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連載Cocotame Series

音楽カルチャーを紡ぐ

50年の時を経て甦る、伝説のピンク・フロイド『箱根アフロディーテ』ライブ映像【後編】

2021.08.04

音楽を愛し、音楽を育む人々によって脈々と受け継がれ、“文化”として現代にも価値を残す音楽的財産に焦点を当てる連載「音楽カルチャーを紡ぐ」。

今回は、ブリティッシュロック界を代表するバンドのひとつ、ピンク・フロイドの初来日公演であり、日本で開催された初の本格的野外ロックフェスティバル『箱根アフロディーテ』の映像を紹介する。8月4日リリースの『原子心母(箱根アフロディーテ50周年記念盤)』にパッケージされたBlu-rayに、このほど発掘された同フェスでのピンク・フロイドのライブ映像を収録。幻と言われたこの映像が発見され、ファンの手元に渡るまでの秘話、そして今、この作品が世に出される意義を、制作担当であるソニー・ミュージックジャパンインターナショナル(以下、SMJI)の白木哲也に聞く。

後編では、商品化に漕ぎつけるまでの紆余曲折や、文化的遺産を後世に伝える重要性を語る。

 

  • 白木哲也

    Shiroki Tetsuya

    ソニー・ミュージックレーベルズ
    ソニー・ミュージックジャパンインターナショナル
    マーケティング2部 ゼネラルマネージャー

『箱根アフロディーテ』

 
1971年8月6、7日に、神奈川県・箱根芦ノ湖畔にて開催された、日本初の本格的野外ロックフェスティバル。主催はニッポン放送。これがピンク・フロイドの初来日公演でもあり、5thアルバム『原子心母』のタイトル曲が演奏された。

「音源分離技術」でサウンドのクオリティをアップさせた

『原子心母(箱根アフロディーテ50周年記念盤)』(2021年8月4日発売)

──(前編からつづく)映像がメインとは言え、当然サウンドのクオリティは大事ですよね。

映像のクオリティはピンク・フロイド側も喜んでくれて、商品化できそうだなっていう感触を得たんです。でも、音がダメだと。音源を彼らが望む形にできないと、発売できないという話になったんです。サウンドにこだわるアーティストだから当然なんですけどね。もともとフィルムに入っていた音源は、会場の音がかなり入っていたのと、音質的にも厳しいものだったので、完全にNGが出ていました。その後、「これぞ」と思った別のバージョンの音源も送ったのですが、それもNGで。

そこから、ありとあらゆる音源を探して、ピンク・フロイド側へ送ったのですが、途中で「これではピンク・フロイド・クオリティじゃないから、別の国のライブ音源に差し替える」という話になって……。それだけはやめてくれと思い、「今回は日本人の心に響くものを作りたいから、箱根の音源を入れないとダメ、頼むからお願い」と粘りに粘りました。そしたら、最終的な判断はデヴィッド・ギルモアに委ねるという話になり、そこで連絡が途絶えて、「これはもうダメかもな……」と思っていたところへ、「これなら使って良いよ」という音源が送られてきたんです。

それでようやく、そのピンク・フロイド側が一番良いと思った音源をベースに、クオリティを上げていく作業に移行できました。以前もピンク・フロイドの作業をしてもらった乃木坂スタジオのサウンドエンジニアに相談して、何度も何度も作ってもらいました。そのなかで、「音源分離技術」というものを知ったんです。

──「音源分離技術」とはどういったものなんですか。

AIを使って、音源から不要なノイズを取り除いたり、音楽からボーカルや特定の楽器のパートだけを抜き出したりすることを可能にするソニーの技術なんですが、もともとうちのクラシックで、グレン・グールドのピアノを抜き出して石丸幹二の朗読を乗せた企画(グレン・グールド&石丸幹二『R.シュトラウス:イノック・アーデン』)があって、それで「音源分離技術」ってすごいなっていうのは知っていました。

今回は、音源の音質上、一つひとつの楽器や歓声などを完全に分離するのが難しく、ノイズを取ったり、目立つオーディエンスの声を消したりするのが主な作業でしたが、それでもかなりトリートメントできてクオリティは向上し、ついにピンク・フロイド側から許諾がでたんです。

──あらゆる困難を乗り越えたんですね。映像も音も今だからこそ出せた作品という印象です。

本当にそうなんですよ。技術ももちろんですが、どのレコード会社でもありがちなのが、昔のフィルムとかビデオとか、もう見られないものは捨てちゃいましょうよって話になることが多いんです。誰かの家にあるフィルムでも、家族が捨てたとかよく聞く話じゃないですか。今回のピンク・フロイドのフィルムは、長年にわたってたくさんの人が何度も探してきたのに見つからなかったものが、偶然僕の知り合いの知り合いの方が大事に持っていて、ここ日本に残っていたという……。とんでもない確率というか、奇跡的ですよね。

さらに言うと、ピンク・フロイドのファンである僕が担当しているタイミングだったというのも良かったと思うんです。まったくピンク・フロイドに興味がない人に話が来ていたら、そのフィルムに価値を見出せなかった可能性もありますし、何はともあれ、こんな面倒な交渉なんてやりたくないでしょうしね(笑)。すごい偶然が重なって重なって実現できたっていうのは感じますね。長年ディレクターをやっていると、こういうことってあるんだなってつくづく思いました。まさに人と人とのつながりというか、出会いというか。普通だったら諦めちゃうけど、突き動かされる何かがあったんですよ。フィルムに込められた呪いみたいなものかも(笑)。

50年前のパッションや空気感までも感じられるドキュメンタリー

『箱根アフロディーテ』ステージ全景。

──レストアされた映像は、ライブシーンだけでなく、50年前の日本の姿も見ることができて、とても興味深い内容になっています。

既に編集済みの映像で、ほかの素材は残っていなかったんですが、それでもすごく良いものになっているなと思います。ライブの映像だけでなく、ピンク・フロイドが来日したときの空港の様子や記者会見、新幹線に乗るところ、それに箱根登山鉄道、芦ノ湖など、50年前の日本の風景も映されているんです。

意外だなと思ったのが、日本初の野外ロックフェスなのに、見え方が意外と今のフジロックとかと変わらないんですよね。もちろん、人々のファッションは違うけど、醸し出される雰囲気が同じなのが面白かったです。

──ちょっとしたことですが、ニック・メイスンがカレーを食べてるシーンを見て、やっぱり野外フェスではカレーを食べるんだなと思いました(笑)。

確かにそうですね(笑)。このフィルムが良いのは、単に「原子心母」を演奏しているピンク・フロイドのライブパフォーマンスだけが1曲まるまる映っているのではなく、50年前の日本のパッションや空気感までも映り込んでいるように感じられるところ。素晴らしいドキュメンタリーになっていると思います。

あと、今回初出しの『スコット&ワッツ』というボーナス映像が収録されています。ロードマネージャーのブライアン・スコットと、サウンドエンジニアで、女優のナオミ・ワッツのお父さんでもあるピーター・ワッツのことで、撮影者が彼らと仲良くなって、同行撮影をオッケーしてくれたところから生まれた映像なんです。長さは3分くらいのものですが、撮影者からスコットとワッツへのお礼の意味を込めて作られた映像になっています。

ボーナス映像『スコット&ワッツ』より。

──こちらも、現場の裏の状況がよくわかるものになってますね。

そうなんです。イベント前日に大雨が降って、ピンク・フロイドの機材車がぬかるみにはまって動かなくなり、みんなで押してブルドーザーで引っ張ったという話だけは聞いたことがあったのですが、それを動いてる映像で見るのは初めてでした。そこに映ってる現地の作業者が、これまた良い表情をしてるんですよ。

あと、ステージ制作の模様も映っています。このステージ、木材で組んでいるんですよね。今じゃありえないですから(笑)。それくらい、初めてのロックフェスで知識もマニュアルもない状況で行なわれたんですよ。雨が降ったらどうするかとか、どうやってお客さんを箱根に運ぶのかとか、今みたいに便利な世の中じゃないときにまったくゼロから作り上げていった。そこに突発的な嵐が来て車が動かなくなり、その場でいろんな人たちが機転を効かせて作業していったという、かなりドラマチックな話なんです。そういう50年前の日本人のパワーが感じられるのも、すごく良いですね。

──2本合わせても決して長い映像ではないですが、それでも、映画『ウッドストック/愛と平和と音楽の三日間』のミニ日本版みたいな、濃い内容になっています。

『箱根アフロディーテ』自体、もともとニッポン放送の担当者が『ウッドストック』と『モンタレーポップフェスティバル』みたいなことを日本でもやろうよってところから始まっているんです。

面白かったのが、今回の一連の作業のなかでニッポン放送が当時作った最初の企画書が発見されたのですが、そのなかで高度経済成長期の社会的背景や公害について言及していて。そうした都会から離れて、自然のなかで、ロック、フォーク、ジャズ、プログレなど、さまざまなジャンルの音楽を自由に楽しもうっていうことが書かれていました。

『箱根アフロディーテ』について調べていくにつれ、フェスをやろうと英断した人、成し遂げた人もすごいけど、今まで語られてこなかった50年前の人たちの英知で困難を乗り越えた様子がすごく感じられました。それについてまとめたものは、購入者特典のデジタルブックレット『追憶の箱根アフロディーテ1971』で見ることができますから、それもぜひ読んでいただきたいです。

文化的遺産になりうる昔の音源や映像はまだまだ残っているはず

──白木さんが今回の作業を通じて感じたことを、改めて聞かせてください。

すごく根本的な話をすると、もともとこのフィルムがなんのために撮られたのか、誰にもわからなかったんです。それが、今回撮影した方に直接お話を伺って、洋楽が大好きで映像も好きな日本の若者たちが、初めてのロックフェスでクルーと仲良くなって、撮らせてもらった映像だったことがわかった。つまり、レコード会社やマネジメントから依頼されたものではなく、一応許可はもらっているけど、自分たちが好き勝手に撮った映像だったんですよ。

しかも翌年、ピンク・フロイドが2回目の来日をしたときに、ホテルの小さな部屋で上演会をして、ご一行様全員で見たそうなんです。そのときの写真も発見されて、ブックレットに掲載していますが、これも初めて知った事実でした。それで当時としては完結していたものだったんです。フィルムをピンク・フロイド側が持ち帰ったわけでもなく、そのあとの消息はわからなくなっていた。

上映会の様子。特典のスペシャル・ブックレットより。

そのフィルムが50年後に世に出てきたというのはすごくロマンがありますし、作品として残すことができ、多くの日本のファンの皆さんが見ることができるようになったのは、すごく価値があることだなって思います。

僕は20数年洋楽ディレクターをしてきましたけど、初めて意義のある仕事ができたかもしれないというぐらいに思っています。自分で言うのもなんですけど、日本の洋楽の歴史のために少しは役に立てたのかもしれない。

──今回の一連の動きは、貴重な音楽の文化遺産を後世につないでいくことだったと思います。こういった動きは、レコード会社の役割としても、今後大きなものになっていくような気がします。

それはすごく感じますね。こういうことって、これからもっと起こりうると思っています。実際、今回の商品を発表したあとの反響がものすごくて、CDの予約枚数が、今まで経験したことないくらいの数になっています。日本人の琴線に響くものを世に出していくことの重要性を感じました。

また、今回映像の一部を公開したことで、主催したニッポン放送も知らなかった、『箱根アフロディーテ』のパンフレットのイラストを描いた人が判明したり、新たな発見が続々と出てきたりしているんです。

『箱根アフロディーテ』パンフレット(復刻版)

──既に発掘の連鎖が起きていると。

今後もそうやって繰り返されていくのかなって思いますね。今回やって驚いたことは、昔の音源や映像は、やっぱりあるところにはあるんだなってことですね。今回の映像は本当に文化的遺産だと思うので、これほど希少価値の高いものがそう簡単に発掘されることはないと思いますけど、最低限レコード会社にあるアーカイブはきちんと調べなきゃいけないと改めて思いましたね。それで発掘できたら、ビジネスにもつながると思うんです。

それに、昔使っていたテープなど、劣化してしまうものもありますから、次の世代に残すために、できる限りデジタル化しておくべきですね。ただ、デジタル化がすべて良いかと言ったらそうではなくて、今回、なんでここまでクオリティの高いものにできたかと言うと、元が16ミリフィルムだったからなんです。というのも、メディアって時代ごとに変わっていくじゃないですか。

──そのときどきで新しい技術も出てきますしね。

なので、デジタル化しつつ元の素材も残していかなければならないんだろうなと。物量は増えるけど、そういうことが大事だと思いますね。今回に関しては、撮影者が16ミリのフィルムを捨てないでいてくれたこと、それを然るべきところでちゃんとアーカイブ化できたこと、あらゆる面で素晴らしい偶然が重なりました。あとは、3年以上の苦労がようやく報われて良かったなと(笑)。

何度も言ってしまいますが、ほんとにピンク・フロイドは道理が道理で通らない、最もハードルの高いアーティストで、日本独自企画の実現なんて、夢にも思わないバンドなんです。今までほかのレコード会社でもできなかった日本独自企画をソニーミュージックでできて、しかも歴史的に意味のある素晴らしい作品ができて、いち担当としても、いちファンとしても、とてもうれしいです。

 

文・取材:土屋恵介
『箱根アフロディーテ』ライブ写真:Photo by Noriaki Nagaya

最新情報

『原子心母(箱根アフロディーテ50周年盤)』【完全生産限定盤】

CD+BD2枚組 7インチ紙ジャケット仕様+5大特典封入
8月4日発売

■CD

 
1.原子心母 Atom Heart Mother
a)父の叫び Father's Shout
b)ミルクたっぷりの乳房 Breast Milky
c)マザー・フォア Mother Fore
d)むかつくばかりのこやし Funky Dung
e)喉に気をつけて Mind Your Throats, Please
d)再現 Remergence
2.もしも If
3.サマー'68 Summer '68
4.デブでよろよろの太陽 Fat Old Sun
5.アランのサイケデリック・ブレックファスト Alan's Psychedelic Breakfast
a)ライズ・アンド・シャイン Rise and Shine
b)サニー・サイド・アップ Sunny Side Up
c)モーニング・グローリー Morning Glory
 
 
■Blu-ray

 
1.原子心母(箱根アフロディーテ1971)
Atom Heart Mother (Hakone Aphrodite 1971)

2.スコット&ワッツ(箱根アフロディーテB-roll)
Scott& Watts
 
■特典
・未発表写真満載日本独自スペシャル・ブックレット
・1971年箱根アフロディーテ・パンフレット復刻
・箱根アフロディーテ・会場案内図チラシ
・箱根アフロディーテ・チケット復刻
・1971年大阪公演ポスター復刻
 
購入はこちら

関連サイト

ピンク・フロイド公式サイト
https://www.pinkfloyd.jp/
 
『原子心母(箱根アフロディーテ50周年盤)』特設サイト
https://www.110107.com/pinkfloyd_AHM50th

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