プロジェクト希望 前編PCバナー
プロジェクト希望 前編SPバナー
連載Cocotame Series
story

サステナビリティ ~私たちにできること~

平井一夫が「プロジェクト希望」で取り組む子どもたちの体験格差の縮小と未来への種まき①

2024.09.30

  • Xでこのページをシェアする(新しいタブで開く)
  • Facebookでこのページをシェアする(新しいタブで開く)
  • LINEでこのページをシェアする(新しいタブで開く)
  • はてなブックマークでこのページをシェアする(新しいタブで開く)
  • Pocketでこのページをシェアする(新しいタブで開く)

2018年までソニーの社長を務めていた平井一夫。2021年には「一般社団法人 プロジェクト希望」を立ち上げ、子どもたちに感動体験を提供する取り組みを行なっている。活動の背景にあるのは、現在、国内の約9人にひとりとも言われる子どもの相対的貧困という社会課題。主に経済的な理由で生じている子どもたちの体験格差に対して、平井一夫は「プロジェクト希望」の活動を通じて、この課題に正面から取り組んでいる。

新卒でCBS・ソニー(現、ソニー・ミュージックエンタテインメント)に入社し、ソニーミュージックグループとも深い縁のある平井一夫に、「プロジェクト希望」の活動、目指す未来について聞いた。

  • 平井一夫プロフィール画像

    平井一夫

    Hirai Kazuo

    一般社団法人 プロジェクト希望
    代表理事

「一般社団法人 プロジェクト希望」とは

プロジェクト希望 ロゴ

主に困窮世帯の子どもたちが抱える“体験格差”に着目し、“感動体験”の提供をミッションとして活動する団体。2021年の設立以来、映画館や遊園地、音楽ライブの観覧、スポーツ観戦などに子どもと保護者を招待したり、ゲームスタジオやテレビ局の見学ツアーで将来を考えるきっかけを作ったりするなど、子どもたちの世界観が変わる体験を提供している。外部からの寄付や融資などは受けつけておらず、平井一夫が自身の著書の印税や講演で得る収入を運営資金に充てて活動をつづけている。

記事の後編はこちら:平井一夫が「プロジェクト希望」で取り組む子どもたちの体験格差の解消と未来への種まき②

子どもの“体験格差”は“教育格差”にもつながる

──「一般社団法人 プロジェクト希望」は、主に経済的な理由により体験の機会が少ない子どもたちに対して、感動体験を提供していますが、まずは平井さんが「プロジェクト希望」を設立した経緯を教えてください。

私は2018年にソニーの社長を退任しましたが、その後も何らかの形で社会に恩返しをしたいと思っていました。そんななか私が直面したのが、日本では子どもの約9人にひとりが相対的貧困に苦しんでいるという事実です(※)。少子高齢化が進み、出生率も年々下がっていくなか、日本という国の将来はどうなっていくのかと大きな危機感を抱きました。

さらに深く調べていくと、貧困の連鎖がつづいていくと“教育格差”が広がってしまうこと、そのなかでも“体験格差”が大きな課題になっていることがわかってきました。そこで、この問題に対してアクションを起こそうと考えたんです。

※17歳以下の子どもの相対的貧困率は11.5% (厚生労働省 「2022年 国民生活基礎調査」より)

ソファに腰かけ話す平井一夫

──改めて体験格差とはどのようなものか、教えてください。

多くの保護者は、子どもに映画やコンサート鑑賞、スポーツ観戦、家族旅行などいろいろな体験をさせたいと考えますよね。私自身、子どものころは親の仕事の都合で北米に住んでおり、車で各地へ連れていってもらいました。当時はそこまでインパクトを感じていませんでしたが、今になって振り返ると自己形成に少なからず 影響を与える体験だったと思います。

しかし、困窮状態の世帯では、こうした体験がなかなかできません。そこには経済的な理由もありますし、ひとり親世帯の場合は、仕事が忙しくて時間的な余裕がないこともあります。そして、こうした環境で育つ子どものなかには、自分が生まれ育った地域から一歩も出たことがないというケースもあるんです。

このような子どもたちと、環境に恵まれていろいろな体験をする子どもとでは、ものの見方や感じ方、視野の広さというものがまったく異なってきます。小学1年生で同じスタートラインに立ったとしても、体験に差があれば経験や知識に差が生まれ、それが教育格差にまでつながってしまうのです。

運営費を外部に頼らず自己資金でまかなう理由

──平井さんは、2021年に「一般社団法人 プロジェクト希望」を立ち上げましたが、一個人としての寄付などではなく、自ら代表理事を務める一般社団法人として 社会貢献活動に着手されたのはなぜでしょう。

教育格差、体験格差の現状を目の当たりにした当初は、この問題に専門的に取り組むNPOなどの団体に一個人として寄付することも考えましたが、「そういう活動をするなら私にも手伝わせてほしい」という方が各方面から現われたんです。

そこで一般社団法人を設立し、もう少し積極的に動いてみようと考え、「プロジェクト希望」を立ち上げました。現在は、私を含む5人のボランティアで活動しています。

プロジェクト希望 サイト画面

運営において、私がポリシーにしているのは外部からの寄付や融資に頼らないことです。「プロジェクト希望」の運営資金は、私の講演料や著書の印税など個人の収益でまかなっています。

なぜそのようにしているかというと、感動体験を提供してもその効果を数値で表わす ことが容易ではないからです。子どもに体験機会を提供しても、すぐに目に見えて学力が上がるわけではありません。数値化することが難しい活動に対して、寄付をお願いすることにはハードルがあると思っています。

また、外部から資金をいただくと、当然活動に対する説明責任が生じます。「なぜスポーツの試合ではなく、映画に招待したんですか」と問われても説明は難しい。加えて、「この活動に対して資金を使ってもいいですか?」と一つひとつの案件に対して承認を得ていては、フットワーク軽く動くことができません。そのため、私が一個人として得た資金を投じ、子どもたちにとって意味のある体験だと思ったことはすぐに実行に移せるようにしています。

3つの軸で感動体験を考える

──体験格差を縮小するため、「プロジェクト希望」ではお子さんたちに“感動体験”を提供しています。平井さんはソニーの社長だったころから、“感動”をキーワードに掲げてきました。「プロジェクト希望」にも、その理念が受け継がれているのでしょうか。

そうですね。ソニーでは“感動を提供する”という軸で仕事をしてきました。“すごいね”“うれしいね”と心の琴線に触れる感動体験は、すべての原動力になると信じています。

──「プロジェクト希望」が考える感動体験とはどのようなものを指すのでしょうか。

私たちは、3つの軸で感動体験を定義しています。

ひとつ目は“共通の思い出を作る感動体験”。友達と一緒に同じ体験をする。普段は忙しくてなかなか時間が取れない家族が、ともに過ごし思い出を作る。“あの時遊園地に行って楽しかったね”“あのコンサート良かったよね”と絆を深める体験をしていただきたいと考えています。

ふたつ目は“将来につながる感動体験”です。ゲーム制作スタジオやテレビドラマの撮影現場を見学したり、企業訪問をしてそこで働く人たちと対話したりすることで、“こんな仕事があるんだ”と知り、進路やキャリアを考えるきっかけにしてもらえたらうれしいですね。

3つ目は“価値観や世界観が変わる感動体験”です。例えば、沖縄の子どもたちを真冬の北海道に招待し、雪を体験したり現地の子どもたちと交流してもらったりしたこともあります。子どもたちは、みんな目を輝かせて喜んでくれました。

この3つのどれかに当てはまる、もしくは複数を組み合わせた感動体験を提供しています。

にこやかな表情で語る平井一夫

子どもを支援する組織だからこそ嘘のない運営を

──「プロジェクト希望」は、4つのValuesを活動方針に掲げています。ふたつ目の“ユニークに解決していく”というのが特徴的だと感じたのですが、どのような思いを込めたのでしょうか。

プロジェクト希望が掲げる4つのValues

先ほども申し上げたように、感動体験の効果は数値化することが難しい。だからこそ、子どもたちに喜んでもらえそうなことはどんどんやる。型にはまらず、面白そうな感動体験を実現したいという思いで、このValuesを定めました。

──3つ目の“嘘のない組織運営をする”は、運営資金の透明性を指しているのでしょうか。

「プロジェクト希望」の設立にあたり、私たちはまず同じ想いで活動しているNPOなどの子ども支援団体とのパートナーシップを通じて、支援を最大化させたいと思いました。我々は、ニーズのある子どもたちと直接的な接点は持ち合わせていません。この領域に専門的に取り組むNPO団体と連携し、私たちは体験機会を提供することに特化してサポートしたいと考えたのです。

ですが、こうした団体はたくさんあるものの、活動内容や資金の使われ方についてのコミュニケーションが十分ではない 団体もありました。ただそれは、悪事を働いているとかそういうことではなく、人手不足や経験不足によって活動について十分な説明ができていない、透明性が確保できていないという状況でした。

だからこそ、私たちのValuesには“嘘のない組織運営”という一文を入れることにしたんです。子どもをサポートする組織ですから、子どもたちに対して、社会に対していっさい恥じるところのない、透明でクリーンな団体であるべきだと。しかし、あえてそう言わなければならないところに、この業界の難しさも感じています。

──現在、「プロジェクト希望」では認定NPO法人キッズドア、認定NPO法人Learning for All の2団体とパートナーシップを結んでいます。両組織とコラボレーションした決め手を教えてください。

子どもの貧困問題に取り組む団体のなかでも透明性が高く、活動範囲も多岐に渡っていることが理由です。そこで私からコラボレーションをお願いし、ともに活動させていただくことになりました。

映画、コンサート、スポーツなど幅広い感動体験を提供

──これまで「プロジェクト希望」では、具体的にどのような感動体験を提供してきたのでしょうか。

設立当初はコロナ禍だったため、なかなか思うような活動ができませんでしたが、この1、2年で感動体験を提供する機会も増えてきました。

ユニークなものを挙げるなら、キッズドア、千葉大学デザイン・リサーチ・インスティテュートと協働している女子高校生を対象にしたIT&デザインプログラム「IFUTO(イフト)」でしょうか。自由に使えるパソコンがなかったり、ITに触れる機会が少なかったりすることから、パソコンに苦手意識を持つ女子生徒が少なくありません。こうした理由から、4~8回にわたって彼女たちにパソコンやデザインソフトの使い方を教えています。

「IFUTO」の詳細はこちら(新しいタブを開く)

「IFUTO」の様子

「IFUTO」は、2022年から毎年開催されている

スクリーンの前で話す平井一夫

「IFUTO」では、平井一夫自身が講義を行なうことも

コースや開催年度よって内容は多少異なりますが、例えばTシャツをデザインし、マーケティング施策を考え、実際に店頭やネットで販売するプログラムも行ないました。デザインのプロによる講義、私やソニー社員による “マーケティングとは”“エンタテインメントビジネスとは”を語るセミナーもあります。期間中はパソコンを貸与し、プログラムが終了したらそのパソコンを進呈しています。

また、公益財団法人パブリックリソース財団と連携し、「感動体験支援基金 」も創設しました。全国の子ども支援団体から“こんな感動体験を提供したい”というアイデアを募り、毎年5団体ほどのアイデアを採択して実現します。先ほどお話しした沖縄の子どもたちを北海道に連れて行くツアーは、NPO法人沖縄青少年自立援助センターちゅらゆいのアイデアをもとに、実現した感動体験です。

雪が積もる中、手をつなぎ楽しむこどもたち

スキーツアーに参加した子どもたちの様子

ほかにも、キッズドア、Learning for All のご協力のもと、映画やライブ鑑賞、スポーツ観戦、遊園地への遠足、旅行、ゲームスタジオやドラマ撮影スタジオ見学、セミナーなどさまざまな体験を提供しています。8月にも、子どもたちと親御さん、保護者の方を含めて約40人の方々と東京ドームに野球の試合を観に行ってきました。

──参加したい方は、各団体に申し込むのでしょうか。

そうですね。選考方法は、各団体にお任せしています。例えばキッズドアの場合、希望する方に申し込んでいただき、抽選で参加者を決めているそうです。

また、夏休みや冬休みなど学校の長期休暇期間中は、時間を持て余してしまう子どもが多いので、映画のペアチケットをキッズドア、Learning for Allにお渡ししています。子どもには、映画のペアチケットに加えて、飲食券もセットでお渡しし、ポップコーンやドリンクと一緒にご家族で映画を楽しんでいただいています。

後編では、平井一夫が「プロジェクト希望」の活動を通して得た気づきや将来の展望、加えて相対的貧困という社会問題に対して、どのような意識を持つことが重要なのかを提言する。

後編につづく

文・取材:野本由起
撮影:干川 修

平井一夫最新著書

平井一夫『仕事を人生の目的にするな』

『仕事を人生の目的にするな』

  • 定価:1,045円
  • 発売日:10月6日(日)
  • 判型:新書
  • 発行元:SBクリエイティブ

関連サイト

 

連載サステナビリティ ~私たちにできること~