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連載Cocotame Series

今、聴きたいクラシック

情熱のヴァイオリニスト、川井郁子がジャンルの境界を超えて届けたい永遠の名曲たち【後編】

2022.06.08

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遠い昔に生まれ、今という時代にも息づくクラシック音楽。その魅力と楽しみ方をお届けする連載「今、聴きたいクラシック」。

今回は、ヴァイオリニストの川井郁子をフィーチャーする。その艶やかな佇まいとパッショネイトな演奏から“情熱のヴァイオリニスト”と呼ばれ、クラシック音楽を起点にジャンルの枠を超えて、縦横無尽の活躍を見せる才媛。国内外の主要オーケストラをはじめ、巨匠音楽家やスター歌手、ポップス系アーティストからバレエダンサー、フィギュアスケートの名選手まで、多彩な面々とコラボレーションを重ね、作曲家としても映像や舞台作品の音楽を手掛けるなど、華やかなキャリアを築きあげてきた。

2020年にデビュー20周年を迎え、ますます進化を遂げる川井郁子。その唯一無二の音楽世界を作りあげてきたものとは?

後編では、アルバム『ALWAYS~名曲物語~』の聴きどころ、および20周年を記念するコンサートについて話を聞いた。

  • 川井郁子

    Kawai Ikuko

    ヴァイオリニスト、作曲家。香川県出身、東京芸術大学卒業、同大学院修了。現在、大阪芸術大学教授。世界フィギュアスケート選手権でアメリカのミシェル・クワン選手が川井郁子の演奏する楽曲「レッド・ヴァイオリン」を使用して優勝、羽生結弦選手をはじめ国内外の選手にも楽曲が数多く使用されている。アルバム『レッド・ヴァイオリン』『オーロラ』『LUNA』などは器楽アルバムとして異例の発売記録を更新し、注目を集めた。社会的活動として「川井郁子マザーハンド基金」を設立。全日本社寺観光連盟親善大使、国連UNHCR難民サポーターを務める。使用楽器はストラディヴァリウス(1715年製 大阪芸術大学所蔵)。

オリジナルの雰囲気にこだわったアレンジ

前編からつづく)いつも聴く人の側に寄り添うアルバムを、という『ALWAYS~名曲物語~』のコンセプトがよく表われている楽曲が「So in Love」。ブロードウェイで活躍したコール・ポーター作曲のスタンダードナンバーだが、ここで聴くことができるのは、かつて淀川長治の名調子で親しまれていた『日曜洋画劇場』のエンディングを思わせるアレンジ。まだネット配信などなかった時代、テレビで映画を見終わったあとの余韻と、休日の夜が更けていく寂しさが混ざり合った、あのころの気持ちを思い出させてくれる。

つづく「宇宙戦艦ヤマト」も、いきなりあの勇ましい主題歌が始まるのではなく、女声の澄んだスキャットが印象的だった劇伴屈指の人気楽曲「無限に広がる大宇宙」のメロディで幕を開けるのが何とも心憎い。

「名曲たちを、多くの人の耳に残っているオリジナルの雰囲気にこだわってお届けしたいと思ったのです。これまでのアルバムではどちらかと言うと、いかにアレンジで別のものに変身させるかが醍醐味でしたが、今回は皆さんにとって思い入れのある世界をできるだけ壊さないように再現してみました」

アルバムのサウンドを支えているのはストリングスの面々。そこにピアノのフェビアン・レザ・パネやハープの朝川朋之など、川井郁子と縁の深い凄腕ミュージシャンたちがゲストメンバーとして名を連ねている。

特に日本が誇るバンドネオン奏者のひとりである北村聡が、アルフレッド・ハウゼ楽団の演奏で知られるコンチネンタルタンゴの名曲「碧空」を筆頭に、エディット・ピアフの歌唱で世界的に有名となった「群衆」(もとは南米にルーツのある曲)、山本直純の代表作「男はつらいよ」に起用され、ジャンルを横断する活躍を見せているのも聴きどころ。

「デビュー以来、本当にたくさんの素晴らしい方々との出会いに恵まれて、つくづく自分はラッキーだったと思います。今回のアルバムも、そんな仲間たちの参加なくしては成立しなかったので、感謝の気持ちでいっぱいです。レコーディングの現場はとても楽しかった。昭和の雰囲気たっぷりの『男はつらいよ』は北村さんにとっても新境地だったとか。『群衆』と並べて聴いてみると、まるでラテンのナンバーのようで面白いです。そう言えば、以前ライブで演奏したときに、“寅さん”をご存じない外国の方々にも大好評でした」

娘の花音がゲストヴォーカルとして参加

アルバムの冒頭を飾る「サウンド・オブ・ミュージック」、ジャック・ドゥミ監督&ミシェル・ルグランによるフランスの巨匠コンビが生んだ「キャラバンの到着」(映画『ロシュフォールの恋人たち』より)や「シェルブールの雨傘」など、往年の名画を彩る珠玉のナンバーも素敵だが、とりわけ彼女のヴァイオリンが冴え渡るのが、「ホール・ニュー・ワールド」(映画『アラジン』より)、「エヴァーグリーン」(映画『スター誕生』より愛のテーマ)、「ダンシング・クイーン」(映画『マンマ・ミーア!』より)、「エンドレス・ラブ」など、ヒットチャートを賑わせた“洋楽ヒット”と言っても過言ではない映画の主題歌たち。その歌心にあふれた演奏は、オリジナルを歌ったピーボ・ブライソン&レジーナ・ベル、バーブラ・ストライサンド、ダイアナ・ロス&ライオネル・リッチーらのファンも魅了するに違いない。

「やはり今回は、当時のヒット曲を愛する人にも喜んでいただけるアレンジを第一に考えました。私自身もポップスをヴァイオリンで歌うのが気持ち良くて大好き。歌うより音域が広がりますし、語るように弾けますから」

そしておそらく、本盤のリスナーにとって最大のサプライズは、川井郁子のひとり娘である川井花音がゲストボーカルとして参加していることだろう。ソウルシンガーのボビー・ヘブによる1966年のヒット曲「サニー」と、「フォロー・ミー」(ロドリーゴの「アランフェス協奏曲」に英語の歌詞を付けてカバーしたもので、ジャズシンガーの伊藤君子によるバージョンは後年、押井守監督の劇場用アニメ『イノセンス』の主題歌に起用されて若い世代にも人気を博した)をハスキーなウィスパーボイスで個性的に歌いあげる彼女は録音当時現役の中学生。その、ビリー・アイリッシュを彷彿とさせる現代的な歌唱(ちなみにビリー・アイリッシュも「サニー」を兄フィニアス・オコネルと一緒にカバーしている)は今後も注目を集めそうだ。

「娘はレッスンを受けたりしているわけでもなく、好きで歌い始めたのも最近のこと。そう言えば昔から口笛が得意でよく吹いていましたね(笑)。『サニー』はオールディーズですが、本人もあの時代が好きみたいです。『フォロー・ミー』と『レッド・ヴァイオリン』の原曲でもある『アランフェス協奏曲』は、私のキャリアにとって“原点”とも言える大切な楽曲で、これまでにも折に触れてさまざまにアレンジを変えて演奏してきたので、今回は娘とのコラボレーションという新鮮なかたちで取りあげることができてうれしいです。

彼女とはこれまでにも舞台で共演したことがありますが、いつも忌憚のない意見を聞かせてくれて、私の思い付かなかったアイデアをくれたりもする良き相談相手。親子というより、友だちみたいに仲の良い関係ですね」

細川ガラシャの生涯を音楽舞台にしたい

和楽器とのコラボレーションを堪能できる楽曲も収録されている。ミシェル・コロンビエが亡き息子に捧げた「エマニュエル」と、川井郁子が作曲を手掛けたふたつのオリジナル曲、「風のあとに」と「哀しみのグラツィア」で、名手、藤舎推峰の吹く篠笛が耳に残る。

「『エマニュエル』はケルト音楽のアイリッシュフルート風、『風のあとに』は和風というよりオリエンタルスタンダードな響きをイメージしました。そしてボーナストラックとして収録した『哀しみのグラツィア』はNHKの番組『8Kアースウォッチャー』のテーマ曲ですが、もともとは細川ガラシャが幽閉されていた味土野(京都府京丹後市)の地を訪れた際に、夜空と対話する彼女の姿を思い浮かべながら書いた楽曲です」

細川ガラシャとは、明智光秀の娘で、細川忠興の正室として壮絶な最期を遂げたキリシタンの女性。川井郁子は彼女を題材にした音楽舞台『「月に抱かれた日・序章」~ガラシャとマリー・アントワネット~』を、企画、原作、演出、音楽、出演のすべてをひとりで手掛け、2021年12月に新国立劇場 中劇場(東京)と梅田芸術劇場(大阪)で上演して成功を収めている。

「(オーストリア=ハンガリー帝国の皇后)エリザベートや、(アルゼンチンの大統領夫人)エビータのような、実在した女性の波瀾万丈の生涯を音楽劇で描くアイデアを長年あたためてきましたが、戦国時代に洗礼を受けてキリシタンとなり、敵方の人質に取られることを拒絶して最期まで高貴な生き方を貫いた細川ガラシャを知り、彼女以上に相応しいキャラクターはほかにいないと思いました。自らの意志で運命を選んだ稀有な日本女性であり、宣教師たちによって遠くヨーロッパの貴族にまで語り継がれた、東洋と西洋を繋ぐようなその存在から、大いにインスピレーションを掻き立てられました」

デビュー20周年を記念するスペシャルなコンサート

デビュー20周年を記念し、コロナ禍による延期を経て、今年6月23日にBunkamura オーチャードホール(東京)で開催される『20th Anniversary 川井郁⼦ シンフォニック コンサート 越境するヴァイオリンミューズ 〜情熱と挑戦の軌跡〜』は3部構成。和楽器と西洋楽器による音楽と立体的な映像のコラボレーション、タンゴやジプシー音楽を中心とした情熱的なパート、誰もが知っている映画やミュージカルなどの名曲という3つの異なるステージが展開されるという。

「若手を中心とした、管弦楽と和楽器による特別編成のフルオーケストラ“響(ひびき)”を結成し、今回初めて“弾き振り”(ヴァイオリンを演奏しながらの指揮)にも挑戦します。デビュー20周年を記念した、これまでの集大成とも言える内容ですが、アルバム『ALWAYS~名曲物語~』と同様に、世代を超えて誰もが一緒に楽しめるコンサートにしたいと思っています。どうかご期待ください。

会場であるBunkamura オーチャードホールにもデビュー以来ずっとお世話になっていて、これまで私のいろんな“夢”を叶えてくれた特別な場所。来年の4月からは周囲の開発に伴い大規模改修工事に入って長期休館となるので、その前にぜひとも公演を実現させたかったんです。ぜひ、皆さまのお越しをお待ちしております」

文・取材:東端哲也
撮影:干川 修

『川井郁子 デビュー20周年 シンフォニック コンサート
~越境するヴァイオリンミューズ~ withオーケストラ響~ひびき~』

6⽉23⽇(⽊)19:00開演
Bunkamura オーチャードホール
詳細はこちら(新しいタブで開く)

リリース情報


 
『ALWAYS~名曲物語~』
発売中
価格:3,300円
 
<収録曲>
01.サウンド・オブ・ミュージック
02.アイ・ガット・リズム
03.ホール・ニュー・ワールド(『アラジン』より)
04.キャラバンの到着
05.シェルブールの雨傘
06.エヴァーグリーン(『スター誕生』愛のテーマ)
07.サニー feat. 花音
08.アヴェ・マリア
09.魅惑のワルツ
10.Forever Love
11.So in Love
12.宇宙戦艦ヤマト
13.群衆
14.男はつらいよ
15.オー・シャンゼリゼ
16.ダンシング・クイーン
17.エンドレス・ラブ
18.エマニュエル
19.風のあとに
20.フォロー・ミー feat. 花音
21.いそしぎ
22.プッティン・オン・ザ・リッツ
23.碧空
24.マイ・ウェイ
ボーナストラック
25.麒麟がくる(メインテーマ〜希求)
26.哀しみのグラツィア(NHK『8Kアースウォッチャー』テーマ曲)

関連サイト

オフィシャルサイト:https://www.ikukokawai.com(新しいタブで開く)

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