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ヒットの活かし方

楽曲YOASOBI「夜に駆ける」原作小説からイメージの連鎖で生まれたオーディオドラマ【後編】

2021.04.22

“0”から生み出された“1”というヒット。その“1”を最大化するための試みを追う連載企画「ヒットの活かし方」。

ソニー・ミュージックエンタテインメント(以下、SME)が運営する小説投稿サイト「monogatary.com」で発表された星野舞夜の短編小説『タナトスの誘惑』から、小説を音楽にするユニット・YOASOBIのデビュー曲「夜に駆ける」が生まれ、大ヒット曲となった。そして今年1月、『タナトスの誘惑』とその関連短編⼩説『夜に溶ける』をベースに、ソニーの360立体音響技術を用いたオーディオドラマ『夜に駆ける』がリリースされた。

ヒットコンテンツから新たなヒットを生む手法、オーディオドラマ『夜に駆ける』の演出面のこだわりなど、「ヒットの活かし方」についてエグゼクティブプロデューサーの髙山展明(SME)、演出を手掛けた中村貴一朗(ソニーPCL)に話を聞く。

後編では、実際にオーディオドラマ『夜に駆ける』がどのように制作されていったか、さらには今回のプロジェクトを通して感じた今後の可能性について語ってもらった。

  • 中村貴一朗

    Nakamura Kiichiro

    ソニーPCL

  • 髙山展明

    Takayama Nobuaki

    ソニー・ミュージックエンタテインメント

『夜に駆ける』オーディオドラマ

ストリーミング総再生回数4億回突破、今もなおその勢いはとどまることを知らないYOASOBIの代表曲「夜に駆ける」。この楽曲の原作である短編⼩説『タナトスの誘惑』をベースに、関連短編⼩説『夜に溶ける』やYOASOBI「夜に駆ける」ミュージックビデオで表現された世界観を加え、完全主観のオーディオドラマとして制作。⾳声作品とすることで、原作では描かれなかった物語の裏側が、想像の余地を残したまま補完されている。まるで主⼈公「僕」になったかのように主観で進⾏する恋、⽣と死、現実とファンタジーが耳元に響く。
配信サイトはこちら
 

感情を丁寧に表現し、聴く人の気持ちを誘導

──ここからは、オーディオドラマ制作の具体的なお話を伺っていきます。短編小説の『タナトスの誘惑』と『夜に溶ける』、楽曲の「夜に駆ける」を題材に、リスナーが主観で楽しめるオーディオドラマを作るにあたって、こだわったのはどんな点でしょうか。

髙山:最初から決めていたのは、ナレーションを入れないことです。ナレーションが入ると、どうしてもそこで第三者視点に引き戻されてしまうので、基本的に会話と環境音だけで構成してもらいました。

本当はBGMも一切なくしたいと思っていましたが、さすがに間がもたないという意見をいただいて。そこで、心理描写の一環として、精神状態を表わすようなBGMを入れることにしました。日常生活でも、いろいろな場面でふと知っている音楽が頭のなかを回ることってありますよね。そういったイメージです。

──中村さんは、演出家としてこの作品をオーディオドラマ化するときに、物語をどう咀嚼していったのでしょう。

中村:楽曲の「夜に駆ける」は、このお仕事をいただく前からヘビーローテーションで聴いていました。ただ、原作の『タナトスの誘惑』は読んだことがなかったので、「こういう物語なんだ」とオーディオドラマの脚本を読んで初めて知ったんですよね。楽曲ファンのなかにはそういう方も多いでしょうし、曲をより深く楽しむためにもオーディオドラマが貢献できるのではないかと思いました。

それと、オーディオドラマのコンテンツ体験としてのアドバンテージは、主人公に自分事のようになり代われるところです。そこが小説と楽曲という既存の2コンテンツとは大きく異なります。

ただ、今回の作品は、全編主人公の視点でドラマが進むため、どうしてその結末を迎えるのかは、丁寧に誘導していかないとリスナーが物語についてこられなかったり、感情移入できなくなってしまいます。そこで、脚本の段階から丁寧に主人公の感情の浮き沈みを表現して、ユーザーに階段を踏んでもらい、最後は屋上に立ってもらうという流れを意識して作りました。

──脚本制作の段階から、演出家としての意見も加えられていったのでしょうか。

中村:そうですね。脚本家の静森夕さんと髙山さんと私で打ち合わせをして、音声コンテンツならではの留意点などをお伝えしました。でも、この辺は意外とスムーズでしたよね。

髙山:企画から脚本を仕上げるまでに約1カ月半、キャストが決まり収録からミックス終了までに約1カ月半。全体で言うと3カ月ほどで完成しました。

──原作には登場しない上司や先輩も登場しますよね。そういったキャラクターも、打ち合わせ段階で加えたのでしょうか。

髙山:上司も先輩も、静森さんのアイデアで、主人公を追い込んでいく役柄として最初から登場させることは決まっていました。ただ、序盤に出てくる先輩が頼りになる存在だったというシーンは、後から追加しています。そのほうが、後半の重要なシーンでより落差が出ると思ったので。

演出では音の移動よりも空間を感じてもらうことを重視

──オーディオドラマ『夜に駆ける』は、特別な機器を必要とせず、手持ちのヘッドホンやイヤホンでも立体音響を駆使したオーディオドラマが楽しめるのも大きな特徴です。しかも、主要な音楽配信サイトとストリーミングサービスで聴取できるようになっています。

髙山:可能な限りではありますが、興味を持ってくださった方がすぐに体験できる状況にしたかったんです。耳で楽しむコンテンツは、日本の場合、サブスクをはじめとした音楽再生プラットフォームで聴く方が大多数です。ストレスなく体験していただくには、そこに音源を流すのが一番良いのではないかと思いました。

──私が持っている安価なイヤホンでも、音の立体感を楽しめるのが驚きでした。

中村:一般的なイヤホンの場合、音が平面化するため近くで鳴っているように聴こえます。そのため、親近感のある音に聴こえるんですね。いっぽうで高級なヘッドホンだと、音に奥行きが出るのでより立体的に聴こえます。好みは分かれますが、近い音のほうが馴染む方も多いのではないかと思います。

上図はヘッドホンで通常の音源を聴く場合、下図はソニーの360立体音響技術で聴く場合の音が伝わるイメージ。

髙山:そこも難しいバランスですよね。音に立体感が出ると臨場感は演出できますが、セリフが聞き取りやすいかというとまた別の話。オーディオドラマという特性上、いくら音が立体的になっても物語が追えなくなってはダメ。ある程度、立体感を犠牲にしてでも、セリフを前に出したほうが良い場合もあります。なので、皆さんが使い慣れたイヤホンやヘッドホンで聴いていただくのが一番良いのかもしれません。

──映画やゲームなどでは、効果音が後ろから前に移動するような派手な音の演出も少なくありません。このオーディオドラマでは、そこまで立体音響を強調しすぎていないように感じましたが、なぜでしょう。

中村:映画やゲームの場合、画面に映し出された映像で視覚情報を補えるので、音の定位がきっちり定まっていなくても、人間の脳は「この音はどっちからどっちに飛んでいる」と認識できるんです。

でも、オーディオドラマは音のみなので、音の定位を厳密にしないと、人によっては全然違うところから音が飛んでくるように聴こえてしまいます。一人ひとりの耳に合わせるには技術的な壁もありますし、今回は主人公の精神状態を追う人間ドラマなので、音の移動よりも空間を感じていただくことを重視して、あえて立体音響に派手な演出は加えていません。

部屋の間取りを図面化し、音の残響まで細かく設定

──立体音響の特性がよく表われた演出、より没入感を深めるためのテクニックや工夫について教えてください。

中村:オーディオドラマは映像がないので、まずは制作スタッフが音を聴いてどんな情景を思い浮かべるか、共通認識を持つ必要がありました。例えば屋上に立っているシーンで、遠く下のほうから車が走る音が聞こえたら、その建物の高さを認識できますよね。そういう音を入れれば、「すごく高い屋上だ」というセリフがなくても情景が伝わります。そうやってリアリティを出していきました。

そして、今回は主人公が追い詰められていく話だったので、先輩がねちねちと語りかけながら左右に移動したり、耳元に顔を近づけて話したりするような立体音響ならではの演出も入れています。嫌な気分にさせるのも、立体音響はすごく効果的なんです。

逆に、朝起きたときに彼女がささやいてくれたり、甘い言葉を言ってくれたりするシーンは、まるで本当に彼女が隣で寝ているかのような臨場感を味わうこともできます。ドキドキするような場面も、嫌な気持ちになる場面も、どちらにも立体音響が貢献できたと思っています。

髙山:朝起きてささやいてくれるシーンは、リスナーからも人気ですよね。彼女役を演じた声優の楠木ともりさんが「ごめん、起こしちゃった?」と言ってくれる一連のシーン。

中村:夜、ベッドで寝ころびながら聴いている人が多いようで、よりいっそう臨場感を味わえたみたいです(笑)。

──音がどこからどう聴こえるという指示は、脚本の段階で入れられたのでしょうか。

髙山:そうですね。まず脚本家の静森さんから細かい効果音の指示がト書で来るので、私がセリフと効果音を全部並べて、リスナーさんの視点になる主人公「僕」の視点に立って、「この効果音はどこからどこに向かって鳴っている」というイメージを図式化して中村さんにお渡ししました。

中村:その図をもとに、音響監督とフォーリーアーティスト(効果音を作るスタッフ)とともに音を作っていきました。あと、大事にしたのは音の反響ですね。反響によって、その場所が広いか狭いかまでわかるものなので、ここの聞こえ方にはかなり気を配りました。

例えば、主人公の部屋が広すぎれば、「就職したての経済状況で、こんなマンションには住めないだろう」という話にもなってしまいます。部屋の間取りを図面化し、玄関を開けてベッドまで何歩かかるのかなど細かく決めていきました。

エアコンの音ひとつとっても、上から鳴るのは当然としても、設置されているのが部屋の右なのか左なのか、そして奥なのか、手前なのかまで細かく調整しています。設置場所によって聞こえ方は変わってきますから、この点は徹底的にこだわるようにしました。

髙山:確かにリバーブ(残響)は大事ですよね。屋外でも、玄関を開けてすぐのところは廊下などに音が反響するので、リバーブ感が多少残ります。でも、屋上に行くと音の反響がなくなるので、声をデッド(残響が少ないこと)にしたほうがそれっぽく聴こえるんです。

音を鳴らす位置や角度に加えて、シーンに応じて音にどんな効果づけをしていくかが重要なポイントでした。

──制作工程において、一番苦労したのはどんな部分でしょう。

中村:どんな種類の音が必要か洗い出す作業と、その音を用意する作業が大変でした。今回、使用した環境音、効果音はほとんど実際に音を鳴らして録っています。

髙山:そもそも効果音の種類が、ものすごく多かったですよね。普通のオーディオドラマならBGMを使うところも、すべて環境音にしているので数倍の音が必要だったと思います。その分、中村さんたちにはご苦労をおかけしました。

中村:実際に効果音の収録作業を行なったフォーリーアーティストのふたりが、特に大変だったと思いますね。

例えば料理のシーンは、ひとり暮らしの独身社員の家に行き、ワンルームマンションのキッチンで料理する音を録っているんです。階段を上るシーンも、コンクリートの固い音ではなく、強く踏んだら崩れそうな赤サビが浮いた鉄階段の音が欲しくて、探し回ってもらいました。

屋上のフェンスも重要な効果音なのですが、今は鉄製の柵が多くてフェンスを使っているところがなかなか見つからなかったそうです。しかし、私が「どうしても柔らかいフェンスの音が欲しい」とお願いしまして(苦笑)。録り直しも含めて、かなりふたりには苦労をかけてしまいました。

大切なのは、原作への深い理解とリスペクト

──リリース後の反響はいかがでしょう。

髙山:予想以上に多くの方に楽しんでいただけたようです。YOASOBI人気にも後押しされ、iTunesランキングも最高6位まで上がりました。内容についても、「原作や楽曲と雰囲気が違う」というネガティブな意見も出るかと思っていたんですが、「主観で物語が進むのが新鮮だった」「背景にこんなストーリーがあったんだ。改めて曲を聴いてみよう」とポジティブに受け取ってくださる方が多かったですね。

──今回のプロジェクトは、ヒットした小説や楽曲から新たなヒットを生むというチャレンジでもありました。ヒットコンテンツを活用することの難しさ、このプロジェクトで得たノウハウについてお聞かせください。

髙山:既にファンがいるコンテンツを、新しい形で展開させるのは確かに難しい一面もあります。例えばヒットしたマンガや小説を実写映画化すると、ネガティブに受け止める声が出ることもありますよね。作り手側のエゴが透けて見えてしまう作品も、ファンには受け入れられづらいと思います。

大事なことは、原作の肝になる部分はどこで、ファンが何を楽しんでいるのか。そこをしっかり理解した上で、原作をリスペクトして作れば、新しいコンテンツも受け入れていただけると思っています。

「別のメディアにすると、元の作品のこんな魅力をもっと引き出せるんじゃないか」「逆にこの良さがなくなってしまうから、どうやって補完しようか」と、しっかり詰めていくのが大事だと感じました。

──今回のことで言えば、「monogatary.com」やYOASOBIの担当者たちとの意思疎通も重要ですよね。

髙山:もともと「monogatary.com」でも、投稿作品を音声コンテンツとして展開したいと考えていたようです。どうするのがベストか、一緒に前向きに考えられたのもスムーズに制作が進んだ要因だと思います。

ただし、打ち出し方には注意を払いました。やっぱり“YOASOBIの作品をオーディオドラマ化”とアピールしたほうが、注目は集まるだろうと思いました。でも、このオーディオドラマはあくまでも『タナトスの誘惑』をベースにした作品です。そこに嘘や誤解がないような打ち出し方にしようと、細かく確認していきました。

──今回のプロジェクトを踏まえて、オーディオドラマの新しい展開も見えてきたのではないですか?

中村:オーディオドラマというのは、メインのコンテンツを補うメディアとして効果的だと感じました。今回の場合、メインは原作小説と楽曲。それらを補完する役割ができたと思います。

なので、もし次に何か作るとしたら、原作と映像の中間にあるようなオーディオドラマも面白そうですよね。ゆくゆくは映画につながる作品のプロローグをオーディオドラマにするなど、大きいプロジェクトを始める際のスタートにちょうど良いと感じました。

髙山:主観視点で描くオーディオドラマは、映像、小説、マンガ、舞台、ゲーム、どれとも違うコンテンツ体験を提供できます。この形式がマッチする作品であれば、メディアミックスのひとつの形として今後ポピュラーになっていく可能性はあるのではないでしょうか。特にホラーは、立体音響が映えるジャンルではないかと思います。チャンスがあれば、そういったジャンルにも挑戦できればと考えています。

あとは、同じ作品でも別の人物の視点にすれば、また違う物語が見えてくるはず。主観という強みをどういかすかをしっかり考えれば、より面白いもの、より幅広い展開ができるのではないかと思います。

オーディオコンテンツに限らず、立体音響が使える場面は山のようにあります。映像と組み合わせても良いでしょうし、エンタテインメント施設やアミューズメントパークでも活用できます。音はどんなエンタテインメントにも欠かせないものなので、どう活用するか、今後も可能性を探っていきたいと思います。

 

文・取材:野本由起
撮影:冨田 望

オーディオドラマ『夜に駆ける』作品概要

配信先
日本国内各音楽配信サイトおよびストリーミングサービスにて好評配信中
※ヘッドホン/イヤホン再生の場合に立体音響を体験できる。
 
出演
僕:伊東健人
彼女:楠木ともり
先輩:細谷佳正
課長:木村昴
 
制作
原作:星野舞夜『タナトスの誘惑』『夜に溶ける』(小説)
脚本:静森 夕
企画制作:ソニー・ミュージックエンタテインメント
音響設計/収録:ソニーPCL
エグゼクティブプロデューサー:髙山展明(ソニー・ミュージックエンタテインメント)
演出:中村貴一朗(ソニーPCL)
ラインプロデューサー:木藤準人(ソニーPCL)
サウンドスーパーバイザー:喜多真一(ソニーPCL)
フォーリー・SE制作:長谷川有里(ソニーPCL)
ポストプロダクションデスク:平島靖子(ソニーPCL)
アドバイザー:遠藤泰己(ソニー コーポレートテクノロジー戦略部門)
BGM:齋藤マコト(STUDIO LETOH)

関連サイト

『夜に駆ける』オーディオドラマ配信サイト
https://sme.lnk.to/XM4GIC
 
monogatary.com
https://monogatary.com/
 
YOASOBIオフィシャルサイト
https://www.yoasobi-music.jp/
 
ソニーPCL株式会社
https://www.sonypcl.jp/

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