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連載Cocotame Series

ヒットの活かし方

楽曲YOASOBI「夜に駆ける」原作小説からイメージの連鎖で生まれたオーディオドラマ【前編】

2021.04.21

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“0”から生み出された“1”というヒット。その“1”を最大化するための試みを追う連載企画「ヒットの活かし方」。

ソニー・ミュージックエンタテインメント(以下、SME)が運営する小説投稿サイト「monogatary.com」で発表された星野舞夜の短編小説『タナトスの誘惑』から、小説を音楽にするユニット・YOASOBIのデビュー曲「夜に駆ける」が生まれ、大ヒット曲となった。そして今年1月、『タナトスの誘惑』とその関連短編⼩説『夜に溶ける』をベースに、ソニーの360立体音響技術を用いたオーディオドラマ『夜に駆ける』がリリースされた。

ヒットコンテンツから新たなヒットを生む手法、オーディオドラマ『夜に駆ける』の演出面のこだわりなど、「ヒットの活かし方」についてエグゼクティブプロデューサーの髙山展明(SME)、演出を手掛けた中村貴一朗(ソニーPCL)に話を聞く。

前編では、髙山が原作を探すことから始まり、ソニーPCLの中村との出会いを通してオーディオドラマの構想を固めていった経緯について語る。

  • 中村貴一朗

    Nakamura Kiichiro

    ソニーPCL

  • 髙山展明

    Takayama Nobuaki

    ソニー・ミュージックエンタテインメント

『夜に駆ける』オーディオドラマ

ストリーミング総再生回数4億回突破、今もなおその勢いはとどまることを知らないYOASOBIの代表曲「夜に駆ける」。この楽曲の原作である短編⼩説『タナトスの誘惑』をベースに、関連短編⼩説『夜に溶ける』やYOASOBI「夜に駆ける」ミュージックビデオで表現された世界観を加え、完全主観のオーディオドラマとして制作。⾳声作品とすることで、原作では描かれなかった物語の裏側が、想像の余地を残したまま補完されている。まるで主⼈公「僕」になったかのように主観で進⾏する恋、⽣と死、現実とファンタジーが耳元に響く。
配信サイトはこちら(新しいタブで開く)
 

主人公になりきってドラマを体感

──オーディオドラマ『夜に駆ける』は、SMEの発案をきっかけにソニーやソニーPCLなどが制作に協力する形で完成したコンテンツだと伺いました。ソニーは一般的にも馴染みがあると思いますが、ソニーPCLがどういった事業を行なっているのか知らない読者も多いと思います。まずはソニーPCLについて簡単にご説明いただけますか。

中村:ソニーPCLの事業は、非常に多岐にわたっているので、簡単に説明するのが難しいのですが(笑)、ソニーPCLのミッションのひとつに、先端テクノロジーをコンテンツや体験に落とし込むのというものがあります。

まだ世にないものを創るときに、テクノロジーの観点から「こういうアプローチができます」とクライアントに提案し、コンテンツを共創していくのがソニーPCLという会社です。

会社としての成り立ちは、映画フイルムの現像からスタートしていますが、Blu-ray Discなどのパッケージメディア作品のオーサリングや配信用エンコードを行なう自社スタジオを持ち、ポスプロ(ポストプロダクション:映像作品で撮影後に行なわれる編集や音響処理などの作業の総称)も行なえば、3Dコンテンツや16Kといった大画面高精細コンテンツの制作も行ないます。

さらには、イベントやライブ、空間演出といった企画・制作業務も担当していますし、最近のソニーミュージックグループの案件で言えば、アニメ作品『鬼滅の刃』のオンライン/オフライン編集やKing Gnuの常田大希さんが主宰する音楽プロジェクトmillennium paradeのライブ制作でもご一緒させていただいています。

──本当にひと言では言い表わせないですね(笑)。

髙山:『夜に駆ける』のオーディオドラマの制作で感じたのは、ソニーPCLの皆さんがエンタメとテクノロジーの翻訳者であるということです。今回の企画を持ち込んでご相談した際、「ソニーのこのテクノロジーなら、こう使えますよ」と見事に翻訳してくださいました。

技術に対する確固たる知識とコンテンツへの高い理解力、どちらも持っていらっしゃるので、今回のオーディオドラマ制作もスムーズに進行しました。

──それでは改めまして、オーディオドラマ『夜に駆ける』のプロジェクトは、どのように始まったのでしょうか。

髙山:ソニーミュージックグループのなかで、オーディオコンテンツとして何か新しいもの、面白いものが作れないかというテーマ自体は元々ありました。そこにソニーが持つ360立体音響技術を組み合わせるとソニーグループ独自の面白いコンテンツができるんじゃないか、というのがこのプロジェクトのスタート地点です。そこから原作を探す過程で着目したのが、SMEで運営している小説投稿サイト「monogatary.com」です。

「monogatary.com」のトップページ。

「monogatary.com」には、ユーザーから投稿された膨大な数の小説が公開されていますが、オーディオコンテンツにしたときに面白そうなもの、注目度が高まりそうなものは何かと考え、たどり着いたのがYOASOBIの「夜に駆ける」の原作にあたる『タナトスの誘惑』でした。

YOASOBI「夜に駆ける」と今回のオーディオドラマ『夜に駆ける』の原作小説「タトナスの誘惑」。

■monogatary.comに関連する記事はこちら
monogatary.comという“物語のタネ”の芽吹き【前編】【後編】

──作品が決まった時点で、ソニーPCLが制作に参加されることは決まっていたのでしょうか。

髙山:その時点では、どこで立体音響のオーディオドラマが制作できるのかすらわからなったので、まだ決まっていませんでした。ただ、今回のように13chで展開される立体音響のコンテンツを制作できるイマーシブサウンドスタジオが常設されているのは、国内では当時ソニーPCLのみ。さらには、立体音響コンテンツの制作経験もあるということを教えてもらいまして、これはソニーPCLのお力を借りるのがベストではないかとなり、ご相談しました。

──具体的に立体音響技術を用いると、どんな音響特性と効果が生まれるのでしょう。

髙山:自分の周りでセリフや効果音が鳴っているような臨場感が得られ、自分がその世界の主人公になったかのような、圧倒的な没入感のなかで音声を楽しむことができます。

『夜に駆ける』のオーディオドラマには、いくつかのシーンで音声の臨場感は必須だと考えていたので、ソニーPCLのスタジオと中村さんたちに出会えて本当に良かったなと思います。

ソニーの360立体音響技術

音は鼓膜に届くまでに、床や壁のほか、自身の体でも反射・回折され、伝わる音の特性が変化する。この聴感特性は、音源と耳の位置関係によって異なっており、人はその違いを無意識に感じ取り音の聞こえる方向を判断している。この特性の変化は、頭や耳の形状によって人それぞれ異なる。ソニーのR&Dセンターが開発したソニー独自の360立体音響技術は、こうした聴覚の特徴を利用することで、あたかもヘッドホンの外側から音が聞こえているような感覚をつくり出し、立体的な音場を再現することができる。リスナーが全身包み込まれるような没入感ある立体的な音場を感じることができる音楽体験『360 Reality Audio(サンロクマル・リアリティオーディオ)』にも360立体音響技術が使われている。

──2019年末に開設されたソニーPCLのイマーシブサウンドスタジオは、立体音響に特化したスタジオなのでしょうか?

中村:そうです。一般的なスタジオとは、スピーカーの数も、レイアウトも違います。立体音響のコンテンツ制作に必要な定義をクリアし、複数のメジャーなオーディオ規格の認証も受けているスタジオです。

──中村さんは、今回の制作では演出を担当されたと伺っています。

中村:はい。この物語にどんな効果音が必要なのかを洗い出して、実際にその音を用意した上で、どこからどう鳴るのか細かく調整を行ないました。あとは、声優の方々に対しての芝居の演出も担当しています。

──これまでにもオーディオドラマの演出をされてきたのでしょうか。

中村:完全に音声のみのオーディオドラマは、今回が初めてです。これまでは、映画やドラマ、CMといった映像コンテンツを主に手掛けてきました。今回いただいた脚本もドラマ仕立てだったので、映像がない音のみのドラマコンテンツと捉えて、お引き受けしました。

ファンの解釈と乖離せず、原作を補完する内容に

──原作小説の『タナトスの誘惑』や関連小説の『夜に溶ける』、そしてYOASOBIの楽曲としての「夜に駆ける」という作品の魅力をどう捉えていますか?

髙山:『タナトスの誘惑』はとても短い小説ですが、その分、行間に多くのことが詰められていて、そこを自分なりに読み解くことができるのもこの作品の魅力だと思います。当然、人によって物語の解釈も、キャラクター像も変わってくるので、リスナーが主観で聴いて、頭のなかで映像を膨らませるオーディオドラマというスタイルに、『タナトスの誘惑』はすごくマッチするだろうなと思いました。

──余白がある物語に対し、オーディオドラマというコンテンツでひとつの解釈を与えることへの迷いや恐れはありませんでしたか?

髙山:それはもちろんありました。『タナトスの誘惑』という小説に対して、まずYOASOBIが「夜に駆ける」という楽曲でひとつの形を示し、ミュージックビデオではアニメーションという手法で物語が表現されていました。そのため「夜に駆ける」をしっかりと聴いている方は、既にある程度の物語とビジュアル的解釈ができあがっている状態です。

そういった方々がオーディオドラマというコンテンツで違和感を覚えないようすること、既存のコンテンツのイメージから大きくズレないようにすることは、すごく意識しましたね。

短編小説『タナトスの誘惑』から生まれた楽曲『夜に駆ける』がヒットしたYOASOBI。

ただ、小説と楽曲で描かれた世界観には、なぜああいう結末を迎えることになったのか、まだ余白が残っていると思いました。そこで、リスナーが物語を想像し、自分なりの解釈を見つけやすくするための補完ができるようなドラマにしようと思ったんです。

こちらが一方的な解釈をつけすぎるとファンの方たちのイメージと乖離してしまいますが、映像ではないオーディオドラマというメディアで、40分という時間をかけて表現すれば、行間を補完しつつ、どんなキャラクターなのか、このときどんな表情をしているんだろうか、どんな場所なんだろうかなどの物語への色付けは、リスナーにゆだねることができるのではないかと考えました。

■YOASOBIに関連する記事はこちら
コンポーザー・Ayaseと担当A&Rが初めて語り合う「YOASOBIの音楽の作り方」

──大ヒットした楽曲「夜に駆ける」を題材にすることで、より多くの方が聴いてくれるというメリットもありますよね。ビジネス的な観点からも、やはりこの題材がベストだったのでしょうか。

髙山:そうですね。日本ではオーディオドラマがそこまで浸透していないため、むしろ既にファンが存在するところにコンテンツを投下しないとそもそも誰にも届かないんじゃないかという恐怖もありました。「夜に駆ける」は2020年を代表するヒット曲のひとつなので、そこに集っているファンの方々に聴いていただけるようにしたい、というのはありましたね。

YOASOBI「夜に駆ける」ミュージックビデオ

可能性が広がるオーディオドラマ市場

──オーディオコンテンツ市場の話が出ましたが、日本ではまだオーディオドラマがそこまで大きな盛り上がりを見せていませんよね。

髙山:アメリカでは、Podcaster(音声コンテンツの配信者)がYouTuberよりも注目を集め始めていますが、日本はまだまだそういう状況ではありません。主流は動画コンテンツですし、耳で聴くのは音楽がメインで、次点がラジオだと思います。一部、音楽配信サービスではPodcastにもスポットを当てていますが、人気を集めているのは、やはりラジオのようなトーク番組です。

──それでも可能性を感じたからこそ、コンテンツとして世に出したわけですよね。

髙山:そうですね。逆に言うと、まだ大ヒット作が出ていないだけで、可能性は十分あると思っています。例えば今、『ヒプノシスマイク』が非常に人気ですよね。あのコンテンツは楽曲とオーディオドラマで進行していくのですが、ファンの方々は新たな楽曲、新たなオーディオドラマがリリースされるたびにキャラクターの関係性をみんなで一緒に考えながら盛り上がっています。

そういった楽しみ方が実証されているので、この先、オーディオドラマのヒット作が出てくれば、市場は拡大するのではないかと思います。

──オーディオコンテンツというのとは少し立ち位置が異なりますが、ここにきてラジオというレガシーメディアが改めて注目を集めていますし、昨今では「Clubhouse」や「Voicy」といった音声SNSも注目を集めました。確かに音声コンテンツには、まだまだ可能性がありそうですね。

髙山:そうですね。「Clubhouse」や「Voicy」といった音声SNSが、今後どういう展開になっていくのか未知数な部分があると思いますが、たしかにコミュニティ的なアプローチも十分可能性があると思っていて。例えばオーディオコンテンツのクリエイターを支援するコミュニティができて、そこが盛り上がれば、予算をかけて面白い作品も作れるようになるかもしれません。

後編につづく

文・取材:野本由起
撮影:冨田 望

オーディオドラマ『夜に駆ける』作品概要

配信先
日本国内各音楽配信サイトおよびストリーミングサービスにて好評配信中
※ヘッドホン/イヤホン再生の場合に立体音響を体験できる。
 
出演
僕:伊東健人
彼女:楠木ともり
先輩:細谷佳正
課長:木村昴
 
制作
原作:星野舞夜『タナトスの誘惑』『夜に溶ける』(小説)
脚本:静森 夕
企画制作:ソニー・ミュージックエンタテインメント
音響設計/収録:ソニーPCL
エグゼクティブプロデューサー:髙山展明(ソニー・ミュージックエンタテインメント)
演出:中村貴一朗(ソニーPCL)
ラインプロデューサー:木藤準人(ソニーPCL)
サウンドスーパーバイザー:喜多真一(ソニーPCL)
フォーリー・SE制作:長谷川有里(ソニーPCL)
ポストプロダクションデスク:平島靖子(ソニーPCL)
アドバイザー:遠藤泰己(ソニー コーポレートテクノロジー戦略部門)
BGM:齋藤マコト(STUDIO LETOH)

関連サイト

『夜に駆ける』オーディオドラマ配信サイト
https://sme.lnk.to/XM4GIC(新しいタブで開く)
 
monogatary.com
https://monogatary.com/(新しいタブで開く)
 
YOASOBIオフィシャルサイト
https://www.yoasobi-music.jp/(新しいタブで開く)
 
ソニーPCL株式会社
https://www.sonypcl.jp/(新しいタブで開く)

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