CocotamesearchtwitterFacebookSeriesnewsaboutarticlesstorypick up
連載Cocotame Series

今、聴きたいクラシック

歴史を継承し、未来へとつなげる――ソニーミュージックのクラシック【前編】

2021.12.02

遠い昔に生まれ、今という時代にも息づくクラシック音楽。その魅力と楽しみ方をお届けする新連載「今、聴きたいクラシック」がスタート。

さまざまな音楽ジャンルのなかでもとりわけ長い歴史を持つクラシック音楽は、ソニーミュージックグループにおいても音楽ビジネスの核のひとつになっている。そこで今回は、ソニー・ミュージックジャパンインターナショナル(以下、SMJI)で長年クラシック音楽を担当してきた工藤恭子、原賀豪、杉田元一の3人に、ソニーミュージックのクラシック部門のこれまでの歩みと、日々変化しつづけるクラシック音楽市場にどう向き合っていくのかについて話を聞いた。

前編では主にソニーミュージックのクラシック部門のこれまでの歩み、所属するレーベルとその特色について掘り下げていく。

  • 工藤恭子

    Kudo Kyoko

    ソニー・ミュージックレーベルズ

  • 原賀 豪

    Haraga Go

    ソニー・ミュージックレーベルズ

  • 杉田元一

    Sugita Motoichi

    ソニー・ミュージックレーベルズ

海外企画と国内制作の仕事を兼務

――クラシック音楽の連載をスタートするにあたり、そのイントロダクションとして、SMJIでクラシック音楽を担当されている皆さんにお集まりいただきました。まずは簡単に自己紹介をお願いします。

工藤:私は、海外企画盤を国内盤として販売・宣伝するローカライズの仕事がメインになります。例えばヨーヨー・マや2CELLOSなど、クラシック音楽だけにとどまらないクロスオーバーなアーティストや、マイルス・デイビスといったジャズも担当しています。そのほか国内企画・制作のアーティストですと、ピアニストの小山実稚恵さんも長年担当していますね。

ヨーヨー・マ

2CELLOS

原賀:私も工藤さんと同じく、海外企画盤のローカライズの仕事をメインにしています。それと、私自身がヴァイオリンを演奏していたというのもあって、レオニダス・カヴァコスやジョシュア・ベルといったヴァイオリニストの担当が多いですね。

また、SMJIに来る前は、同じソニー・ミュージックレーベルズのエピックレコードジャパンにいて、そこでもヴァイオリニストの古澤巌さんや作曲家・ピアニストの加古隆さん、GONTITIなどクロスオーバーのアーティストの企画、制作を担当していました。その流れもあって、クロスオーバーのコンピレーション・アルバム『image』シリーズにも長く携わっているほか、バンドネオン奏者の小松亮太さんやヴァイオリニストの宮本笑里さんも担当しています。

レオニダス・カヴァコス

宮本笑里

杉田:私はクラシック音楽系の出版社で雑誌編集の仕事をしていて、1991年にソニーミュージックグループに転職で入社しました。入社直後から今の仕事を担当していたわけではなく、1990年代は、同じグループの出版社であるソニー・マガジンズ(現、ソニー・ミュージックソリューションズ)で『POPGEAR』や『WHAT's IN?』といった音楽雑誌の編集をしたり、出版営業をしたり、クラシック音楽とは少し離れた場所で仕事をしていました。

2000年からこの部署でクラシック音楽の制作に携わるようになり、そこから21年間、クラシック音楽の企画・制作をつづけてきましたが、今年の10月に無事、定年を迎えています。現在は会社の方から声をかけてもらい、引きつづき業務委託というかたちでクラシック音楽の制作に携わることになりました。

担当してきたアーティストは、海外ではフィンランドの指揮者・作曲家のエサ=ペッカ・サロネン。国内では五嶋みどりさん、小菅優さん、藤倉大さんなどの企画、制作を担当してきました。五嶋みどりさんとはツアーなどで長い時間を一緒に過ごしましたし、小菅優さんはデビュー当時からずっと担当しています。2015年からは藤倉大さんともたくさんの仕事をするようになり、これまでに9枚のアルバムを作りました。

エサ=ペッカ・サロネン

五嶋みどり

■藤倉大のインタビュー記事はこちら
クラシック音楽の作曲家像を更新する。子どものころから変わっていない藤倉大の創造性【前編】
クラシック音楽の作曲家像を更新する。子どものころから変わっていない藤倉大の創造性【後編】

アーティストとの二人三脚で生まれるアルバム

――クラシック音楽の部署では、皆さん海外企画盤をローカライズする仕事と、国内アーティストの企画・制作をする仕事、どちらも担当されているのですね。

杉田:そうですね。クラシック音楽のレーベルは、ポップスやロックほど人手が多くないので、邦楽、洋楽という区別はせずに、それぞれの得意なジャンルをいかしながら担当を持っています。

――それでは、まず国内制作についてお伺いしますが、ひとりのアーティストと1枚のアルバムを作っていく過程で、皆さんのようなレコード・プロデューサーにはどんな役割があるのでしょうか?

工藤:私が担当している小山実稚恵さんを例にお話しすると、彼女は非常に長期的なスパンでさまざまなプロジェクトを企画されているアーティストなので、ご本人のお考えや希望を聞き、マネジメントとも相談しながら、どの作品をいつレコーディングするかを決めていきます。

アルバム制作の仕事は産みの苦しみというべき大変な作業で、ジャケットの撮影から実際のレコーディング、プロモーション、リリースまで、そのすべてがプロデューサーの手腕にかかっています。

小山実稚恵

原賀:レコード・プロデューサーの仕事はミクロからマクロまで非常に幅広く、多岐にわたります。新たな才能を発掘したら、まずはその才能をどういったお客さんに届けていくのかという大きな枠組みをイメージしていきます。それが決まったら、何をレコーディングするかを考えますが、それは今だけでなく、3年後、5年後にどういった曲をレコーディングしてリリースするのかも含めて、中長期的な視野が求められます。

プロデューサーはアーティストではないので、演奏のミクロの部分はアーティストが一番よくわかっています。プロデューサーはアーティストとは異なる立ち位置から、その演奏を客観的な耳で聴き、アルバムにしたときにどう聞こえるかを考え、どんな編集をするべきかを判断する。私は宮本笑里さんの担当をしていますが、まさにもうひとりの宮本笑里となって、外側から宮本笑里というアーティストを見ています。そうした二人三脚の関係性のなかで、1枚のアルバムが作られていくのです。

杉田:プロデューサーの役割は海外と日本で少し異なります。海外は専業化が進んでいるので、さまざまな工程をたくさんの人が分担して1枚のアルバムを作っていきます。いっぽう日本では、ひとりのプロデューサーがレコーディングからブックレット制作まですべてを担当することが多いです。そういう意味では、私たちはプロデューサーであると同時に、ディレクターでもあると言えるかもしれません。

――アーティストがプロデューサーに対して「この人の意見には耳を傾けよう」と思えるような信頼関係がとても大切なのですね。

工藤:その通りです。レコーディングの日は私たちプロデューサーだけでなく、エンジニアも含め、それに携わる全員が五感を総動員して、意見を出し合って、最良のテイクを目指していきます。

巨匠からクロスオーバー、サントラまで幅広いラインナップ

――皆さんのお話を伺っていて感じたのですが、ソニーミュージックのクラシック部門にはクロスオーバー系のアーティストも多いですね。

杉田:20世紀を代表するピアニスト、ウラディミール・ホロヴィッツのマネージャーとしても知られ、現在はニューヨークのメトロポリタン歌劇場総裁を務めているピーター・ゲルブが、1995年にソニー・クラシカルの社長に就任してから、クロスオーバーや映画のサウンドトラックなど、クラシック音楽の王道とは少し違ったジャンルにも積極的に取り組むようになりました。

ゲルブの前任者であるギュンター・ブレーストはドイツ・グラモフォン出身で、クラシック音楽の王道、いわゆる“純クラシック”を重視していた人だったのですが、ゲルブ時代になってかなり方向性が変わったと思います。ゲルブが推し進めたクラシック音楽の多様性をアピールする路線のなかで、例えばヨーヨー・マの『プレイズ・ピアソラ』のようなアルバムが生まれました。そうした流れを汲んで、日本のソニーミュージックでも『image』のようなアルバムがリリースされるようになったのです。

工藤:『タイタニック』『海の上のピアニスト』『オペラ座の怪人』など、映画のサウンドトラックはゲルブ時代になって大きく成長した領域です。今日のように配信が主流になる前は、映画の公開やテレビ放送と連動してサウンドトラックのCDがかなり売れましたね。ジェームズ・ホーナー、エンニオ・モリコーネなどはそうしたソニーミュージックの映画音楽の重要な核となる作曲家たちです。

エンニオ・モリコーネ

レーベルのアイデンティティを受け継ぐ

――ソニーミュージックのクラシック部門には現在、ソニー・クラシカル、RCA RED SEALといったレーベルがありますね。これらはどういった歴史を持つレーベルなのでしょう?

杉田:1960年代にソニーが音楽産業に参入した際、それまで日本コロムビアが保有していたコロムビア・レコード(アメリカのCBSを親会社とするレーベル)の日本でのディストリビューション権を引き継いで、1968年にCBS・ソニーレコードという会社が誕生しました。コロムビア・レコードはブルーノ・ワルター、ジョージ・セル、レナード・バーンスタインといった名指揮者が所属する名門レーベルで、そのカタログは現在のソニー・クラシカルへと引き継がれています。

そして2000年代に入り、ソニーミュージックにBMG JAPANも加わって、その傘下にあったRCA RED SEALもソニーミュージックの1レーベルとなりました。こうした変遷を辿って、かつてアメリカの2大レーベルと言われたコロムビア・レコード(現ソニー・クラシカル)とRCA RED SEALが現在ソニーミュージックのなかで生きているというわけです。

原賀:レーベルの変遷は非常に複雑で入り組んでいるのですが、現在ソニーミュージックのクラシック部門のレーベルとしては、先のお話にある純クラシック系のソニー・クラシカルとRCA RED SEALのほかに、2CELLOSのようなクロスオーバーのアーティストを擁するマスターワークス、そして日本国内のアーティストの企画・制作を担うソニー・レコーズインターナショナルの4つがあります。現在は主にポップスを専門とするエピックレコードも、かつてはクラシック音楽のレーベルとしても機能していた時代がありました。

左からソニー・クラシカル、RCA RED SEAL、マスターワークス、ソニー・レコーズインターナショナルのロゴマーク。

――いろいろなレーベルを統合しながら現在のソニーミュージックのクラシック部門があるのですね。そうした歴史の変遷を経ても、ひとつのレーベルに統合することなく、RCA RED SEALといったレーベルが今日まで残っているのはなぜなのでしょう?

杉田:レーベルにはそれぞれカラーやアイデンティティがあって、そこに所属しているアーティストのイメージとも密接に結びついています。指揮者のアルトゥーロ・トスカニーニや、ヴァイオリニストのヤッシャ・ハイフェッツなどはRCA RED SEALの黄金時代を象徴するアーティストですが、彼らのCDにソニーミュージックのマークが付いているのはやはり違和感があるでしょう。アーティストたちが残した名盤はレーベルと強く結びついたものなので、今日でもすべてをソニー・クラシカルに統合するのではなく、RCA RED SEALとして存続させています。

ソニーミュージックに限らず、音楽会社のなかには、いくつかのレーベルが属しているというのが現代の主流ですが、かつては小規模、中規模のレーベルが群雄割拠して個性を磨いていた時代がありました。そうした歴史をリスペクトして、レーベルの匂いを残すということは、とりわけクラシック音楽においては重要なことなのです。

 
後編につづく

文・取材:八木宏之

関連サイト

『ベスト・クラシック100極』特設サイト
https://www.bestclassics100.jp/
 
ソニーミュージック|CLASSIC Twitter
https://twitter.com/sonyclassicaljp

連載今、聴きたいクラシック

公式SNSをフォロー

ソニーミュージック公式SNSをフォローして
Cocotameの最新情報をチェック!