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担当者が語る! 洋楽レジェンドのココだけの話

TOTO【前編】「『TOTO IV~聖なる剣』は、あの時代にみんなが目指した音楽の総決算であり最高峰」

2021.07.01

世界中で聴かれている音楽に多くの影響を与えてきたソニーミュージック所属の洋楽レジェンドアーティストたち。彼らと間近で向き合ってきた担当者の証言から、その実像に迫る。

今回のレジェンドは、1978年にデビューアルバム『TOTO(宇宙の騎士)』を発表して以来、メンバーチェンジなどの変遷を遂げながら現在も精力的に活動をつづけるバンド、TOTO。6月25日に、昨年コロナ禍で開催されたオンラインライブ『ウィズ・ア・リトル・ヘルプ・フロム・マイ・フレンズ』を収録したライブ音源&映像と、さらに現在の中心メンバーである、スティーヴ・ルカサーとジョセフ・ウィリアムスそれぞれがソロアルバムを発表するなど、存在感を示しつづけている。そんな彼らを2011年から担当している、ソニー・ミュージックジャパンインターナショナル(以下、SMJI)佐々木洋に、バンドの魅力や過去に目撃したメンバーの素顔を聞く。

前編では、名作アルバムと名高い『TOTO IV~聖なる剣』で世に知らしめた彼らの音楽性や、名ギタリスト、スティーヴ・ルカサーをはじめとするメンバーの素顔に触れる。

TOTO

1977年、米国・ロサンゼルスの人気スタジオミュージシャンだったデヴィッド・ペイチ、ジェフ・ポーカロを中心に正式に結成。1978年にデビューアルバム『TOTO(宇宙の騎士)』を発表。初の全米1位ヒット曲「アフリカ」を収録するアルバム『TOTO IV~聖なる剣』(1982年)は、現在も名盤として語り継がれている。以降、メンバーの変遷を経て2008年に活動休止。2010年に、難病を患うメンバーのマイク・ポーカロへのチャリティで、期間限定でヨーロッパツアーを行なう。その後活動を再開し、2011年と2014年に来日公演を開催、2015年にはアルバム『TOTO XIV~聖剣の絆』をリリース。2019年にはデビュー40周年を記念した来日公演を含むワ-ルドツアーを行なうなど、継続的に活動している。現在の中心メンバーは、(写真左より)スティーヴ・ルカサーとジョセフ・ウィリアムス。

  • 佐々木 洋

    Sasaki Hiroshi

    ソニー・ミュージックジャパンインターナショナル

「バンド名をトイレから取った」と言ったのはギャグだった

──TOTOの歴史を辿りながらグループの魅力に触れていきたいと思うのですが、まずTOTOの結成の経緯、グループの特徴について聞かせてください。

TOTOは、AORの雄、ボズ・スキャッグスのアルバム『シルク・ディグリーズ』(1976年)のレコーディングに参加した、売れっ子セッションミュージシャンのジェフ・ポーカロ(ドラムス)、デヴィッド・ペイチ(キーボード)、デヴィッド・ハンゲイト(ベース)の3人に、スティーヴ・ポーカロ(キーボード)、スティーヴ・ルカサー(ギター)、ボビー・キンボール(ボーカル)が加わって、1977年に結成されたというのが世の中的に知られてる経緯だと思います。いわゆるLAの超腕利きスタジオミュージシャンの集団ですよね。

初期のTOTO。(写真左から)スティーヴ・ルカサー、デヴィッド・ハンゲイト、ボビー・キンボール、スティーヴ・ポーカロ、デヴィッド・ペイチ、ジェフ・ポーカロ

ただ紐解くと、デヴィッド・ペイチはお父さんがジャズミュージシャン兼作編曲家で、ジェフ・ポーカロのお父さんもジャズドラマーで、ハリウッド近郊に住んでいた10代前半のころから、彼らは友達だったんです。ふたりがクールなスクールバンドをやっていたんですが、そんな兄貴たちに憧れて、ジェフの3歳下の弟、スティーヴ・ポーカロとその同級生のスティーヴ・ルカサーも一緒にバンドをやっていた。その2組が合わさってできたのがTOTOなんです。

──セッションマンが組んだバンドというとドライな印象を受けますが、実は幼なじみが全員凄腕ミュージシャンになり組んだバンドとなると、一気にドラマチックな印象が増します。バンド名の由来の話で、昔、日本のトイレで見たメーカー名の“TOTO”がきっかけみたいな噂がまことしやかに流れていましたが。

東洋陶器という住宅設備機器などのメーカーで、TOTOという名称は日本では親しみがありますが、本当は『オズの魔法使い』に出てくる犬のトトにちなんでつけられたそうです。来日当初にバンド名の由来を聞かれて、ギャグ的に「トイレから取った」って言ったのが本当のことのように広がっちゃったらしいです。

──(笑)。では、TOTOのアルバムに触れながら歴史を辿っていきましょう。まずは、1978年のデビューアルバム『TOTO(宇宙の騎士)』についてです。

アルバム『TOTO(宇宙の騎士)』(1978年)

『TOTO(宇宙の騎士)』は、1曲目の「子供の凱歌」がいきなりインストなんです。そんなプログレッシブロックっぽい要素がありながら、デヴィッド・ペイチのソウルやR&Bの素養がいかされたアルバムになってます。あと、ジェフ・ポーカロを中心としたリズムセクションのグルーヴ感は、TOTO独自のものですよね。楽曲はポップだけどクロスオーバー感がある。それは当時すごく斬新だったと思います。日本では、「すごいグループが出るぞ」って早くから話題になってたみたいです。

──「子供の凱歌」はアメリカンハードプログレで、曲調の勇ましさから今もスポーツ番組のBGMなどでよく聴きますし、同じく収録曲の「ジョージー・ポージー」はR&Bクラシックですし、シングル「ホールド・ザ・ライン」もヒットし、いきなり1作目で才能爆発の盛りだくさんな感じがします。

「ホールド・ザ・ライン」

ファーストアルバムで既に、その後何十年にもわたる活躍をするTOTOの音楽性は提示されてたんですよね。ただ、ジャンル付けするのが難しかったと思うんですよ。そのあと、セカンド、サードあたりでは、ルカサーが前面に出たような感じもあって、1980年代頭に世界的に流行っていた、ギターをメインにしたプログレハードロック的な面がフィーチャーされています。

──セカンドアルバム『ハイドラ』収録の「99」もメロウチューンの名曲ですし、確かに、初期のころのバンドの多様性は、逆に聴き手にはどんなバンドか掴みきれないところはあったかもしれないですね。

「99」

そうなんですよ。なのでアメリカでは大きなブレイクにはつながっていなかった。それで彼らも覚悟を決めて、ファーストに立ち返ったような感じで『TOTO IV~聖なる剣』(1982年)を作ったんです。

アルバム『TOTO IV~聖なる剣』(1982年)

──結果、大ヒットアルバムになりましたね。

『TOTO IV~聖なる剣』は、あの時代にみんなが目指した音楽の総決算であり最高峰じゃないですかね。楽曲も粒揃いだし、めちゃくちゃ耳障りは良いけど実際の演奏ではすごいことをやってる。日本のプレイヤー系気質の人が聴いてもヤバいぞってなったんじゃないかと思います。技術点、芸術点、ポップ点、すべてが満点って感じのアルバムですね。結果的に特大ヒットを記録し、グラミー賞でも主要6部門を受賞しました。

『TOTO IV~聖なる剣』プラチナディスクの前での記念ショット。

シングルカットされた「アフリカ」が全米1位に

──ちょうどMTV時代幕開けのタイミングで、ミュージックビデオも話題になった「ロザーナ」「アフリカ」というヒットシングルが生まれました。

個人的な話をすると、僕は「ロザーナ」が好きですね。スティーヴ・ポーカロのシンセサイザーソロが超好きです。そこからルカサーのソロに入っていく流れも最高です。この曲に限りませんが、TOTOは独特なグルーヴ感があるバンドで、当時のほかのポップバンドに比べるとメロディに隙間があると言いますか。隙のあるメロディから、サビとかブリッジになると急に流麗になるんですよね。

「ロザーナ」

──確かにAメロBメロは控えめで、サビで盛り上がり、間奏が一番きらびやかだったりします。

楽器だけのパートが、ほかのバンドにはない、絵が見えるようなアンサンブルになっているんです。演奏のテクニックを見せつけつつ、盛り上がるソロがドンと入ってくる。そこが、一般のリスナーもプレイヤー系の人も反応できたところなんじゃないかなと思います。「ロザーナ」は全米1位にはならなかったけど、そのあとシングルカットされた「アフリカ」が1位になりました。

──「アフリカ」はTOTO最大のヒット曲になりました。

「アフリカ」

今聴くと、すごくぼんやりしたアフリカ観の歌ですけどね(笑)。当時の西洋から見たアフリカの空気感を想像して書いた、みたいな感じがします。スティーヴ・ポーカロのシンセの浮遊感とか、パーカッションのプリミティブなグルーヴ感とか、未知の世界へ誘導される感じは良かったですね。

『TOTO IV~聖なる剣』リリース時のアーティスト写真。

──ただ、当時は時代のヒット曲という感じで、こんなにも後世まで受け入れられる曲になるとは思いもしなかったです(笑)。

そうですよね(笑)。先日ジョン・メイヤーの新曲「ラスト・トレイン・ホーム」が発表されたんですけど、これがすごく「アフリカ」っぽいんです。

ジョン・メイヤー「ラスト・トレイン・ホーム」

キーボードを弾いてるのがグレッグ・フィリンゲインズで、パーカッションがレニー・カストロっていう、TOTOのレコーディングやライブを支えた有名なミュージシャンなんですよ。リファレンス感、すごいです。

2010年代後半ころから再評価されるようになった

──ヒット曲に恵まれたTOTOも、1990年代、2000年代に入ると揶揄の対象になったりしました。

2000年代半ばにはヨットロック(AORやウエストコースト・ロックなどのさわやかで洗練されたサウンド。最初は“ヨットに乗るような若手エリートが好みそうな音楽”という皮肉が込められていた)と言って、ちょっと笑い者にするような感じで取り上げられていました。

ただ、当時は揶揄の対象だった1980年代の音楽が、「今聴くと良いね」って再発見されるようになっていき、その音楽に若い人が反応した。少し前のヴェイパーウェーブ、ディスコ・ブギーの流れがあって、2010年代後半くらいからTOTO的な音楽のかっこ良さが再評価されるようになっていきました。それで、まさに今、「『TOTO IV~聖なる剣』の世界、すごい」ってなってるのかなと思いますね。

──「アフリカ」は、2018年にウィーザーがカバーしましたね。若干ネタ的なところはありましたが、あの曲でウィーザーもTOTOも改めて人気に火がついた感じはあります。これはあらゆる音楽に当てはまりますが、時代を経ると余計な情報がなくなって、音楽そのものの良さが浮き彫りになるということがあります。

ウィーザー「アフリカ」

なので、近年のTOTOのライブには、当時はゴリゴリのとんがった音楽を聴いていたおじさんたちも多く来てるんです。昔は「こんなヤワな音楽聴くか」って感じだったけど、当時ラジオとかで聴いていて実は良い曲だなと思ってたという人たちが、30~40年経ってライブにいっぱい来るようになっているんですよね。

スティーヴ・ルカサーは素直でまっすぐ、純真で正直

──その話にちょっと通じますが、スティーヴ・ルカサーはすごいギタープレイヤーではあるんですが、いわゆるハードロック、ヘビーメタル系のギタリストとはまた違う立ち位置にいます。それこそヤワで下に見られるというか、同じ凄腕ギタリストでも、ちょっと別枠で見られることが多いです。

1980年、初来日公演でのスティーヴ・ルカサー。

確かに。明らかに彼もスーパーギタリストなんですけど、いわゆる日本で言うハードロック、メタル系のギターヒーローとも違うし、アメリカの『ローリングストーン』誌とかに出てくるようなギターレジェンドとも違うし、独特の立ち位置にいますよね。やっぱり、セッションミュージシャンのイメージが前面にあるからなんですかね。

──多くのヒット曲に貢献してるすごいギタリストであるのは間違いないんですが。

そうしたことを、本人は別の言い方をしてましたよ。彼がレコーディングに呼ばれてスタジオに行くと、ラフなコード表を渡されて、「自由にやってみて」って言われることが多かったそうです。なので彼は「自分はアレンジや作曲にすごく貢献してるのに全然クレジットされない、だから曲が大ヒットしても印税が入ってこない」って文句言ってました。

──いわゆる取っ払いの契約だったと。

プレイに対しての契約だから、彼のインスピレーションで演奏したアレンジやフレーズに対してはクレジットされないんですよね。

──“作曲やアレンジで参加”というのと“ギターで参加”では、リスナーの受け取るイメージも相当違いますね。

そういう仕事が多いので、例えばキース・リチャーズ(ザ・ローリング・ストーンズ)のようなレジェンドバンドのカリスマギタリストといったイメージは彼にはないんですよね。ギターレジェンドとして今後もっと評価されていく可能性はありますが。

──腕利きという意味では、亡くなったジェフ・ポーカロも、すごいドラマーとして今でも賞賛されています。

1980年、初来日公演でのジェフ・ポーカロ。

いろんなアーティストが、「ジェフみたいなドラマーはいない」って言いますね。人望もすごくあって、バンド内のカリスマ性も高かったようです。僕がTOTOの担当になったのは2011年で、ジェフは1992年に他界しているので会ったことはないんですが。

──佐々木さんは、TOTOのメンバーと直接会う機会が結構ありましたか?

はい。TOTOは2008年に1度解散して、その後マイク・ポーカロの闘病支援のために2010年に再結成したんです。2011年のツアーから僕が担当しているので、以降、来日するたびに会ってます。なので、デヴィッド・ペイチ、スティーヴ・ルカサー、スティーヴ・ポーカロ、あとジョセフ・ウィリアムスには会う機会が多かったです。

──本人たちの印象を聞かせてください。

TOTOに会うと、やっぱりルカサーの印象が強いです。中2のやんちゃな男の子がそのまま大人になったみたいな感じの人で。ほんとに子供みたいな感じがしますよ(笑)。わがままに取られることもあるけど、本当に素直でまっすぐ、純真で正直な感じですね。感情の起伏も激しくて、今日は気分が良いんだなとかすぐわかるタイプです。インタビューでも超ハイテンションのマシンガントークなので、初めてインタビューされる方は面食らいます(笑)。

スティーヴ・ルカサー

──スティーヴ・ルカサーの印象的なエピソードを挙げるとすると?

これは今回の再始動にも関わってくる話なんですけど、前回デビュー40周年で来日したのが2019年で、そのときのツアーが近年のなかでも最高のステージだったんです。ただ、ルーク(ルカサーの愛称)がバックステージで結構ピリピリしてたんです。いつもなら「ウェ~イ」って感じの人なんですけど、そういうノリもなく。

そのときにあるプロモーション施策の打診をしたんですが、その打ち合わせでさらに機嫌の悪さがヒートアップしてきて、すごい剣幕で罵詈雑言をまくし立てられたんです。それでそのときに同行していた別のスタッフが、突然のことに驚いてちょっと泣いてしまって。

──それはまさに背筋が凍るような瞬間です。

でも、そのスタッフの姿を見て、それまで激昂していたルークがハッと我に返り、「君たちがどんな気持ちになるか考えずに自分の感情のままに暴走してしまって申し訳ない」って、急にトーンダウンして謝ってくれたんです。

──彼自身、精神的に参っていた時期だったのかもしれないですね。

これはあとでわかったことなんですが、ちょうどバンド内の歪みが出てきてたころで、彼もいろいろと悩んでいたそうなんです。僕らとしても、TOTOの40周年を日本のファンと一緒に盛り上げるためにやっていたことがうまく伝わらず、誤解されたところもあったので、その翌日、我々が手掛けた施策を事細かにまとめて彼に見せたんです。そしたら「日本のファンとスタッフがこんなに自分たちのために頑張ってくれてるのに、ちゃんと認識できてなくてほんとにすまない」と改めて言ってくれて。

それ以前も良い関係だったんですけど、それ以降、より近い関係になりました。「なんでもプロモーションは協力するから、オレに直接連絡してくれ」って言ってくれてます。2019年にリンゴ・スターの公演で彼が来日したときも、「ランチおごるからホテルに来なよ」と呼んでくれて。そういうタイプの人なんですよ。正直あのときはびっくりしましたけど、ほんとに憎めない人です。自分の感情にまっすぐで純粋な人、そして天才ですね。

 
後編へつづく

文・取材:土屋恵介

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関連サイト

公式サイト
https://www.sonymusic.co.jp/artist/Toto/
 
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