西川貴教インタビュー:音楽を通して地域創生・社会貢献する『イナズマロック フェス』の進化【後編】
2020.10.29
ソニー・ミュージックレーベルズ
聴き方、届け方の変化から、シーンの多様化、マネタイズの在り方まで、今、音楽ビジネスが世界規模で変革の時を迎えている。連載企画「音楽ビジネスの未来」では、その変化をさまざまな視点で考察し、音楽ビジネスの未来に何が待っているのかを探っていく。
今回話を聞いたのは、『イナズマロック フェス』(以下、『イナズマ』)の主催者である西川貴教。2009年からスタートし、毎年、西川の出身地である滋賀県 草津市烏丸半島で行なわれてきたこのイベントだが、コロナ禍にあった今年は、9月19日に完全オンラインでの開催に踏み切った。
前編では、オンライン開催までの経緯や当日の模様を振り返りながら、改めて『イナズマ』の理念を語る。
目次
西川貴教
Nishikawa Takanori
1970年9月19日生まれ。滋賀県出身。1996年、T.M.Revolutionとしてシングル「独裁-monopolize-」で歌手デビュー。「HOT LIMIT」「WHITE BREATH」などのヒット曲がある。2008年から初代滋賀ふるさと観光大使を務めている。鬼龍院翔(ゴールデンボンバー)とのユニット、西川くんとキリショーによるシングル『1・2・3』配信中。12月11日公開映画『天外者』に出演。
――『イナズマ』史上初のオンライン開催となった今回の『イナズマロック フェス 2020』。大成功を収められましたが、オーガナイザーとしての手応えはいかがでしょうか。
当然と言えば当然ですけど、未知のウイルスが原因でイベントの通常開催ができなくなるという事態は我々にとっても初めての経験でしたから、本当にいろいろと試行錯誤しましたし、何が正解かも正直わかりませんでした。
ただ、同じ状況下でさまざまなイベントがひとつの解決策としてオンラインという形を提示されていますが、そうしたなかにおいても今回の『イナズマ』はほかとは少し角度の違う、かつ意義のあるオンラインイベントになったのではないかと自負しております。
LIVEアーティスト:ももいろクローバーZ
――『イナズマ』には、西川さんが地元・滋賀県に恩返しがしたい、地元に貢献したいという想いが大きくあって、そこから行政と一緒になって作り上げてきたという歴史があります。そうした理念や姿勢がオンラインでも貫かれていたのは、本当に素晴らしいと思いました。
そうですね。僕がこのイベントを通じてやろうとしていることは、一過性のパッと騒いで盛り上がろうというものではなく、地域創生・地域振興を旗印に、音楽を通じて社会貢献していくことができないだろうかといったところに軸足を置いています。
出演ラインナップも、いわゆるロックフェスとは大きく異なった、かなり個性的なものに毎回なっていますし、取り組み自体も行政とともに官民一体で進めていくという、イベントとして全国的に見てもなかなかないものだと思います。
そうしたイベントのカラーや、自分たちが貫いてきた信念をより明確にできたという意味では、今回、結果的にではありますけど、こういった形での開催も良かったのかなとは思いますね。
――いつごろから、通常開催はできないかもしれないと考え始めていらっしゃいましたか。
具体的にオンライン開催となった場合のプラットフォームとして『サブスクLIVE』を検討しだしたのが6月くらいですかね。4~5月の段階で、実行委員会では今年の『イナズマ』を開催すべきかどうかという審議に入っていたんですけど、正直なところ僕以外のスタッフは全員、中止を選択しようとしていたんです。なので「いや、そうじゃないだろう」と。もちろん参加してくださる方々の安全が第一です。その上で採算を考慮するのも大事なことです。でも、だからといってそれらが中止を選ぶ理由にはならないと思うんですよ。
僕自身、利益を追求したいがために『イナズマ』をやってきたわけじゃないですし、これまでだっていろんなことを乗り越えてきて今があるわけで、むしろ、こういった時期だからこそ、音楽の力で、我々ができることを届けることが大事だと思ったので、何か別の形を模索するべきなんじゃないかと伝えました。
LIVEアーティスト:BOYS AND MEN
そのとき、普通にチケットを販売してオンラインで開催する、もしくは番組のような形で行なうのはどうかという案も出たのですが、それだと違うんですよね。あくまでも『イナズマ』の中心にあるのは社会貢献や地域創生の理念であって、音楽を使ってドンチャン騒ぎをして「楽しかったね。ハイ、おしまい」ではない。
社会貢献というと一般的にはすごくハードルの高いイメージを持たれているかもしれませんが、それをもっと身近なもの、みんなで楽しんで参加できるものにする。つまりインターフェイスの役割を果たせるのが『イナズマ』なんですね。僕らはそれを徹底してやりつづけてきたわけで、今こそそれが必要な時ではないのか、と。
LIVEアーティスト:ベリーグッドマン
――配信プラットフォーム『サブスクLIVE』への月額有料会員登録をすれば580円でまるごと視聴できるというのも、その収益が「Save the Live Project」に賛同する加盟ライブハウスに分配され、存続の支援となることも、まさに『イナズマ』の理念に適っていると感じました。
我々ミュージシャンにとってふるさと同然なライブハウスやクラブが、感染症の温床のようにメディアで扱われたりして、なかにはそうした風評被害によって閉店を余儀なくされている店舗も出ている状況で。外食や観光といった分野もそうですけど、我々のエンタメ業界も、このコロナ禍で一時は必要がないもののように言われましたよね。もちろん未知の感染症ですし、何をもって危険なのかすらわからないという恐怖心から、そういったものを敵視したくなる気持ちもすごくわかりますが、それをしたところで誰も得しないと思うんです。
むしろ、きちんと安心と安全が担保されるようになったら、皆さん、旅行に行きたくなるでしょうし、外食だってしたくなるでしょう。同じように音楽を聴きたくなったり、観劇をしたくなったりも絶対するはずです。そうなったときのためにもライブハウスやクラブのような場所をなくしちゃいけない。自分たちにとって大切な場所が衰退していくのを遠くで見ているだけなんて我慢ならないですし、自分とは関係ないことのようにして見過ごすなんてしたくない。
『サブスクLIVE』はそうした、何かできないかという皆さんの想いや応援の気持ちが直接会場の支援になるというシステムで、たまたま偶然なんですけど、開発段階から僕もお話を伺っていたんですよ。運営されている方々の信念と僕らがやってきた『イナズマ』の理念は共鳴する部分があって、ぜひこのプラットフォームを使って、今までにない形のオンラインイベントができないかと提案させていただきました。
LIVEアーティスト:清春
――ただ、オンラインとなると、企画面など実際に動かしていくにあたって、これまでとは違ったご苦労もあったのではないですか。
フォーマットは変わりましたけど、結果的にやっていることはあまり変わらなかったという気がしています。今から9年前、2011年に起きた東日本大震災のときに、僕は『STAND UP! JAPAN』というチャリティープロジェクトを立ち上げたんですが、そのプロジェクトでやっていたフォーマットをそのまま『イナズマ』に持ってきたというイメージで。
だから新たなことをやっている感覚は実はそんなになかったんですよね。もちろんシステムとか技術的な部分とか、会場を分散して3密を避ける形にするとか、難易度の高いお題はいくつもありましたけど、僕がこれまでやってきたことで得た知見が、今回の『イナズマ』に大いにいかされたと感じています。
また、新たなトライという意味で得たものもいろいろありました。今回、3密を避けるために渋谷、横浜、新潟、名古屋、大阪の各会場から中継でアーティストの皆さんのライブパフォーマンスをお届けしたのですが、そういった生の中継にはこれまで衛星回線を使うという方法を取らざるを得なかったんですけど、今回はすべて電話回線で行なったんです。これって実は技術的にすごいことで。
さらにイベントの中盤にはTV地上波の電波とも合流して、ジャパネットたかたさんが地元・長崎でやっていらっしゃる生放送の通販番組に『イナズマ』が乗り入れて、テレビ放送とネット配信で同時に同じ番組が放送されるという、これまた技術的に難易度の高いこともやらせていただいたんですよ。こういったトライができたことは意義があったんじゃないかと思います。
オンライン開催だったことで、出演者のブッキングについては正直、難航した部分もありました。でも今回参加してくれたアーティスト含め、皆さん本当に気持ちで動いてくださる人たちなんですよ。こういった取り組みに意義を感じて力を貸してくれる仲間がこれだけいるということは本当にありがたかったし、誇らしかったです。
手前味噌になりますが、これだけ充実したオンラインイベントが月額580円で見られるなんてなかなかできることじゃありません。では、なぜできたかと言えば、出演してくださった皆さんや協力してくださった方々の、言ってしまえば“努力”なんですよね。
LIVEアーティスト:Hilcrhyme
――それにしても、まさか滋賀県庁の知事室が特設スタジオとして使われるとは思いませんでした。
そうでしょうね(笑)。これに関しては、直前にテレビ番組のロケで地元を訪れていまして、たまたま知事を訪問した際に直接その場でお話を投げかけたところ「ぜひやりましょう!」と快諾してくださって実現したんですよ。
――滋賀県の観光大使として西川さんが築いてきた信頼関係、官民一体となって12年の歴史を作り上げてきた『イナズマ』を象徴するようですね。
本当に全部がつながっているというか、これまでの活動や取り組みがすべて今回に紐付いているなと思います。
LIVEアーティスト:SEAMO
――加えて、各地からの中継もしかり、今回のオンライン開催によって『イナズマ』が掲げる地方創生・地域振興という理念が、滋賀県という枠を超えて、全国規模に拡大されたような印象を受けました。
確かに、オンラインを使ったことで単なる地方のイベントではなくなったというか、逆にオンラインをフルに活用して日本というものをひとつにつないでいく、そういったイベントになったのかもしれないですね。
あくまで滋賀県で行なってきたイベントですし、今回も滋賀県庁を中心に発信したわけですけど、今回に関しては我々の意識のなかにも、滋賀県のためだけではなく、日本に元気を与えるためのイベントというニュアンスは含まれていたと思います。
LIVEアーティスト:ソナーポケット
――それは随所に感じられました。ライブパフォーマンスのみならず、ジャパネットたかたの髙田旭人社長とさだまさしさんとの鼎談、三日月大造滋賀県知事や、ボクシング第29代WBC世界バンタム級チャンピオン・山中慎介さんをゲストに招いて地方創生や若者たちへの支援について語り合うコーナーなど、最初におっしゃっていた通り、まさしくほかとは少し角度の違う企画も興味深かったです。
ある種、今回のオンライン開催で『イナズマ』はハッキリとほかのフェスや音楽イベントとは別物になってしまったなとも思いましたね、良い意味で。何度も言っていますけど、音楽で盛り上がって楽しもうというよりは、音楽を通じて地域に、社会に貢献したいという想いが根本にあるので、そうならざるを得ないというか。
言ってしまえば、フェスはそのためのツールでしかないんですよね。極端な話、今や『イナズマ』っていう信念があれば、音楽フェスでなくても良いぐらい(笑)。それぐらい確固とした意志のあるイベントに育ったんだなとつくづく感じています。
LIVEアーティスト:ゴールデンボンバー
文・取材:本間夕子
西川貴教オフィシャルサイト
https://www.takanorinishikawa.com/
イナズマロック フェス オフィシャルサイト
https://inazumarock.com/
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