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連載Cocotame Series

キャラクタービジネスの心得

『ピーターラビットのおはなし™』の出版から120年――作者ビアトリクス・ポター™から学ぶこと【前編】

2022.04.22

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キャラクタービジネスを手掛ける上で、知っておきたい心得をその道のプロたちに聞いていく連載「キャラクタービジネスの心得」。

今回は、出版から120周年を迎える『ピーターラビットのおはなし™』と、その作者ビアトリクス・ポターをフィーチャーする。イングランドの湖水地方を舞台に、いたずら好きなうさぎのピーターと個性豊かなキャラクターたちが織りなす物語を描いた絵本「ピーターラビット™」シリーズ。その作品群は、100年以上にもわたり人々に愛され、読み継がれてきた。そして作品の人気の背景には、優れた観察眼とユーモアを持った才能あふれる作家であり、世界で初めてキャラクタービジネスを手掛けた人物としても知られる作者、ビアトリクス・ポターの存在がある。

そんな作者の人物像に迫るべく、埼玉県東松山市にある『ビアトリクス・ポター資料館』を訪れ、ビアトリクス・ポターの研究者として知られる大東文化大学の河野芳英教授に話を聞いた。前編では『ピーターラビットのおはなし』の誕生と、その魅力を紐解いていく。

  • 河野芳英氏

    Kawano Yoshihide

    大東文化大学文学部 英米文学科 & 大学院 英文学専攻 教授
    大東文化大学ビアトリクス・ポター資料館 館長

ビアトリクス・ポターと『ピーターラビットのおはなし』

ビアトリクス・ポターは1866年7月、ロンドンで生まれた。『ピーターラビットのおはなし』は、1893年に知人の病気の息子、ノエル少年にポターが絵手紙を送ったことから誕生した物語である。1901年、自身で『ピーターラビットのおはなし』の私家版を出版。1902年には挿絵に色を付けてフレデリック・ウォーン社から出版され、最終的には23冊の絵本を世に送り出した。ロンドンから自然豊かな湖水地方に拠点を移し、晩年は牧羊と自然保護活動に力を注いだ。彼女が実際に暮らし、絵本にも描かれたヒルトップ農場はナショナル・トラストにより今も当時のままの姿で保存されており、世界中から絵本「ピーターラビット」シリーズを愛する多くのファンが訪れている。この絵本シリーズは世界110の国と地域、48カ国語で発行され、累計発行部数2億5,000万部以上の世界的ベストセラーとなっている。2013年よりソニーミュージックグループでキャラクタービジネスを手掛けるソニー・クリエイティブプロダクツが、日本におけるマスターエージェントになり、「ピーターラビット」のキャラクターライセンスを管理している。

日本にビアトリクス・ポター資料館を作りたい!

──河野先生は英文学がご専門ですが、なぜビアトリクス・ポターを研究テーマに選ばれたのですか?

25年ほど前、英文学を専攻するなかで、当時、日本ではあまり注目されていなかった、絵本作家、ビジネス・ウーマン、そして自然環境保護実践家でもあったビアトリクス・ポターの存在を知りました。いろいろな文献を読み、調べていくうちに、彼女が波瀾万丈の人生を送ったこと、そしてトラスト活動※という自然環境保護の活動に携わっていたことなどを知って、とても興味深いと思ったのです。それでビアトリクスについて研究するようになりました。

以前はアイルランドの作家、ジェイムズ・ジョイスの研究をしていましたが、いつしかビアトリクス・ポターは僕にとって“ビアトリクス”とファーストネームで呼ぶような作家になっていましたね。彼女の人柄を知って、親しみを感じるようになったのです。

※トラスト活動
トラスト活動とは、自然環境や歴史的建造物の保護・保全を行ない、次世代へ残すことを目的とする活動。1895年にイギリスで設立された非営利団体「英国ナショナル・トラスト」が始めた取り組みで、ビアトリクス・ポターもその理念に賛同し、活動に参加していた。

──本日、伺わせていただいている、こちらの『ビアトリクス・ポター資料館』も、先生のご尽力で設立されたと聞きました。

『埼玉県こども動物自然公園』内に設立され、大東文化大学が運営する『ビアトリクス・ポター資料館』。2006年4月に開館。

イングランドの湖水地方に、ビアトリクスが購入したヒルトップ・ハウスというとても美しい家があります。彼女が心から慈しみ、絵本「ピーターラビット」シリーズの舞台にもなった場所です。現在はビアトリクスの遺品などが展示されるギャラリーとして一般公開されていて、私がここを訪れたとき、たくさんの日本人観光客が訪れていました。ただ、彼らは建物を足早に見学すると、すぐにグッズ売り場の方へ行ってしまう。それはそれでもちろん良いのですが、どれだけの人がビアトリクスの人柄や取り組んだことを知っているのか? 彼女の絵本を読んだことがあるのかな? と疑問に思ったんです。

僕は英米文学科の教員ですから、日本で彼女の絵本を読む機会を作るために何かできればと思い、大東文化大学に資料館を作りたいと提案しました。それで埼玉県の協力もあり、大東文化大学の東松山キャンパスに隣接する『埼玉県こども動物自然公園』内に『ビアトリクス・ポター資料館』が設立されることになったんです。

デフォルメされていない動物たちの精密な絵

ビアトリクス・ポター Courtesy of Victoria and Albert Museum

──絵本の出版120周年を迎え、これほど長きにわたって世界中で愛読されている『ピーターラビット』の魅力とは、どんなところにあるとお考えですか?

ビアトリクスの父親は、『ハムレット』のヒロイン「オフィーリア」をテーマにした絵画で有名な、画家のジョン・エヴァレット・ミレイと親交がありました。彼はポター家の近くに住んでいて、ポター一家が彼のアトリエを訪れたり、スコットランドで夏のバカンスを過ごしているときに、ミレイ夫妻が遊びに来たりと非常に親しくしていました。

そんなジョン・エヴァレット・ミレイが、20歳ぐらいのときのビアトリクスが描いた絵を見て、「あなたの絵には観察力がある!」と言ったことがありました。ミレイの指摘の通り、彼女が描く絵は素晴らしい観察力がいかされています。小動物などを描くときに、じっくりと観察することでビアトリクスはこの画力を高めていったようです。

実際『ピーターラビットのおはなし』のなかで、「ランニングピーター」という走る姿のピーターの絵がありますが、もしうさぎが2本足で立って走るとしたらこういう動きになるはずという彼女の正確な観察力のもとに、無理のない姿勢で描かれています。

ちなみに、彼女は、弟のバートラムとともに自分の部屋にこっそり小動物を持ち込んで、秘密の動物園を作り、そこで飼っていたペットをスケッチしていました。1890年にはペットショップで購入したうさぎに「ベンジャミン・バウンサー」という名前を付け、このうさぎをモデルにして描いた作品のうち6点は、クリスマスカードと新年用のカードとして販売され、詩集の挿絵にも採用されています。

「ベンジャミン・バウンサー」が死んでしまうと、その2年後に「ピーター・パイパー」と名付けたうさぎを飼いました。そのうさぎたちが死んでしまうと、ビアトリクスは博物学的な知識を持って動物の絵を描くために、自分のペットであっても一つひとつ骨格標本にしていました。その骨格を調べ、イラストで忠実に再現するためにです。彼女の作品にあふれる観察力の深さというのは、そういうところからも来ているのだと思います。

当時描かれたうさぎの絵は、現在、ロンドンのヴィクトリア&アルバート博物館で開催中の『自然に魅せられて(Drawn to Nature)』というビアトリクス・ポターの展覧会に展示されています。そこではうさぎの毛皮も展示されているんですが、それは「ベンジャミン・バウンサー」の毛皮です。

ビアトリクス・ポターの直筆水彩画『おしゃれなテンジクネズミ』(ビアトリクス・ポター資料館蔵)。

──あの、かわいいだけではない、精密な絵はそうやって生み出されていたのですね。

背景を知ると見え方も変わってきますよね。あと1892年、ビアトリクスが26歳のときに夏のバカンスで訪れたスコットランドで、チャールズ・マッキントッシュという菌類のアマチュア研究家と出会っているんですが、彼の学術的なアドバイスでキノコの細密画を描くようになり、彼女の技術はさらに磨かれていきました。

絵本「ピーターラビット」シリーズで描かれるキャラクターたちは、アニメに登場する動物たちのようにバク転などをしたりはしませんし、笑顔も見せません。ピーターたちは表情が変わらないですよね。ビアトリクスの作品は、動物たちがデフォルメされていないことも魅力だと思います。

──確かに、絵本「ピーターラビット」シリーズの動物たちの表情はリアルです。

同時代には、ルイス・ウェインという猫を色彩豊かに描くのが上手で大人気の挿絵画家がいて、彼はデフォルメした表情の動物を描いていました。いっぽう、ビアトリクスは動物たちの喜怒哀楽やその表情をデフォルメすることなく、姿勢や顔の角度、仕草などでそれぞれの場面を描き表わしました。お母さんうさぎが子どもたちに言い聞かせている姿や、それに聞き入っている子どもたち、ピーターがこれから出掛けるぞというシーンなどでも、表情を変えていませんし、無理な動作もさせていません。でも、彼らが何をしようとしているのかはちゃんと伝わってきます。このようなデフォルメしないビアトリクスの絵は、読者にとって新鮮なものとして広く受け入れられました。

イギリス児童文学としての『ピーターラビットのおはなし』の味わい方

──イギリス児童文学としての『ピーターラビットのおはなし』の味わい方についても聞かせて下さい。『ピーターラビットのおはなし』は、ユーモアと風刺が効いていて、大人が読んでも奥深いものがありますよね。

『ピーターラビットのおはなし』がとてもイギリス的だなと感じるのは、アメリカや日本の子ども向けアニメなどに多く観られる、ヒーローが悪者をやっつけて終わる勧善懲悪の物語だったり、単純な教訓で終わるものではないというところです。もちろん子どもの絵本ですから、教訓的なメッセージを含めつつ、それだけではないところも魅力です。良い意味で曖昧というか、読み手側が考えられる間があるんですね。

例えば、ピーターが言うことを聞かないで自分勝手をしても、お母さんうさぎは怒ったりせず、かといって許すわけでも、放っておくわけでもなく、「どうしたのかしら?」というぐらいの距離感で見ています。そういう曖昧なところが、何回も読むたびに味になってくるのが面白いところだなと。

──わかりやすい勧善懲悪ではなく、「これはマル、これはバツ」という日本の教育で見られがちな道徳観もない分、日本の子どもたちにとっては、何度も読み返したくなる魅力かもしれませんね。

『ピーターラビットのおはなし』は典型的な“行きて帰りし物語”です。ハッピーエンドでもなく、アンハッピーエンドでもないというのは、純文学につながっています。純文学というのは終わり方が曖昧で、読むと「え? これで終わり?」と思うこともありますが、むしろその方がリアルな人生を描いているとも言えると思います。

『ピーターラビットのおはなし』も、「また明日があるんだ」といった感じで終わりますよね。お父さんうさぎがいない家庭でいろいろと怖いことがあったりしても、人生はまだまだつづいていく。そういうことが描かれている“行きて帰りし物語”。今は理解できない幼い読者も、やがてわかるときが来るのではないでしょうか。

『ピーターラビット』の絵本は判型が手のひらサイズなのも特徴。「ビアトリクスはいろいろなことを考える人なので、大人が膝の上に子どもを乗せて読むのにちょうど良いと考えてあのサイズにしたのかもしれません。子どもとのスキンシップにもなりますし(河野)」

(TM) & © FW & Co.,2022

後編につづく
 

文・取材:石井理恵子
撮影:冨田望

関連サイト

「ピーターラビット™」日本公式サイト
https://www.peterrabbit-japan.com/(新しいタブで開く)
 
『ビアトリクス・ポター™資料館』公式サイト
https://www.daito.ac.jp/potter/(新しいタブで開く)
 
『出版120周年 ピーターラビット™展』公式サイト
https://peter120.exhibit.jp/(新しいタブで開く)
 
「ピーターラビット™」公式オンラインショップ
https://www.peterrabbit-shop.jp/(新しいタブで開く)
 
『Friend to Nature』キャンペーンページ
https://www.peterrabbit-japan.com/foodpaper/(新しいタブで開く)

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