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技術者たち ~エンタメ業界が求めるエンジニアの力~

リードエンジニア:ソニー経由でエンタメの最前線へ――クリエイターの熱量に技術で応えるエンジニアたち②

2024.09.25

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さまざまなエンタテインメントビジネスを手がけるソニーミュージックグループで、専門的な知識とスキルを持って働く技術者(エンジニア)に話を聞く連載企画。第9回は、アニメ制作ソフト「AnimeCanvas」の開発に携わる矢野直輝と藤沢好をクローズアップ。

後編では、ふたりのエンジニアとしての信条や未来への展望を語る。

  • 矢野直樹プロフィール画像

    矢野直輝

    Yano Naoki

    ソニー・ミュージックエンタテインメント

  • 藤沢好プロフィール画像

    藤沢 好

    Fujisawa Ko

    ソニー・ミュージックエンタテインメント

記事の前編はこちら:リードエンジニア:ソニー経由でエンタメの最前線へ――クリエイターの熱量に技術で応えるエンジニアたち①

クリエイターの“楽しい”と“使いやすい”をかたちに

──アニメ制作ソフト「AnimeCanvas」は、アニメのクリエイターにヒアリングを重ねて開発を進めているということでしたが、矢野さん、藤沢さんが技術開発に携わるうえで大切にしている視点があれば教えてください。

矢野:私は、UI(ユーザーインターフェイス)とUX(ユーザーエクスペリエンス)の開発にこだわっています。例えば絵を描くアプリを作るにしても、初心者向けとプロ向けでは最適なかたちが異なりますし、プロダクトによってはその両方を意識する必要があります。

そこを突き詰めることにやりがいや楽しさを感じて、日々、開発に携わっています。また、UIやUXには正解がないので、一度答えが出たら終わりではなく、日々改善に対して意識を持ちつづけることも大事だと考えています。

手を使って話す矢野直樹

藤沢:今回の「APDXプロジェクト(アニメ制作DXプロジェクト)」に関連した話になるのですが、私としては、もっとアニメ業界に注目が集まってほしいし、素晴らしいアニメ作品を今後もたくさん見たいです。

そのためには、クリエイターの方たちが作業しやすい環境を整えなくてはいけなくて、それこそ、これからアニメーターになろうという人でも、少し触っただけで使いこなせるツールでなくてはいけない。その視点で言うと、今回のプロジェクトでは常に初心者目線を忘れないように心がけています。

いっぽうで、「AnimeCanvas」はベテランのアニメーターの方たちにとっても当然使いやすいものでなくてはいけません。ツールを使ったことのない人だけではなく、プロにも使いやすいものを開発するのは難しいですが、それが面白さややりがいにもつながっています。

ベテランの方々にとって、使っている道具やアプリは自分の体を拡張したようなもの。例えば、アニメ制作の工程で、色を塗りつぶす際に複数のツールを駆使して、何度もマウスをクリックしていても、“こういうものだから”と受け入れて、そこに疑問は抱かないと思うんです。納期が迫るなか、毎日行なっている作業ならそうなるのも自然なことですよね。

それに対して、“ここは改善できるんじゃないか”と客観的な視点で指摘し、ベテランの方々にとっても、初心者の方々にとっても使いやすいツールを提案できたらと考えています。

──なるほど。ほかに大事にしていることはありますか。

藤沢:クリエーションの観点で言うと、作り手の楽しみを奪わないようにすることにも気をつけています。これも現場を体験してわかったことですが、アニメ制作に携わっている方々から、「作品づくりに没頭している」「楽しみながらアニメを作っている」というような声をたくさん聞きました。

だからこそ「AnimeCanvas」は、工場で生産ラインを自動化するように、ただ効率性を求めるだけではいけなくて。楽しいと感じる作業のなかで、実は無駄に手間がかかっている作業、その部分だけを効率化することが重要です。

なので、ヒアリングをするときには困っている工程について聞くだけでなく、“何が楽しいのか”も聞くようにしています。そのうえで困っているところを技術でサポートすると、作り手側もすんなり受け入れてもらえるのではないかと。

やわらかい表情で話す藤沢好

ソニーミュージックグループならエンタテインメント全般に関われる

──現在はアニメ制作を支援するDXプロジェクトに関わっていますが、SMEのEdgeTechプロジェクト本部ではライブの自動撮影システムなど、さまざまなジャンルの技術開発を手がけています。アニメ以外の研究開発にも興味がありますか?

矢野:今は「AnimeCanvas」のことを考えていますが、ゆくゆくはアニメ制作に限定せず、音楽をはじめ幅広いジャンルに挑戦したいと思っています。ソニーミュージックグループは、それができる場だと思うので。

藤沢:岡本太郎が、将来絵描きになるべきか迷っていたとき、母である小説家・歌人の岡本かの子は、「他の自分に絶望して、絵に専念せよ。絵描きになれ」という手紙を岡本太郎に送ったそうです。私は数学の研究をしていたころから、その言葉が頭に残っていて。

私もあれこれ器用にやるよりは、“これ”と決めたひとつのことに集中するのが好きなタイプ。結局、今は数学ではなくアニメ制作の技術支援に進んだのであまり説得力はありませんが、やっぱりひとつの道を究めたいという思いがあります。今後もチャンスはいろいろあると思いますが、今はアニメ制作工程をテクノロジーでサポートしたいと考えています。

──「AnimeCanvas」がローンチしたあとも、アニメに携わっていきたいという考えですか?

藤沢:もう少し正確に言うと、絵を描くという営みに対する関心が強いんです。そのなかでもアニメというカテゴリにおいて、表現の多様性をどのように追究していけるのか。大袈裟ではなく、人類はこの先アニメでどのような表現ができるのか。そこに興味があります。

どうすればみんなが自由に絵を描くことができて、アニメを作ることがより楽しいと思えるのかを考えていきたいので、アニメ制作に関する技術支援から、絵を描くことそのものへと興味を広げていくことはあるかもしれませんね。

エンタテインメントの現場には、技術をいかせる領域がまだまだある

──現在、ソニー・ミュージックエンタテインメント側で「AnimeCanvas」の開発を行なうチームは、矢野さん、藤沢さんを入れて4名ということですが、今後、拡大していくこともあるのでしょうか。また仲間になってほしい人物像はありますか?

矢野:正直、人手はまったく足りていないので、どんどん入ってきてほしいというのが本音です(笑)。そのうえで、アニメ好きの方が加わってくれると、とてもうれしいですね。

にこやかな表情で話す矢野直樹

──先ほど、スキルは後からついてくるという話をしていましたが、どういうマインドを持った人が、エンタテインメント業界のエンジニアに向いていると思いますか?

矢野:自分で環境整備ができる人でしょうか。正直なところ、今は開発環境が完全に整っているとは言えない状況なので。“こういうことがしたい”というビジョンを持ち、それを発言できる人だと馴染みやすいと思います。

藤沢:既にできあがった事業ではないですからね。トップダウンで開発を行なうのではなく、自分で考えて判断すべき場面も多いので、流動的に判断できる人が向いているのではないかと思います。あと、個人的には技術とアニメ、どちらに対してもヤバいオタクであってほしいです(笑)。

──矢野さん、藤沢さんは、ソニーとソニーミュージックグループをつなぐ役割も果たしています。「AnimeCanvas」もソニーとソニーミュージックグループの「共創プロジェクト」が起点になっていますが、ソニーグループ内のシナジーにどのような可能性を感じていますか?

藤沢:私たちは今、アニメ制作を支援するツールを開発していますが、ソニーミュージックグループではアニメ以外にもさまざまなエンタテインメントを扱っています。そのなかには、しっかり観察すれば“ここはあまり創造性の高くないプロセスだから、効率化できる”というポイントがあって、技術でサポートできることはまだまだたくさんあると思います。

逆にエンタテインメントを生み出す側のソニーミュージックグループでは、このテクノロジーを導入すれば便利になる、コストをこれだけ抑えることができるようになる、といった話があまり出てきていません。

私は今もソニーの研究開発部門と関わりがありますし、こうしたマッチングの部分でも両社のハブのような役割を引きつづき果たしていきたいと思います。

笑いながら話す藤沢好

──最後に、エンジニアとしての今後の目標を聞かせてください。

藤沢:私は、アニメについても技術についても細かい話をするのが好きなんです。キャリアを積んでいくと話の抽象度がだんだん上がり、細かいところにはフォーカスしなくなっていきますが、個人的には細かい話をしていたい。

あまりそんな話ばかりしていると、「これだから研究ばっかりしているエンジニアは」と言われそうですが、「神は細部に宿る」とも言いますし、結局はどんな領域でも細部を詰めることが大事だと思うんです。新しい提案をしていくのと同時に、細かいところまで目が届くようなエンジニアでありたいと考えています。

矢野:私は、スキルを持っている人たちとちゃんと話せるエンジニアでありたいと思っています。その相手は同業の人たちに限らず、アーティストやクリエイター、マーケターの方ともきちんと話せるエンジニアでありたいです。さまざまな視点やたくさんの意見に耳を傾け、それらを融合させた新しいUI、UXを生み出していけたらと思います。

記事の前編はこちら:リードエンジニア:ソニー経由でエンタメの最前線へ――クリエイターの熱量に技術で応えるエンジニアたち①

文・取材:野本由起
撮影:干川 修

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