:2020年にソニー株式会社(現、ソニーグループ株式会社 以下、SGC)の研究開発部門とSMEが共同でソニーミュージックグループの事業領域における技術的な課題に取り組む、「共創プロジェクト」というプロジェクトが立ち上がりまして、私はSGCの研究開発部門のメンバーとして、約4年前のプロジェクト発足当初から携わり始めました。

その後、約2年前の2022年に「共創プロジェクト」から派生してアニメの制作環境のDXを目指す「APDXプロジェクト(アニメ制作DXプロジェクト)」がスタート。この取り組みは、ソニーミュージックグループのグループ会社であるアニプレックス(以下、ANX)の子会社で、アニメ制作スタジオのA-1 Pictures(以下、A1P)とCloverWorks(以下、CLW)の代表取締役社長を務める清水(暁)さんがプロジェクトマネージャーとなり、A1PとCLWの現場の皆さんに要望や課題を出していただきながら、ソニーグループとSMEで技術開発と運用の検討を行なうプロジェクトです。そんな「APDXプロジェクト」のなかの活動のひとつとして「AnimeCanvas」の開発があります。

矢野:「AnimeCanvas」は、アニメ制作の各工程を支援するためのソフトウェアで、現在は線を描く工程(原画・動画工程)のための「AnimeCanvas KEY/DO」と色を塗る工程(仕上げ工程)のための「AnimeCanvas COLOR」というふたつのアプリケーションの開発を進めています。

──それぞれどのような業務を担当しているのでしょうか。

矢野:私は、仕上げの工程で色を塗るアプリ「AnimeCanvas COLOR」の開発を担当しています。プロジェクトリーダーとして、仕様の策定、要件の整理、スケジュール管理などを行なっています。

手を組み話す矢野直樹

藤沢:自分は「AnimeCanvas」も含め、アニメ制作現場の課題に対するソリューションの提案を行なっていて、主に、原画・動画用の作画支援の技術開発を担当しています。

ソニーグループのシナジーをいかした2Dアニメ制作技術の基礎研究

──ふたりはソニーに在籍していて、現在はSMEに出向という形でプロジェクトに参加しているということですが、これまでの経歴を教えてください。

矢野:大学では情報工学を専攻していて、卒業後、約100人規模のITベンチャー企業に就職しました。そこで3年ほどシステム開発業務に携わったあと、大手のIT企業に転職し、リードエンジニアとして約3年間勤務しました。

その会社で動画配信サービスのアプリ開発をしていたときに、エンタテインメントへの興味が強くなりまして。もっと、エンタテインメントに近いところでテクノロジーの仕事がしたいと思い、3年ほど前にソニーに転職しました。もともとソニー製品が好きでしたし、オーディオや映像機器などエンタテインメントと結びつきの強いハードウェアを作っているところに魅力を感じました。

ソニーでは、テレビの「ブラビア」のスマートスピーカー連携アプリの開発を担当し、主にレイアウトやデザインといったユーザーインターフェイス(以下、UI)、ユーザーがプロダクトやサービスを通じて得る体験であるユーザーエクスペリエンス(以下、UX)のデザインを手がけていました。

開発がひと区切りするタイミングで社内公募を眺めていたら、EdgeTechプロジェクト本部の募集が目に留まって。よりコンテンツに近いところでものづくりができそうだなと思いましたし、新しいプロダクトをいわゆる“ゼロイチ”で開発できそうだということにも魅力を感じて、応募することにしました。そして、1年ほど前に出向でSMEにやってきまして、「APDXプロジェクト」にアサインされました。

藤沢:自分は理学部数学科で純粋数学を研究し、大学院で博士号を取得しました。在学中からアニメ制作工程にも興味があって、個人的にアニメ制作会社にアプローチして映像制作に関する技術の研究開発をしていたこともありました。

淡いネイビーのチェックシャツを着た藤沢好

その後、2019年にソニー株式会社(現、ソニーグループ株式会社)に入社し、研究開発部門で映像の高画質化や映像圧縮伝送技術など、映像技術の研究に携わっていました。

──藤沢さんはアニメ制作に興味があったそうですが、最初からアニメの道に進もうとは思わなかったのでしょうか。

藤沢:アニメの作り方に興味はあったものの、仕事にしようとは思っていなかったんです。数学者になりたい気持ちもあったので学究の道に進みましたが、私の研究対象は世界でも数人しか関わっていないような超専門分野で……。年々、本当にこのまま数学の研究だけをつづけて、自分は楽しいのかと考えるようになったんです。

とはいえ、その段階から突然アニメーターを目指すのも無理があるので、自分がやってきたことをある程度いかしたうえでアニメ制作に関われることがないかと探して。そこで、先ほど言ったアニメ制作会社での研究開発にも出会うことができました。

その後、ソニーに入社したのは、アニメと関わりがある技術の研究開発ができそうだと思ったからです。ソニーグループには、ソニーミュージックグループがあり、さらにそのなかにはANXやA1P、CLWがあります。Crunchyroll(クランチロール)のような配信サービスとも関わりが深いですよね。

グループ全体で大きなエコシステムができていますし、ソニー以外では2Dアニメ制作技術の基礎研究はできないだろうと踏んでいました。とはいえ、入社当時のソニーにはアニメ制作に関するプロジェクトはまだ存在していなくて。なんとなくチャンスを見計らいながら、映像技術の研究をつづけていたところ「共創プロジェクト」やそこから派生した「APDXプロジェクト」が発足したんです。

──数学者の道も考えているなか、ずいぶん大胆に路線変更しましたね。

藤沢:自分でもそう思います。パソコンすら触らず、紙とペン、黒板とチョークという世界でしたから(笑)。プログラミングもほとんどできない状態で入社しました。

──入社にあたって、技術的なスキルはそれほど求められなかったのでしょうか。

藤沢:面接では「できるはずです!」と言い切っていました(笑)。技術に関しては、情報も教科書もあるので勉強すればわかるはずだと。もちろんその後、勉強もしましたが、実際の作業は現場で覚えることも多いので、個人的な意見としては、最初から技術力があるかどうかはそこまで重要ではなく、問題に対する深い洞察力を常に持っていることのほうが重要だと思います。

──矢野さんは情報工学を学んだうえで、ベンチャー企業に入社したということですが、大学生のころから、ある程度、技術面の下地はできていたのでしょうか。

矢野:プログラミングには興味を持っていましたが、学生時代に没頭していたかというとそうでもありませんでした。それで、もっと自分に技術力をつけたいという気持ちからベンチャー企業を選択しました。

私は学部卒ですが、やっぱり大学で学ぶ知識と仕事の実務を通して得るスキルはまったく異なるので、会社に入ってから学ぶことのほうが圧倒的に多かったです。技術面の下地はあるにこしたことはないですが、新しいことをどんどん吸収していくハングリーさがとても大事だと思います。

アニメ制作現場の生の声を取り入れて研究開発を推進できることが、やりがいにもつながる

──現在は、エンジニアとしてどのようなやりがいを感じていますか?

矢野:やはり、エンタテインメントが生まれる現場で生の声が聞けることです。今は、これまで経験したどの職場よりも、コンテンツが生まれる環境に近い距離で仕事ができています。自分の技術やスキルが、どのようにいきるのかを直接肌で感じることができるのは楽しいですね。

また、クリエイターの方たちのコンテンツへのこだわりもすごく感じられますし、開発しているアプリへも熱量高くフィードバックをいただけて大きなやりがいを感じています。

白いTシャツに黒のジャケットを羽織った矢野直樹

藤沢:「AnimeCanvas」が良い例ですが、エンタメ業界では現場に特化した技術を開発することができます。そしてエンタテインメントに関わる技術は、基本的に個別具体的です。アニメ、映画、ドラマすべての映像制作現場にリーチできる基礎技術もあるかもしれませんが、アニメに特化して適応させなくてはならない技術もやっぱりある。

「AnimeCanvas」も、広く一般に絵を描く方に向けたものではなく、アニメーターの皆さんに使っていただくために開発しているツールです。クリエイターの方々と向き合い、より個別具体的なところにリーチできるのが楽しいですし、それがやりがいにもつながっています。

──ソニーでの業務との違いもそのあたりにありそうですね。

矢野:そうですね。どちらが優れているというわけではなく、環境の違いがあると思います。ユーザーの声を聞くという点に関して言うと、ソニーはシステム化されているので定量的なデータは容易に取ることができます。

ただ、そこから一歩踏み込んだ定性的なデータは簡単には集まりません。逆にSMEでは、自分で足を運べば定性的なデータはどんどん取れます。その代わり、定量的なデータを取るシステムがないので、そこは自分で一から仕組みを作る必要があります。また、人手の面でも足りていない実情はありますね。

藤沢:研究開発部門でも、ユーザーに「何か困っていることはありませんか?」と聞くことがないわけではありません。ただ、社会的なインフラに関わるような大きなテーマを扱う研究所なので、現場の細かい困りごとや個々の意見に関しては吸い上げづらいという側面もあります。

「AnimeCanvas」が使用されるのはアニメの制作現場に限られますが、だからこそ我々もアニメの制作工程について勉強し、何度も何度も現場に出向いて、アニメーターの方たちと関係性を築き、現場の皆さんが本当に困っていることを聞くことができました。そうして、今まで不便が放置されていた環境に対してテクノロジーできちんと向き合っているプロジェクトになっています。

こういった手法でものづくりができること、クリエイターの方たちのリアクションを目の当たりにしながら、技術開発ができているというのは、自分にとっても非常に収穫が多かったです。

手を使い話す藤沢好

後編では、エンジニアとしての信条や未来への展望を語る。

後編につづく

文・取材:野本由起
撮影:干川 修

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