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今、聴きたいクラシック

ウィーン・フィルの伝統、ニューイヤー・コンサートの歴史と舞台裏【前編】

2021.12.29

遠い昔に生まれ、今という時代にも息づくクラシック音楽。その魅力と楽しみ方をお届けする連載「今、聴きたいクラシック」。

今回は、新年の風物詩とも言えるウィーン・フィルハーモニー管弦楽団(以下、ウィーン・フィル)によるニューイヤー・コンサートをフィーチャーする。毎年1月1日に、オーストリアの首都・ウィーンのムジークフェラインザールからテレビとラジオを通じて90カ国以上に放送され、約5千万人が視聴するというクラシック音楽界の一大イベント。

ライブ収録されたアルバムは、2012年以来ソニー・クラシカルからリリースされており、1月中に店頭に並ぶCDは世界中でベストセラーを記録している。

この華やかなコンサートとアルバム制作について、日本でのリリースを担当しているソニー・ミュージックジャパンインターナショナルの古澤隆介に話を聞いた。

前編は、指揮者にダニエル・バレンボイムを迎える2022年のプログラムの聴きどころと、時代によって姿を変えてきたニューイヤー・コンサートの知られざる歴史を紐解いていく。

  • 古澤隆介

    Kozawa Ryusuke

    ソニー・ミュージックレーベルズ

2022年は巨匠ダニエル・バレンボイムが登場

日本では毎年、元日の夜にウィーンのムジークフェラインザール(ウィーン楽友協会の通称“黄金のホール”)から衛星生中継されるウィーン・フィルによるニューイヤー・コンサート。音楽の都ウィーンを象徴するシュトラウス・ファミリーのワルツやポルカづくしのコンサートは、クラシック音楽ファンにとって新年に欠かせないイベントである。リッカルド・ムーティを指揮者に迎えた2021年は、コロナ禍により史上初の無観客開催となり、その模様が中継されたのも記憶に新しい。

来たる2022年は指揮者にダニエル・バレンボイムを迎える(現時点では、立見席を除きフル・キャパシティでの開催がアナウンスされている。観客はFFP2マスクを着用)。2014年以来、8年ぶり3度目の登場だ。このコンサートのひとつの特徴として、指揮者の指名に関してはウィーン・フィルの楽団員たちの希望が大きく影響するという伝統がある。その年、あるいは少なくとも前後数年にわたり、ウィーン・フィルと最も緊密な関わりを持った指揮者のひとりが選ばれる傾向にあるという。

ダニエル・バレンボイム(2014年のニューイヤー・コンサート) Photo:Terry Linke

コロナ禍という未曽有の事態において、ウィーン・フィルも演奏活動の一時中断を余儀なくされたが、2020年6月に演奏会を再開した際、多くの観衆が“感動で涙にむせた”という記念すべき最初の演奏会で、ダニエル・バレンボイムがベートーヴェンの交響曲第5番「運命」を指揮している。そのような意味でも、楽団員にとってダニエル・バレンボイムはかけがえのない存在とも言えるだろう。

2022年の人選について、2012年以来、ニューイヤー・コンサートのソフトの編成とマーケティングを担当してきた古澤はこのように分析する。

「ダニエル・バレンボイムとウィーン・フィルとの関係性は半世紀を超える長いものです。1965年にピアニストとして初共演して以来、指揮者としても1989年にウィーン・フィルを初めて振っていますから、両方の演奏歴を合わせると50年以上にわたって200回余の共演を重ねて来たことになる。そして2022年、折しもバレンボイムは80歳という節目の年を迎えます。今回の指名は楽団員たちからの誕生日の贈り物でもあり、ダニエル・バレンボイムへの感謝の気持ちを込めてという意味合いが大きいと思います」

コロナ禍から不死鳥のごとく甦る

このコンサートのもうひとつの特徴として、毎年代わる指揮者にちなんだ作品が演奏曲目に挿入されたり、演出の方向性も指揮者の存在によっておのずと決まっていくという慣例がある。多彩な趣向が凝らされているプログラムは、具体的にどのようなプロセスを経て決定されていくのだろうか。

「ウィーン・フィルと音楽学者たちが、ある程度の大枠のプログラムを協議した上で、クラシック音楽界におけるアニバーサリー的要素や社会一般の時事トピックスにふさわしい作品などが加えられていきます。さらに、その年の指揮者ならではの要素が彩りを添えるわけです。例えば、指揮者の出身地のお国柄や、音楽家としての社会的な活動の傾向などもひとつの要素になったりします」

ダニエル・バレンボイム(2014年のニューイヤー・コンサート) Photo:Harold Hoffmann

2022年のプログラムも既に発表されているが、ダニエル・バレンボイム登場ということで、際立った特徴というのは見られるだろうか。そして、今回のアニバーサリー的要素は、どのような点から読み取れるだろうか。

「ダニエル・バレンボイムはアルゼンチン出身ですが、若き日にイスラエルに移住しており、パレスチナをはじめ中東地域との関わりが深い人物。イスラエルやパレスチナ、アラブの国々など政治的に対立する国や地域の若手演奏家を集めて“ウェスト=イースタン・ディヴァン管弦楽団”というオーケストラを組織したり、2009年にニューイヤー・コンサートに初登場したときには、恒例の指揮者からの新年の挨拶で中東和平に言及する場面もありました。今回、そういった要素が出てくるかはわかりませんが、予定されているプログラムの後半には、ヨハン・シュトラウス2世の『ペルシャ行進曲』やワルツ『千一夜物語』といった中東らしい色彩の曲がラインナップされています。

アニバーサリー的要素としては、シュトラウス・ファミリーと並んでウィーン・オペレッタの黄金期を築いた作曲家カール・ミヒャエル・ツィーラーの没後100年や、マニアックなところではヨーゼフ・シュトラウスの生誕195年といった要素があるでしょうか。

もう一点だけ申し上げると、今回、プログラム冒頭の2曲に“フェニックス(不死鳥)”にちなんだ作品がラインナップされています。1曲目はヨーゼフ・シュトラウスの『フェニックス行進曲』、2曲目はヨハン・シュトラウス2世のワルツ『フェニックスの羽ばたき』。曲のタイトルが示すように、“コロナ禍から不死鳥のごとく甦る”という強いメッセージの表われであると我々としては受け止めています。

全体的には、今回のニューイヤー・コンサートで初めてラインナップされた6曲も相当マニアックなものばかりで、それ以外も耳馴染みのない曲が並んでいますので、長年のファンにとっても聴きごたえのある内容になっていると思います。そういう意味でも楽しみですね」

「シュトラウス・ファミリー」とは?

19世紀に活躍したオーストリアの音楽家一族。ウィンナ・ワルツの創始者で「ワルツの父」と呼ばれるヨハン・シュトラウス1世(1804〜1849年)を筆頭に、その長男で「ワルツ王」の名をほしいままにしたヨハン・シュトラウス2世(1825〜1899年)、次男ヨーゼフ・シュトラウス(1827〜1870年)、四男エドゥアルト・シュトラウス(1835〜1916年)ら多数の作曲家、指揮者を輩出した。ウィーン・フィルのニューイヤー・コンサートでは、シュトラウス・ファミリーとその同時代の作曲家によるワルツやポルカ(チェコのボヘミア地方を起源とする4分の2拍子の舞曲)を中心としたプログラムが演奏される。

ダニエル・バレンボイム(2014年のニューイヤー・コンサート) Photo:Terry Linke

知られざるニューイヤー・コンサートの歴史

このように、毎年、指揮者の存在がクローズアップされるウィーン・フィルのニューイヤー・コンサートだが、その歴史の変遷は意外と知られていない。そこで、指揮者に焦点を当てつつ、大まかな流れを古澤に振り返ってもらった。そのなかで、もうひとつ浮かんできたキーワードがある。“ウィーン・フィルのニューイヤー・コンサート=ウィンナ・ワルツづくし”となった理由だ。

「ウィーン・フィルハーモニー管弦楽団は1842年に創立されましたが、当時のウィーンでは“ワルツ王”と呼ばれたヨハン・シュトラウス1世とその息子たちが一世を風靡していました。そもそもウィーン・フィルは、そのような時代の傾向に反して、シュトラウス・ファミリーが席巻していたウィーンの音楽シーン、いわゆるワルツやポルカを中心とした庶民の音楽とは一線を画す、クラシックの正統派な音楽を演奏する楽団として創立されたのです。

正統派なクラシックというのは、当時で言うと、ハイドン、ベートーヴェン、モーツァルトなどのれっきとした古典作品のこと。つまりウィーン・フィルは創立当初、ワルツやポルカといったジャンルの演奏は意図的に排斥するというようなスタンスでいたわけです。ただ、ヨハン・シュトラウス2世がウィーン・フィルに客演指揮者として登場したりするなかで、次第にウィーン・フィル側の偏見もなくなっていったようです」

結果として、1925年に開催されたヨハン・シュトラウス2世の生誕100年記念の演奏会では、ウィーン・フィルによってこの偉大なる音楽家ファミリーの作品が大々的に演奏され、いよいよ、この誇り高き楽団にとってもシュトラウス・ファミリーは必要不可欠な存在となっていくのだ。

ニューイヤー・コンサートが開催されているウィーンのムジークフェライン(ウィーン楽友協会)。

そして、ついに1939年の大みそかには、のちにウィーン・フィルのニューイヤー・コンサートの前身となる特別演奏会が開催された。もちろん、ワルツやポルカなどで構成された“シュトラウス祭り”の様相だ。

「1939年の大みそかに開催された演奏会は、のちにニューイヤー・コンサートの先駆けとなるわけですが、当時は“ジルベスター(大みそか)・コンサート”と呼ばれるものでした。次に開催される1941年からは大みそかから元日の開催になっていくわけですが、この歴史的な演奏会を指揮したのはウィーン出身の大指揮者クレメンス・クラウスで、彼自身もシュトラウス・ファミリーの作品をこよなく愛していました」

クレメンス・クラウス Photo:© Elfriede Hanak-Broneder (from the booklet for 26 CD Set “New Year’s Concert: The Complete Works, Expanded Edition, Sony Classical, 19439764562)

さらに古澤は、このコンサートの歴史を振り返る上で興味深い事柄があると語る。

「歴代指揮者の変遷について振り返ると、1939年からクレメンス・クラウス、ヨーゼフ・クリップスを経て、1955年以降はヴィリー・ボスコフスキーという生粋の3人のウィーン人指揮者がタクトを振っていたわけですが、ボスコフスキー引退後、1980年代から突然、指揮者の国際化路線へとシフトしていきます。

ヴィリー・ボスコフスキー Photo:© Elfriede Hanak-Broneder (from the booklet for 26 CD Set “New Year’s Concert: The Complete Works, Expanded Edition, Sony Classical, 19439764562)

さらに興味深いのは、1980年代の国際化以降、オーストリア人指揮者の登場はヘルベルト・フォン・カラヤンとフランツ・ウェルザー=メストのふたりだけであることです。カラヤンもウェルザー=メストも生粋のウィーン人ではありませんので、ウィーン文化に根差した指揮者が起用されていないというところが、このコンサートのもうひとつの特徴になりつつあると言えます」

ヘルベルト・フォン・カラヤン Photo:© Karajan Archiv; S. Lauterwasser (from the booklet for 26 CD Set “New Year’s Concert: The Complete Works, Expanded Edition, Sony Classical, 19439764562)

フランツ・ウェルザー=メスト Photo:Terry Linke

古澤の見解としては、このような点からも、“ウィーンのワルツ文化は、もはやローカルなものではない”という強いメッセージ性が感じ取れるという。いっぽうでは、国際的スターダムにある旬の指揮者が近年、オーストリア、いや、ウィーンから輩出されていないという状況を物語っているのでは、とも語る。

世界へ羽ばたいたウィンナ・ワルツ

では、“伝統の”ウィーン・フィルのニューイヤー・コンサートが、国際化路線を歩んだことで、ウィーンのワルツ演奏というものにも変化はあったのだろうか。そもそも、“ワルツはウィーン人にしか踊れない、演奏できない”という強い自負は、誇り高き生粋のウィーンの人々のなかに強く根付いていたはずだ。国際化には抵抗はなかったのだろうか。

「当初は大いにあったと思います。ただ、ヴィリー・ボスコフスキーの跡を継いで1980年から登場したロリン・マゼールという指揮者が、その点で真の功労者だったと思います。彼は指揮者としてのバトンテクニックは最高ですし、外国人ながら“ウィーン風ワルツ”というものを巧みに演奏してしまう力量があった。

ロリン・マゼール Photo:© Terry Linke (from the booklet for 26 CD Set “New Year’s Concert: The Complete Works, Expanded Edition, Sony Classical, 19439764562)

しかも、ロリン・マゼールはヴァイオリンの名手で、かつてヨハン・シュトラウス2世やヴィリー・ボスコフスキーが舞台でやっていたように、ときにヴァイオリンを奏でながら指揮をしたりと、外国人指揮者ながらウィーン人も納得する伝統のスタイルを器用に踏襲してみせます。結果としてマゼールは、30年以上の長きにわたってニューイヤー・コンサートを幾度となく振りました。彼が“ウィーンのワルツ”から“国際的なワルツ”へと導く橋渡しの役割を果たしたとのだと思います」

実は、ワルツの演奏は大御所の指揮者でも難しいと言われる。それは、2拍目を微妙に速めに逃がすというような、いわゆるご当地独特の奏法のみならず、古澤によると、オーケストレーション(管弦楽法)自体が非常に細かいニュアンスにまで及んで緻密に書かれており、木管楽器や金管楽器のバランスなど音響的な点にいたるまで、完璧に指揮するのには熟練の技が要求されるのだという。

「これはイタリアの巨匠指揮者リッカルド・ムーティが、2021年のニューイヤー・コンサートの記者会見で語っていたことなのですが、ウィンナ・ワルツの演奏において、このように指揮者にとって困難とされる数々の要点を目を、瞑っていても楽々と演奏できる唯一の集団がウィーン・フィルであって、彼らは血のなかに既にワルツのリズムを持っている。そこにあえて指揮者を立てる理由は、極めてデリケートなオーケストレーションが施されたシュトラウスの作品で、細かいニュアンスをどう巧みに処理するか、どの色彩や表情を最も際立たせ、聴かせたいか、ということを整理して導く役割としての存在が必要だというのです。ところが、これが指揮者にとって最も困難な仕事で、その指揮者の個性がストレートに出てしまうわけです。

リッカルド・ムーティ Photo:Dieter Nagl

実際、オーストリア人のフランツ・ウェルザー=メストでさえ、ニューイヤー・コンサートの本番前には大変緊張すると語っています。それは、世界90カ国の聴衆が見ているからという緊張感ではなく、これらの事柄を実際に本番の舞台ですべて確実に実現できるかどうかという難しさから来るものなのです」

 
後編につづく

文・取材:朝岡久美子

ニューイヤー・コンサート2022 オンエア情報

【NHK Eテレ】2022年1月1日 午後7:00~午後10:00(180分)
ゲスト:林家三平、市川紗椰、反田恭平
司会:川崎理加

【NHK FM】 2022年1月1日 午後7:15~午後10:00(165分)
解説:小宮正安(横浜国立大学教授 西洋文化史研究家)
司会:田中奈緒子

※コンサートはウィーンからの生中継

商品情報

ダニエル・バレンボイム&ウィーン・フィル
『ニューイヤー・コンサート2022』
CD:2022年1月26日発売予定


ダニエル・バレンボイム&ウィーン・フィル
『ニューイヤー・コンサート2022』
Blu-ray:2022年2月16日発売予定


ウィーン・フィルハーモニー管弦楽団
『New Year's Concert: The Complete Works』(26枚組CD)
詳細はこちら

関連サイト

ニューイヤー・コンサート特設サイト
https://www.sonymusic.co.jp/PR/new-years-concert/

ソニーミュージック|洋楽 note
https://sonymusicjapaninternational.com/n/nbfbe4a8edb9b

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