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エンタテインメント・イズム

大谷英彦のイズム:人との出会いが自分を成長させる

2024.10.24

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音楽、アニメ、ゲーム、キャラクター、ソリューションなど、幅広いエンタテインメントビジネスを手がけるソニーミュージックグループで、各ビジネスを統括するマネジメントクラスが自身の“エンタテインメント・イズム”を語る。

今回は、1990年にCBS・ソニーグループ(現、ソニー・ミュージックエンタテインメント)に入社し、2023年からソニー・ミュージックソリューションズ(以下、SMS)の代表取締役執行役員社長として、エンタテインメントソリューション・ビジネスを統括する大谷英彦が登場。音楽業界で得た学び、現在の仕事にも通じるポリシーとソリューションビジネスの未来とは。

  • 大谷英彦 プロフィール画像

    大谷英彦

    Otani Hidehiko

    ソニー・ミュージックエンタテインメント
    取締役執行役員

    ソニー・ミュージックソリューションズ
    代表取締役執行役員社長

記事の後編はこちら:大谷英彦のイズム:“信じる=誰よりも好きになる”ことがヒットにつながる

就職戦線異状なし? 周回遅れの就職活動からCBS・ソニーに入社

──大谷さんは1990年にCBS・ソニーグループに入社し、長年にわたって音楽ビジネスに携わってきました。まずはソニーミュージックグループを志望した理由を教えてください。

ありふれた答えになりますが、やっぱり音楽が好きだったからです。もっぱら聴くほう専門。大学進学を機に四国から上京してひとり暮らしをしていたので経済的にも余裕がなくて、CDやレコードを友達と貸し借りしながら音楽を楽しんでいましたね。あとは、アートも好きでした。なので漠然とエンタテインメントや芸術寄りの仕事ができたらなと思っていました。

ただ、学生時代から能天気で、大学4年生の夏休み直前まで就職活動を一切やっていなかったんです。ある日、友達と学食で席についたら机のうえに新聞が無造作に置いあって。一面を覗き見ると、「就職戦線、はや終盤」という見出しがあるわけですよ。それを見て、「えっ!?」と驚きまして。まだ何も始めていないのに、世の中では既に就活が終わりかけているの? 慌てて就職活動を始めましたね(笑)。

微笑みながら語る大谷英彦

そんななか、通っていた大学の目の前にあったのが当時のCBS・ソニー。

CBS・ソニーは就職協定をきっちり守ってくれていたので、新卒採用の募集にもギリギリ間に合いました。しかも学歴不問で自由な風土が感じられる会社。そこでエントリーシートをもらいにいき、採用試験を受けたところ、何とか入社できました。なぜ、採用されたのかはいまだにわかりません(苦笑)。

──入社後は、営業部に配属されたということですが、当時の思い出を教えてください。

私が入社して配属された営業部はマーケットシェア1位が目標で、諸先輩方が苦労を重ねて着実に営業活動を展開し、CDの売上も伸びていたのでとても勢いがありました。こうした状況のなか、私の教育係の先輩からは、驕りを許さず営業の基本をしっかり教えてもらいました。

セールスはレコード店を訪問し、店長さんとCDの受注枚数を決めます。ソニーミュージックは扱うアイテム数も多く、ヒット商品が多かったので 、他社のセールスの方から「お先にどうぞ」と言われることもありましたが、私の先輩は「順番を譲ってもらえるのは、お前の力じゃないからそういうときは遠慮しろ」と言われて、順番を守っていました。

ほんの一例ですけどね。そして、そのおかげか他社のセールスの方々にも入社早々に社会人としての心得とかマナーを教えていただけたので、とてもありがたかったです。

業界のスーパープレイヤーたちとの仕事を経て成長を実感

──4年間の営業を経て、販売施策などを担当する販売推進課(販推)に異動になったとのことですが、この部署で学んだことも教えてください。

私が販推に異動して2年目に、他社のレコード会社のセールス業務を請け負う受託営業がスタートし、私は外部レーベル3社の窓口を担当することになりました。当時、外部受託営業はソニーミュージックとして初の試みでしたし、試行錯誤しながら、自分なりに動いてみるしかありませんでした。

しかも、私が相対するのは相手先レーベルのトップの方々。レーベル運営全般を統括しているスーパープレイヤーばかりです。そういった方々と販売戦略や予算について話し合うわけですが、当然業務範疇が営業以外にも及ぶことがあり、大変勉強させていただきました。

それまではソニーミュージックのやり方しか知らなかったわけですが、一歩外に出てみれば自分がどれだけ無知で経験も少なく、凝り固まりつつあったんだろうって。20代で、これまでに無かった新しい仕事に関われたのは、とても大きな経験でした。

──大谷さんのキャリアにおいて、大きなターニングポイントになったんですね。

間違いなくそうですね。各社トップの方々は、ソニーミュージック内のプロデューサー、A&R(アーティスト&レパートリー:音楽アーティストをさまざまな面でサポートしながらヒットへ導く音楽業界の業種)とは考え方や仕事のやり方、カバーする範疇も違います。社内と向き合って仕事をしているときとはまったく違った、新たな考え方やビジネスへの向き合い方を学ばせていただき、視野が広くなりました。

真剣な表情で語る大谷英彦

担当アーティストが長く活躍してくれることも喜び

──2001年には、音楽制作を行なう部門に異動となり、デフスターレコーズではCHEMISTRYを担当。その後もJUJU、Flowerなどのヒットに携わっています。どのようにして、ヒットの法則を掴んでいったのでしょうか。

まずは収益で赤字にしないとか、会社から割り当てられた予算を達成するというのはビジネス上の目標ですが、想像を超えた結果になって世の中が「あっ!」と驚いたり、音楽に一番敏感な10代前半の世代に衝撃を与えたりというものが本当のヒットだなと思っていて、アーティストのタイプや時代のトレンドによって、そのときに戦略上の必要なピースはありますけど、それは変わるもので、自分としてはうまくいかなったことの方が多くて、正直に言うとヒットの法則は掴めてないですね(笑)。

イチ押しの楽曲が売れないこともありましたし、“この曲がヒットしなければ、もう後はない”という最後の1曲が、起死回生のヒットになることもありました。

法則なのかわかりませんが、自分の経験では、そのアーティスト、楽曲に関わるスタッフ全員が「これはヒットする!」と心から信じていることが重要だと思います。どんなコンディションでもその思いが誰よりも強く、全員と共有できていれば、チームの一人ひとりが今、何をやらなければいけないのかを認識して、とにかく全力で一心不乱に動いていく。その結果ヒットが生まれていく気がします。

──なるほど。いっぽうで才能を認められながらも、ヒットに恵まれないアーティストもいるわけですよね。

そうですね。アーティストをヒットに導くことができなかったときは、その度にA&Rとしての自分の力不足を痛感しました。

──しかし、ヒットの規則性がないということであれば、A&Rの責任と言い切れない部分もあるのではないでしょうか。

自分自身はA&Rとしての未熟さや経験値のなさのせいだと考えていました。アーティストやクリエイターは自分の人生を賭けて、大きなプレッシャーに耐えながら、作品を生み出すために日々闘っています。

もちろん名曲はそう簡単には生まれません。そんなときに適切なインプットやアイデア出しを行ない、別の評価軸を用意して、階段を一歩上がるように演出するのもA&Rの仕事。アーティストがチャンスを掴む環境を用意しつづけるというのは、A&Rの最も大切な仕事だと思っています。つまりヒットにつながるようなプロセスを作れていなくて、チャンスを掴み切れなければ、A&Rとしての自分の責任だと思っていましたね。

──そういう思いを持って、アーティストと向き合っているのであれば、やはりヒットが出たときは喜びもひとしおですか?

そうですね。ヒットが出たときは当然のことながらむちゃくちゃうれしかったです。でも、今振り返ってみれば、担当したアーティストがずっと長く活躍してくれることが本当にうれしくて。キャリアのなかでリリースする曲がヒットに恵まれないこともあります。そういう時期も乗り越え、長く活躍しつづけているアーティストと一緒に仕事をできたことは、かけがえのない経験ですね。

経営企画に移りThe Orchard Japanを発足

──キャリアを重ね、ヒットに携わり、2007年にはソニー・ミュージックアソシエイテッドレコーズ(現在はソニー・ミュージックレーベルズに統合)の代表取締役に就任します。会社の経営に携わることになって、意識の変化はありましたか?

といってもそんなに大きい組織でもないので、代表を任されるようになってからも現場を俯瞰しながら、動けるところは一緒に動いてサポートするようにしていました。最前線からは一歩引きつつでしたが、困りごとが発生したときには一番の味方でいられるよう心がけていましたね。

──2019年には、音楽レーベルからソニーミュージックグループのヘッドクオーターであるソニー・ミュージックエンタテインメントの経営企画グループに異動となります。入社からずっと音楽ビジネスを専門としてきたなかで、ソニーミュージックグループの経営に携わる部門に異動というのは、どのような意識の変化がありましたか?

総合エンタテインメントカンパニーであるソニーミュージックグループがどのような方針で舵取りをしているのか、経営層がどういう局面でどういう判断をするのか、ヘッドクオーターとしてのポジションでビジネスと向き合うことは興味が湧きましたし、このときの異動で改めてソニーミュージックグループという会社の事業全体を知ることができましたね。

──経営企画の業務には、どのようなやりがいを感じていましたか?

私は、知らない世界、経験のない仕事に触れることがシンプルに面白いと思う性格なんです。経営企画に異動して、経営陣が何を考え、どのようにマネジメントしているのかを知り、そのサポートを徹底することで多くの学びを得ることができましたし、経営陣とこれまで以上に深いやり取りができ、自分にはない視点や考え方を得ることもできました。

また、経営企画本部にいた2020年、インディーズレーベルのディストリビューションやアーティストサービスを世界で提供するThe Orchardの日本オフィス、The Orchard Japanの立ち上げに携わることができたのも、自分にとって大きなトピックになりました。

自分が入社したころからつづいてきた音楽ビジネスの構造が大きく変化していくなか、新たな仕組みづくりに関われたこと、そして、そこからYOASOBIのような大ヒットが生まれたことは、とても貴重な経験だったと考えています。

──The Orchardが生み出した音楽ビジネスについて、大谷さんは、どのような可能性を見出していたのでしょうか。

ここ数年はメジャーレーベルのスキームを利用せず、大ヒットするアーティストや楽曲がコンスタントに出てきています。そんななか、メジャーレコード会社としてインディーズアーティストやレーベルともしっかり向き合い、コンタクトルートを持つのは正しい選択だと思いました。

しかも、The Orchardのインフラは、自分たちの作った曲がグローバルに受け入れてもらえる可能性がとても高く、各国ブランチとのコミュニケーションも活発で音楽愛があふれる素晴らしいグローバル企業です。The Orchardとソニーミュージックグループのパートナーシップは、日本の音楽ビジネスの可能性を大きく広げてくれるものだと考えています。

スーツに身を包んだ大谷英彦

後編では、ソリューションビジネスの現在と未来の展望、そしてエンタテインメントビジネスに携わる者として、自身の信条を聞いた。

後編につづく

文・取材:野本由起
撮影:干川 修

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