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「佐野元春『THE BARN』20周年企画」一夜限定プレミア上映トークショウ ノーカット版!【特集第1回】

2018.3.1

Interview

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佐野元春

Music

「THE BARN」アルバム発表から20年を迎えた今、ジョン・サイモンを共同プロデューサーに迎え、ウッドストック録音により誕生した作品の意義と価値を解き明かす衝撃的記念盤「THE BARN DELUXE EDITION」が2018年3月28日にリリースされる。

「Cocotame」では、「佐野元春『THE BARN』20周年企画」として、今年1月16日(火)Zepp Tokyoで行われた「ライヴ・フィルム『佐野元春 and The Hobo King Band THE BARN TOUR '98-LIVE IN OSAKA』一夜限定プレミア上映」トークショウノーカット版、そして「THE BARN」当時のディレクターによる"今だから語れる制作秘話"を、3回にわたってお届けする。

日本のロック史に刻まれる名盤「THE BARN」の発売から20周年を記念して、「ライヴ・フィルム『佐野元春 and The Hobo King Band THE BARN TOUR ’98-LIVE IN OSAKA』一夜限定プレミア上映」が1月16日(火)Zepp Tokyo、17日(水)Zepp Namba(OSAKA)にて行なわれた。

最新アルバム「MANIJU」は傑作の呼び声も高くその活動が注目されている孤高のロッカー、佐野元春。約40年におよぶキャリアのなかでもターニングポイントとなったのは90年代半ばのことだった。

1980年のデビュー以来、佐野元春の音楽活動を支えてきた“THE HEARTLAND”解散後、彼のロック・ミュージックに捉われない幅広い表現を追求すべく1995年に結成されたバンドが“THE INTERNATIONAL HOBO KING BAND”だった。1996年発表のアルバム「FRUITS」と、それに伴う全国ツアーを経て、よりシンプルかつスリムな形で“佐野元春 and THE HOBO KING BAND”が1997年に誕生した。

そして、その年の夏、佐野元春 and THE HOBO KING BANDは米国ウッドストックに渡った。向かったのはウッドストック・サウンドの聖地といわれるベアズヴィル・スタジオ。多くのアメリカン・ロック名盤を産んだ聖地で、彼らは満天の星空、戯れる鹿、焚き火を囲む食事、3週間に渡る合宿レコーディングはバンドをより強固なものにしている。

彼らはジャケットにも写っている納屋(BARN)を改装したスタジオで、共同プロデューサーに、ザ・バンドの「Music From Big Pink」「The Band」等数多くの名盤を手掛けたジョン・サイモンを迎えアメリカン・ルーツ・ミュージックから影響を受けたサウンドを奏でる「THE BARN」を完成させた(1997年12月1日発売)。

1998年1月~4月、アルバム「THE BARN」を携えての全国ツアーの最終公演、大阪フェスティバルホール公演の模様は、ゲストに、ジョン・サイモン、ザ・バンドのメンバーであるガース・ハドソンが参加。70年代米国の伝説的なポップ・ロックにリスペクトする内容となったことからも伝説のライヴと語り継がれ、VHS/DVD「THE BARN TOUR ’98-LIVE IN OSAKA」(約90分)はロングセラーを記録した。

今回の上映は、リマスターが施された「2018 REMASTERED EDITION」として蘇り(アルバム収録曲「マナサス」初公開)、ダイナミックな音圧、ライヴ級の大音量、迫力の大画面で、20年前の感動の追体験が実現した。また20年ぶりに発見されたタイムカプセル的秘蔵映像、ドキュメンタリー・フィルム「THE WOODSTOCK DAYS」(約40分)も上映され、Zeppを埋め尽くした観客の拍手喝采が止まない光景となった。

またプレミア上映前には、佐野元春本人と、当時ベアズヴィル録音にも同行した音楽ライターの能地祐子氏が登壇しフリートークも行われた。ライヴ・フィルムのテーマとなった通算7枚目のアルバム「THE BARN」の制作エピソードの話題になると当時の想い出を回想しがらニヤリと微笑。

THE HOBO KING BANDのkyOn(キーボード他)、井上富雄(ベース)、西本明(オルガン他)の3名をステージに呼び込むサプライズを演出。だが、実際には事前に何も説明を受けていない3人のほうこそサプライズだったことをメンバーがステージで暴露。佐野元春をリーダーとする変わらないバンドの結束の固さを誇示する時間となった。予定時間を10分超えた約30分間のフリートークの模様をノーカットでお届けする。

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「THE BARN」制作当時、日本の音楽の中からブルースの要素が消えてしまったので、残念だなと僕は思っていた

 

能地:それではお呼びしましょう。佐野元春さんです。

(音楽、拍手)

佐野:こんにちは。

能地:佐野さんは、昔の自分のビデオを観たりすることはあるんですか?

佐野:ほとんどないですね。

能地:ああ。20年前の自分に、今日は大スクリーンで……。

佐野:「久しぶり! 」って感じですね(笑)。

佐野元春

能地:本当に20年経ってしまったわけですけれど、なんか私はすごく、このジャケットを見ると、ついこの間のことのような気がしてしまいますけれど。佐野さんは……。

佐野:僕も、20年たったとは感じてません。当時、仲間のTHE HOBO KING BANDと一緒にウッドストックに渡って。約1か月にわたってレコーディングしました。そのときの想い出は、すごく自分にとっては大事なもので。鮮明にいろんなことを覚えているんですよね。ですので、そこに20年、時が経っているという感覚はないです。

能地:でもメンバーたちも、「結局、今までの人生でいちばん長く活動しているのはTHE HOBO KING BANDだ」なんて言う人もいて……。

佐野:そうですね。光栄ですね。

能地:世紀をまたいで、ですけれども。当時はわりと「古い音楽をやっている」みたいな風にいう評論もあったじゃないですか。

佐野:ありましたね。

能地:でも実は、今聴いてみると、とても新しい感じがしますよね。

佐野:うん、そうだね。僕は、1956年に生まれてますが。70年代の音楽で育ったんですね。で、日本の70年代の音楽で僕がすごく気に入っていたのは、やはりブルースとか。それからソウルですね。そうしたところを表現しているバンド、ソングライターの人たちの音楽をよく聴いていました。

ですので、当時のメインストリームの音楽よりも、そうした、あまりテレビとかには出てこないバンドやソングライターの曲をよく聴いていた。だから自然と、僕が ── まあ10代の頃の話でしたから。ブルースの感覚からカントリー・ロックの感覚というのは、自然に僕の中にあったんですね。

で、80年にデビューして。それから、この「THE BARN」アルバムを収録したのは1997年ですね。当時はメインストリームの音楽というと、ダンス・ポップ、ロックがメインだったんですけども。すっかり日本の音楽の中からブルースの要素が消えてしまったので、残念だなと僕は思っていたんですね。

ですので、まあ有数のミュージシャンたちを僕は集めて。で、米国のウッドストックに渡り。しっかりした人にプロデュースをしてもらい、それを国内に持って帰って。ファンに「こうした音楽はどうだろうか」という風に楽しんでもらう。そんなことを考えていたような気がします。

能地:THE HEARTLANDを解散して、新しいバンドとのファーストアルバムだったわけですけれど。

佐野:そうだね。はい。

能地:本当に心強いメンバーだったと。

佐野:そう、すごい気合いも入っていたし。なにか新しい音楽。その当時、僕のファンたちが聴いたことのない新しい音楽を作って、聴いて楽しんでもらいたい。そんな気持ちもありました。

能地:佐野さんはソロのシンガー・ソングライターですけれど、なんか私は当時やっぱり、このバンドがいるからこそできる音楽をやってるんだな、という気が……

佐野:そう、とにかく「THE BARN」アルバムを一緒に収録したTHE HOBO KING BAND。それからまあ、今までずっと交流が続いてますけれども、彼らの、プレイヤビリティの高い演奏ですね。そして僕のソングライティング。それがすごく高い次元で、いい具合にマッチングしたアルバムかなと。ちょっと自画自賛しています(笑)。

能地:でも、いや、皆さんそう思っていると思います。佐野さん、なんかさっきから(舞台)袖が、ゾワゾワしているのが……。

佐野:ああ、そうだね(笑)……。THE HOBO KING BANDの何人かが、今夜来てくれているので。紹介したいと思います。

(会場 拍手)

佐野:kyOn。そして、トミー(井上富雄)。そして、西本明。

僕らTHE HOBO KING BANDにとってレコードを作ることは最終目的ではない

能地:あらためまして、佐野元春 & THE HOBO KING BAND……マイナス2くらいかな(笑)。今日は皆さんは映画を観にくるというふうに(呼ばれて会場に)……

佐野元春

井上:そうそう。そのつもりだけで。

西本:いや、僕は今来たばっかりで(笑)。急にここに連れてこられて。

kyOn:(同じく)びっくりしました(笑)。

佐野:僕から言うのはなんですけど、ほんとにね。これから「THE BARN」フィルム、観てもらいますけど、ここにいるミュージシャンたちは、皆さんからたくさん拍手をもらっていいミュージシャンたちです。

(会場 拍手)

佐野:ぜひ彼らをね、いい機会なんで、皆さんに改めて紹介したいということで、無理を言って出てきてもらいました(笑)。

能地:じゃあちょっと、皆さんにも「THE BARN」の思い出を……もう20年もたっちゃったんですよ。

kyOn:ねえ。そうですよね。何か、あれですよね。明さんと一緒にいるのも、ほんと久しぶりだなと。

西本:久しぶりだね。

井上:いやぁ、びっくりした。

kyOn:今でもね、僕、シンセにシール貼ってるんですよ。プレストンズの(笑)。

西本:ありがとう、いいね。

井上:そうです。ここの場所で……。プレストンズって、(西本とkyOnの)2人が結成していて。プレストンズのアー写(アーティスト写真)撮るといって、僕がカメラマンになって。けっこう写真を撮ったのを今、思い出しました。

能地:それで佐野さんが……もうわからないファンの方も……。

佐野:さっそく楽屋の裏話になっちゃって(笑)。プレストンズというのは、THE HOBO KING BAND内にできたユニット、新しいバンドなんですね。

能地:で、メンバーが、kyOnさんと(西本)明さん。それはビリー・プレストンが2人いるみたいという、キーボードを弾くと。ということから。で、新曲も作り……。

kyOn:そうですよ。皆さんの、もちろん棟梁 ── 佐野元春を含め、皆さんの協力を得まして。オリジナル曲を3曲レコーディングして。当時は活動しておりました。

能地:けっこうこのバンドは、別名ユニットが多くて、ですね。

佐野:ただ今夜は、プレストンズの紹介ではないので(笑)。

能地:そうですよ、上映会があるんで(笑)。皆さんからちょっと、ウッドストックの思い出。それから(当時の)大阪のツアーのフィルムがこれから観られると思うんで。この焚き火の(写真)──。どうですか、先輩? この20年目の……。

西本:経年変化はありますけどね。はい。時間は経ちました。

井上:うーん、すごい懐かしいなあ。

能地:このときのレコーディングって、今でもご自分に影響を?

西本:すごいよく覚えてますね。ここで会った現地の──現地のというかね。ミュージシャンの方たち──ミスター・ガース・ハドソンとか、やっぱり強烈に覚えてますね。すごい変わった、面白い人で。人間としてもね。

能地:kyOnさんもね、ガース・ハドソンとは……。

kyOn:そうですね、憧れの先輩でもあり、仲間でもある、そういうイメージなんで。一緒に音が出せて、しかも途中でガース・ハドソンが自分で書いたポルカの楽譜なんかを、「あげるよ」といって持ってきてくれて。ちょっと感動しましたね。

能地:それを佐野さんは後ろの方で、柱の陰から見て、胸を熱くしていたと。こないだ仰ってましたけれど(笑)。

kyOn:そうですね。アップライトピアノにちょうど、ジョン・サイモンとガース・ハドソンと挟まれて。3人でポロポロ弾きながらそういう楽譜をもらったり。もう最後のパーティーのときだったですけどね。帰る直前に。

能地:トミーは?

井上:うん、そうですね。(スタジオに)たくさん遊びに来てくれたじゃないですか。ザ・バンドは、ロビー・ロバートソン以外は。当時、生きていた方はみんなスタジオに遊びにきてくれたし。あとアーティ(・トラウム)さんとか、スタジオに遊びにきてくれたし。そういう経験もすごかったですね。

(佐野 ジョン・ホールもね)

井上:普通に、ちょっと隣の家に寄ってくるみたいな感じで、みんなが遊びに来てくれたり。それとレコーディングに関しては、ほんと、ひとつのハコ(ブース)に楽器をガーッと置いて。ちょっとだけ衝立を置いて「せーの!」で録ったという。あのスタイルが本当にいいなと思って。ああいう「じゃ、行きます。1、2、3、せーの!」でみんなで“ジャーン”っていうね。ひとつのハコの中で演奏したっていうのが、やっぱりすごく……それが形として今残っているのが、すごくいいなと思いますね。今聴いて。

能地:うん。

井上:あんまりセパレートした部屋だと、ああいう風にはできなかったんじゃないかなとは思います。ジョン・サイモンのプロデュース力もすごかったし。そういうサジェスチョンとか、いろいろね。そういう楽しい思い出はたくさんあります。

佐野:要するに、僕たちが十代の頃、敬愛していた70年代米国のポップ、ロック音楽ですね。ウッドストックで僕たちが会った人たちというのは、ほんと、はるか向こうの人という風に感じていたんだけれど。実際ウッドストックで会ってみると、互いにミュージシャンなんだという思いがすごくあったのと。kyOnが名言を吐いたんだけど。「結局僕たちはみんな地続きなんだ」と。そんな言葉を言ってくれて。

kyOn:そうですね。仲間であり……。

佐野:ということが実感できたということは、僕たちのミュージシャン人生の中ではね、ほんとに貴重な経験だったと思います。

能地:私も取材ということで、ウッドストック一緒に行かせていただいて。皆さんの手料理も食べながら。取材もさせていただいておりましたけれど(笑)。なんかウッドストックというのは、佐野さんはちょっと先輩で。新しいバンドのメンバーと……まあ、明さんは盟友ですが(笑)。みんなを連れていって、見せてあげたい世界があったような、そんな印象が……。

佐野:いや……そういうことでもなかった。やっぱり、実際に米国に行く前に、僕たちは1回、全国ツアーをやっている。そのときはINTERNATIONAL HOBO KING BANDといって、「バンド名が長いから短くしてくれ」とファンから言われたんだけどね(笑)。どこでしたっけ? バンドを結成した最初の全国ツアーの楽屋で、みんなそれぞれ「僕はこんな音楽を聴いてんだ」「こんな曲をやってた」って話があって。で、バンドメンバー全員に共通していたのが70年代初期の、良き米国の音楽だったんですね。だったら、みんなでウッドストックに行ってレコーディングしようよって。もう、ほんとにシンプルな話。

能地:すごいドラマチックなレコーディングがあって。それが終わって東京に帰って、ツアーが始まってから、なんか……レコーディングというのも、ものすごい大きな出来事だったけれども、実はバンドにとってはツアーというのが新しい始まりだったのかなと。

佐野:もちろんです。

能地:ものすごい毎日いろんなことがあって……。えーと、今日観ていただくのは大阪のライヴですけれども。そこに至るまでのドラマっていうのもいろいろありましたよね。

佐野:僕らTHE HOBO KING BANDにとってレコードを作るのは最終目的ではなく、やっぱり良きライヴバンドであるというのを、いつも胸に秘めて。だから「THE BARN」アルバムという良いアルバムを作ったので、早くファンのみんなに、これを演奏という形で観てもらいたい。

ですので、当時僕たちが考えていたのは、観てもらうと分かるんですけど、1曲1曲がレコードに収録したアレンジのままではなく……。ライヴ用に、少しジャム・バンド的に膨ませた編曲と演奏をやっています。まあ僕たちすごく、演奏するのが楽しかったですけれども。

どちらかというと、そうですね、僕たちが志向していたのは、ジャム・バンド傾向のサウンドを志した。当時メインストリームのバンドやソングライターでそういうことを志向している人は非常に少なかったので、僕たちがやってみようという。そういうチャレンジの気持ちもありました。

 僕たちTHE HOBO KING BANDは解散したわけではない

能地:みなさん、どうですか?「THE BARN」ツアーという意味では。

kyOn:ほんとそうですね。たしかに。もちろん、これから観るジョン(・サイモン)やガース(・ハドソン)が出てくるのもありますけど。そこに至るまでのね。毎日毎日、少しずついろいろ変えながら……曲順はもちろんだけど、同じ曲の中でもいろんな、自分らなりのアレンジがいっぱい、どんどん入ってきて。

井上:10分超えると「1トラフィック」なんて(笑)。曲がだんだん長くなっていって。アレンジが増えていって。「これ、2トラフィックあるね」とか。あ、トラフィックというのは、バンドの……。

佐野:70年代にトラフィックという、ジャム・バンドがいたんですけれど。1曲が長いんです(笑)。僕たちはそれを単位として「1トラフィック」と(笑)。

井上:10分くらいになると「1トラフィック」とか。

佐野:平気で ──、まあ、ミュージシャンたちというのは素晴らしいですから。1曲が、最初は4分くらいだったのが、地方、地方で演奏していくうちに、知らない間に8分、12分と伸びていってしまったというね(笑)。すごいバンドでした。はい。

能地:だから、けっこう曲順も途中から変え始めて……。なんか古いあれ(資料)を引っ張り出してみたら、最初の頃は「THE BARN」の曲が第1部、第2部が元春クラシックスという構成だったのが、終盤になってシャッフルして。覚えてます?あと、佐野さんに弾き語りで、最初、オープニング出させたりしたでしょう(笑)。やったほうがいいといって。

佐野:まあ、「THE BARN」アルバムを作って、そのプロモーショナル・ツアーということで。その頃は前のバンドを解散してから2年くらいしか経ってないので。ファンの人たちも前のバンドの印象が強かったこともあるんですね。

しかし、僕らはTHE HOBO KING BANDという新しいバンドで、新機軸で、みなの前に立ったときに、「僕たちの音楽を聴いてくれよ」という、そういう気持ちがすごく強かった。だから、セットリストというのは試行錯誤しましたね。

もちろん、ファンが望んでいる演奏もしたい。けども「THE BARN」も聴いてもらいたいということで。セットリストは試行錯誤しましたけど。最終的には、長い長いツアーの中でね。「THE BARN」アルバムの中の曲も、僕のクラシックも、ひとつの地続きで演奏できるような、そういう形になっていた。まさに、ひとつのジャムバンドのひとつの軌跡。それを僕たちは歩んだのではないかな、と思っています。

能地:ファンにとってはTHE HEARTLANDからTHE HOBO KING BANDへの、すごい大きい移り変わりだったと思うんですけど。たとえば明さんなんかはずっと、THE HEARTLANDのときから佐野さんと一緒にやっていて。THE HOBO KING BANDになって、このツアーで何か変わったことというのは。

西本:僕は、自分がどんな役割をするのかというのは、最初はよく分かってなくてね。当時は分からないままいろいろやって。今にして思うと、でも、すごいバンドに一緒に参加していたな、すごい連中だったなと思いますね。このレコーディングのときも、すごいな、みんなと。やっているときは何も分かってなかったんだけど(笑)。

佐野:そんなことはない(笑)。

能地:そんなこと言っちゃ、ねえ(笑)。

kyOn:でもいつも明さんは、「バンドっていいなぁ」って言ってました。毎回「バンドっていいなぁ」って(笑)。

能地:佐野さんってやっぱり変わったんですか? THE HEARTLAND時代と、THE HOBO KING BAND時代で。

kyOn:いや、変わらないと思いますね。その、レベルっていうかフェイズっていうのは徐々に変わっていったのかもしんないけど。核の部分は何も変わらないと。

佐野:僕の接し方について言えば、前のバンドも、THE HOBO KING BANDもまったく違いはないけれども。でも僕、いちばん違いを感じたのは、やはりTHE HOBO KING BANDのミュージシャン一人ひとりがものすごい豊かな、音楽的なバックグラウンドを持ち……。

そして、演奏で表現できるというプレイヤビリティがすごく高い。だから、前のバンドではアレンジの核は僕が作り、そして、わりと細かいフレーズまで指定していたんだけど。THE HOBO KING BANDでは骨格だけをみんなに披露して。あとはみんなの自由な演奏を僕がまとめていくという。だから、レコーディングの仕方もライヴのやり方も、僕にとってはずいぶん変わりましたね。はい。

能地:井上さんは、「FRUITS」からはじめて佐野さんとやって。この時期に思った佐野元春のすごさとか、変さとか。

井上:今となっては僕もいろいろな仕事をしていて、いろいろあるんですけど。僕が最初に、要するにホール・ツアーとか、武道館とか横浜アリーナとか、そういう大きな仕事をするのは、佐野さんの仕事が初めてなんです。

佐野さんのバンドに入って、初めてそういうホールのツアーとか、そういうのに行きだした。単純にもう僕としては、すごくその時点で、なんかこうスキルアップじゃないけれども(笑)。盛り上がっているときだったんで。それも含めてなんですけど、やっぱり佐野さんの音楽に対する情熱っていうのか。持って行き方っていうのかな? なんか、作っていく様っていうのが、やっぱりすごいエネルギッシュな人だなと当時は思いましたね。「いつ寝てんだろうな」みたいな(笑)。

佐野:(笑)

井上:何て言うのかな、すごくそういうのはやっぱり、有名な人っていうのは変だけど(笑)。ちょっと売れてる ── たくさん売れてましたけど(笑)。そういう人はすごいなと。わりとほら、僕はロック・フィールドでのんびり、THE HOBO KING BANDに入るまで来てたんで。

そういうのも含めてすべてが刺激的だったし。僕はほんと思うのは、そういう仕事の最初が佐野さんでよかったなと。ちょっとトンチンカンな人で、そういうツアーを回ったら、たぶん僕のイメージとか、それからの音楽の方向性とかも変わったんじゃないかなと思って。いちばん自分がスキルアップするときが、佐野さんの現場でよかったなと。それは今でもつくづく思います。

能地:いちばん大事な分かれ道のときに、佐野さんと会えた。

井上:そうですね。

能地:kyOnさんは?

kyOn:まったく同じですね、それは。ほんとに。ボ・ガンボスというバンドやって、解散して、さあどうしようかと思ってるちょうどそのときに「FRUITS」アルバムのレコーディングに呼んでもらって。で、INTERNATIONAL HOBO KING BANDに始まって。そこにいられたというのは、自分の人生の中でいちばんでかい。間違いなくね。

それで、「THE BARN」という、ウッドストックに行ってきたというね。あれからもう20年とは、ちょっとね、びっくりしちゃいますけど。ほんとに。あとはあれですね。トミーも言いましたけど、本当に、棟梁は寝てる感じがしないです。あとはレコーディングのときもそうだし、いろんなツアーのときも、ずっと動いてる。ほんと動いてるんです。なんかこう──。

能地:停まると死ぬんじゃ、みたいな(笑)。

kyOn:それもあるけど、発電かなんかに利用できたらなと(笑)。(会場 笑)すごいいいのにな、ぐらいの。思っちゃうぐらいのね。ほんとに。でした。

能地:会うべくして出会ったバンドだったんですね。

佐野:僕はまあ、いろんなミュージシャンとたしかに接してきてますけど、このブルースやカントリー・ロックの、つまりジャム・バンド的な表現ですね。これはまさに、集まってくれたTHE HOBO KING BANDのメンバーから教わったことですし。彼ら以上の、音楽的な演奏表現を持ったプレイヤーに、まだ僕は、正直出会ってないです。なので、もちろん僕たちTHE HOBO KING BANDは解散したわけではない。今でも続いてますし。また彼らと、今夜をきっかけにね。なにか新しい表現に挑戦できたらいいなと。

能地:なんか特別なバンドという感じが。

佐野:すごいバンド、今振り返ってみても、ほんとにすごいバンドですね。たとえば、kyOnのピアノのスタイルは、ニューオリンズのスタイルですけども。はっきり言って、もちろんニューオリンズでも通用する力量ですね。国内では彼(kyOn)のスタイルの右に出るキーボーディストに僕はまだ、会ったことはない。

能地:だからこの「THE BARN」ツアーの映像というのはもう、出会いの記録──まあ「FRUITS」ツアーもありましたけど、すごくこう、バンドの、出会って、ひとつの形ができる記録というか。初期の記録の映像なのかなと思います。

佐野:そうですね。1997年から98年。国内のメインストリームでいうと、ダンス・ポップ、ロックが大流行していた頃、僕たちはその真逆の音楽を作って。それをみんなに聴いてくれって(笑)。多少、無理があったかなぁとは思いますけども。

今こうして20年たって、今日会場にも、その頃、目撃してくれた方。それからたぶん、新しく目撃してくれる人もいると思いますね。20年後、こうした機会を与えてくれて、ほんと僕、光栄だなって思ってます。作ってよかったなと、今ほんとに思ってます。

能地:当時から聴いているファンとして、嬉しい言葉だと思います。すごくこう、今聴いてもまったく新しい音楽 ── 今の音楽という感じが逆にしてしまったりするんですけれども。当時としてはものすごいこう、覚えてるか、私、その、ウッドストックの取材に行ったりとか、なんでそれをやったかというと、THE HOBO KING BANDのメンバーが「今、すごいことが起きてるから、これは誰かが観ておいて、記録しておいたほうがいい」と、アドバイスをくれたのが、HOBO KINGのメンバーで。ほんと、佐野さんは、ものすごいことを考えていて。自分たちもこれ、どこにいく船かわからないけど、乗ってるんだと。

佐野:とにかくね、音楽を楽しみたかった僕たちは。心から。バンドというものを味わいたかったし。心から音楽を楽しみたかった。だから僕らTHE HOBO KING BANDのメンバーは、音楽に新しいとか古いとかいう感覚はあまりなくて。自分たちにとって意味がある音楽なのか、そうじゃない音楽なのかという区別ははっきり、できたんだね。

だから、作った音楽を日本に持って帰ってきたとき、「ずいぶん古い音楽をやりましたね」なんていう評論もあったんだけど。僕は「その評論はちょっと違うんだけどな」と思いながら、しかし、ツアーね。本作で、僕たちの演奏を観てもらえれば、ちゃんと分かってもらえるんじゃないかなって。そんなことを思ったのを思い出しました。

能地:はい。その記録がこれから ── 長い、2本立てなので、今日は。そろそろ皆さんにも観ていただこうかなと思うので。じっくりと、若きHOBO KINGと佐野さんの姿をお楽しみいただければと思います。ではそろそろ、上映の方に移りたいと思いますので。今日はサプライズゲストの皆さんも ── 観ていくんですよね?

西本:もちろん(笑)。

kyOn:観るためにきたんで(笑)。

能地:そうだよね(笑)。失礼しました。じゃあ、みんなで観ましょう。

佐野:はい。THE HOBO KING BAND!

(拍手)

能地 佐野元春 & THE HOBO KING BAND!

(大拍手)

文/安川達也(otonano編集部)

佐野元春ソニーミュージック オフィシャルサイトはこちら

佐野元春「THE BARN DELUXE EDITION」特設サイトはこちら

「THE BARN DELUXE EDITION」

■発売予定日:2018年3月28日
■規格:BOXセット
(1Blu-ray+1DVD+アナログレコード+写真集)
■完全生産限定盤
■価格:14,000+税
■品番:MHXL 43-46
■発売元:ソニー・ミュージックダイレクト

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