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エンタメビジネスのタネ

『360 Reality Audio』にかけるエンジニアの思い“音楽に新たなイノベーションを”【後編】

2021.06.25

最初は小さなタネが、やがて大樹に育つ──。新たなエンタテインメントビジネスに挑戦する人たちにスポットを当てる連載企画「エンタメビジネスのタネ」。

今回は革新的な技術を用いて、過去の名作から現在の新譜、そして未来の作品までを結び、新たな音楽体験を実現する『360 Reality Audio』にフォーカスする。

前後左右に上下という高さ方向の音表現も加え、まさに360度の立体音場体験を可能にした『360 Reality Audio』。

後編では、『360 Reality Audio』を用いた音楽制作やライブ表現の可能性など、今後の展望について話を聞いた。

  • 澤志聡彦

    Sawashi Tokihiko

    ソニー
    ホームエンタテインメント&サウンドプロダクツ事業本部V&S商品技術2部
    チーフエンジニア

  • 鈴木浩二

    Suzuki Koji

    ソニー・ミュージックソリューションズ
    ソニー・ミュージックスタジオ
    部長

  • 内藤哲也

    Naito Tetsuya

    ソニー・ミュージックソリューションズ
    ソニー・ミュージックスタジオ マスタリング・ルーム
    アシスタント・マネージャー

無限に広がるキャンバスに音をどう描くか

──(前編からつづく)『360 Reality Audio』は、立体的な音場を表現できるので音楽の新しいリスニングスタイルも提案できると感じます。鈴木さん、内藤さんは、『360 Reality Audio』を試聴されたとき、どのように音楽制作にいかしていけそうなイメージが浮かびましたか?

鈴木:澤志さんもおっしゃっていましたが、『360 Reality Audio』を使うとライブ会場の音をリアルに再現できる可能性がすごく広がると思いました。5.1chなどのサラウンド作品もたくさんやってきましたが、360度の音場空間表現が加わったことにより、その場にいるような臨場感とライブ感を味わえるんじゃないかと思います。

ただ、レコーディング作品において、色々な楽器の音やボーカルを好きなところに配置して定位ができることを音楽としてどう扱っていくのかというのは別の課題です。『360 Reality Audio』という表現手法を得たことで、音の選択肢、可能性が爆発的に増えたので、そこはこれから方法論やアイデアを考えていきたいですね。

でも、触ってみるとやっぱりおもしろいですよ。どの楽器をどこに定位させるかによって音楽の成立のさせ方も全然違ってくるので。ちょっと位置を下にすれば、その楽器のリアルさがより出せるとか、ちょっと右に寄せれば音がマスキングされてもっと一体感が出てくるなとか、色々なアプローチをして試行錯誤を楽しんでいます。

 Virtual Sonics Inc.の子会社であるAudio Futures, Inc.とソニーが共同開発した「360 Reality Audio Creative Suite」の作業画面。『360 Reality Audio』のコンテンツ制作には欠かせないアプリケーションだ。リスナーを中心に全方位の音に包まれているような音場感を再現できる。

作業画面からも球体空間のなかに、音楽がオブジェクトとして配置されているのが直観的にわかる。

内藤:私たちがステレオ録音で音場を作っている時点では、2本のスピーカーの間がキャンバスになっていて、その枠のなかで音の風景を描いていきますが、ヘッドホンでもその聴いてもらいたい音場感を再現しやすそうだと感じましたね。

いっぽうで、改めてわかったことが、生理的にその音があってほしい場所に音を置かないと人は違和感を覚えるということですね。これは経験則から感じたことですが、簡単に言うとボーカルが後ろから聴こえるというのは、やっぱりおかしいと直感的に判断します。ボーカルはセンターであるという、ずっとステレオで慣れてきた聴感上の経験と先入観による違和感ですね。

なので、『360 Reality Audio』ではキャンバスが無限に広がったような状況になりますが、これまでと異なるような、大きく逸脱したアレンジは避けた方が良いだろうと思いました。鈴木と同様にどう描いていくかを楽しみながら試行錯誤していきたいですね。

──YOASOBIのメンバーのikuraとAyaseが『360 Reality Audio』を体験している映像がYouTubeで公開されていますが、コンポーザーのAyaseは、「自分たちは小説から音楽を作り出しているので、環境音や音の距離感がよりリアルに表現できることで小説の世界観を、音楽を通してさらに深く体験できるコンテンツを作れそう」と語っていました。そうしたアプローチも含めて、現段階でこれはおもしろそうだという具体的な表現のアイデアがあったりしますか?

■スペシャルインタビュー:360 Reality Audio × THE FIRST TAKE YOASOBI編 【ソニー公式】

■360 Reality Audio × THE FIRST TAKE YOASOBI編:Special Movie 【ソニー公式】

内藤:新譜に関してはアーティストやクリエイターの方々が『360 Reality Audio』をどう捉え、どうアレンジするかによって変わってきます。我々、スタジオエンジニアはその意向を正確に作品に落とし込む作業を行なうだけなので、そこは、まさに制作側の方々のアイデア次第だと思います。

いっぽうで、旧譜のカタログの『360 Reality Audio』化も徐々に進んでいます。ここで重要なことは、ファンの方々が新しいアレンジやミックスを聴いてどう受け止めるかを常に意識しながら作業を行なうということですね。その作品を大切な思い出として聴いている方がたくさんいらっしゃるので、その思いを壊すようなことは絶対にやってはいけない。これについては『360 Reality Audio』に限ったことではなく、すべてのマスタリング作業において言えることです。

それと、テクニカルな面で言えば、通常、ボーカルを真ん中に置いた場合、スピーカーで適正な距離で聴いている場合は少し前の方で聴こえて、ヘッドホンでは自分の近くで歌っていると感じます。

これが『360 Reality Audio』化した場合、ヘッドホンでもスピーカーで聴いているのと同じように聴こえてくるので、それがいつもヘッドホンで聴いているのと違うという違和感になることもあるかもしれません。そうした印象を与えないように楽曲が持っているイメージを大切にしながら、バランスを取る必要はあるなと考えています。

鈴木:従来は、立体音響というと映画やゲームなどの映像コンテンツが主流でした。しかし、『360 Reality Audio』は音楽にもその表現の可能性を広げてくれます。既存のステレオ録音で作られた音を意識しつつも、新しい表現として多くの方に受け入れてもらえるように、我々も挑戦はしていかなくてはいけないですね。『360 Reality Audio』では時に大胆と思えるぐらい、おもしろいことにもトライできたらと思います。

──レコードから出発してカセットテープ、CD、MD、圧縮音源、ハイレゾと音楽の記録メディアは変遷してきましたが、そのほとんどが今も現役です。そして、レコードやカセットテープの再評価に代表されるように、それぞれの音の特徴を楽しむ多様性の時代が音楽業界にもやってきました。『360 Reality Audio』は、それら既存のメディアと同様に、新しい音楽体験をもたらすものという認識はありますか。

内藤:ステレオレコードの販売がスタートしたのが1950年代後半で、疑似ステレオが出てきたりサラウンドシステムが進化していったことを踏まえると、『360 Reality Audio』はまだ黎明期と言えますよね。

しかし、今後、アーティストやクリエイターが『360 Reality Audio』で音楽を作るたびに、使い方に慣れ、新しいアイデアが生まれ、それがシステムのブラッシュアップにもつながってくる。現時点ではまだカタログも多くはないので、目新しいものという評価かもしれませんが、体験が広がれば、既存のメディアに比肩する音になれると感じています。

鈴木:アナログレコード、カセットテープからCDへの移り変わりを僕らも見ているんですが、当時はCDの音質に対して違和感をおぼえる人も少なくなかったんです。音がクリアと評価されながらも音が硬い、アナログレコードの方がリアルだとも言われていました。きっとモノラルからステレオへと移行する際も同じようなことはあったと思います。

技術の転換期、イノベーションが起こるようなときには、そうした声が今までも挙がっていましたし、それをアーティストやクリエイターが作品の力で変えていくという歴史が繰り返されてきました。だから、『360 Reality Audio』も同じような進化を遂げていくのではないかと思いますし、それだけのポテンシャルを秘めた音楽体験だと思います。ひとつの魅力のある表現の場になることを期待し、我々もお手伝いできればと考えています。

 

ソニー・ミュージックスタジオが『360 Reality Audio』に最適なイマーシブスタジオを開設

 
ソニー・ミュージックソリューションズが運営するソニー・ミュージックスタジオが開設した、『360 Reality Audio』の制作に完全対応するスタジオ。『360 Reality Audio』が実現する球体の360度音楽体験の制作を実現するため、ひとつのスタジオを丸ごとイマーシブスタジオ化。スピーカーをこだわりの球体配置にすることで、制度の高いレギュレーションでのモニタリングが可能になっている。国内でこれだけの装備を整えているスタジオは、現時点でここだけとなる。

従来のライブ盤のイメージを塗り替える音の表現力

──いっぽうで、ライブ音源に関しては立体音場の表現力によって、『360 Reality Audio』の恩恵をすぐに受けられそうですね。

鈴木:それはあると思います。例えば、クラシック音楽のコンサートを再現しようとするなら、指揮者の足元にもマイクを置いて収録するのがおもしろそうですね。どろどろとした低音を下に定位させることで、オーケストラの臨場感をよりリアルに伝えられるでしょうし、天井のマイクで拾った音を上の方に定位させればホールの高さが伝わって、空間の広さを音で体感できるはず。音の分離がクリアで位相感の良い音源が作れるのではないでしょうか。

ポップスやロックのライブもどこに観客側のマイクを定位させるのか、ステージでの演奏をどう配置させるかのセオリーが確立されれば、これまでのライブ盤の印象を塗り替えるような作品ができると思います。今後、ライブのときは、『360 Reality Audio』化を意識してマイクを配置するようになるかもしれません。

──ソニーミュージックグループの視点で考えると、ライブホールのZeppに『360 Reality Audio』収録用のシステムを構築するという考え方もできますね。映像も含めて、ライブを立体音響で追体験する楽しみは『360 Reality Audio』にとっても、今後のエンタメ業界にとっても、大きなコンテンツになっていくような気がします。ライブに対してはアプローチされているんでしょうか。

澤志:Zeppを活用してライブ体験を届ける検討は、是非、ソニーミュージックグループの皆さんと協力して進めたいですね。『360 Reality Audio』のライブコンテンツはどのように収録すれば良いのか、PAに合わせて会場のどこにマイクを設置するのがベストかなど、さまざまなテストが必要だと思います。実際に録音したものを聴きながら、『360 Reality Audio』のライブ音源最適化のノウハウを蓄積していきたいと考えています。

鈴木:これからの収録に先がけて、5.1chなどの旧譜のライブ盤を『360 Reality Audio』用のコンテンツにコンバートしています。ヘッドホンで聴いた場合、ライブ空間のなかにいるような疑似体験ができていると思いますよ。

内藤:会場にいた雰囲気になれるか、なれないかという意味では『360 Reality Audio』は会場にいる雰囲気を作れるフォーマットですね。しかも、ステージの真ん前にいるのか、それとも会場の真ん中あたりなのか、一番うしろにいるのか、そうした状況も再現できる。そこは強みだし、非常におもしろいところですよね。

『360 Reality Audio』から新たなクリエイターの誕生を期待

──さまざまな可能性を感じさせる『360 Reality Audio』ですが、今後の展望について聞かせてください。

澤志:まだまだ始まったばかりなので、これからもっと進化させていくために、クリエイターやユーザーの方たちの声も聞きながら、ブラッシュアップを図っていきたいですね。そして、多くの人に音楽の楽しさと体験としての驚きをご提供していきたいと思います。

それと、コンテンツ制作においても、再生技術においても、両方で自由度が高いフォーマットになっていますので、アーティストが意図する音を余すところなく表現できるようにしていきたいです。ヘッドホンにおけるバーチャライザーの技術はまだまだ向上していきますので、より再現性の高い臨場感を創出できるように技術を磨いていこうと思います。

鈴木:今回の取材を受けているこの場所が、『360 Reality Audio』の制作環境としても、視聴環境としても、国内では現状ベストのスタジオです。この場所で聴いたリアルな音場感と鳴りをそのままリスナーに届けられるようになると良いですね。

デバイスの進化も同時に求められると思いますが、『360 Reality Audio』は音の実在感をありのままに伝えられる技術だと思います。この音にクリエイティビティを刺激された従来とは異なる表現力を持ったクリエイターの登場にも期待しています。

内藤:通信環境や技術が進化すればリアルエンコーディングも可能になるでしょうから、ライブを収録するのではなく、生中継で『360 Reality Audio』のライブを自宅で楽しむなんてことができるようになると良いですよね。

これは音楽ライブに限ったことではなく、スポーツや演劇にも応用できるのではないでしょうか。エンタテインメントの価値を一気に高めるポテンシャルを『360 Reality Audio』は持っていると思うので、さらなる進化を楽しみにしたいですね。

 

文・取材:油納将志
撮影:冨田 望

関連サイト

360 Reality Audio公式サイト
https://www.sony.net/360RA
 
360 Reality Audio デベロッパーサイト
https://www.sony.co.jp/Products/360RA/licensing/
 
ソニー・ミュージックスタジオ公式サイト
https://www.sonymusicstudio.jp/s/studio/?ima=1407

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