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連載Cocotame Series

今、聴きたいクラシック

世界を舞台に活躍するピアニスト、小菅優が藤倉大の協奏曲で聴かせたヒューマニティ【後編】

2022.06.24

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遠い昔に生まれ、今という時代にも息づくクラシック音楽。その魅力と楽しみ方をお届けする連載「今、聴きたいクラシック」。

今回は、ピアニストの小菅優をフィーチャーする。10歳でドイツへ渡り、早くから国際的に高く評価され、世界を舞台に演奏活動をつづけてきた真の実力派。深い解釈と類稀なる表現力、その源にある知性とバイタリティは一体どこから湧き出てくるのだろうか。その音楽性と人物像に迫る。

後編では、30年近くになるという海外生活で感じたことや、来るべき40代に向けての目標、そして趣味についても話を聞いた。

  • 小菅 優

    Kosuge Yu

    ピアニスト。9歳より演奏活動を開始、10歳でドイツに渡る。2005年ニューヨークのカーネギーホールで、翌2006年にはザルツブルク音楽祭でそれぞれリサイタルデビューし、大成功を収めた。以降、世界的な指揮者&オーケストラとの共演を重ね、各地の音楽祭にも出演、着実に活躍の場を広げている。2010年から2015年にはベートーヴェンのピアノ・ソナタ全曲演奏会(全8回)を東京、大阪で行ない、各方面から絶賛された。第13回新日鉄音楽賞、2004年アメリカ・ワシントン賞、第8回ホテルオークラ音楽賞、第17回出光音楽賞を受賞。2014年に第64回芸術選奨音楽部門 文部科学大臣新人賞、2017年に第48回サントリー音楽賞受賞。

音楽の本質は自由に壁を越えること

前編からつづく) 10歳のとき、母とともにドイツへ渡り、ピアニストとしての人生を歩む決意を固めた小菅優。そろそろ海外生活も30年近くになるという。多感な青春時代を過ごしたドイツに現在も拠点を置くが、コロナ禍においては日本での滞在も多かった。ファンにとってはうれしいことだが、小菅優自身はこう語る。

「せっかくグローバルに開かれた世界が、それぞれの国ごとに壁を作って孤立してしまう傾向にある現在の状況は、コロナ禍で仕方ないとは言え、とても残念に思います。音楽とは、それとはまったく反対の性質のものですよね。バッハやモーツァルトの時代から、音楽家たちは国境を越えて自由に旅をし、さまざまな土地でお互いに刺激を与え合ってきたのですから」

コロナ禍のピーク時には3カ月間にわたって家にこもり、あらゆることを感じ、考えたという。

「演奏会も中止になり、最初は自分がとても無力な存在に感じました。でも最終的には、音楽家が演奏したいと思うのと同様に、人々も音楽を求めているんだということに気付きました。音楽を通してひとつの場所に集い、ともに音楽に向き合う時間は人間が共存していく上でとても大事なことであり、音楽は人間にとって必要なものだということを改めて感じることができました」

©TAKEHIRO GOTO

そして現在の世界をめぐる状況についても、はっきりと自分の意見を口にする。

「ヨーロッパで戦争が起きてしまった今、壁を作らないのが音楽であり、人間としてわかり合える手段が音楽だと思うのですが……。起きてはいけないことが実際に起きてしまっている現実には、考えさせられるものがあります」

壁を作ることなく、自由に人間同士が交流し、刺激し合うということの重要性を小菅優は何度も口にする。その点、ベルリンはインターナショナルな土地柄で、自分自身が外国人であることを感じさせない良さがあるという。

「今はコロナ禍もあって、まだ以前のようにはいきませんが、演奏会の終演後にアーティスト同士が集まってワイワイ交流できる場があるのもベルリンらしくて好きです」

これから先、日本は国境を閉ざしてはいけませんよね。やはり日本のような島国において、海外からのインスピレーションはとても大きいと思いますし、特にクラシックの音楽家にとってはそれがなくなってしまったら……」

テーマ性を持たせたベートーヴェンのソナタ全集

10代でデビューした小菅優も、今や日本を代表する世界的ピアニストとしての地位を確立しつつある。そんな彼女が40歳を迎える2023年からスタートする新たなコンサートシリーズを計画中だ。長期的なスパンで開催される計5回のリサイタルは、バッハのソナタから、まだ演奏したことのないベルクのソナタ、現代のソナタまでを網羅した意欲的なプロジェクトになるという。

「ソナタは3~4楽章で構成されていながらも、作品全体としてひとつの世界を持っています。それは人生そのものであって、私にはひとつの叙事詩的なドラマに感じられるんです。多様な局面があり、あらゆる要素が各所に散りばめられながら、ひとつの大きなドラマを生み出していることに興味を感じています。私のなかで、“規模の大きなものを探求していきたい”という思いがあふれているのかもしれません。40代に向かっての新たな挑戦であり、長いスパンでどのように成長できるかという意味でも楽しみですね」

小菅優はこれまでにも、演奏会のプログラミングやアルバムの構成に関して、みずからの発想で大胆な手法を見せてきた。2011年から2015年にかけて録音したベートーヴェンのピアノ・ソナタ全集も、作品番号順ではなく、小菅優自身が5巻分、5つのテーマを考え(『出発』『愛』『自然』『超越』『極限』)、そのテーマをもとにプログラミングされた作品を収録していった。

このベートーヴェン全集を支えつづけたのも、前編(新しいタブで開く)でご紹介したプロデューサーの杉田元一である。小菅優が10代のころからともに歩みつづけてきた杉田は、この全集についてこう振り返る。

「楽しくもあり、大変であったとも思います。やはり全集というのは、音楽的にもサウンドの面でも、ひとつの統一性を保たなくてはいけませんから、5年の歳月をかけての録音は精神的に負担が大きかったのではないでしょうか。東日本大震災直後の2011年からセッション録音を始め、毎年、お盆の一番暑い時期に日本でレコーディングしていたのを思い出します」

長年にわたるソニーミュージックとのコラボレーションについて、小菅優はどう感じているのだろうか。

「求めているクオリティが格別なのは何よりも素晴らしいと思いますし、とにかく杉田さんをはじめとしたチームワークが最高です。レコーディングが終わると皆さんでワイワイ食事に行って、一日中、一緒に過ごしている感じです(笑)」

いつも次に何をしようかと考えている

インタビュー中、常に理路整然として、言葉の一つひとつからも真摯な思いが伝わってくる小菅優だが、ピアノに向かっているとき以外はどんなことに興味があるのか、尋ねてみたくなった。

「料理は好きですね。お酒が好きなので、つまみをサッと作っては、飲みながら海外ドラマや映画を楽しんでいます。最近はNetflixなどでドラマを見ることが楽しみです」

ドイツ文学にも造詣が深い彼女ゆえに、ロマンティックなドイツ映画などを想像していたが、意外にもマーベルのアクション作品や『スタートレック』といったSFもの、犯罪もののドラマも好きだという。

「最近見た『令嬢アンナの真実』というドラマも面白かったですね。ドイツ映画も見ますよ。ドイツのローカルな話の映画なんかもけっこう面白いんです。あ、人情を感じる『深夜食堂』も大好きです」

最後に小菅優に改めて聞いてみた――「そのバイタリティはどこからくるのですか?」と。

「え、私、バイタリティありますか? いや、きっとハングリーなんですよね。子どものころはボーッとしていたところがあったので、なんとなくいつも悔しい思いを抱えていました。だから今も常に満足しないところがあって、いつも何かを追及していたい、いつも次に何をしようかと考えていないといられないんです。でも、好きなことをやっているので、そのなかで何ができるのかを考えるのは本当に楽しいですね」

と、幸せなオーラで空間を満たす。その満面の笑みから、やはり小菅優のバイタリティは生来のものなのだと確信した。

文・取材:朝岡久美子
撮影:高木あつ子

リリース情報


 

『藤倉大:ピアノ協奏曲第3番「インパルス」/WHIM
ラヴェル:ピアノ協奏曲 ト長調』

小菅優(ピアノ)
ライアン・ウィグルスワース指揮 BBC交響楽団
発売中
価格:3,300円

関連サイト

小菅優オフィシャルサイト:
http://www.yu-kosuge.com/(新しいタブで開く)

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