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担当者が語る! 洋楽レジェンドのココだけの話

TOTO【後編】「スティーヴ・ルカサーにとってTOTOは大切な“ダチ”なんです」

2021.07.02

世界中で聴かれている音楽に多くの影響を与えてきたソニーミュージック所属の洋楽レジェンドアーティストたち。彼らと間近で向き合ってきた担当者の証言から、その実像に迫る。

今回のレジェンドは、1978年にデビューアルバム『TOTO(宇宙の騎士)』を発表して以来、メンバーチェンジなどの変遷を遂げながら現在も精力的に活動をつづけるバンド、TOTO。6月25日に、昨年コロナ禍で開催されたオンラインライブ『ウィズ・ア・リトル・ヘルプ・フロム・マイ・フレンズ』を収録したライブ音源&映像と、さらに現在の中心メンバーである、スティーヴ・ルカサーとジョセフ・ウィリアムスそれぞれがソロアルバムを発表するなど、存在感を示しつづけている。そんな彼らを2011年から担当している、ソニー・ミュージックジャパンインターナショナル(以下、SMJI)佐々木洋に、バンドの魅力や過去に目撃したメンバーの素顔を聞く。

後編では、メンバーのパーソナリティが垣間見える来日時のエピソードを振り返りながら、近年のTOTOの活動について語る。

TOTO

1977年、米国・ロサンゼルスの人気スタジオミュージシャンだったデヴィッド・ペイチ、ジェフ・ポーカロを中心に正式に結成。1978年にデビューアルバム『TOTO(宇宙の騎士)』を発表。初の全米1位ヒット曲「アフリカ」を収録するアルバム『TOTO IV~聖なる剣』(1982年)は、現在も名盤として語り継がれている。以降、メンバーの変遷を経て2008年に活動休止。2010年に、難病を患うメンバーのマイク・ポーカロへのチャリティで、期間限定でヨーロッパツアーを行なう。その後活動を再開し、2011年と2014年に来日公演を開催、2015年にはアルバム『TOTO XIV~聖剣の絆』をリリース。2019年にはデビュー40周年を記念した来日公演を含むワ-ルドツアーを行なうなど、継続的に活動している。現在の中心メンバーは、(写真左より)ジョセフ・ウィリアムスとスティーヴ・ルカサー。

  • 佐々木 洋

    Sasaki Hiroshi

    ソニー・ミュージックジャパンインターナショナル

TOTOのメンバーはハートフル

──TOTOはデビュー以来、日本で高い人気を誇っていますが、近年も2011年、2014年、2016年、2019年と頻繁に来日していますね。

2019年2月20日に行なわれた日本武道館公演より。

そうなんです。良いエピソードがあって、2014年の来日公演に、1980年の初来日のときにソニーミュージックの洋楽セクションでTOTOの担当ディレクターをしていた“リョウ”さんを招待したんですよ。本人は、「もう30年以上前のことだし、メンバーも僕のことを覚えてないだろうから楽屋に行くのはどうだろう?」って心配されてたんです。それが、ライブが終わって楽屋の通路に一緒に行ったら、一番奥のドアからデヴィッド・ペイチが出てきて、こちらを見た瞬間に表情が変わって、「リョウだ!」って。次々に「リョウが来てるぞ!」ってメンバーみんなが楽屋から出てきたんです。リョウさんも感動して涙ぐまれてましたね。

1980年代初頭は、来日するのもまだ特別なことだったと思うし、初来日時に担当してくれた人のことはアーティストも忘れないんだなって思いました。ハートフルな彼ららしい、素敵な出来事でした。

1980年、初来日時のスナップショット。

──それは良い話ですね。メンバーにはどんな印象がありますか。

脱退した今もTOTOの中心にあるのは、やっぱりデヴィッド・ペイチなんですよ。見た目のまんま、どっしりとしてる感じです(笑)。

デヴィッド・ペイチ(2018年)

ジョセフ・ウィリアムスは1986年から1988年までボーカルを務めて、2010年の再結成時に再加入したんです。2011年のツアーでは、(スティーヴ・)ルカサーの様子を見ながら甲斐甲斐しくサポートするという感じでした。基本的に「ルーク(ルカサーの愛称)とペイチがOKなら」と言って、そこまで表に出ることもなくて。最年少として先輩を立ててる感じがありましたね。

スティーヴ・ポーカロは、シンセサイザーなどの新しい機材に詳しく、勉強熱心で、実際に会うと学者さんみたいな雰囲気の人。インテリ感があるんです。まさに大学の教授みたいな感じですね。

スティーヴ・ポーカロ(2018年)

なので、弟分っぽいジョセフ、学者っぽいスティーヴ、みんなのクッションみたいなペイチがいて、そのなかでルークがやいやい言ってる感じですね。

ジョセフ・ウィリアムスの加入でTOTOの“歌”が安定

──話をアルバムの流れに戻すと、1982年の『TOTO IV〜聖なる剣』でブレイクしたあとボーカルのボビー・キンボールが脱退し、ボーカルメンバーも流動的になっていきますよね。

アルバム『アイソレーション』(1984年)でファーギー・フレデリクセンがボーカルを務めたんですが、若干迷走したんですよ。彼がすぐ解雇されて、そのあと1986年の『ファーレンハイト』からジョセフが入るんです。

ジョセフ・ウィリアムス加入時のTOTO。(写真左から)ジョセフ・ウィリアムス、ジェフ・ポーカロ、スティーヴ・ルカサー、マイク・ポーカロ、デヴィッド・ペイチ

ジョセフって絶妙なポップ感、AOR感を持ってるボーカリストで、ジョセフがいるとTOTOの“歌”が非常に安定するんです。ジョセフが入ったTOTOのケミストリーがしっかり出たのが、1988年に発表した7枚目のアルバム『ザ・セブンス・ワン~第7の剣~』です。収録曲の「パメラ」「ホーム・オブ・ザ・ブレイヴ」など、ジョセフは作曲面でも大活躍してますね。

アルバム『ザ・セブンス・ワン~第7の剣~』(1988年)

──当時のTOTOに欠かせない存在になったジョセフですが、実父が映画音楽作家のジョン・ウィリアムス(『E.T.』『ハリー・ポッター』シリーズなど)であることでも知られています。彼についてのエピソードはありますか?

ルークの3歳年下で、もともと彼もハリウッド郊外に住んでた近所の子って感じで、ルークもよく知ってたそうなんです。ジョセフはソロで活動していたときからTOTOの大ファンで、初期メンバーのボビー・キンボールをボーカリストとして尊敬していた。ジョセフが「ボビーはTOTOにおけるショーン・コネリーだ」っていう、うまい例えをしてましたが、それで言うと、ジョセフはロジャー・ムーアといったところでしょうか。

──映画『007』シリーズのイメージを決定づけた、ショーン・コネリーが演じた初代ジェームズ・ボンドのように、TOTOの世界観を構築した功労者がボビー・キンボールで、その後低迷した007人気を回復させたロジャー・ムーアのように、バンドを復活させたのがジョセフ・ウィリアムス、と。ただ、そんなジョセフ・ウィリアムスも1988年に脱退しています。

『ザ・セブンス・ワン~第7の剣~』は完成度が高く、チャート的にも成功した作品ですが、ジョセフは若かったこともあり、ツアー中あまり自己節制ができず遊び回っていたらしいんです。夜な夜なパーティしまくっていたため、ライブパフォーマンスでは持ち味である超ハイトーンボイスが出ず、ジェフ・ポーカロに怒られて、それが原因で当時バンドを解雇された、みたいなホントのようなウソのような話を聞いたことがあります(笑)。

それ以降、TOTOからいわゆるシンガー的なボーカリストがいなくなり、バンド自体もトーンダウンした感じはしますね。1992年にジェフが亡くなり、それを乗り越えてバンドの絆で活動はつづけていたものの、スティーヴ・ポーカロは個人的な理由でツアーに参加できなくなり、ペイチも体調を崩し、ルカサーもモチベーションが保てなくなり、2008年に解散を発表したんです。

──2008年3月のボズ・スキャッグスとの来日公演が、解散前最後のステージになった?

はい。ボズとのジョイントツアーにはボビー・キンボールが参加し、彼が基本的にメインで歌っていたんですが、ゲストボーカリストとして、ジョセフが3曲くらい歌ったんです。僕も観に行ってたんですけど、「ジョセフだ! 太ってる! でもめちゃ声が出てる!」って印象でした(笑)。オリジナルのキーを全然下げずに「パメラ」などを歌ってて感動しましたね。そこからおよそ2年後に、マイク・ポーカロの闘病支援のためにツアーをします、ジョセフがボーカルで、スティーヴ・ポーカロも参加しますという発表があったんです。

──2010年の復活時は、主要メンバーが集まりました。

そうなんですよ。ルーク、スティーヴ・ポーカロ、ペイチ、ジョセフという黄金期のメンバーがほぼ参加したことで、ファンのテンションが変わってきた感じはありましたね。さらに海外ではそのころから、1980年代にAORやウエストコースト・ロックと呼ばれた音楽が注目されたり、シティポップやフューチャーファンクが流行り始めるなど、TOTOが再評価される良い流れもできていました。

──再結成以降のライブ映像を見ると、ジョセフのボーカルがすごく良くて驚きます。初期のボビー・キンボールに思い入れがある人も納得できる歌声ですし、とにかく伸びやかなハイトーンが素晴らしいです。

きっと節制して努力もしたんだと思います。TOTOに戻ったあとも甲斐甲斐しくルークを支え、プロデューサーとしてもいろんなアイデアを出してくる。この数年で、どんどんルークに信用されるようになりました。地元の年下の幼なじみから、信頼する右腕に昇格した感じはすごくありますね。

ジョセフ・ウィリアムス「Liberty Man」(2021年)

TOTOの伝統を守り、過去と未来をつないでいく決意

ライブ『ウィズ・ア・リトル・ヘルプ・フロム・マイ・フレンズ』より。

──順調にライブをつづけていたTOTOですが、2019年に無期限活動休止が発表されました。どういった経緯だったんでしょうか?

正確な経緯はわかりませんが、ルークの最近のインタビューなどから推測すると、ジェフ・ポーカロとマイク・ポーカロの遺族が、バンド名の発案者はジェフなので、TOTOというバンド名で活動するなら我々にもロイヤリティを支払うべきという裁判を起こしたということなのではないかと。ただ、ルークからすると40年もやってきてバンドの絆もあるのに、なんで今さらバンドの名前でこんなことになるんだ? というのが相当なストレスだったようです。判決いかんでTOTOの名前で活動ができなくなる可能性があったので、2019年にバンドは無期限の活動休止をすることになったんです。

──まさに金銭が絡んだ残念な展開だったと。現在はTOTOとして再び動き出したわけですが、そこまでの流れはどうだったんでしょう。

活動休止後、ルカサーとジョセフがそれぞれソロアルバムの制作に取り組み、2020年にジョイントツアーをしようかという話になっていたんだそうです。せっかくふたりでやるならTOTOの曲をプレイしたいという話に当然なりますよね。

それで、現在もTOTOの楽曲の権利を管理しているデヴィッド・ペイチが、ルークとジョセフがツアーするならTOTOって名乗って良いだろうし、曲もやれば良いじゃないかと言ったことで、裁判で遺族への支払いを認める代わりに、TOTOという名前でTOTOの曲を演奏することが許可されたんです。

──裁判も一応の片がつき、デヴィッド・ペイチのお墨付きももらったと。

なので、新たなラインナップでツアーをする形で、TOTOの伝統を守り、過去と未来をつないでいこうと、ルークは決意したんですね。できることを模索していくなかで、コロナ禍になってしまったのも影響があったようです。

──ある意味、コロナ禍で考える時間ができたことで、ルカサーもTOTOを名乗ることの大きさをきちんと汲んで再始動できたということですね。

そうだと思いますね。コロナ禍になり、自分たちが集まってTOTOとして世界に音楽を発信することの大切さが、再始動を飾った2020年11月21日のオンラインライブで表現されていたと思います。

「ティル・ジ・エンド」(ライブ『ウィズ・ア・リトル・ヘルプ・フロム・マイ・フレンズ』 より)

──このライブのラインナップも豪華なメンツですが、スティーヴ・ポーカロが参加していないのがちょっと気になるところではあります。

これは完全に裏話ですが、2019年の日本武道館公演が終わったあと、ルカサーとスティーヴが楽屋にこもったままずっと出てこないことがあったんです。それで、2時間くらいしてようやくふたりが出てきたら、なんとも重たい雰囲気だったんですよ。翌朝、帰国する彼らを見送りにホテルに行ったら、ホテルのカフェにルークがいて、そこにスティーヴがやって来たんです。そしたらふたりがものすごい言い合いを始めて、そばにいたサポートメンバーもマネージャーも“これはヤバい!”って空気で。

そしたら、今にも殴り合いが始まりそうな雰囲気でふたりがグッと近づいたと思ったら、まさかのハグをするっていう。出川哲朗さんと上島竜兵さんのキス芸みたいなオチでした(笑)。そのあとスティーヴがこっちに寄ってきて「ガキのころからこういう遊びをずっとやってるんだ。ビビった?」って言ってきて(笑)。

──幼なじみのイタズラにしては怖すぎます(笑)。

そういう感じだったので、おそらくいろんな話し合いを経てわだかまりは解けたのかなって。

──スティーヴ・ルカサーとスティーヴ・ポーカロのフレンドシップは健在だったんですね。いずれ時間が経ったらまたゲスト参加などありそうですね。

そう思います。TOTOでニューアルバムを作るとなったら、もしかしたら参加するかもしれないですね。

──さて、スティーヴ・ルカサーとジョセフ・ウィリアムスが軸となった新生TOTOですが、先ほど話が出た再始動配信ライブがこのたび『ウィズ・ア・リトル・ヘルプ・フロム・マイ・フレンズ』のタイトルでパッケージリリースされました。

「ウィズ・ア・リトル・ヘルプ・フロム・マイ・フレンズ」(ライブ『ウィズ・ア・リトル・ヘルプ・フロム・マイ・フレンズ』より)

2008年の最初の解散のときに、実は最後に歌った曲がザ・ビートルズの「ウィズ・ア・リトル・ヘルプ・フロム・マイ・フレンズ」だったんです。メンバーの絆が弱まって解散し、そのあとメンバーの闘病を支えるために再結成した。でも骨肉の争いで再び活動休止せざるを得なかったこれまでがある。

でも、今回のラインナップには、ベーシストのジョン・ピアース(ヒューイ・ルイス&ザ・ニュース)だったり、アンコールに参加したデヴィッド・ペイチだったり、昔からの友達がいるわけですよ。それでやったライブの名前が『ウィズ・ア・リトル・ヘルプ・フロム・マイ・フレンズ』です。ルークにとってTOTOっていうのは、大切な“ダチ”なんですよ。なので、今回のタイトルを見て僕はグッときましたね。

初期のTOTO。デヴィッド・ペイチ(後列左)、スティーヴ・ルカサー(後列右)と、ジェフ(前列左)、マイク(後列中)、スティーヴ(前列右)のポーカロ3兄弟。

──これまでの流れを追っていくと、“友情と絆”を大事にするTOTOというバンドの人間味が見えてきました。これからのTOTOの展望などを聞かせてください。

本来であれば2021年に新しいメンバーでツアーをやる予定だったんですが、コロナ禍の影響で延びて2022年から『ウィズ・ア・リトル・ヘルプ・フロム・マイ・フレンズ』同様のメンバーでツアーを行なう予定です。その際には日本にもきっと来てくれると思います。

寄せ集めバンドのように思う人もいるかもしれないですが、本当にすごいミュージシャンが集結しています。例えば人気フュージョンバンド、スナーキー・パピーのスパットが参加してるんですけど、今一番とんがっててかっこ良いとされてるアーティストと、60歳を超えたレジェンド級のミュージシャンが、同じ感性で音楽を奏でている様子もすごいなと思います。

──ライブ映像を拝見しましたが、タフで骨太、かつ繊細なライブ感がものすごく良いですね。

TOTOがデビュー当時から持っていたミュージシャンシップのすごさが、今回のライブにも表われてますよね。オンラインライブなので大きな空間での派手さはないかもしれないですけど、ミュージシャン同士の阿吽の呼吸が間近で見られて、すごく楽しいと思います。近い将来のTOTOのライブへの期待が高まります。

加えて、スティーヴ・ルカサーの『アイ・ファウンド・ザ・サン・アゲイン』とジョセフ・ウィリアムスの『デニズン・テナント』というソロアルバムが同時にリリースされています。この2枚をシャッフルして聴くと、ルーク本人もコメントしているように、TOTOのニューアルバムみたいになります(笑)。ぜひこれらを聴いていただいて、これからのTOTOの活動を楽しみに待っていてほしいと思います。

 

文・取材:土屋恵介

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2020年11月21日に行なわれた一夜限りのオンラインライブを、CD、Blu-ray、DVDとしてパッケージ化。デヴィッド・ペイチも登場。
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関連サイト

公式サイト
https://www.sonymusic.co.jp/artist/Toto/
 
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