路上で歩きながら振り返り微笑む藤田真央
路上で歩きながら振り返り微笑む藤田真央
連載Cocotame Series

アーティスト・プロファイル

世界を魅了するピアニスト、藤田真央――その才能はいかにして生まれたのか【前編】

2022.04.04

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気鋭のアーティストの実像に迫る連載企画「アーティスト・プロファイル」。

今回は、クラシック界で熱い注目を浴びているピアニスト、藤田真央をフィーチャーする。2019年に第16回チャイコフスキー国際コンクールで第2位を獲得し、世界を舞台に目覚ましい活躍を見せている天才。類稀なる音楽性と唯一無二の音色、そして誰からも愛されるキャラクターで巨匠指揮者をも魅了する藤田真央とは、一体どんなアーティストなのか? 生い立ちから師との出会い、最新のレコーディングまで、たっぷり語ってもらった。

前編は、ソニー・クラシカルと専属ワールドワイド契約を結んでレコーディングされたモーツァルトについての話を中心にお届けする。

藤田真央が黒いシャツを着て上を見上げている写真

©EIICHI IKEDA

藤田真央 Fujita Mao

1998年、東京生まれ。東京音楽大学卒業。2019年6月、チャイコフスキー国際コンクールで第2位を受賞。審査員や聴衆から熱狂的に支持され、世界中に注目された。2017年には18歳で、第27回クララ・ハスキル国際ピアノ・コンクール優勝。併せて「青年批評家賞」「聴衆賞」「現代曲賞」の特別賞を受賞。2016年には浜松国際ピアノアカデミーコンクールで第1位に輝くなど、国内外での受賞を重ねている。これまでにヴェルビエ音楽祭、ルール音楽祭、ナントのラ・フォル・ジュルネ、ジョージアのツィナンダリ音楽祭、リガのユールマラ音楽祭などに参加。2020年、有望な若手に贈られる「第21回ホテルオークラ音楽賞」「第30回出光音楽賞」を受賞した。

気負わず臨んだチャイコフスキー国際コンクール

チャイコフスキー国際コンクール(2019年)にてピアノを弾く藤田真央の写真

チャイコフスキー国際コンクール(2019年)にて
©Evgeny Evtykhov

23歳にして既に世界を舞台に活躍するピアニスト、藤田真央。2019年6月、伝統と格式、そして権威を誇るチャイコフスキー国際コンクール(第16回)で栄誉ある第2位を獲得。そこで注目されたのは、何と言っても第1次予選の段階からファイナルに至るまでの聴衆たちの熱狂ぶりだった。

「第1次予選で演奏し終わったとき、聴衆の皆さんがスタンディングオベーションで迎えてくれたのはびっくりしました。審査員の先生同士の関係も和気あいあいとしていて、本当に面白いコンクールだと思いました。そもそも、審査員の偉大なピアニストの方々が1階の前方に座っていて、出場者の一挙手一投足をじっと見ているんです。1曲終えるたびにあたたかく拍手してくれたり、頷いたり、微笑んだりしてくださっているのが見えたときは、本当にうれしかったです。でも、ほかの出場者たちとすれ違うと青ざめている人もいて……。それで、やっと『こんなに凄いコンクールに参加しているんだ!』と」

物怖じしない大胆さと、天然とも言える大らかさが、大舞台でも功を奏したのだろうか。

「それでも、予選を通過していくにつれ緊張が増していきました。というのも、現地の新聞に私のことが大きく取り上げられ、写真が掲載されているのを見ていましたし、順位予想までされていたようです。それでかなりプレッシャーを感じていました」

名だたる巨匠指揮者たちからの熱いエールや賛辞も枚挙にいとまがない。彼らは皆、コンチェルト(協奏曲)でひとたび藤田真央と共演するや、たちまち魅了されてしまうのだ。これほどまでに世界中の指揮者や目利きのプロデューサーを夢中にさせた若き日本人ピアニストが、いまだかつていただろうか。

いつもニコニコと微笑みを絶やさず、誰からも“真央くん”“真央ちゃん”と呼ばれ、親しまれる“愛されキャラ”。ピアノを演奏しているときの喜びに満ちた表情がひときわ印象的だ。彼を包み込む優しく柔らかなオーラが、紡ぎ出される音楽と深く響き合い、よりいっそう聴き手の心を捉えてやまない。

ソニー・クラシカルとの専属ワールドワイド契約

黒いニットを着て頬に指をあててほほ笑む藤田真央の写真

そんな藤田真央が2021年11月、ソニー・クラシカルと専属ワールドワイド契約を結んだというビッグニュースが飛び込んできた。過去に専属ワールドワイド契約を結んだ日本人にはヴァイオリニストの五嶋みどりと樫本大進がいるが、ピアニストとしては初。しかも記念すべきメジャーレーベルでの世界デビューを飾るアルバムが“モーツァルトのピアノ・ソナタ全集”というのも、間違いなく後世に語り継がれる快挙だろう。既に2021年のうちにベルリンで録音も完了しているという。ソニー・クラシカルのチームとともに仕事を終え、藤田真央はこう語る。

「プレジデントやディレクターをはじめ、一人ひとりのスタッフがみずからの仕事に信念を持って取り組んでいる姿に感動しました。こんなに若い私をひとりのアーティストとして尊重してくださって、母国語レベルとはいかない私の英語の表現も、常に一語一句聞き逃さずに受け止めてくれました。すべてのプロセスが私にとって有意義なもので、本当に今までにない経験の連続でした」

ソニー・クラシカルというレーベルの企業文化を体現しているスタッフ一人ひとりの人間力と技術の高さ、そして、何よりもワンチームの力に感銘を受けたという。

「ソニー・クラシカル側から熱烈なオファーをいただいて、当初から私の希望通り『モーツァルト作品の録音』ということで話が進みました。初めてプレジデントとお会いしたとき、彼はこう言ってくださったんです。『あなたの音楽性とピアニストとしての価値は何にも代え難い稀有なものだと感じています。この録音はあなたにとって初めてのワールドワイドでのリリースですから、完璧な条件で進めましょう。私たちはあなたの未来のことも明確に見据えているのです』と」

2019年にピアニストのイゴール・レヴィットが同レーベルからベートーヴェンのピアノ・ソナタ全集をリリースしている経緯もあり、プレジデントからはこんな粋なひと言も飛び出した。

「『イゴール・レヴィットがベートーヴェン全集を出して、君がモーツァルト全集を出してくれるなら、私たちにとってこれ以上の喜びはない。そして、MAO、ほかでもない君がそれを成し遂げてくれるのであれば本当にうれしい』と言われたときには胸が熱くなりましたね」

モーツァルトを弾き始めたのは最近

黒いニットを着て手を前にかざしながら語る藤田真央の写真

幅広いレパートリーを自家薬籠中の物とする藤田真央だが、モーツァルトとの相性の良さは特別なものと言えるだろう。しかし、本人にモーツァルト作品との出会いを尋ねてみると、意外にもこう語る。

「モーツァルトとの出会いはわりと最近です。2017年にクララ・ハスキル国際ピアノ・コンクールを受けたときぐらいからでしょうか(注:藤田真央はこのコンクールで優勝した)。課題曲にモーツァルトのピアノ・ソナタがあって、ファイナルでもモーツァルトのコンチェルトを選びました。ほかのふたりのファイナリストはシューマンやショパンのコンチェルトを選んでいましたが、私はモーツァルトのピアノ協奏曲第24番(K.491)を演奏したんです。

K.491と言えばクララ・ハスキル自身の名演が有名ですよね。昔から彼女の録音をよく聴いていたので、そんなイメージがあったのかもしれません。モーツァルトのオペラも親に連れられてよく観に行っていましたので、小さなころからモーツァルトとのつながりはありましたが、自分自身で演奏し始めたのはこのコンクール以降です」

子どものころから、クララ・ハスキルだけでなくディヌ・リパッティやグレン・グールドなど、さまざまなピアニストたちによるモーツァルトの録音を聴いてきたというが、「みずから演奏することはほとんどなかった」という答えは、予想もしていなかった。

「昨年のヴェルビエ音楽祭(注:スイスで毎年夏に開催されるクラシックの音楽祭)では、モーツァルトのピアノ・ソナタ全18曲やコンチェルトを演奏しましたが、あれもヴェルビエ音楽祭の芸術監督がクララ・ハスキル国際ピアノ・コンクールのファイナルで私の演奏を聴いてくださっていたことがきっかけでした。彼は最終結果が出る前に楽屋に来て、私にこう言ったんです。

『僕はもう、既に君が一番だと思っているよ。来年、ヴェルビエ音楽祭のアカデミーに招待するよ』と。こうして2018年に初めてヴェルビエ音楽祭のアカデミー生となり、2020年と2021年にはアーティストとしてオファーを受けることになりました。特に2021年にモーツァルトのピアノ・ソナタ全曲演奏会のオファーをいただいたときは、まだ3曲ぐらいしかレパートリーになかったので、慌てて残りの15曲を勉強した感じです(笑)」

天真爛漫に明るい笑いを込めて、そんな大胆なエピソードを語ってくれた。

とにかく今、できることをやる!

黒いニットを着て語る藤田真央の写真

藤田真央のモーツァルトを聴いて最も感銘を受けるのは、みずからの言葉のように語り紡がれる“詩情の豊かさ”というのは誰もが認めるところ。同時に最も印象的なのは、柔軟な彼の身体から雫が滴るように自然に発露する、あの唯一無二の音色の美しさだろう。

「“モーツァルトの音”に関しては研究しましたね。先ほども申し上げたように、小さいころから偉大なピアニストたちの録音をたくさん聴いてきました。なかでもウラディミール・ホロヴィッツの演奏は深く心に残っています。

ウラディミール・ホロヴィッツが1986年にモスクワ音楽院の大ホールで演奏会を開催したときのライブ録音があるのですが、モーツァルトのピアノ・ソナタ第10番(K.330)の演奏が、もう鳥肌もので……。古典の形式とか構成などという枠組みを遙かに凌駕していて、まさに“ひとつのモーツァルトの音楽”というものをはっきりと聴き手に提示しているんです。どこまでも自由で、音色やタッチも多彩な要素にあふれている。普通だったら『古典作品にはないだろう』という弾き方も大胆に試みようとしているんですね。

私自身、それまでモーツァルト作品について、音数が少ないぶん、表現が限られていると思い込んでいました。でもこの演奏に出会って、『こんな解釈もできるんだ!』と初めて感じたんです。『モーツァルトだからこうじゃなくてはいけない』という私の思い込みをすべて払拭し、音色やタッチ、表現もすべて含め、『こういう寛容な解釈もあって良いじゃないか!』という思いへと導いてくれました」

今まで冷静だった藤田真央が、身を乗り出すように興奮気味に語る姿が印象的だった。

「厳格で古典的なモーツァルトも素晴らしいと思うのですが、私自身としては、これからもモーツァルト作品のなかに新たな魅力を見出していけたら良いなと思っています。もちろん様式的な意味での『枠組みから外れないように』というのは絶対条件ですが、コピー的な演奏をするのはいちばん無駄なことだと思うんです。

モーツァルト作品のなかには、母親が亡くなった悲しみのなかで書かれたドラマティックな作品などもありますし、もちろん私の人生経験では未知数なこともたくさんあります。ですから、とにかく『今、できることをやる!』という感じですね」

後編では、彼の“響き”へのあくなき探求心と、ピアニスト藤田真央を育んだあたたかな家族の絆についてお伝えしよう。

後編につづく

文・取材:朝岡久美子
撮影:干川 修

最新情報

藤田真央 ピアノ・リサイタル
4月11日(月)19:00 東京オペラシティ コンサートホール
詳細はこちら(新しいタブで開く)

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