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サステナビリティ ~私たちにできること~

平井一夫が「プロジェクト希望」で取り組む子どもたちの体験格差の縮小と未来への種まき②

2024.09.30

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平井一夫が、相対的貧困という問題を抱える子どもたちに感動体験を提供するために立ち上げた「一般社団法人 プロジェクト希望」。この団体を発足させた経緯と同団体が取り組む内容、そして活動に込めている思いを聞いた。

後編では、平井一夫が「プロジェクト希望」の活動を通して得た気づきや将来の展望、加えて相対的貧困という社会課題に対して、どのような意識を持つことが重要なのかを提言する。

  • 平井一夫プロフィール画像

    平井一夫

    Hirai Kazuo

    一般社団法人 プロジェクト希望
    代表理事

「一般社団法人 プロジェクト希望」とは

プロジェクト希望 ロゴ

主に困窮世帯の子どもたちが抱える“体験格差”に着目し、“感動体験”の提供をミッションとして活動する団体。2021年の設立以来、映画館や遊園地、音楽ライブの観覧、スポーツ観戦などに子どもと保護者を招待したり、ゲームスタジオやテレビ局の見学ツアーで将来を考えるきっかけを作ったりするなど、子どもたちの世界観が変わる体験を提供している。外部からの寄付や融資などは受けつけておらず、平井一夫が自身の著書の印税や講演で得る収入を運営資金に充てて活動をつづけている。

記事の前編はこちら:平井一夫が「プロジェクト希望」で取り組む子どもたちの体験格差の解消と未来への種まき①

家族で映画を見る体験は“普通”ではない

──これまでさまざまな感動体験を提供してきた「プロジェクト希望」ですが、実際に参加した子どもや保護者からは、どのような反響がありましたか。

今年3月、MISIAさんのコンサートに困窮世帯の子どもと保護者を招待したのですが、MISIAさんの歌声に感動し、涙を流す方もいました。また、MISIAさんと関係者の方々からグッズもいただいて、皆さん本当に喜んでいました。

そして映画のチケットを配布し、ご家族で楽しんでいただく企画に関しては、実施後にたくさんの感謝のお手紙をいただいて。「こんなに感動したのは久しぶりです」「親子で共有できる思い出ができました」というものから「チケットに同封していただいた飲食券でポップコーンとジュースを子どもに買ってあげることができました」というものまで。

私にとって映画鑑賞は“普通の体験”と思っていたことが、実はそうではないということ、こちらで勝手に基準を作り、線引きをしてはいけないということに改めて気づかされました。

ゲームスタジオの見学などキャリア教育的な体験に関しては、「子どもはまだ小学生ですが『将来、ゲームを作る仕事をしたい!』と言っています」という反響もありましたね。こうしたお手紙を読むたびに、実施して良かったという思いが大きくなります。

ライブを楽しむ参加者の様子

ライブを楽しむ参加者

ゲーム制作を行なう参加者の様子①

Gran Turismo 7: TM / © 2024 Sony Interactive Entertainment Inc. Developed by Polyphony Digital Inc.

ゲーム制作を行なう参加者の様子②

ゲーム制作を行なう参加者の様子 ※子どもたちの写真は使用許可を取ったものを掲載しています     Gran Turismo 7: TM / © 2024 Sony Interactive Entertainment Inc. Developed by Polyphony Digital Inc.

──企画が実施されるときは、平井さんも同行しているのでしょうか。また、サポートを受けるお子さんたちに対して、どんなリアクションを期待していますか。

スケジュールの都合などですべてに同行はできないのですが、可能な限り私も現地に行くようにしています。そしてリアクションは一切期待していません。私としては、子どもたちが楽しんでくれればそれで充分で。先日の野球観戦でも、お子さんたちの近くで試合は観ましたが、私が出て行って挨拶をするなんていうことはしません。

子どもたちにとっては、提供者が誰かなんてどうでもいいことなんです。それよりも「プロ野球の試合をみんなで一緒に観に行き、感動した、楽しかった」ということが大事で。一応、チケットをお送りするときに、封筒に「プロジェクト希望」の代表者としてメッセージは同封していますが、それ以上は何もお伝えしません。

ベージュのジャケットをきてはなす平井一夫

一度きりではなく継続的に厚みのある体験を提供する

──今後、活動を広げようという考えはありますか。

1回だけの感動体験を広く提供するより、少人数でも継続的に厚みのある体験を提供していきたいと考えています。あまり対象を広げすぎると、感動体験が薄まってしまうため、現時点では、限られた団体と提携して集中的に支援を行なっていきたいですね。

──活動内容に関してはいかがでしょう。今後、幅を広げていく可能性はありますか。

現在、私たちは1団体につき年間4件ほどの感動体験を提供しています。それとは別に、映画やスポーツのチケットを年に数回配布しています。

現段階ですと、私たちの運営モデルではこの規模が限界ではないかと感じています。パートナー団体の認定NPO法人キッズドアや認定NPO法人Learning for All の皆さんは、学習支援をはじめ、多岐にわたる子ども支援をされています。

私たちは彼らの活動の一端に参加させていただいているわけですから、こちらの都合で先方の負担を増大させるわけにはいきません。バランスを取りながら、年間計画を立てていきたいと思います。

──確かに、観戦や観覧イベントなどを実施する場合、スタッフも同行する必要があります。人的リソースも含めてやりくりしなければなりませんね。

映画鑑賞の場合は、チケットをお渡しすれば、皆さんそれぞれの都合で楽しんでもらえますが、スポーツ観戦となるとスタッフがつきっきりになります。それに、往復の旅程も含めて特別な体験を提供したいので、電車ではなくこちらでバスを貸し切って、車内ではお弁当を楽しみながら会場に向かっていただくこともあります。子どもたちが楽しんでくれることを第一に、最大限の感動体験を提供したいと考えています。

エンタテインメント業界にできること

──現時点で、課題を感じていることはありますか。

子どもたちに提供する感動体験のアイデアは、さまざまな団体から募っています。こうした機会が増えるほど、“こんなこともできそうだね”“こうすれば子どもたちが楽しんでくれそう”とユニークな感動体験を提供できます。課題というわけではありませんが、今後もこのような機会は広げていきたいと考えています。

──エンタテインメント業界に期待していることはありますか。

星の数ほどありますね(笑)。例えば、子どもたちをライブやコンサートに招く際、チケットを購入する機会をいただきたい。チケットは当然、定価で購入するので、あくまでも購入する機会をいただけたらうれしいです。

また、私たちの活動に共感してくださるアーティストがいらしたら、少しの時間でいいので子どもたちに会っていただいて、言葉をかけてもらえたらありがたいですね。アーティストと何らかの交流が生まれれば、感動体験がよりスペシャルなものになりますから。

もうひとつ、違った視点での提案もあります。私の古巣でもあるソニーミュージックグループは、今では総合エンタテインメントカンパニーに成長しています。その力を貸してもらえるのであれば、例えばレコーディングスタジオやアニメの制作現場を見学させてほしいですね。

そのなかから“将来は音楽業界で仕事をしたい”“アニメクリエイターになりたい”と夢を抱く子どもが出てくるかもしれません。キャリア教育という観点からも、エンタテインメント業界の皆さんのご協力に期待しています。

サポートを受けていることを知られたくない家庭もある

── 一般社団法人として子どもの貧困、体験格差の問題に関わるなかで、改めて気づいたこと、学んだことを教えてください。

映画のチケットをお渡しする企画で、当初、我々は体験に何かしらの付加価値が必要だと思い込んでいたんです。ところがある日、団体の方から「平井さん、確かに特別な体験はうれしいけれど、子どもたちにとっては映画を見るだけでも十分にスペシャルなことなんです。そこにこだわるより、見に行く回数を増やしてもらったほうが断然うれしいです」と言われました。

また、サポートを必要としながらも、社会的なスティグマが心理的なハードルとなり、助けを求められない、求めることが恥ずかしいと思う方がかなりの数いらっしゃることも教わりました。例えば、スポーツ観戦をした際、選手と一緒に写真を撮る機会があったとします。ですが、サポートを受けていることを周りに知られたくない、あるいは、さまざまな家庭の事情によって写真を公開することができないというお子さんもたくさんいるんです。

「そういうところにも格差が生じるんです。その点はきちんと理解して活動してください」と指摘され、自分のなかで考えが足りていなかったことを痛感しました。

こちらは良かれと思っていても、配慮が足りなければ、逆に子どもたちを傷つけてしまう。相手の立場を真摯に考えなければならないし、「ありがたいけれど……」という声にもしっかり耳を傾けなければなりません。とても勉強になりましたし、もっと感度を高くしなければと考えています。

真剣なまなざしで語る平井一夫

次世代のリーダーを育てるために、私たちができること

──最後に、今後の展望を教えてください。「プロジェクト希望」が目指すのは、どのような未来でしょうか。

私の理想は、どのような環境に生まれ育ったとしても誰もが同じスタートラインに立つことができ、自分のポテンシャルを発揮して夢に向かってチャレンジできる社会であることです。

出生率は1.20と過去最低を更新し、今後、日本の人口はどんどん減っていきます。私たちは、次世代を担う子どもたちのなかから、ひとりでも多くのリーダーを育てなければなりません。そのうえで、相対的貧困の問題を抱えているお子さんでも、世界のリーダーになれる素質を持った人材がいるということを忘れてはいけない。

だからこそ、生まれた環境によってチャンスを逸することがあってはなりません。リーダーになる確率をどんどん上げていくことが、私たち大人に与えられた責任ですし、「プロジェクト希望」の活動がその一助になることを願っています。

──これからの社会でリーダーシップを育むには、どのような考え方が必要でしょうか。

「30年後の日本のリーダーを育てるため」と言われても、「そのころ自分はリタイアしているから、今を優先したい」と考える人もいるでしょう。しかし、こうした考えでは、未来の日本を牽引するリーダーシップを育むことはできません。

「30年前、大人がこうしてくれたから今の日本はこうなっている。自分も数十年後の未来のことを考えよう」という思考を持った人でなければ、国や会社の運営はできない。「今、自分にとってどんなメリットがあるのか」なんて言っているようでは、真のリーダーは育たないのです。

最近気づいたのですが、「プロジェクト希望」の活動資金を得るための講演は、ほとんどがリーダーシップをテーマにしているんですね。これから日本を引っ張っていくリーダーに向けて「リーダーとはこうあるべきだ」と語り、その講演料を原資に子どもたちのリーダーシップを育む活動を行なっている。

我ながらうまく回っているなと改めて感じました(笑)。日本の将来をより良くするために、今のリーダーたちにも頑張ってもらいたいし、子どもたちにもより良い社会を目指すリーダーになってもらいたい。活動を行なうなかで、その思いが強くなりましたし、これからも未来のために活動をつづけていきたいと思います。

記事の前編はこちら:平井一夫が「プロジェクト希望」で取り組む子どもたちの体験格差の解消と未来への種まき①

文・取材:野本由起
撮影:干川 修

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