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Action ~いま、私たちにできること~

失われた“場所”を求めて――音楽を届けるこれからのやり方

2020.05.20

いま、私たちにできること――。

現在、私たちの生活はさまざまな制限を求められている。ライブやイベントが延期・中止になり、ミュージアムやアミューズメント施設が休館を余儀なくされるなか、果たしてエンタテインメントには何ができるのか。

新連載「Action ~いま、私たちにできること~」では、社会が急速に変わりゆくなか、ソニーミュージックグループをはじめ、エンタテインメント業界の新たな試みに注目。“必要至急”とは言えないかもしれないが、どんなときでも人々に寄り添い、心を潤すエンタテインメントの未来を追いかけていく。

連載第2回は、宇多田ヒカルの宣伝プロデューサーを長年担当し、社内外のセミナーや多くのメディアにも登場している、ソニー・ミュージックレーベルズ 第三レーベルグループ EPICレコードジャパンOffice RIA 制作部 部長の梶 望に話を聞く。宇多田ヒカルの現在、そして音楽ビジネスの最前線から見えている今後について、率直に語ってもらった。

  • 梶 望

    Kaji Nozomu

    ソニー・ミュージックレーベルズ
    第三レーベルグループ EPICレコードジャパンOffice RIA 制作部 部長

    宣伝プロデューサー/マーケッター。これまで複数のレコード会社で、数々のアーティストを担当。

ファンとのエンゲージメントを高めるには

――新型コロナウイルスの影響で、現在、さまざまな制限がかけられていますが、担当されている宇多田ヒカルさんとのやり取りに変化はありましたか?

梶:そもそも宇多田ヒカルは、現在ロンドン在住なので、以前からTVカンファレンスでスタッフミーティングを行なってきました。ですから、ロンドンのロックダウン後も基本的には同じですが、この5月は「Time」「誰にも言わない」と2曲の配信リリースが続いているので相談する案件も増えました。案件ごとに参加スタッフを変え、我々は自宅から参加する形でオンラインミーティングを行なっています。

――現実問題として、宇多田ヒカルさんのアーティスト活動を巡る環境はどのような状況ですか?

梶:まず、現在ロンドンはロックダウン中です。ミュージックビデオの撮影もいままでのやり方では物理的に行なえない状況です。曲作りに関してもDTM環境やリモートワークで作曲自体はできても、“三密”に当たるレコーディングスタジオは、いままでのようには使えません。幸い「Time」と「誰にも言わない」は、ロックダウン前に作品がほぼ完成しており、配信限定でのリリースが決定していたので世に出すことができますが、さまざまな面において「今の環境でできるクリエイティブは何か?」というのを、宇多田ヒカルに限らずアーティスト全員が考えているところだと思います。

「Time」
日本テレビ系日曜ドラマ「美食探偵 明智五郎」主題歌
配信シングル
2020年5月8日発売

「誰にも言わない」
「サントリー天然水」CMソング
配信シングル
2020年5月29日発売

――そんななか宇多田さんは、5月3日より1カ月間期間限定で毎週行なっているインスタグラムのライブ配信番組『自宅隔離中のヒカルパイセンに聞け!』が話題を呼んでいます。このアイデアも“今の環境でできるクリエイティブ”の答えのひとつですか?

梶:そうですね。従来のようにメディア露出などの新曲プロモーションがままならないなか、ファンとのエンゲージメントを高めていくにはどうすればいいかを検討した結果、「SNSを活用した生配信コンテンツをやるのはどうか?」というアイデアが宇多田ヒカル本人から出ました。本人はスタッフの現場サポートなしに自宅からライブ配信することになるので、配信プラットフォームに関しても検討を重ね、今回の企画内容に対して最もユーザーインターフェイスが手軽で、本人も自分で操作しやすく、見る側も気軽に参加できる環境が整っているインスタライブを活用することに決めました。また、今年の頭にTBSの『マツコの知らない世界』にゲスト出演して宇多田ヒカルのインスタが紹介されたことで、一気にフォロワー数が増えたので、それも後押しになりましたね。

宇多田ヒカルのInstagram生番組「自宅隔離中のヒカルパイセンに聞け!」。次回は、5月24日(日)、5月31日(日)ともに、19時30分~20時頃より配信される予定。

――インスタライブの2回目のゲストに、「Time」が主題歌となったドラマ『美食探偵 明智五郎』主演の中村倫也さん、3回目にはONE OK ROCKのTakaさんを迎えるなど、意外なゲストに驚いたユーザーも多かったと思います。

梶:ゲストを呼ぶのも宇多田ヒカル本人からの提案でしたね。一般の皆さんにはTakaさんと知り合いであることも知られていないし、人前で一緒にトークをするのも初めて。宇多田ヒカルのひとりしゃべりだけを望むファンも多いのですが、ゲストを招くことによって意外な一面が見られるのもインスタライブならでは。そこはぜひトライしていくべきだと考えました。

結局、新型コロナウイルスの影響で我々が失ったものは“場所”なんですね。アーティストにとっては、本来の居場所であるコンサート会場やレコーディングスタジオがまさにそうですし、プロモーションにとってはテレビ局や各種のメディアがそうです。その失われた場所の代わりとして、一番有効活用できるのはスマートホンに代表される巣籠もりメディアであると。特に音楽も聴けて動画も見られるソーシャルメディアが現在の戦略上は一番正解に近いのではないかと定めて、トライアルしている最中というのが現状ですね。

配信ライブにも考えるべき点はある

インタビュー取材は、リモート会議アプリケーションを使用して行なった。

――その意味では今、世界中のアーティストがデジタルテクノロジーを介して自己発信の“場所”を作る取り組みを行なっています。梶さんが特に注目したものは?

梶:国外だとゲーム『フォートナイト』内で行なわれたトラヴィス・スコットのバーチャルコンサート“Astronomical”ですね。バーチャルな空間で、世界中の人が繋がれたことは純粋にすごい。国内でも、音楽テレビ番組がリモートによるライブ中継や収録を行なったり、デジタルプラットフォームを通じて発信の場を作るさまざまな取り組みが進んでいることは素晴らしいことだと思います。

ただ課題として残るのは、我々の業界が受けてしまうビジネス的なマイナスを、それで全部埋められるかというと、当然ながらそこまでには至っていない。その意味では、発信手法とともに新しいビジネスの座組を考えていくことが求められています。ビジネスとしては、そこに向けた新しい“解”を早く見つけることが、withコロナ時代の中長期的な課題だと思います。

――ライブのお話が出ましたが、最近はイープラスやぴあ、さまざまなIT企業が、有料制の無観客ライブ配信システムを開発・発表しています。そういう“場所”作りと言えるビジネスも今後は盛んになるでしょうか?

梶:候補のひとつにはなるでしょうね。私が新しく担当することになったいきものがかりなどは、4月からスタート予定だった春の全国ツアーも全公演延期になりました。残念がるファンに向けて、テレビやソーシャルなどなんらかの手段を使って歌声を届けられないか、まさに今、検討中です。

しかし、個人的には、配信ライブにも考えるべき点はあると感じていて。実際に生ライブを観たことのある人は、会場の熱気の記憶を重ね合わせて気持ちを盛り上げることができます。しかし、そのアーティストのライブを初めて観る人には、あくまでバーチャル体験にしかならない。そのまま生のライブの代替になるのかというと、過去に行なわれた同じような企画でのファンの反応を見る限り難しい気もするんです。デジタルのなかでしかできない、もっと熱量を出せるやり方は何だろう? というのは、大きな課題として、デジタルネイティブな若いスタッフ、アンテナ感度の高い人たちの知見を集め、僕ら全員で考えるべきことだと思います。

結成20周年を記念したいきものがかりの春のライブツアーもすべて延期となっている。

アナログではない場所での熱量の最大化

――よりクオリティの高いライブ体験を提供できるかどうかが課題だと。

梶:それと同時に、こういう状況でデジタルな世界での体験がコモディティ化していけばいくほど、生のライブというアナログ的なものは、さらに価値を持つようになると思うんですね。もちろん、以前と同じようにライブができるようになるには、まだまだ時間がかかると思います。だからこそ大切になるのが、デジタルな場所でアーティストのライブの価値をどれだけ最大化していけるか。実際にライブができるようになったとき、その価値と現場の熱気は爆発的に向上すると思うんです。なので、デジタルな場所からアナログな場所へ熱量を最大化していける準備を、今からしておかなければいけないと感じています。もちろん、それはライブ以外のこともですね。

――音楽・音源制作についても同じことが言えると。

梶:そうですね。DAW(デジタル・オーディオ・ワークステーション)によって音楽制作を自宅で完結できるアーティストもいます。しかし、お話したように、これまで普通にできていたスタジオワークができないため、アーティストによってはベストなクオリティで作品を完成できずに、結果としてブランド力を下げてしまうリスクもある。今後はいままで通りのクオリティを担保できるリモートスタジオワークが課題になってくると思います。

プロモーション面では『自宅隔離中のヒカルパイセンに聞け!』の配信など、こういった状況でしかできないデジタル上の新曲プロモーションで、ファンとのエンゲージメントを高めていく発信をもっともっと考えなければなりませんね。

――具体的に心掛けていることは何ですか?

梶:やはり、メディアとソーシャルとの相乗効果によるコミュニケーションの最大化ですね。とくに「Time」はドラマの主題歌なのでインスタライブもドラマがオンエアされる放送直前に配信したり、ドラマ放送後に楽曲に関連するニュースを発信するなど、SNSでファンが宇多田ヒカルとドラマを同じ文脈で語れる場所を毎週必ず提供するなどテクニカルなやり方をしています。配信リリースの購入推進としてiTunesやSpotifyのプリオーダー、プリセーブのキャンペーン実施、配信なので歌詞を掲載し、感想を共有できる特設ページの作成、配信購買と直結させるネット広告など、オンラインならではのサステナブルなプロモーションは心掛けていますね。

新曲「Time」の歌詞が楽しめる公式サイト。

コロナ以後はマーケットの変化が加速

――ではもう少し大きな視点から、梶さんが今考えるwithコロナ時代の音楽ビジネス、プロモーション戦略はどうなっていくと思われますか?

梶:現在は非常に短期の展望でしか考えられない状況ではありますが、考え方の中心は当然、ネット上の“巣ごもりメディア”になります。実際、YouTubeはもちろんのこと、NETFLIXやAmazonプライム・ビデオ、音楽ならSpotifyやApple Musicといったサブスクリプションサービスのユーザー数は、世界的にも順調に伸びています。

以前は、“日本ではまだCDの売り上げがサブスクを上回っていますが、あと3年もすればそれが逆転し、世界的な傾向に追いつくという予測データもあり、だからサブスク時代の音楽ビジネスに備えるべき”と私も言っていました。ですが今後はマーケットの変化が加速し、1年後にはサブスクがメインになるかもしれないという、不可逆かつ急激な変化に対応しなければならない状況が生まれました。サブスク時代の音楽プロモーションで大切なのは、ファンベースマーケティング。楽曲がたくさんの人に愛され、長期的に聴いてもらえること。現在は物理的に新曲の制作やリリースがしにくい状況にあるので、今後は、過去のカタログ楽曲のリバイバルも視野に入れた努力がさらに必要となるでしょうね。

――やはり“サステナビリティ”はキーワードになりそうですね。

梶:新しい楽曲に関しても、宇多田ヒカルの事例でもお話ししたように、継続的にファンの話題に上るプロモーションが必要です。これまでは、CD発売日前にはミュージックビデオが解禁されていないと……などというセオリーで動いてきましたが、長いスパンで考えるなら、配信後、楽曲が浸透し出したときにミュージックビデオが公開され、さらに注目を集めるという手法があってもいい。

もちろん、我々の仕事は良い作品ありきです。アーティストごと、作品ごとに考え方を柔軟にしていかなければなりませんが、アーティストと作品を大切にしながら、これまでのセオリーに囚われず、正しくルールを破った“ニューノーマル=新しい常識”を、アーティスト、ファンとともに“共創”していきたいと考えています。

文・取材:阿部美香

関連サイト

Hikaru Utada Official Website
http://www.utadahikaru.jp/

いきものがかり OFFICIAL WEBSITE
https://ikimonogakari.com/

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